第2016話
ロロルノーラとギュラメル、レイ。
そんな三人が、それぞれこれからどうするべきかというのを話そうとするも、そもそも言葉が通じない以上はどうしようもない。
身振り手振りである程度の意思疎通は出来ているのだが、それはあくまでもある程度でしかなく、細かな意思疎通をするのは難しかった。
「あー……取りあえず、だ。ロロルノーラ達の件はともかく、リザードマンの方をどうするか、だな。取りあえず警備兵が乗ってきた馬車に詰め込んで、ギルムに連れていこうと思っていたんだけど、それで構わないか?」
取りあえず、片付けられるところから片付けよう。
そんな思いでレイがギュラメルに尋ねる。
尋ねられたギュラメルの方は、すぐにどうするべきかを答えることは出来ない。
リザードマンが普通のモンスターであれば、それこそ迷うことはなく殺していただろう。
だが、今の状況を考えれば、迂闊にそんなことが出来る筈もない。
「うん? そうだね。この様子を見れば、暴れるようなことはないだろうから……」
そうギュラメルが言った、そのタイミングで、周囲に大きな声が響く。
「●●●●●!」
相変わらず、その叫び声を理解は出来なかったが、それでも怒り狂っているというのは、それを聞いた者であれば全員が理解出来た。
声のした方に視線が集まり、当然のようにレイもそちらに視線を向ける。
その先にいたのは、縛られているリザードマン。
ただし、他に集まっているリザードマンではなく、レイに対して攻撃をしてきて、逆襲にあったそのリザードマンだ。
「手足をロープで縛られているってのに、元気だな」
長く太い尻尾を動かし、それがまるで鞭のように周囲の地面を叩く。
その威力は、地面を破裂……というのは多少大袈裟かもしれないが、そのような結果をもたらすことが出来る威力を持っていたのは間違いない。
「やっぱり、ロープで縛られて怒ってるのか?」
疑問を抱きつつ、レイはロロルノーラに視線を向ける。
何しろ、この場であのリザードマン達のことを一番知っているのは、間違いなくロロルノーラなのだから。
……とはいえ、まだお互いに言葉を交わすことが出来ず、名前しか分かっていない以上、説明して貰ってもどうしようもない、というのは間違いのない事実なのだが。
そして実際、レイに視線を向けられたロロルノーラは、何と言えばいいのか困っている様子ではあった。
(いや、けど……困ってるけど、驚きもある?)
ロロルノーラがレイの言葉に向けてきた視線の中には、レイが考えた通り間違いなく驚きの色があった。
このような状況で驚きを浮かべるというのは、レイにとっては意外としか言えない。
自分達を攻撃してきただろう相手の叫び声を聞いて、何故驚きを浮かべるのか。そして……
(何であのリザードマンは俺の方を見てるんだ?)
暴れていたリザードマンは、先程までの叫びを止め、何故かレイの方をじっと見ている。
いや、それだけあれば、レイもそこまで気にするようなことはなかっただろう。
だが、この場合問題なのはレイを見る目に憎悪の色がないことだ。
他のリザードマンを従えた時のことや、レイを侮った目で見るといった真似をしている時と比べると、明らかに違う視線で自分を見ているのだから、疑問に思うのは当然だろう。
「レイ、あのリザードマン、レイを見ているように思えるんだけど、私の気のせいかな?」
ギュラメルもまた、リザードマンの視線に気が付いたのか、そんな風にレイに尋ねる。
その言葉を聞いたレイは、取りあえずということで数歩横に動いてみる。
すると、リザードマンもそんなレイの動きを追うように顔を横に動かす。
レイは更に動いてみるが、リザードマンの顔もそんなレイを追い続けていた。
「うん、間違いなく俺を見てるな。……けど、闘争心の類があるようには見えないけど」
「そうなのかい? 私は戦いについては素人だから、その辺は分からないんだけど。……一応聞くけど、あのリザードマンを倒したのはレイなんだよね?」
「ああ、それは間違いない」
「だとすると、彼は……いや、彼なのか彼女なのかは分からないけど、あのリザードマンはレイと再戦したいんじゃ?」
「そういう風には、見えないけど」
リザードマンがレイを見る視線の中には、闘争心の類はまるでない。
もっと何か落ち着いた……それでいて激しい感情という、一種の矛盾した感情があるように思える。
「取りあえず、あのリザードマンに近づいてみたらどうかな? 縛っているロープも解いて」
「本気か? あのリザードマンは、間違いなく敵だぞ? それこそ、いきなり攻撃してくるような。それに、ロロルノーラ達を攻撃していたのも、間違いなくあいつだし」
「それは分かっているよ。けど、今の様子を見る限りでは、とてもではないが暴れるようには見えない。違うかい?」
そう言われれば、レイとしても否定は出来ない。
実際に自分を見るリザードマンの目に、敵意の類は存在しないように見えた為だ。
「……分かった。ちょっと試してみる」
そう告げ、レイはリザードマンに近づいていく。
こうもあっさりとリザードマンに近づいていったのは、リザードマンの力をほぼ読み切っていた為だ。
ロープを解かれたリザードマンが攻撃してきても、即時に対処出来るという自信がレイにはあった。
勿論、最初に戦った時の力が、リザードマンとして最高の力であると限らないのは、レイも知っている。
あの時のリザードマンは、明らかにレイを侮っていた。
そうである以上、手加減をしての一撃だったのは間違いない。
だが、その隠された力を加味しても、レイは自分ならどうとでも出来るという自信があった。
もし万が一……いや、億が一隠している実力がレイの想定以上であっても、ここにはレイ以外にセトもいるのだ。
だからこそ問題はないと判断し、レイはリザードマンに近づいていく。
レイとギュラメルの会話が聞こえていたのか、リザードマンの近くにいた警備兵は特に止めるようなこともせず、寧ろ自分からロープを解く。
手足を縛っていたロープが解かれたリザードマンは、そのまま何事もなかったかのように立ち上がり、じっとレイを見る。
レイの前に立つリザードマンは、明らかに他のリザードマンよりも大きい。
身長も二mを超えており、レイがリザードマンの顔を見るには軽く見上げる必要すらあった。
『…………』
数秒……いや、十秒を超える時間、じっとレイとリザードマンは無言で視線を交わす。
最初にレイを見た時は明らかに嘲りの表情を浮かべていたリザードマンだったが、今はどこにもそのような様子はない。
周囲にいた者達……それこそ、リザードマン達に攻撃されていた緑の亜人達までもが、じっとそんなレイとリザードマンの様子を窺っていた。
そのまま、更に数分。
さすがにこのままじっとしているのは……と、そう思いながら、レイが口を開こうとしたその時、リザードマンが動く。
とはいえ、それはレイに攻撃をしようとしたのではなく、レイに向かって跪いたのだ。
それこそ、王に跪く騎士のように。
「え……?」
レイにしても、まさかいきなりこのようなことになるというのは完全に予想外だったのか、その口からは戸惑いの声が上がる。
いや、それはレイだけではなく、周囲にいる他の面々……そして何より、リザードマンの集団の口から驚きと戸惑いの声が上がった。
再びその状況のまま数十秒が経過するが、跪いたリザードマンは一切身動きをしない。
(これ、一体何をどうすればいいんだ?)
まさか、自分を嘲っていたリザードマンに跪かれるなどといった真似をされるとは思わなかったレイは、今の状況でどうすればいいのかと、本気で悩む。
だが、取りあえずこのままにしておけば色々と話は進まないだろうと判断し、やがて口を開く。
「取りあえず、立ってくれ」
そう告げるも、当然のようにレイとリザードマンは言葉が通じる筈もない。
「●●●?」
何かを言うリザードマンだったが、伏せているのでリザードマンの表情も理解は出来ない。
とはいえ、いつまでもこのままという訳にはいかない以上、レイは跪いているリザードマンに近づいていく。
既にリザードマンからは、自分に対する敵意は感じない。
それどころか、跪いているのを見れば分かるように、自分に対して敬意や尊敬といった感情を抱いているのは間違いなかった。
(考えるまでもなく、俺に負けたのが原因なんだろうな)
リザードマン……いや、異世界のリザードマン全体の習性なのか、もしくはレイの前で跪いているリザードマンだけの習性なのか。
その辺は分からなかったが、ともあれレイに負けたことによってこのような状況になっているのは間違いない以上、今は現状をどうにかする方が先だった。
何より、今の状況では間違いなく緑の亜人達やリザードマン達をギルムに連れていくのに、時間が掛かるのだから。
(取りあえず、敵意の類もないみたいだし)
レイが目の前のリザードマンを見て、特に危険と感じないのはそれが理由だった。
敵意の類を隠しているだけ、という可能性もあるので、必ずしも完全に気を許している訳ではないのだが。
ともあれ、レイは跪いているリザードマンの右肩に手を当てる。
その瞬間、何故かその様子を見ていたリザードマン達がざわめく声がレイに聞こえてきた。
(あれ? もしかして、何かやってしまったのか?)
自分を見るリザードマン達の様子に、何だか致命的な失敗をしたかのような、そんな感覚を覚える。
とはいえ、今の状況を考えるとまずは跪いているリザードマンをどうにかする方が先立ったのだが。
右肩に触れられたリザードマンは、触っているレイが分かる程に……いや、触っていなくてもその様子を見ていた者であれば全員が分かる程にビクリとすると、次の瞬間には鞭のような尻尾を地面に叩きつける。
普通であれば、それは敵対行為と見られてもおかしくはないだろう行為。
実際にその様子を見ていた警備兵や騎士、冒険者といった者達は、半ば反射的に武器に手を伸ばそうとしたのだから。
だが、跪いているリザードマンはそれ以上特に何をするでもないのを見て、武器から手を離す。
「●●●、●●●●●●、●●●」
跪いていたリザードマンは、何かを言いながら立ち上がる。
そして、深々と一礼をすると、そのままレイの横に立つ。
それこそ、自分はレイの臣下だと、そう態度で示すように。
「えーと……これは……」
そんなリザードマンの様子に、困惑の表情を隠せないレイ。
当然だろう。何故か自分がデスサイズで殴り飛ばしたリザードマンが、自分に従う様子を見せていたのだから。
いや、負けた相手に従うというのは、決して珍しい話ではない。
だが、大抵そのような時は力で強引に従えられた者であり、表情に不満の色が出るのは当然だった。
だというのに、レイの横に控えているリザードマンの表情には、一切そのような不満の色はない。
それどころか、レイの隣にいられて幸せだとすら言いたげな様子ですらあった。
「レイ、どうするのかな?」
近づいてきたギュラメルからの言葉に、レイはどう反応すればいいのか迷う。
リザードマンはギュラメルを一瞥すると、特に何も反応する様子を見せない。
ギュラメルがレイと話しているのを見ているからこそ、レイと敵対する相手ではないと判断しているのだろう。
「そう言われても……これって、やっぱり俺に負けたから俺に従うとか、そんな感じだと思うか?」
「……それしか考えられないでしょうね」
レイの言葉に、ギュラメルが若干の呆れを込めて呟く。
ギュラメルにしてみれば、レイの行動はつくづく自分の常識外であるとしか思えないのだ。
とはいえ、そんなレイの行動に助かったというのも、事実だった。
レイに従っているリザードマンは、明らかに他のリザードマンを従えている存在だ。
つまり、そのリザードマンがレイに従っているということは、他のリザードマン達は迂闊に暴れたりはしないのだろうから。
「今回の一件を考えると、俺達にとっては運が良かったのかもしれないな。実力を見せればこっちに従ってくれるんだから」
「そうですね」
レイの言葉に、ギュラメルは頷きつつも、ロロルノーラの方に視線を向ける。
レイに従っているリザードマンに率いられたリザードマンによって、緑の亜人達は攻撃を受けていた。
その時のことを考えれば、レイに対して不満を抱かないのか? といったことを考えての行為。
だが、ロロルノーラはレイがリザードマンを従えている光景を見ても、特に不満そうな様子を見せてはいない。
寧ろ、何故か喜んでいるようにすら感じさせた。
(何故?)
ロロルノーラだけではなく、他の緑の亜人達も同じような表情を浮かべているのを見ながら、ギュラメルはそんな疑問を抱くのだった。
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