第2038話

 トレントの森で新たに現れた緑の亜人とリザードマン達。

 樵達はそんなリザードマンに対して恐怖していた者もいたが、取りあえず大人しくて攻撃をするといったことはないと言われた以上、取りあえず信じてはいるのだが、それでも何かあるかもしれないと思えば、どうしても恐怖を覚えてしまう。

 樵というのは、気が強い……言ってみれば、乱暴な性格をしている者も多い。

 それこそ、街中では喧嘩をするといった者も多いのだ。

 だが、それはあくまでも普通の人間を相手にしてのものであり、リザードマンのようなモンスター……それも、戦闘訓練を積んだ兵士を相手にしてのものではない。

 そんな樵達が護衛の冒険者達と共に伐採をする為にトレントの森に入っていくのを眺めながら、レイはセトやゾゾ、騎士と共にその場で待つ。


「なぁ、レイ。今の時点でそのリザードマンの意識が戻ったらどうするんだ?」

「え? あー……まぁ、その可能性もあるのか」


 ゾゾの一撃で気絶しているリザードマンは、いつ意識が戻ってもおかしくはないのだ。

 そして意識が戻れば、またゾゾに戦いを挑むか……場合によっては、そのゾゾが従っているレイに攻撃をする可能性もある。

 もしくは、緑の亜人達に攻撃をするか。

 ともあれ、レイが見たところでは意識が戻っても大人しく自分の指示に従うとは到底思えない。


「なら、取りあえず縛るか」


 そう言い、ミスティリングからロープを取り出すレイ。

 そのロープを見たゾゾが微妙に嫌そうな表情を浮かべたのは、自分もレイに倒された後でロープによって手足を縛られて身動き出来ないようにされたからだろう。

 結果としてはレイに従うという行動を取ったおかげでロープに縛られるといったことはなくなったが、ゾゾの視線の先にいるリザードマンは、恐らく……と、そんな風に考える。

 とはいえ、今の状況で暴れられても困るのは事実である以上、嫌そうな表情を浮かべながらも、ゾゾはレイがロープで気絶したリザードマンの手足を縛っていくのを止めるようなことはしない。

 数分と掛からずに縛り終えると、レイは一仕事終えたといったように額の汗を拭く振りをする。

 ドラゴンローブは簡易エアコンのような機能がついている以上、汗を掻くことはない……訳ではないが、それでもこの程度で汗を掻くといったことはなかった。

 ましてや、今はまだ春で、しかも午前中なのだから。


「これで暴れても大丈夫だろ。後は、馬車がいつ来るかだけど……いつくらいになりそうだ?」

「あー、そうだな。この件に関しては最優先でという風に言われてるから、さっきの知らせを持った奴がギルムに到着すれば、すぐにでもだな。もっとも、ダスカー様が欲してるのは緑の亜人のほうだろうけど」


 それについては、レイも理解している。

 実際、植物を生長させるという能力を持つ緑の亜人は、間違いなくギルムにとって大きな利益となるのは確実なのだから。


「ロロルノーラの仲間達がいたのは、今回の一件でダスカー様が急いで行動する理由になるな」


 そんなレイの言葉に、騎士はしみじみと頷く。


(とはいえ、ロロルノーラ達はともかく、リザードマン達はどうするんだろうな? ゾゾは一応俺のテイムモンスターということになってるから、心配はいらないだろうけど)


 ロロルノーラ達は、皮膚や血の色が緑だ。

 だが、外見は普通の人間と大差がないので、獣人やエルフ、ドワーフのような亜人と同一視されている。

 実際にこの世界には少数しか存在しない亜人というのはそれなりにいるので、その一種と言われれば納得も出来るのだ。

 そうなると、問題なのはやはりゾゾ達リザードマンだろう。

 手足があり、二足歩行しているという点では人型と言ってもいいのかもしれないが、顔はどう見ても人ではなく、トカゲの顔だ。

 そのような相手を亜人として認めるのは、難しい。


(そうなると、いっそリザードマン全員をテイム扱いにするのか? いや、別に俺が全員テイムする必要はないのか。それこそ、適当にその辺にいる奴……は、何か妙なことを考えたりしかねないから、ある程度善良な相手にリザードマンをテイムモンスターとしてつければ……)


 そう思うも、それは明らかに普通のテイムとは違う。

 であれば、今レイが思いついたようなことが、そう簡単に出来る筈もない。

 とはいえ、このままだとリザードマン達にとっても不幸な結末しか待っていない以上、どうにかする必要があるのは間違いなかった。


「お、レイ。来たぞ」


 騎士の声に視線を向けると、そこにはトレントの森に入ってくる馬車の姿があった。

 その数、十台。

 少し多すぎるのでは? と思わないでもなかったが、緑の亜人とリザードマンを一緒に出来ないということを考えれば、恐らくは適正な数なのだろう。


「意識が戻る前に何とか間に合ったな……いや、ある意味でタイミングが良いのか?」


 レイが視線を向けたリザードマンは、ちょうどこのタイミングで目を覚ましたらしく、手足を縛られたまま暴れている。

 その口からは怒りに満ちた鳴き声が吐き出され、周囲で話を聞いていた他のリザードマン達は、自分達を率いていた者の怒声に怯える。

 とはいえ、今はゾゾがそのリザードマン達を支配下に置いている以上、怒声を上げられ、怯えていても助けに行くといった真似をする者はいない。


「ゾゾ、そいつを押さえてろ。黙らせる」


 ゾゾに怒鳴っているリザードマンを押さえるように言うと、レイはミスティリングの中から布を取り出して怒鳴っているリザードマンの口に巻く。


(これが、文字通りの意味で口封じなのか。とはいえ、これって息が出来るのか? ……ああ、少しは口が開くみたいだし、問題はないか)


 口を縛られた為に、騒ぐことが出来なくなったリザードマンを馬車に積み込み、緑の亜人やリザードマン達も馬車に乗る。

 大勢のリザードマン達の方には、何かあった時の為にゾゾを乗せる。

 ゾゾはレイと一緒の馬車に乗りたがっていたのだが、レイが何とか近くの馬車だからということで納得させた。

 レイは最初にポーションを使ったのが良かったのか、もしくはリザードマンの中でも明らかに別格たるゾゾを従えているからなのか、ともあれ理由は分からなかったが緑の亜人達からの好感度が非常に高い。

 だからか、レイが乗っているのは緑の亜人達が乗っている馬車のうちの一台だった。

 レイとしては、縛ったリザードマンの様子を見ておいた方がいいのではないかと思っていたのだが。

 一緒に馬車に乗っていれば、当然のように緑の亜人達はレイに話し掛けてくるのだが、当然のように言葉は通じない。

 だからこそ、今は適当に身振り手振りで何とかする。


(ロロルノーラ、切実に頼むから、早く言葉を覚えて通訳してくれ)


 そんな風に考えながら緑の亜人達とやり取りをしていると、その言葉の中には何度もロロルノーラの名前が出て来るのに気が付く。

 このロロルノーラはレイの知っているロロルノーラのことなのだろうが、問題なのはそれ以外は何を言っているのか分からないことだ。

 取りあえずということで、レイは自己紹介をするべく、自分を指さしてレイと何度も繰り返す。

 そうしてある程度の時間が経つと、レイのことは皆がレイと呼ぶようになり、他の緑の亜人達もそれぞれ自己紹介――本当に名前だけのものだが――をする。

 何気に和やかな雰囲気になる馬車の中だったが……それとは正反対に、ゾゾが乗っている馬車では沈黙していた。

 ゾゾにしてみれば、レイと一緒の馬車に乗りたかったのが別々の馬車になってしまって面白くないし、他のリザードマンにしてもそんなゾゾと一緒にいては緊張こそするものの、けっして騒ぐつもりにはなれない。

 ゾゾと戦ったリザードマンが乗っている馬車にいたっては、兵士が何人か見張りとして乗っているが、口を閉じられても怒り狂っているのを見れば、とてもではないが気の休まる暇はない。

 兵士達にとって唯一の救いだったのは、縛られているリザードマンが怒り狂ってはいるものの、それでも暴れるといったことがなかったことか。

 もしこれでリザードマンが暴れるようなことにでもなっていれば、とてもではないが馬車の中で安心してすごすようなことは出来なかったのだから。

 そのようにしながら、ある馬車では平穏に、そしてある馬車では重苦しい雰囲気で、そしてまたある馬車では険悪な雰囲気のまま、馬車はギルムに向かって進む。

 とはいえ、トレントの森とギルムの距離はそこまで離れている訳ではない。

 レイが緑の亜人達と話していると、やがてギルムが見えてくる。

 まだ朝方だということもあり、ギルムから出て来る者の方が多い。

 これからの時間に掛けて、次第にギルムに入ってくる者達も増えるのだろう。

 そのおかげと、転移の一件は前もってしっかりと連絡がされている為に、レイ達は顔見せ程度の簡単な手続きでギルムの中に入ることが出来た。

 そしてギルムに入った馬車が向かうのは、当然のように領主の館だ。


「こっちだ!」


 こちらも前もって連絡があったのだろう。

 門番をやっていた兵士が、馬車を先導して領主の館の敷地内を進み、やがて騎士達の訓練場に到着する。

 今回やって来た者はそれなりの人数になる為に、いきなり領主の館の中に入れるのではなく、ここに来ることになったのだろう。

 そこで待っていたのは、ダスカー。

 レイとしては、領主の仕事は大丈夫なのか? と思わないでもなかったが、ダスカーにしてみれば緑の亜人やリザードマンが転移してくるというのは、非常に大きな事態だ。

 緑の亜人は、上手くいけばこれからギルムが発展する原動力の一つとなってくれるかもしれないという希望がある。

 リザードマン達は、緑の亜人達とは正反対の意味で大きな事態なのは間違いなかった。

 基本的に好戦的な性格をしており、遭遇すればほぼ確実に戦いになるだろう相手。

 ましてや、リザードマンの中には、ゾゾのような希少種や上位種と思われる存在すらいるのを考えると、樵の護衛としても今までよりも腕の立つ冒険者が必要となる。


「レイ、よく無事に戻ってきてくれた」


 馬車から姿を現したレイに、ダスカーは豪快な笑みを浮かべてそう声を掛ける。

 そんなダスカーの様子に、レイは若干戸惑った様子で口を開く。


「無事に戻ってきたって言うのは、この場合は当て嵌まらないんじゃないですか?」


 実際、トレントの森にいた中で一番危険だったのはゾゾの同類と思われる相手だったが、その相手もゾゾによってあっさりと倒されている。

 であれば、ここまで大袈裟な言葉を使うのはおかしいのではないか。

 そう、レイが考えるとも当然だろう。

 だが、ダスカーはそんなレイにとんでもないと首を横に振る。


「レイがいたからこそ、今回も無事に緑人(りょくじん)達を保護出来たのだ。それには感謝してもしたりない」

「……緑人?」


 聞き覚えのない言葉に、そう返す。

 もっとも、その名前からロロルノーラ達のことを示しているのだということは、明らかだったが。


「そうだ。いつまでも『緑の亜人』では外聞が悪いからな。取りあえず今は緑人と呼ぶことにする。勿論、ロロルノーラ達が言葉を覚えて自分達の正式な種族名がはっきりすれば、そちらで呼ぶことになるだろうが」

「あー、なるほど。分かりました」


 レイとしては、別に緑の亜人と呼んだところで特に何かおかしいとは思えない。

 だが、それはあくまでもレイの立場だからこそ、そう思うのだ。

 ダスカーのような立場のある者がロロルノーラ達を緑の亜人といったように呼ぶのは、色々と問題があると言われれば、レイも納得するしかない。

 それに、実際に緑の亜人と呼ぶよりも緑人と呼んだ方が言葉も縮まることにより、呼びやすくなるのは間違いなかったのだから。


「分かって貰えて嬉しい。それで、緑人達だが、レイのお陰でこちらにも協力的になっている」


 そう言い、ダスカーは馬車から降りてきた緑人達に視線を向け、納得したように頷く。

 実際にレイが今日の一件で緑人達に好意を抱かれているのは間違いなく、ダスカーの言葉もそう間違っている訳ではない。

 もっとも、レイは別にその辺りを計算して緑人達にポーションを使った訳でもなかったのだが。


「その辺は、ダスカー様に任せます。俺は使った分のポーションの代金を貰えれば、それで十分ですよ」

「分かっている。後でポーションの代金……いや、それともポーションの現物の方がいいか? どちらでも好きな方を用意する」

「じゃあ、ポーションの現物でお願いします」


 金を貰って、わざわざ自分でポーションを買いに行くよりも、現物を貰った方が楽だと判断し、レイはそうダスカーに告げるのだった。

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