第2054話
ガガとの武器の比較や、何よりも模擬戦をしたということもあってか、レイとガガの間には不思議な程に友好的な雰囲気が流れていた。
それを離れた場所で見ている騎士や冒険者といった面々は、レイとガガの様子に安堵する。
リザードマンの数が多く、何よりもレイとそれなりに戦える――双方共に奥の手は出していなかったようだが――ガガが敵になるという状況を考えると、友好的な雰囲気になるのに越したことはないのだから。
「取りあえず、大きな騒動にならないのは良かったよな」
「あー……そうだな。あれだけのリザードマンと戦えって言われたって、勝てる訳がねえし。いや、普通のリザードマンなら何とかなったかもしれないけど……」
「兵士だしな」
その言葉に、周囲にいた冒険者達の多くが頷く。
普通のモンスターが集まっているだけなら、冒険者である程度戦えると思う。
だが、兵士のように味方としっかり連携してくるような相手との戦いとなると、そう簡単にはいかない。
それも、ガガという極めて強い相手に心酔している部下達だ。
明らかに、リザードマンの中でも精鋭と呼ぶに相応しいだけの実力を持っている筈だった。
「そもそも、あのガガってのは何なんだよ。本当にリザードマンなのか? 見るからに普通のリザードマンじゃないぞ」
冒険者の言葉に、周囲の者達が同意するように頷く。
実際にガガの巨体は、今の言葉通りとてもではないが普通のリザードマンには見えない。
そうである以上、その言葉に異論はなかった。
……ガガの名前が出たことで、少し離れた場所にいたリザードマン達が冒険者達に視線を向けるが、ガガの名前を口にした冒険者が畏怖を抱いているというのが分かったからだろう。
ガガの名前を出したからといって、特に何かをするといった様子は見せなかった。
「あ、おい。あれを見ろよ。……って、嘘だろ……一体何台馬車が来るんだ……」
こちらに向かってくる馬車に気が付いた冒険者の口調が、後にいくに従って唖然としたものになる。
当然だろう。十台以上――正確には十五台――の馬車が、列をなしてトレントの森に向かってきているのだから。
一台や二台ならまだしも、これだけの数の馬車が纏まって移動するということはそう見られるものではない。
あるいは、規模の大きな商隊の護衛をしたことがある者なら、見たことがあるかもしれないが。
「うわぁ……本当だ。あ、でもこれだけの数のリザードマンを運ぶのなら、やっぱり馬車は多く必要よね」
女の冒険者が納得したように呟く。
また、冒険者達の多くがそちらを見ていれば、当然ながらリザードマン達の視線もそちらに向けられる。
そして多くの馬車がやって来るのを見て、リザードマン達も驚く。
ゾゾを通してガガと歓談していたレイもそれに気が付き、自分がギルムに知らせるように頼んだ冒険者がしっかりと情報を知らせたのだろうと判断し、ゾゾに声を掛ける。
「ゾゾ、ガガに伝えてくれ。今からあの馬車に乗ってギルムという街に向かう。そこで領主の館で寝泊まりして、こちらの言葉や文字を覚えて貰うと」
『分かりました。その……ガガ兄上はどうしましょう? 馬車に乗れないかもしれないんですが……』
自分が乗った馬車と兄の体格から、ゾゾはそう疑問を抱く。
もしかしたら、あの馬車にガガが乗れないのかもしれないと。
「それは……多分大丈夫だと思うけどな。知らせにいった奴も、ガガのような巨大なリザードマンがいるというのは、当然知らせているだろうし」
普通のリザードマンの身長が百七十cmから百八十cmであるのに対し、ゾゾは二m程。
そう考えれば、三m程というガガの身長がどれだけ馬鹿げたものなのかが、容易に理解出来るだろう。
ましてや、身長三m程の身体には強靱な筋肉がついている。
それでいながら、動きに鈍重さはない。
本人の性格もあって、まさに戦う為に生まれて来たと言われても素直に納得してしまう。
だからこそ、グラン・ドラゴニア帝国の中でも五本の指に入るだけの実力を持っているのだと、理解出来る。
『そうだといいのですが……』
ゾゾが少しだけ心配そうに告げる。
そんなレイとゾゾの会話が気になったのか、近くで馬車を眺めていたガガが、ゾゾに何かを話し掛ける。
相変わらずレイにはその言葉の意味は分からなかったが、それでも何となく予想は出来た。
ゾゾとレイが何を話していたのかと、そういうことなのだろう。
そして少しの会話をした後で、ゾゾがレイに話し掛ける。
『その、レイ様。ガガ兄上が、もしどうしても馬車に乗れないようなら歩いてギルムまで行ってもいいと言ってるのですが……』
「それは……不味くないか?」
異世界の国とはいえ、ミレアーナ王国と同規模の国の第三皇子という立場にある相手を、歩いてギルムまで移動させるというのは不味いようにレイには思えた。
もっとも、それを言うのであればレイがガガと話す時は、ゾゾが通訳しているとはいえ、全く敬語を使っていないのだが。
『ガガ兄上が乗り物に乗れないのは、グラン・ドラゴニア帝国でもそうでしたので、問題はないのですが……ガガ兄上の部下が馬車に乗ってるのに、ガガ兄上が歩いているのは不味いのではないかと』
ゾゾのその言葉には、レイとしても頷くことしか出来ない。
部下と皇子の立場が逆だと。
「そうなると、ガガが馬車に乗れるのを期待するしかないか。丁度到着したことだし」
レイが言うのと、馬車の群れがレイ達の視線の先で停まるのは、ほぼ同時だった。
そうして、先頭の馬車から降りてきたのは領主の館でレイも何度か見たことのある、ダスカーの部下の一人だった。
以前馬車で来たのとは別の人物ではあるが、それだけダスカーの部下には御者を出来る者がいるのだろう。
「お久しぶりです、レイさん」
三十代後半程の男は、レイに向かって頭を下げる。
「久しぶりっていうか、前にダスカー様のところに行った時に会わなかったか?」
「そうですね。ですが、これも季節の挨拶みたいなものですか」
「……季節?」
「はい」
それは違うのではないかと思うレイだったが、男は自信満々にそう告げる。
そこまで自信満々に言うのであれば、と。レイもそれ以上は追求しない。
代わりに、ガガの方に視線を向けてから口を開く。
「取りあえず、そこの巨大なリザードマンは、今回転移してきたリザードマンを率いている奴なんだけど、馬車に乗れると思うか?」
レイの言葉に、男がガガの方を見る。
ガガも、自分が見られているということに気が付き、男の方に視線を向ける。
お互いの視線が交わるものの、男はガガから視線を逸らすようなこともなければ、その場から逃げ出すといった真似もしなかった。
そして、やがて頷く。
「はい。大丈夫だと思います。いや、それにしても話には聞いていましたが……凄いですな」
感心したように頷くその様子に、レイは驚きつつも安堵する。
ガガの身体を見た上で、あっさりと問題ないと告げたことに驚いたのだ。
とはいえ、それで面倒なことは起こらないと安堵したのもまた事実。
ならばと、それ以上は無駄に時間を掛けず、ゾゾの通訳でガガや他のリザードマン達も馬車に乗るように促す。
ゾゾがしっかりと説明した為か、ガガも特に不満は言わずに部下に命令する。
リザードマン達が馬車に乗り込んでいくのを見ていたレイに、御者の男が何気ない様子で話し掛ける。
「レイさん、今回ギルムまで運ぶのはリザードマンだけでいいのでしょうか? その、緑人は……」
「あー……そう言えば見つかってないな。ガガ達の近くにいなかったってことは、もし転移してきているとなると、トレントの森のどこかにいるのか?」
ガガの一件ですっかり緑人のことを忘れていたレイが、そう呟く。
だが、当然この場にいる者達にそれが理解出来る訳がない。
「どうする、レイ? ちょっと探してくるか?」
気を利かせたのか、冒険者の一人がレイにそう尋ねる。
数秒程どうするか悩んだレイだったが、もし緑人がトレントの森のどこかにいるのであれば、それを放っておく訳にいかないのは間違いなかった。
(もっとも、緑人は植物があれば食事には困らないんだし、春の今は夜になっても凍死する程には寒くない。いざとなれば、トレントの森で一晩すごすくらいは問題ない筈だ)
そうである以上、どうしても今日中に見つけなければならないという訳ではない。
とはいえ、ダスカーが緑人を出来るだけ多く集めたいと思っているのを知っている以上、レイとしては自分達が探すと提案する冒険者達の言葉に素直に甘える。
「分かった。なら、頼む。緑人達は基本的に大人しいから、見つけたら身振り手振りで意思疎通すればいいと思う」
「いや、レイじゃないんだから、そう簡単に意思疎通は出来ないって」
冒険者達も、ゾゾが持っている石版を手に入れる前は身振り手振りで意思疎通している光景を目にしている。
だが、いざ自分達がその立場になれば、同じような真似が出来るとは思えなかった。
「そうか? けど、言葉が通じない以上は、結局やるしかないと思うんだが?」
石版を持ったゾゾがいれば、その辺は心配しなくてもいいのだが、そのゾゾにレイと別行動をするという選択肢は存在しない。
あるいは、レイがゾゾと共にここに残るという選択肢もあったが、ガガやその部下のリザードマン達の移動で万が一何かあった時、意思疎通出来る人材は必須となる。
(まさか、トレントの森を探索している間、ずっとガガ達にここで待ってろと言う訳にもいかないし)
ダスカーとしては、ガガのような特殊なリザードマンは早いところ屋敷に連れて来て欲しいと、そう思うのは間違いない。
……ましてや、実はガガがグラン・ドラゴニア帝国の第三皇子ともなれば尚更だ。
幸いにも、ガガは第三皇子よりも戦士としての自分に重きを置いていることもあり、自分の扱いに関してはそこまで気にした様子はなかったが。
(いや、ゾゾもそうだったし、もしかしてグラン・ドラゴニア帝国では皇族であっても、そこまで丁寧に接したりとかはしないのか?)
その辺に関しては色々と思うところがない訳でもなかったが、今はまずそれよりもガガ達を早くギルムに運ぶ方が先決だと判断して、レイは話を切り上げる。
「じゃあ、取りあえずお前達に緑人達の探索については頼んだ方がいいな。……それなりに緑人達と接しているお前達なら大丈夫だと思うけど、くれぐれも……くれぐれも、緑人達に乱暴な真似はするなよ」
ダスカーが緑人の保護を唱えている以上、もし緑人を見つけた者が面白半分で攻撃をするような真似をしたりすれば、それは色々な意味で不味いことになる。
普通なら、そのような真似をすればギルムにいられなくなる――ダスカーに睨まれる的な意味で――のは少し考えれば分かるのだが、冒険者の中には何故かその辺を全く考えないような者も多い。
今は大分少なくなったが、レイの噂を知っていても絡んでくる者が多かったというのは、その証だろう。
自分ならレイに絡んでも大丈夫、それどころかレイが自分の命令を聞くようになると。何故かそのような確信を持ってレイに絡む者は多かった。
……実際には、増築工事で多くの者が入ってきている今のギルムでは、未だにそんな風に思っている者もいたりするのだが、幸いにもそのような者達は元からギルムにいる者や、他からやって来てもしっかりと相手の実力を感じ取れる者達によって、止められている。
あるいは、セト……もしくは本当にここ最近ではゾゾの姿もあって、そのような真似をする者は少なくなっている。
とはいえ、レイに絡もうとする者の中には何故か無意味な全能感を持っているような者もおり、自分ならレイを何とか出来ると、そう考えている者もいるのだが。
「分かってるって。ダスカー様に睨まれたくはないしな。その辺は安心してくれ」
この依頼に選ばれるだけあって、ここにいる冒険者達は良識的な一面を持っている。
そのことに安堵しながら、レイはセトやゾゾと共に馬車の方に向かう。
ガガはそんなレイに視線を向けると、馬車に乗るよりも前に自分の大剣をどうするのかといった視線を向けてくる。
『レイ様、ガガ兄上が……』
「大剣だろ? それは俺が持っていくから問題ない」
そう告げると、ゾゾがガガに何かを告げる。
自分の武器をレイに……他人に預けるのは嫌がるかと思ったが、先程話が合ったこともあってか、ガガはゾゾの言葉に頷く。
『レイ様に任せると』
その言葉にレイは頷き、大剣をミスティリングに収納する。
デスサイズや黄昏の槍が消えるのは、ガガも見ていた。
だからレイが何らかの手段を持っているのだろうと分かっていても……それでも、やはりガガは自分の大剣が突然姿を消したことに驚くのだった。
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