第2053話
「はぁっ!? 本当かそれは!」
トレントの森からやって来た冒険者からの報告を受けたダスカーは、思わずといった様子で叫ぶ。
リザードマンや緑人の一件のおかげ……という表現は正しくないのだろうが、ともあれその為に増築工事に関わりたい商人からの面会は、現在全面的に断っている。
勿論商人と会わない訳にはいかないので、商人達には領主の館とは別の場所で担当者に会って貰っているのだが。
……その為、去年に比べるとダスカーの仕事量は幾分か楽になっていた。
緑人やリザードマン達の一件もあるので、新しい仕事は増えていたのだが。
何よりダスカーの頭を悩ませているのは、やはりリザードマン達の住居だろう。
緑人達に関しては、皮膚や髪の色は緑と特異だが、それでも外見は完全に人間である以上、冒険者以外の者であっても、驚きはするだろうが、言ってみればそれだけだ。
それもあって、ダスカーは緑人達に香辛料を任せようと思っているのだ。
だが、リザードマンは違う。
明らかにモンスターである以上、好き勝手にギルムの中を歩き回らせる訳にはいかない。
レイのようにテイムしているということにでもすれば、話は別だが。
もしくは、リザードマンという種族がそこまで知られていないモンスターであれば、獣人の一種――トカゲを獣と呼ぶのが相応しいかどうかは別として――と言い張ることもできたかもしれない。
しかし、リザードマンというモンスターは生憎とそれなりに有名だ。
それも、それなりの強さを持つモンスターとして。
だからこそ、今回大量にリザードマンが姿を現した……それも、明らかに他のリザードマンとは格の違う巨大なリザードマンが姿を現したと言われれば、ダスカーとしてはいい加減にしてくれと思ってしまうのも当然だった。
「はい。トレントの森からやってきた冒険者の話からすると、ほぼ間違いないかと」
「いや、それ……正直なところ、どうしろというんだ?」
出来れば言い間違いでした。もしくは勘違いでしたと言ってくれることを期待するダスカーだったが、部下の口から出たのはそんな言葉だ。
「それは……どうしたらいいんでしょう。いっそ、トレントの森に住処を作って転移してきたリザードマンはそちらに住んで貰いますか? 上手くいけば……将来的には、トレントの森で樵が伐採する時に護衛を雇わなくてもよくなるかもしれませんが」
元々、それは当初の予定の一つであったのは事実だ。
緑人達をトレントの森に住まわせ、そこで生活させることによって木の生長を促し、ギルムの資源とする。
そして、緑人達を守る為にリザードマン達を護衛としてトレントの森に住まわせる。
だが、当初のその計画は緑人達の持つ植物を生長させる能力が予想以上で、場合によってはギルムの中で非常に高価な香辛料や特殊な薬草を栽培出来るかもしれないということが判明し、話が変わってきた。
(いや、元々リザードマンと緑人達は敵対……じゃなくて、緑人達が一方的に弾圧されてきた。それを思えば、一緒に暮らすのではなくて緑人達はギルムに、リザードマン達はトレントの森で暮らすというのは、ありなのか?)
ダスカーもそう思わないでもなかったが、どのみち意思疎通をする為にはリザードマン側にも自分達の言葉や文字を覚えて貰う必要がある。
ゾゾが持っている石版と同じマジックアイテムを一応探してはいるが、レイの師匠ですら一個しか持っていなかったとなると、そう簡単に見つけることは出来ないだろう。
そうなると、言葉や文字を覚えたリザードマンが教師役になって教えるしかないのか? と思うが、それが可能かどうかがまだ分からない。
一応少しではあるが、単語を上手く発することが出来るようになってきたリザードマンがいるという報告は受けているが、今の状況を考えると、言葉や文字を覚えるよりも前に、どんどんとリザードマンの数が増えていくような予感がダスカーの中にあった。
「取りあえず……今日転移してきたリザードマンは、ここに収容出来るんだな?」
「はい。広さ的には問題ないかと」
「そうか。そうなると問題なのは、どうやってそのリザードマンをここまで連れて来るかだな」
転移してきたのが十匹前後であれば、馬車で運ぶことは容易だった。
だが、今回のように大量に転移してきたとなると、馬車で運ぶのも難しい。
それこそ、馬車が十台、二十台といったように連なって移動しているのを見れば、何事かと思うだろう。
また、それ以外にも……いや、それ以上にダスカーが心配していることが一つだある。
「緑人は見つからないのか?」
今まで、リザードマンが転移してきた時は緑人も一緒だった。
もしくは、その逆として緑人が転移してきた時はリザードマンが一緒だった。
ダスカーの本音としては、リザードマンよりも緑人の方が重要度は高い。
グラン・ドラゴニア帝国という国に所属しているという意味ではリザードマン達の重要度も高いのだが、直接的にギルムの利益になるという意味では、やはり緑人達なのだ。
また、グラン・ドラゴニア帝国が他の大陸どころか、レイの意見によると異世界の存在であるというのも、このダスカーの考えに影響しているだろう。
(国ごと転移してくるようなことになれば、厄介だろうけど……来ないよな?)
ミレアーナ王国と同規模の国が転移してくるとなれば……それも、緑人達への態度から考えると攻撃的な一面を持つ皇帝が支配している国がやってくれば、ギルムだけでどうにか出来る筈もない。
もっとも、ミレアーナ王国と同規模の国が転移してくるとなると、色々と無理があると思うのだが。
それこそ、国の面積の関係で天変地異の類が起こってもおかしくない程に。
有り得ることではなさそうな気がしたが、自分がそのようなことを考えても意味がないと判断し、ダスカーはとにかく指示を出す。
「馬車を十台……いや、緑人が転移してきてまだ合流していないことも考えると、二十台向かわせろ。馬車にそこまでの余裕はあるか?」
二十台とあっさり口にしたダスカーだったが、すぐにそう尋ねる。
勿論、普段であればそのくらいの馬車は用意出来るのだが、今はギルムの増築工事でダスカーが持っている馬車もそれなりに貸し出しされている。
だからこそ尋ねたのだが……
「十三……いえ、十五台なら何とか用意出来ます」
部下は考え抜いた末に、そう告げる。
ダスカーは部下の言葉に頷くも、その眉は微かに顰められたままだ。
「十五台か。リザードマンの他に緑人達を後から見つけるようなことになった場合、馬車が足りないな。緑人がリザードマンと同規模ならばの話だが」
「その場合は、やはり最初にリザードマンか緑人を一度ギルムに運んで、その後で空いた馬車を再度トレントの森に戻すしかないのでは?」
「……それしかないか。幸い、緑人達は大人しい性格をしてるらしいからな」
ダスカーにも、ロロルノーラ達に言葉や文字を教えている者達から色々と報告は入っている。
その中でもやはり一番多いのは、緑人達は皆が揃って大人しい性格をしているということだろう。
大人しさにも個人差があり、少しくらいなら失礼なことを言っても笑みを浮かべて受け流してくれる者もいれば、そのようなことを言っては駄目だと態度で示したり、ゆっくりと反論してきたりといった者もいる。
とはいえ、まだしっかりと言葉や文字を覚えた訳ではないので、正確に言葉を理解しての行動なのかどうかは、まだ分からなかったが。
「ともあれ、今はまだ緑人達が見つかってないのなら、今のうちにリザードマン達をギルムに連れて来た方がいいか」
「そうですね。ただ……馬車が十台以上、行ったり来たりすれば、当然目立ちますが」
「だろうな。だが、それはもう今更だろ? 幸いなことに、レイがゾゾを引き連れて色々と歩き回っているし」
レイとしてはそんなつもりはなかったのかもしれないが、結果としてリザードマンの存在はギルムでも知られている。
……トレントの森で働いている樵や冒険者達の口から情報が漏れたというのもあるのだろうが。
「ともあれ、そんな感じで頼む。ただ、リザードマンの中にいたという、巨大な個体は、どうしたらいいと思う? 馬車に乗れればいいんだが……」
身長三m程のガガは、その身長に比例するようにして身体付きも筋骨隆々だ。
ダスカーは知らないが、デスサイズを持つレイと互角に切り結ぶことが出来るだけの身体能力を持っているのだ。
ともあれ、巨体というのは分かっているので、馬車に乗せることが出来ない場合は歩いて移動して貰う必要がある。
そうなれば、当然のように他の者達に姿を晒すことになってしまう。
身長三mのリザードマンともなれば、人目を引き付けるのは当然のことだった。
そして、見たこともないだろうそのような巨大なリザードマンを目にすれば、恐れたり、好奇心を抱いたり、もしくは何らかの商売の種になると考えたり……といった者が出て来てもおかしくはない。
そのようなことになると確実に面倒なことになるので、可能であればそのようなリザードマンも馬車に乗れるようにと、ダスカーはそう願うだけだ。
「そうですね。いざとなったら……レイがテイムしたと、そう噂を広めるのはどうです?」
「……レイにか? ただでさえ、あいつには色々と迷惑を掛けている以上、出来ればあまり負担は掛けたくないんだがな」
リザードマンの件もそうだが、何より増築工事の件だ。
トレントの森で伐採された木を運ぶのをレイに任せているおかげで、コスト的にも時間的にも大きく助かっているのは間違いのない事実だった。
それ以外にも、レイには色々と手間を掛けているのは間違いない。
「しょうがないですよ。今までの実績からしても、レイがテイムしたということにするのが一番手っ取り早いんですから。それに、これはあくまでもそのリザードマンが馬車に乗れない場合です。そのリザードマンが馬車に乗れるのなら、問題はないかと」
「だが、向こうは第三皇子だろう? そうするとそんな相手をテイムして従魔にしたというのは、色々と危険なのは間違いない」
なら、今回の一件はどうすればいいのか。
色々と考えつつも、結局いい考えは浮かばず……ダスカーは部下共々、頼むから馬車に乗れるようにと祈るのだった。
「……あら?」
「痛っ! 痛いって! 分かった、俺が悪かったから止めてくれ!」
ダスカーがガガを含めて多数のリザードマンが転移してきた件に関して頭を悩ませている頃、ギルムの見回りをしていたヴィヘラは、ふと視線を空に――トレントの森がある方に――向ける。
そんなヴィヘラの下では、腕の関節を極められて動けなくなって騒いでいる男がいるのだが、それを行っている本人は全く気にした様子がない。
「ちょっ、あの、ヴィヘラさん? ヴィヘラさん!」
ヴィヘラと一緒にギルムの見回りをしていた一人、冒険者の女が、慌てたようにヴィヘラに声を掛ける。
その声で我に返ったのか、ヴィヘラは不思議そうな視線を向け、口を開く。
「どうしたの?」
「ん」
そんなヴィヘラに指摘したのは、ヴィヘラと行動を共にしているビューネ。
いつものように短い一言だったが、それでもヴィヘラには十分に意味が通じたのだろう。
痛いと悲鳴を上げている男を見ながら、口を開く。
「この程度のことで何でそこまで悲鳴を上げるの? 貴方は相手の腕の骨を折ったのよ? それも、ちょっとぶつかった程度で」
ぶつかった相手はすぐに謝ったのだが、ギルムに来て間もない力自慢のこの男は、それで相手を許さず……ヴィヘラが口にしたように、その腕の骨を折るという重傷を負わせた。
そこに通りかかったのが、ヴィヘラ達。
見回りをしている立場としては、そのような事件があったのを見逃す筈もなく……だが、ただの力自慢がヴィヘラを相手にどうこう出来る筈もなく、結果として今のような状況になっていた。
「少しくらい腕っ節が自慢だからって、やっていいことと悪いことがあるのは分からない?」
もしヴィヘラのことを知っている者がその話を聞けば、皆が呆れるだろう。
もしくは、『お前が言うな!』と声を揃えて叫ぶだろうか。
ここにいる中でヴィヘラにツッコミを入れることが出来るのはビューネのみで、他の面々はヴィヘラに憧れていたり、恐れていたりといった様子だったので、そのような突っ込みを入れられることはなかったのだろうが。
「わ、分かった! ごめん! 謝る、謝るから離してくれぇっ!」
痛みに叫ぶ男を数秒眺め、ヴィヘラはようやく手を離し……その視線を、トレントの森の方に向ける。
(何か美味しい瞬間を逃したような気がするんだけど、気のせいかしら?)
恐るべき女の勘で、そう考えるのだった。
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