第2017話
ロロルノーラから名前を聞き出したのと同じ方法で、レイはリザードマンから名前を聞き出すことに成功する。
「ゾゾ、か。短い名前だな」
ゾゾの名前を聞いてレイが呟くと、その隣でやり取りを見守っていたギュラメルが頷く。
「そうだね。ただ、種族によっては名前というのは色々と違うからね。あまりそういうことは言わない方がいいと思うよ。それに、短い名前だというのなら、レイだってそうじゃないか」
「あー……まぁ、そう言われるとそうだな。それで、これからどうするんだ? 取りあえずゾゾは俺に従うというのを態度で示している以上、ギルムに向かうのにそこまで苦労はしないと思うぞ」
リザードマンを率いるゾゾがレイに従っている上に、他のリザードマン達もゾゾを一撃で倒したレイの実力に畏怖を抱いているので、逆らうということはない。
とはいえ、それはあくまでもレイ個人に対しての話であり、他のギルムの人間……例えばギルムの交渉を担当しているギュラメルの指示にも従うのかと言われれば、レイも素直に頷くことは出来なかった。
「うーん、やっぱりレイも一緒に来て貰った方がいいと思うんだけど」
ゾゾがレイの命令しか聞かないというのであれば、そのレイがゾゾと一緒に来て、そしてゾゾは部下のリザードマン達に一緒に来るように命令すればいい。
そう告げるギュラメルだったが、レイはその言葉に素直に頷く訳にもいかない。
「ギュラメルの言いたいことも分かるけど、ここをそのままにはしておけないだろ。ロロルノーラやゾゾ達がそれぞれ二回に分けて転移してきたことを考えると、まだ他に誰かが転移して来ないとも限らないし」
「それは……」
レイの口から出たのが痛い内容だったからか、ギュラメルも言葉に詰まる。
実際、ロロルノーラ達だけならともかく、ゾゾのような好戦的な存在が転移してきた場合、ここいにいる冒険者達では相手に出来るかどうかは分からない。
いや、ロロルノーラ達にしろ、レイがいたからこそ他の冒険者達が攻撃を仕掛けるような真似はしなかったが、もしここにレイがいなければ、場合によっては転移してきたロロルノーラ達を警戒した冒険者達が攻撃をしなかったとも限らない。
その辺の事情を考えた場合、やはりここには一定以上の技量を持つ者がいた方がいいのは確実だった。
ギュラメルも、それが分かっているからこそ、レイの言葉に反論出来なかったのだろう。
そのまま数秒考えたギュラメルは、騎士達に視線を向ける。
自分の護衛としてここにやって来てくれた騎士達だが、その技量は非常に高い。
それこそ、ここにいるレイ以外の冒険者達とは複数人を相手に戦っても勝てるだろうと、そう思えるくらいの実力は持っていた。
だが、騎士はギュラメルが何を言いたいのか承知した上で、首を横に振る。
「すまないが、俺達はあくまでも交渉役を務めるギュラメル達の護衛としてここに派遣されたんだ。そうである以上、自分達の判断で勝手にここに残るような真似は出来ない」
「そこを何とかお願い出来ませんかね。リザードマン達が大人しく移動するのかどうかは、皆さんに掛かってるんですから」
ゾゾや他のリザードマン達をここに残し、ロロルノーラ達だけを連れていくという選択肢も存在する。
だが、転移が既に二度起こっているということを考えると、もしかしたら再度転移が起きないとも限らない。
そしてゾゾのようなリザードマンがやってくれば、色々と不味いことになるのは確実だった。
「そうなると……高ランク冒険者を呼んでくるとか? ヴィヘラ辺りなら、喜んで来るかもしれないけど」
強敵との戦いを楽しみにしているヴィヘラだけに、好戦的な相手が転移してくるかもしれないと言えば、喜んでここに来るだろうというのが、レイの予想だった。
「なるほど。では、お願いしても構いませんか? 取りあえず、私がここにいれば、騎士の人達も……」
そう言い掛けたギュラメルだったが。ゾゾに視線を向けるとその言葉を止める。
ゾゾが何を考えているのかは、ギュラメルにも分からない。
だが、レイに従っているというのは間違いなく、もしレイがセトに乗ってギルムに行くと言えば、間違いなくゾゾも一緒に行くと言う――言葉は通じないが――だろう。
そうなると、ギルムでは間違いなく騒動になる。
何より、ゾゾが一緒に行くとなると、セトの足に掴まって移動する必要があるが、セトがゾゾにそれを許容するのかといった問題もあった。
レイもそれに気が付いたのか、セトとゾゾを見比べた後で、ゾゾの方に近づいていく。
「俺はこれからギルム……住んでいる場所に一度戻るけど、ゾゾはここで待っててくれ」
そう告げるが、当然のように言葉は通じない。
それでも身振り手振りで、ここにいるようにと示すレイ。
ゾゾも最初はレイが何を言ってるのか分からなかった様子だったが、何度となく地面を指さすレイの姿に、その場に跪く。
「……いや、跪けとは言ってないんだけど」
コミュニケーションの難しさをしみじみと感じつつ、レイは一度ゾゾを立ち上がらせてから、再び地面を指さす。
そんなレイの態度に、再び跪こうとするゾゾだったが、レイはその動きを止めて地面を指さすだけだ。
何度か同じ行為を繰り返すことにより、ようやくゾゾもレイの言いたいことを理解出来たのか、その場に立って待機する。
それを確認してから、レイは自分とセトを順番に指さし、次にギルムの方を指さすし、最後に自分のいる場所を再度指さす。
自分とセトがギルム……指さした方に向かうけど、またここに戻ってくると態度で示したのだが、幸いないことに今度はゾゾも早めにレイの言いたいことを理解したらしく、深く頷く。
「うん、どうやら何とかなったみたいだ。分かってたけど、身振り手振りって凄いな」
「それで通じてるのが、不思議なんだが」
騎士の一人が、そんなゾゾとレイを不思議そうに見る。
とはいえ、実際にレイも本当に自分の言いたいことが通じているのかどうかというのは、言葉が通じない以上ははっきりとしない。
セトに乗って移動してみて、そこで初めてゾゾがその場に留まっているか、もしくは何らかの行動を起こすのかがはっきりとする。
「取りあえず大丈夫だと思うから、ヴィヘラを連れてくる。後は、追加で腕利きの冒険者を何人か寄越すようにギルドに要請しておくよ」
そう告げ、レイはセトの方に近づいていく。
転移してくる兆候は掴めるものの、具体的にどのくらいの人数が転移してくるのか、そしてどのような存在が転移してくるのかというのを察知出来なかったセトは、どこか元気がない。
「グルゥ」
「気にするなって。あんな状況なら、察知出来なくてもおかしくはないんだから」
それに、異世界からやってきた連中なんだしと、そこは口に出さず、セトを慰めるように撫でる。
そんなレイの行動は、セトにとっても十分な励ましになったのだろう。
一分程撫でていると、やがてセトは落ち込んでいたのが嘘のように喉を鳴らす。
「グルルルルゥ!」
「そうか、気持ちよかったのなら何よりだよ。それでギルムに行きたいんだけど、飛んでくれるか?」
「グルゥ!」
レイの頼みに、任せて! と喉を鳴らし、レイが乗りやすいように身を屈める。
セトの気分の切り替えの早さに笑みを浮かべつつ、レイはその背に乗ってギルムに向かうのだった。
そんなセトとレイの動きを驚いた様子で見ていたのは、ロロルノーラ。
レイに対してはポーションを使ってもらい、リザードマンの攻撃から庇って貰いといった風に恩を感じていたが、それとは全く何の関係もなくセトがレイを乗せていった光景に驚くだけだ。
セトという存在そのものに驚いていたのか、もしくはセトがレイを乗せたことに驚いたのか、その辺りは他の者達にも分からなかったが。
また、ゾゾも飛んでいくレイとセトの姿を、じっと見つめていた。
ゾゾにしてみれば、レイがここに残るようにと言ったのでここに残っているが、もしそんな命令がなければ、それこそレイの行く場所には自分も行きたいという思いがあった。
だが、そんな自分の思いよりも、レイの命令の方が優先順位は上である以上、ゾゾにはここで待つという選択肢しか存在していない。
(さて、どうしたものでしょうかね。レイがいればゾゾともある程度気軽に接触出来たのですが)
ギュラメルが見たところ、ゾゾが従うのはレイだけであって、それ以外には全く従う気はない。
ギュラメルやロロルノーラ達に攻撃をしないのは、レイがそのような真似をしないように禁じているからだろう。
もしレイがいなければ、ゾゾはすぐにでも他の面々に攻撃をしてもおかしくはない。
そう思わせるだけの迫力が、ゾゾにはあった。
勿論、ギュラメルを守っている騎士達はそのような好き勝手な真似をさせたりはしないが、それでも今回の一件に関して言えば、絶対に安全だとは思えない一面もある。
ゾゾだけであれば、護衛の騎士と多少戦力不足かもしれないが冒険者達がいる。
だが、ゾゾが他のリザードマン達に命令を下すような真似をした場合は、全員を守るというのは非常に難しくなるのは間違いなかった。
だからこそ、ギュラメルはゾゾに話し掛けるのを控え、ロロルノーラの方に話し掛ける。
……もっとも、当然ながらギュラメルもロロルノーラと言葉が通じないので、身振り手振りでのやり取りになるのだが。
ロロルノーラもその性格から、ギュラメルに攻撃しようとは思わない。
何とか身振り手振りでお互いに意思疎通を図ろうとし、ゾゾがそんな二人から離れた場所で立っており、冒険者達と騎士達は何かあったらすぐに助けに入れるように様子を見て、ゾゾ以外のリザードマン達は命令があるまでは大人しく一ヶ所に固まっているという、そんな光景がそこにはあった。
「おい、レイ! お前戻ってきてもいいのか!?」
ギルムの正門前に着地したレイを見て、警備兵の一人が思わずといった様子で叫ぶ、
トレントの森で異変があったという情報は、当然のように警備兵にももたらされていたし……何より、ドラインが馬を潰す勢いでやって来たのをその目で見ているのだから、そのように思うのも当然だろう。
その時に並んでいた者の大半は既に手続きを終えてギルムの中に入ってはいるが、それでもまだ残っていた者もいたので、レイの様子を興味深そうに見守っている者もいる。
「ああ、取りあえず少しの間なら大丈夫だと思う。すぐにまた向こうに戻る必要があるけどな」
そう言いながら、レイとセトは素早くギルムに入る手続きを終えると、中に入っていく。
警備兵や、事情を知っている者達の一部もそんなレイから話を聞きたがっていたが、レイの様子を見れば今はそのような状況ではないと判断したのか、特に話し掛けるような真似はしなかった。
もっとも、そこまでレイと親しくない者にしてみれば、事情を聞きたくてもレイに話し掛けてもいいのか、という躊躇もあったのだが。
そんな者達をよそにギルムに入ったレイは、まずギルドに向かう。
ギルドに今回の一件についてどこまで情報が流れているのかは分からなかったが、それでもヴィヘラを引っ張って行くとなると、街の見回りの依頼を一時的に中断して貰う必要があった為だ。
(とはいえ、情報が伝わっていない場合はどんな理由にするのか、だよな。……まさか、俺が勝手にロロルノーラやゾゾ達について話す訳にもいかないだろうし)
今回トレントの森で起こったことは、色々な意味で重大な出来事なのは間違いない。
そうである以上、ギルドに……それが例え自分の担当のレノラやそのレノラの親友のケニーであっても、話していいのかどうかという葛藤がレイにはあった。
もしこれが、普通の転移としてこのエルジィンのどこかから転移してきた者であれば、そこまで問題になるようなことでもなかったのだろうが……ロロルノーラとゾゾ達は、恐らく異世界からやってきた存在なのだろうと、レイは確信していた。
(異世界……まさか、あの目玉とかが何か関係しているとかじゃないよな? いや、あの戦いから結構時間がすぎてるし、違うか)
コボルトを延々と生み出し、もしくは召喚し続け、更にはその本体は大量の触手と視神経の尻尾を持つ巨大な目玉で、非常に厄介な……それでいて不気味な存在だった。
あの存在も空間の裂け目から出入りしていたということを考えると、異世界の存在と言ってもいい。
(いや、そもそもあの目玉の死体を手に入れたグリムが、妙な実験をした結果とか……ないよな、うん。多分ない。絶対ない。ないと……いいな)
そんな風に考えつつ、レイはセトと別れてギルドの中に入るのだった。
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