第2035話

 レイ達に取っては幸運にも、その日は転移してくる者達はいなかった。

 転移してきたリザードマンの一件で、樵やそれを護衛していた冒険者達との騒動が、今日一番危なかった出来事だった。

 そのリザードマン達も、結局はゾゾに従って大人しくなったので、レイにとっては多少忙しいものの、そこまで大きな騒動はなかったということになる。

 そんな一日をすごし、いつものように夕食はマリーナの家の庭で準備をして食べていたのだが……


「うん、ゾゾがここまで魚が好きだとは思わなかったな」


 レイの持つマジックアイテムの窯を使って焼いた魚、それも結構な大きさの魚を、ゾゾは嬉しそうに食べていた。

 最初に会った時はともかく、今は寡黙な性格をしているゾゾだけに、こうして嬉しそうに魚を食べている光景には少し驚きがある。

 それはレイだけではなく、他の面々も同様なのだろう。

 ビューネ以外の全員が、興味深そうな視線をゾゾに向けている。

 ……尚、他の者と違う視線をゾゾに向けているビューネは、ゾゾの食べているのが大きな魚で羨ましいといった視線だ。


「●●●!」


 何かを口にするゾゾだが、その嬉しそうな様子から見ると美味い! と言ってるのは明らかだった。

 このような中で不味いと思っているようなことはまずない、と。そう思いたい。


「リザードマンって、実は魚好きだったりするのか?」


 そうレイが尋ねたのは、この中で一番長く生きており、冒険者としての経験も、そしてギルドマスターとしての経験もあって、深い知識を持つマリーナだ。

 だが、マリーナはレイの言葉に難しい様子で首を横に振る。


「いえ、必ずしもそうとは限らないわ。そもそも、リザードマンの中には魚がいないような砂漠で暮らす種族もいるし」

「ああ、そう言えば」


 レイがマリーナの言葉に、そう言えばそんなリザードマンもいたなといった様子で頷く。

 砂漠に住んでいるリザードマンであれば、魚を食うような機会はない。

 いや、あるいはオアシスになら魚がいるかもしれないが、それだってそこまで多くはない。


「そうなると、魚が好きなのはリザードマン全体じゃなくて、ゾゾ特有のものか」


 そう思いつつ、レイはあるいは異世界のリザードマンなら魚が好みなのかもしれないと思う。


(もしこれがゾゾ特有じゃなくて、異世界のリザードマンの嗜好だとしたら、ダスカー様に知らせておいた方がいいのかもしれないな)


 現在、領主の館にはそれなりの数のリザードマンがいる。

 緑の亜人は植物を生長させることが食事となっており、食料を消費するようなことはない。

 だが、リザードマンはゾゾを見れば分かる通り、食料を必要としている。

 であれば、どうせならリザードマン達の好物を食事として出した方が、リザードマン達のストレスを少しでも少なくするという意味では有用だろう。


「リザードマンが、魚を好きかどうかなのは分からないけど、ゾゾが魚を好きなのは確実だな。……こうなると、去年の夏に海に行ったのは良かったのか」


 現在のレイのミスティリングの中には、まだ大量に魚が入っている。

 その魚は川で獲った魚もいるが、大半は去年の夏に海に行った時に獲った代物だ。

 もし去年海に行ってなければ……もしくは、ミスティリングの中に収納されていた魚の大半を食べてしまっていれば、ゾゾは好物の魚にありつけなかっただろう。

 そういう意味では、ゾゾはレイ達に感謝をするべきだった。……もっとも、ゾゾはレイとエレーナに対しては、強い感謝……いや、畏怖を抱いていたのだが。


(魚か。今は春でもまだ寒いけど、もう少し夏に近くなったら海に行ってもいいかもしれないな。……ゾゾが泳げるかどうかは、実際に海に行ってみないと分からないけど)


 嬉しそうに魚を食べるゾゾを見ながら、レイはもう少し増築工事が落ち着いたら海に行きたいと、そう思う。

 とはいえ、ロロルノーラやゾゾ達が転移してきている現状を考えると、レイやその仲間達が迂闊にギルムを空ける訳にいかないのも、また事実だった。

 ロロルノーラを始めとして緑の亜人達は友好的な性格をしているので、接触してもそこまで困ることはない。

 だが、ゾゾ達リザードマンは違う。

 レイが接した限りでは、基本的に好戦的な性格をしている。

 それでもリザードマン達にとって上位の存在たるゾゾがいるからこそ、無闇に暴れたりといった真似はしていない。

 だというのに、レイが海に行くとなれば当然のようにゾゾも一緒に行くと主張するのは当然であり、自分だけがギルムに残るといったことはまずないだろう。

 そんな時にリザードマンが来たりすれば、それは間違いなく大きな騒動になってしまう。

 だからこそ、レイは迂闊にギルムを出るような真似は出来なかった。


(ゾゾと同じような強さというか、格を持っていて、それでいて友好的な存在……相手に従うにしても、ゾゾ程に律儀じゃない奴ならギルムに残していっても平気かもしれないけど。……難しいだろうな)


 リザードマンが転移してきたのは、二回。

 だが、二回目の転移では、ゾゾと同じような普通のリザードマンよりも明らかに格上の存在が姿を現すことはなかった。

 これは、ゾゾがそれなりに貴重な存在なのか、それとももっと何か別の理由があるのか。

 言葉が分からない以上、まだその辺の事情ははっきりしていてない。

 それでも、ゾゾのような存在が数少ないというのは分かるので、明日以降の転移でゾゾのようなリザードマンが姿を現すのかと言われば、はっきりと頷くことは出来ない。


「本当に、お前は一体どんな立場にあるんだろうな」


 美味そうに焼き魚を食べているゾゾを見ながら、レイが呟く。

 ゾゾはそんなレイの視線を感じたのか、どうしたのですか? といった視線をレイに向ける。

 レイの言葉は分からなくても、何となくレイの意志は理解出来るのだろう。

 だが、レイはそんなゾゾに何でもないと首を横に振ると、自分の食事に戻る。

 テーブルの上にあるのは、大量のサンドイッチ。

 それこそ、数十人分はあるだろう。

 サンドイッチというのは、時間が経てばパンが固くなり、挟んでいる具も劣化して味が落ちる。

 挟んでいる具にもよるが、マジックアイテムの釜でトーストすれば、ある程度は美味く食べられるが。

 普通なら、これだけのサンドイッチがあっても、絶対に食べきれずに残してしまうだろう。

 だが、レイ達は色々な意味で別だった。

 レイやビューネといったように、体型に似合わぬ大食いが揃っているし、それこそセトがいればこれくらいなら楽に食べきれる。

 また、もし明日に残すとしても、レイのミスティリングがあるので、パンが乾燥したりといったことはしなくてもすむ。

 そんなサンドイッチを口に運びながら、レイは口を開く。


「それで、今日はほぼ全員でトレントの森に行った訳だけど……明日はどうする?」


 トレントの森に行くかどうか。

 そういう意味で聞いたレイの言葉に、最初に口を開いたのはヴィヘラだった。


「私は止めておくわ」

「……意外だな。ヴィヘラのことだから、それこそ毎日でもトレントの森に向かうかと思ってたのに」


 レイの言葉に、他の面々も同意するように頷く。

 唯一、ゾゾのみは焼き魚を味わっていたが。

 ここにいる者にとって、ヴィヘラが強敵との戦闘を好むということは常識のようなものだ。

 そんなヴィヘラが、何故トレントの森に行かないのかといった疑問を抱くのは当然だった。

 だが、レイの言葉にヴィヘラは自分の隣で料理を味わっているビューネの頭を撫でる。


「今日一日ならともかく、この子を連日放っておく訳にもいかないでしょ」

「あー、うん。それはそうだろうな」


 ビューネは盗賊としては年齢に見合わないくらいの技量を持っているし、戦闘力も高い。

 だが、やはりその外見から他人に侮られることも多いし、何よりビューネの意志を細かい場所まで理解出来るのは、ヴィヘラしかいないというのも事実だ。

 そういう意味では、やはりヴィヘラとビューネは一緒に組んだ方がいいのも間違いなかった。


「それに、今日見た限りでは、リザードマンの中ではゾゾがかなりの強さを持つんでしょう? なら、朝の模擬戦でゾゾと戦うことが出来る訳だし、ビューネを放っておいてトレントの森に行くのは止めた方がいいかなって」


 その言葉は、今朝の模擬戦でゾゾと戦ったからこそのものだろう。

 とはいえ、ゾゾはリザードマン達の中では相当の強さを持つのは間違いないが、ヴィヘラを相手にすれば勝つ……いや、善戦するのすら難しい程に実力の差がある。

 そういう意味では、ヴィヘラにとってリザードマンという存在はそこまで興味を惹くものではなくなってしまったのだろう。

 勿論、リザードマンの上位種や希少種といった存在がいれば、ヴィヘラも再び食指が動く可能性はあったが。


「ん」


 ヴィヘラの言葉に、ビューネはいつも通り無表情に小さく呟く。

 それでもどこか嬉しそうに思えたのは、ある程度ビューネとの付き合いも長くなってきているからだろう。


(このまま、もっとビューネとの付き合いが長くなれば、ヴィヘラみたいに完全にビューネの言いたいことを理解出来たりするのか?)


 そんな風に思うレイだったが、何となくビューネとは仲良くなっても、ヴィヘラのように完全にその意志を理解することは出来ないような気がしてしまう。

 ビューネが一番苦しい時に、ヴィヘラは一緒にいたのだ。

 それが影響し、ビューネもヴィヘラに一番懐いている。



「じゃあ、ヴィヘラとビューネはギルムの見回りだな。……マリーナは?」

「そう、ね。今日は休んだし、私も怪我人の治療とかかしら」


 精霊魔法を使えるマリーナは、水の精霊魔法によって回復魔法が使える。

 勿論、本職の回復魔法には劣るが、それでもある程度の怪我を治療することは可能だった。


「んー……じゃあ、エレーナ」

「私は、そうだな。アーラ、明日の予定は何かあるか?」

「はい。何人か貴族が面会を希望しています。ただ、そこまで急な用事ではないので、断ろうと思えば問題はないかと」

「貴族の面会か。それは、やはり今回の件か?」

「恐らくはそうかと。名目上は違うみたいですが、今日エレーナ様がトレントの森に向かったのを知っての行動かと思います」


 アーラのその言葉に、エレーナは納得したように頷く。

 エレーナがレイと親しいというのは、多くに知られていることだ。

 そして今回の一件についての情報を少しでも知っていれば、その辺りからどうにかして情報を得ようと思う者がいてもおかしくはない。

 勿論、貴族派として今回の件に関わるのであれば、エレーナが得ている情報で十分だろう。

 だが、例え貴族派に所属している貴族であっても、派閥の利益と自分の家の利益のどちらを重視するのかと言われれば、後者を選ぶ者が多いのは当然だろう。

 ……あまりに自分の家の利益を重視した結果、派閥に大きな損失を与えるようなことになれば、話は別だったが。

 エレーナに面会を望む者達は、その辺りについての情報を欲してもいるのだろう。


「ふむ。情報を与えすぎるのも不味いが、情報を与えすぎないというのも不味いか。……しょうがないな。レイ、私は明日はトレントの森に行けそうにない」


 こうして、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人は全員が明日はトレントの森に行かないと告げる。

 レイとしては、何かあった時の為に出来れば一緒に来て欲しいというのが本音だった。

 エレーナ達は、何かあった時に安心してその場を任せることが出来る実力を持った相手なのだから。

 実際に今日も何度かトレントの森からギルムに戻ることが出来たのは、エレーナ達がトレントの森にいたというのが大きい。

 もし何か不測の事態が起きても、エレーナ達ならどうとでも出来ると考えたからだし、実際にそれは間違いない筈だった。


「残念そうな顔をしてるけど、私達以外にも腕の立つ冒険者とかがいるんだから、戦力が絶望的という訳でもないでしょ?」

「まぁ、それはそうだけど」


 マリーナの言葉にそう返すレイだったが、出来れば気心の知れた相手がいてくれる方がいいのは当然だった。

 実際に実力がある冒険者や騎士、兵士といった者達が集まってはいるのだが、ここにいる仲間達程に信頼出来るかと言われれば、レイは即座に首を横に振るだろう。

 ある程度顔見知りの者達もいるが、それでもやはりこうしてパーティを――エレーナとアーラは違うが、戦場を共にしたという意味では間違いなく信用出来る――組んでいる相手とは、どうしても信頼度は比較出来ない。

 だからこそ、今回の一件においては出来れば一緒に来て欲しいと思っていたのだが……


(まぁ、今日の件を見れば、そこまで無理はさせられないしな)


 半ば強引に、自分をそう納得させる。

 ……ちなみに、この日もまた対のオーブでグリムを呼ぶことは出来なかった。

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