第2012話

 ドラインがギルムで行動している頃、レイを始めとしたトレントの森で働いていた者達はこれからどうするべきかと、それぞれに行動していた。


「じゃあ、頼む。多分問題ないと思うけど、一応モンスターが襲撃して来たら……」

「ええ、こっちの人数は少ないですけど、何とかしてみせます」


 レイの言葉にそう答えたのは、今日トレントの森で働いていた冒険者達を纏めている男だった。

 その視線の先には、樵達が乗っている馬車がある。

 とはいえ、馬車を牽く馬の一頭はドラインがギルムに向かう時に使ってしまっているので、本来よりも一頭少ないのだが。

 それでも馬車を牽くことは可能で、だからこそこの場から避難するという意味でも樵をギルムに帰すことにしたのだ。

 緑の亜人達を攻撃した相手がここに転移してくるようなことになった場合、戦闘能力を持たない樵は絶対に足手纏いになる。

 荒っぽい者が揃っているだけに、街中での喧嘩という意味でならそれなりに経験したことがある者も多かったが……レイが求めているのは、本当の意味での戦闘の技量。つまり、生死を懸けた戦いにおける技量だ。

 そういう意味では、残念ながら樵達はその域に達してはいない。

 冒険者の多くも、ギルムの平均から見て落第点の者が多く、樵の護衛を任せる者の大半はその手の者達だ。

 もっとも、そのような者達だけではいざという時の心配もあるので、護衛の方にも何人かある程度のベテランを混ぜてはあったが。

 その代表が、レイと話している冒険者の男だった。


「では、失礼します。ギルムに到着したら、すぐ警備兵にこの件についてどうするべきかの対応を尋ねます」

「ああ、そうしてくれ。……まぁ、しばらくは身柄を拘束されるようなことになるかもしれないけど」


 レイの言葉に、冒険者達までもが微妙に嫌そうな表情を浮かべる。

 だが、いきなりトレントの森に転移してくるといった真似をした以上、この件は当然のように他に漏らされるようなことになれば、ギルムとして色々と困る可能性があった。

 そうならない為には、事情を知っている樵や冒険者達を纏めて拘束してしまった方が面倒は少ない。

 ……もっとも、拘束している間もある程度の報酬を支払うといったような善処はする必要があったが。


(まぁ、異世界からやって来た……ってのは、今のところは俺の予想でしかない。もしこれが、実は単純にこの世界のどこかから何らかの手段で転移してきたのなら、そこまで大袈裟に隔離しない可能性もあるけど)


 レイ本人が異世界……地球からこの世界にやってきたからこそ、緑の亜人達が異世界からやって来たかもしれないという風に思ったのだ。

 その辺りの事情を知らず、異世界という概念を知らない者の場合はこのエルジィンのどこか他の場所から転移してきたと、そう思うのが普通だろう。

 実際、レイも異世界云々というのは考えすぎではないか? と、そう思わないでもない。

 去っていく馬車を眺めつつ、実際にそうであれば色々と楽なんだが、と考える。

 だが、その理由はともあれ、レイは緑の亜人達はこの世界の外からやって来たのだと、半ば確信すらしていた。


「さて、取りあえず樵達は帰ったけど、そうなるとこれから俺達は何をするかだよな」

「何をって、やっぱりあの亜人達と話すんじゃないのか?」

「話すっていっても、言葉が通じないしな。話が通じれば、色々と事情も聞けるんだろうけど」


 この場に残った冒険者の言葉に、レイは緑の亜人達を眺めながらそう呟く。

 すると、そんなレイの視線に気が付いたのか、先程レイと話した男の亜人が、自分に用件でもあると思ったのか、近づいてくる。


「●●●●? ●●●●●●、●●●●●●●●●●?」

「あー……うん。悪いんだけど、何を言ってるのか全く分からないんだよ」


 レイが首を振ると、緑の亜人は整った顔を残念そうにしながら、首を横に振る。


(改めて見ると、全員が全員、見事なまでに美形ばっかりだな。……そういう種族の特徴なのか?)


 美形揃いの種族ということで真っ先にレイが思い浮かべるのは、ダークエルフだ。

 これは、やはりマリーナのことを知っており、更にはマリーナの故郷に行って大量のダークエルフを直接その目で見たことが最大の理由だろう。

 だが、転移してきた三十人程の緑の亜人達は、そんなダークエルフに負けない程の美形揃いだった。

 さすがにダークエルフの中ですら美形として有名なマリーナ程ではないが、それでも全員の顔立ちが平均的に整っているのは明らかだ。


(そうなると、この連中が怪我をしてるのって、もしかして奴隷狩りとかそういうのをやられたからって可能性もあるのか?)


 美形であれば、当然奴隷としての価値も跳ね上がる。

 それが少数民族で数も少ないとなれば、その価値は更に上がるだろう。

 ギルムにも、当然のように違法な奴隷商人というのはいる。

 この亜人達をギルムに連れていくということになったら、そのような相手を警戒する必要もあるだろう。

 そう思いつつ、ふと思い立ちミスティリングの中からパンを取り出す。

 取りあえず、腹が一杯になっていれば多少は不安も安らぐだろうという思いからの行動だったが、パンを渡された亜人の男は、そのパンを手に取ってじっと見た後で、首を横に振ってレイにパンを戻す。


「●●●●●●●●●●、●●●●」


 相変わらず何を言ってるのかレイには分からなかったが、それでも亜人の男が近くに生えている茂みを指さすのを見れば、その茂みに何かをしようとしているのだというのは理解出来た。

 取りあえず現状では問題ないだろうと判断したレイが頷くと、男は嬉しそうに笑みを浮かべて茂みに近づいていく。

 そして茂みに触れると……やがて、その茂みがいきなり伸びた。

 勿論、伸びたとは言ってもそこまで急激に伸びた訳ではない。

 だが、それでも十cm以上は確実に伸びたのだ。


「……え?」


 一瞬、レイは目の前で起きた光景が理解出来ず、間の抜けた声を出す。

 その声には、色々な意味が込められていた。

 例えば、パンを食べる……つまり、食事をする代わりに、何故茂みが伸びるのかと。

 普通に考えれば、それは緑の亜人の男が何らかのエネルギーを茂みに与えているということになり、食事をしてエネルギーを回復するのではなく、エネルギーを消耗しているように思える。

 だというのに、何故か亜人の男は満足したように……それこそ空腹の時に何かを食べて少し満足したような表情を浮かべていた。

 また、茂みを生長させるというのも、レイから見れば意味不明だった。

 スキルや魔法、何らかのマジックアイテムを使っての行為であれば、まだ理解も出来たのだろうが、特にそれらしい動きはしておらず、本当にただ茂みから生えている草に触れただけなのだ。


(いや、もしかして茂みに触れた時点で何らかのスキルを使ってたとか? けど、一体どんなスキルだ? 生命力を吸収するようなスキルなら、茂みがしおれたりするのは分かるけど、今回は明らかに茂みが伸びていたし)


 そんな疑問を抱くレイの視線の先で、亜人の男は満足そうに頷き、その後、再びレイに近づいてきて話し掛ける。


「●●●●●●? ●●●●? ●●●」


 他の亜人達を指さし、そう尋ねてきた。

 相変わらず言葉は理解出来なかったが、それでも仕草で何となく何を言いたいのかということは理解出来たので、頷く。

 恐らく、自分の仲間にも自分と同じように食事――と言ってもいいのかどうかレイにも分からなかったが――をさせてもいいのかと、そう言ったのだろうと判断して。


(この亜人達の食事でトレントの森に悪影響が出る可能性もあるけど……ぶっちゃけ、このトレントの森は色んな意味で普通の森とは言えないしな)


 本来なら、このトレントの森のような森が出来るまでには一年や二年では無理だ。

 いや、十年や二十年でも無理だろう。

 だが、この森は一ヶ月も経たずに完成したのだ。

 それを考えれば、とてもではないがここを普通の森とは言えないだろう。

 もっとも、普通の森ではないからこそ、このトレントの森の木は増築工事の建築資材として大いに活用されているのだが。

 この緑の亜人達が何らかの方法を使ってトレントの森の生態系に影響を与えた場合、若干困ることになるというのが、レイの正直な思いだった。

 とはいえ、その辺のことは自分ではなくもっと偉い人物……それこそダスカーのような立場の者が考えることである以上、今はこの亜人達と少しでも友好的な関係になる方が先だという思いの方が強かったが。


『おお』


 緑の亜人達がその辺にある茂みや木に触れると、亜人達の顔が満足そうな笑みを浮かべるのと同時に、それぞれ茂みの草や……そして木までもが若干ではあるが確実に生長する。

 それを見た他の冒険者達が、揃って驚愕の声を上げたのだ。

 実際、そのような光景は見て分かる程に驚くべきものであるのは間違いない。

 植物の生命力のようなものを吸い取って満足するというのは、驚きはするがまだ納得出来る。

 だが、生命力の類を分け与え、それによって植物の生長を促し、それでいながら自分も満足するという光景を見れば、驚くことしか出来ないのは当然だった。

 緑の亜人達は、何故驚いたのか分からないといった様子で何人かが不思議そうな表情を浮かべていた。

 もしかしたら、緑の亜人達がいた世界においては、こういった食事が一般的で、パンのように植物を加工して食べるといったことはしないのではないかと、レイは考える。

 もっとも、最初にレイがパンを渡した亜人の男は、パンを見ても特に驚いた様子がなかったので、必ずしもパンの類がない訳ではないのかもしれないが……と、そう思う。

 そんな風に思っていると、不意に周囲の様子を警戒していたセトが喉を鳴らす。

 突然のセトの行動に、緑の亜人達の何人かが怯えた様子を見せるも、セトが見ているのはトレントの森の外の方で、何よりもセトに攻撃的な様子はない。

 寧ろ、喜んでいるような、そんな様子。


(ダスカー様の手の者か? それにしては随分と早いけど)


 少なくても敵ではないと判断し、レイはセトの見ている方に視線を向ける。

 そんなレイの様子に気が付いたのか、緑の亜人達が不安そうにレイの見ている方を窺う。

 当然だろう。緑の亜人達にしてみれば、自分達が勝手にここにやって来てしまったというのは理解しているのだ。

 非常に幸運なことにレイという味方を得ることが出来たが、今の状況を考えれば、色々な不安を抱くのも当然だった。

 そしてレイやセト、緑の亜人達がそちらを見れば、当然のように残っていた冒険者達もそちらに視線を向け……やがて、馬車が走ってきたのが全員の目で確認出来た。

 その御者が警備兵であるのを見たレイは、どう反応するべきか迷う。

 ダスカーが騎士や兵士を派遣してくれたのであれば、素直に納得も出来ただろう。

 だが、警備兵となると、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、緑の亜人達を捕らえる為にやって来たという可能性もあるのだ。

 とはいえ、まさか警備兵を相手にして暴れる訳にもいかない。

 いや、寧ろ警備兵が保護をするのであれば、下手な場所にいるよりは緑の亜人達にとっても妙な相手に手出しをされないという意味では安全なのではないかとすら思ってしまう。


「●●? ●●●●●●」


 近づいてくる馬車を見ながら、今まで何度もレイとの会話をしてきた亜人の男が不思議そうに、そして若干の不安の込めた様子でレイに尋ねてくる。

 相変わらず何を言っているのかという細かいところまでは分からなかったが、それでもニュアンスで何となく何が言いたいのかということは、理解出来た。

 ……とはいえ、やってくる警備兵達がどのような存在なのかを、どう説明すればいいのかはレイにも分からなかったが。

 大体の意思疎通は身振り手振りで出来ていたのだが、それはあくまでも大体であって、詳細な意志のやり取りには向いていない。

 これを食べるか? といったことを聞くような真似は出来ても、やって来る相手がギルムの警備兵であるというのを、一体どうやって身振り手振りで伝えればいいのか、レイには分からなかった。

 それでも、取りあえず安心させるように、身振り手振りの仕草で示す。

 レイの態度を見て、緑の亜人の男は少しだけ不安そうな表情を浮かべつつ、それでも仲間達に対して何か声を掛ける。

 その言葉は当然のようにレイには理解出来なかったが、それでも他の亜人達が落ち着いたのを見て、レイは安堵の息を吐きながら馬車が到着するのを待つのだった。

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