第2071話
ダスカーと共に少し遅い朝食を終えたレイは、早速ガガを連れて生誕の塔まで戻ることになった。
幸いガガが乗れるような馬車はあったし、試しにリザードマンも幾らか連れていくことになり、何だかんだとまた馬車数台での移動となった。
とはいえ、レイの仲間のエレーナとマリーナ、アーラ、イエロといった面々は、自分の仕事なり何なりがあるので生誕の塔に来ることはなかったが。
ゾゾも当然レイと一緒に行動している。
レイの言葉によって、ずっとレイと一緒にいるのではなく、仲間のリザードマンと一緒に行動することにしたのだが……それでも、レイと一緒にいるというのは嬉しいらしい。
(勝っただけでここまで忠誠心を抱かれるのは、どうかと思うんだけど)
ゾゾが忠誠心を抱いてくれるというのは嬉しい。嬉しいのだが、それでも若干いきすぎなのではないかと、そう思ってしまうのだ。
『どうしました?』
「いや、何でもない。ただ、生誕の塔でゾゾがしっかりやれるかと、そう思っただけだよ」
石版に書かれた文字に、レイはそう返す。
思ったこととは違っていたが、ゾゾのことを思ってのことだった。
やがて馬車は進み、生誕の塔に戻ってくる。
ギルムに向かったのが午前九時すぎで、そして現在はもう少しで昼となる時間。
領主の館でダスカーと話していたのは、二時間程だった。
「昼食は、もう少し後でいいか」
『そうですね。サンドイッチを貰ってきましたし』
領主の館の訓練場で食べたサンドイッチは、レイやセト、ガガといったような大食いの者が多かったこともあって、領主の館の料理人は大量にサンドイッチを作ったのだろう。
結局朝食では全てを食べきることは出来ず、ダスカーから他のリザードマンにも食べさせるようにと、残ったサンドイッチは現在レイのミスティリングに収納されている。
レイも、一口サイズのサンドイッチは美味かったので、ダスカーからの思いは素直に受け取った。
「昼食は、このサンドイッチだな。……とはいえ、俺達と一緒に来たリザードマン達が食う方が先だろうけど」
レイ達の朝食は九時すぎだったが、他のリザードマンはもっと前に朝食を終えている。
であれば、昼食はやはり先にリザードマン達が食べることになるのは当然だろう。
『そうなりそうですね。……レイ様、見えてきました』
ゾゾの言葉に、レイは窓から外を見る。
その視線の先にあったのは、ゾゾが言った通り生誕の塔。
だが……その生誕の塔を見たレイは、ふと違和感を抱く。
「ゾゾ、何か生誕の塔の様子が変じゃないか?」
『え?』
レイに言われたゾゾが生誕の塔に視線を向けるが、ゾゾの目では特に何かおかしなことが起こっているとは思えない。
じっと生誕の塔を見ていたゾゾだったが、やがて首を横に振る。
『私には分かりませんが、何かあるのですか?』
「恐らくな。……悪いが、俺は一足先に行くけど、お前はどうする?」
『お供します』
何らかの理由があるのならともかく、何の理由もないのに自分がレイと共に行動しないという選択肢は、ゾゾにはなかった。
レイはそんなゾゾには何も言わず、馬車の扉から飛び出るとすぐ横を走っていたセトの背中に着地する。
セトが馬車の隣を走っているというのは、その気配や鳴き声で把握していた。だからこその、動き。
ゾゾもそんなレイを追うようにして、セトの背の上に着地した。
レイはともかく、身長二m程もあるゾゾは、ガガには劣るものの、相応の筋肉を持つ。
つまり、見た目よりは重いのだが、セトは特に気にした様子もなくレイとゾゾを背中で受け止めた。
「セト、生誕の塔まで急いでくれ! 向こうで何が起こってるのか分からないが、それでも今は急ぐ必要がある!」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは鋭く鳴くと一気に走り始める。
セトが馬車を追い抜こうとした時、レイは馬車の御者に声を掛ける。
「生誕の塔で何か起きてるみたいだから、ちょっと行ってくる! 出来れば、馬車の速度を上げてくれると嬉しい!」
最初はともかく、最後になると馬車から離れながら叫ぶことになったが、それでもレイの言葉はしっかりと聞こえたのだろう。
馬車の速度は間違いなく上がっていた。
それどころか、レイが半ば叫んだというのも大きかったのか、他の馬車の御者達にもその声は聞こえており、全ての馬車の速度が上がった。
ダスカーに仕えている御者だけはあるなと、そう思いながらも、レイは一体生誕の塔で何があったのかと考える。
(護衛として冒険者とか騎士が残っている以上は、そこまで危険なことはないと思ってたんだが。……いや、もしかしてまたリザードマンが転移してきたのか? で、見覚えのある生誕の塔の側に冒険者や騎士がいて、それで戦いになった? ……ありそうだな)
生誕の塔が転移してきた時は、セトもそれを察知することが出来た。
だが、リザードマンや緑人が転移してきた時は、残念ながらセトもトレントの森にいる時ならともかく、そこから離れると察知することが出来ない。
レイとセトがギルムにいる間に転移してきたとなれば、今頃は生誕の塔の前で戦いになっていてもおかしくはなかった。
そう思いつつ、妙な騒動にはなっていないでくれとセトの背の中で願っていたのだが……
「あれは……」
セトの走る速度は、馬よりも速い。
空を飛ぶよりは遅いが、それでも生誕の塔が急速に近づいてくる。
トレントの森の中に生誕の塔が転移していれば、どうしても生えている木々が邪魔になって生誕の塔の様子を窺うことは出来ない。
だが、トレントの森の外に転移してきたからこそ、セトはそこまで向かうのも楽だし、遠くから生誕の塔の様子を見ることが出来た。
そして、近づいてきた生誕の塔を見てレイが驚きの声を上げたのは、護衛を任された冒険者や騎士達と戦っているのがリザードマン……だからではなく、人間を相手にしていたからだ。
正確には獣人やドワーフ、エルフと思しき存在も混ざっているが、その大半は人間だった。
「リザードマンじゃない? 一体何だ?」
人の群れということは、盗賊か? とも思ったレイだったが、そもそも盗賊が辺境まで来る筈もない。
今ならギルムの増築工事の為に移動している者を狙う盗賊というのもいるかもしれないが、それならそもそもギルムの近くではなく、アブエロやサブルスタといった場所で襲ってもいい。
あるいは、モンスターを狩る為にギルムに来たのかとも思ったのだが、それはすぐに否定する。
勿論辺境のギルム周辺のモンスターと戦って倒すことが出来れば、その素材を裏に流すといったことで稼ぐことは出来るが、そもそも辺境のモンスターというのはその多くが強い。
冒険者として活動出来ず――中には例外もいるが――盗賊となったような者達では、ギルム周辺のモンスターを倒すというのは無理があった。
そして、当然ながらそのようなモンスターを倒したり、精強として名高いギルムの騎士に自分から戦いを挑むというのは、それこそ自殺行為だろう。
(となると、一体何だ?)
盗賊ではないのなら、何を考えて生誕の塔を襲っているのか。
それも、近づいてくるに従ってしっかりと確認出来るが、襲撃者達の装備は盗賊のものとは違って一級品……とまではいかないが、しっかりと使い込まれているのがレイの目でも確認出来る。
また、戦闘方法も盗賊のように個人が場当たり的に戦っていたり、拙い連携行動程度しか出来ないという訳ではなく、高い連携行動を取りながら護衛の騎士や冒険者達と戦っていた。
(ギルムにいる冒険者達か? いや、けど冒険者なら余計にギルムと敵対する危険性を知っている筈だ。なら、こんな馬鹿な真似は絶対にしない)
ダスカーにとって、生誕の塔というのは非常に重要な代物だ。
他国に転移した先で、卵や子供……人間でいえば、生まれる前という意味で胎児か、もしくは赤ん坊か。そのような者や子供達、そして世話役の女が襲われたと知れば、どうなるか。
考えるまでもなく、そのようなことを行った国を許さないだろう。
最悪の場合は、戦争になる可能性すらある。
幸いにもグラン・ドラゴニア帝国は異世界に存在する国である以上、すぐにそのようなことにはならない。
だが、生誕の塔が転移してきたということは、いつグラン・ドラゴニア帝国が転移してくるか分からないということでもある。
そうである以上、生誕の塔を襲ったような相手は間違いなく処刑される……いや、普通に処刑されるだけ、幸福な目に遭うだろう。
そのような危険を覚悟の上で、何故このような真似をするのかレイには分からなかった。
「ともあれ、あの連中を倒すのが先だな。……セト、突っ込め!」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは鳴き声を上げて了承の意を示す。
レイの後ろに乗っているゾゾも、自分の同族の卵や子供がいる生誕の塔を襲われていると知り、レイが何も言わなくても襲っている者達を排除する気があった。
そして……当然ながら生誕の塔を襲っている者達も、走ってくるセトの姿に気が付く。
「ちっ、くそ! 何でもう深紅が戻ってきてるんだよ! あいつがギルムに行ってから、まだそんなに時間が経ってねえだろ!?」
襲っていた者の一人が、忌々しげにレイの異名を叫ぶ。
それを聞き、更には自分がギルムに行った時のことも覚えているということから、レイは生誕の塔を襲っている者達がどのような手段かは分からないが、自分に関する情報を手にしていたということを悟る。
(情報を漏らしていた奴……いや、あの連中の仲間がこっちに入り込んでいたのか?)
レイが来たという叫び声で、襲っていた者達が動きを止め、それぞれ別の方向に逃げ出す。
偶然そのような形になったという訳ではなく、明らかに前もって決めていた行動のようにしか思えなかった。
幾らセトの足が速いとはいえ、そしてレイが強いとはいえ、それぞれが全く別の方向に逃げるといった真似をされては、全員を捕まえる訳にはいかない。
そうなると、現状でレイが出来るのは少しでも多くの敵を情報源として捕らえるということだ。
「そいつらを逃がすな!」
レイの叫びに、生誕の塔を守っていた騎士や冒険者達が即座に反応する。
精鋭と呼ぶべき者達だけあって、生誕の塔を守る人数を最低限だけ残し、それ以外の者達は即座に四方へと逃げ散っていった相手を追いかける。
特にトレントの森に中に逃げ込んだ相手は、向こうもトレントの森の中というのは殆ど入ったこともない為か、それなりに捕まえることが出来ていた。
エルフのように、森の中こそが自分のホームグラウンドといった相手は、捕らえるのが難しかったが。
そんな中で、レイ達はトレントの森の外を逃げようとしていた相手を追う。
「セト、ゾゾ、殺すなよ!」
叫ぶレイだが、セトはともかく、石版を見る余裕がなかったゾゾはその言葉をはっきりとは理解出来ていないだろう。
だが、敵の人数は多いし、自分やセト、それに生誕の塔を守っていた者達が敵を捕らえるという行動に移っている以上、ゾゾが敵を捕らえることなく殺してしまっても気にする必要はないと判断する。
今は少しでも多く襲撃者の数を減らすのが最優先だろう、と。
そんな思いと共に、レイ、セト、ゾゾはそれぞれが別方向に向かって逃走する敵を追う。
レイが手にしたのは、いつものデスサイズや黄昏の槍……ではなく、魔力によって鏃を生み出すことが出来る、ネブラの瞳。
モンスターでもなく、ましてや個として非常に強い能力を持っている訳でもない相手だけに、デスサイズや黄昏の槍を使った攻撃では相手にレイが想定している以上のダメージを与えてしまう可能性が高かった。
このような時、ネブラの瞳で生み出された鏃は、非常に便利だった。
相手に強烈な痛みを与えると同時に、余程のことがなければ致命傷にはならない。
それでいて、レイの魔力を使えばほぼ無尽蔵に鏃を生み出すことが出来る。
……唯一の難点としては、鏃を投擲する必要がある以上、射程距離が槍の投擲等に比べると短いというところか。
とはいえ、射程が短いという問題はレイが敵に近づけば解消する。
レイの走る速度は、セトには劣るものの人間や獣人、エルフが走るよりは断然速い。
ましてや、ドワーフはその体格上どうしても走る速度が遅くなるので、そういう意味ではレイにとって獲物でしかない。
逃げる敵に近づくと、ネブラの瞳を使って魔力の鏃を生み出し、即座に投擲する。
放たれた鏃は、逃げる敵の足を貫き、斬り裂き、肉を抉る。
敵は倒れた仲間を全く気にすることなく……それどころか、それでレイの足が鈍るのならといった様子で走るが……最終的に、レイに狙われた者達は全員が多かれ少なかれ足に怪我をして、その場で捕らえられるのだった。
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