第2013話
「レイ」
やって来た馬車は、二台。
その中の一台から降りた警備兵が、レイに向かってそう声を掛けてくる。
レイもまた、その警備兵が誰なのかは知っていた。
冬に起きたコボルトの一件で何度か顔を合わせたということもあったし、それ以後も度々顔を合わせていた人物だったのだから。
「よく来てくれた……と言いたいけど、お前達を見て向こうが怖がってるんだが」
レイはいつの間にか距離を取っている緑の亜人達を見ながら、警備兵にそう返す。
だが、そう言われた警備兵としても、特に何かした訳ではない以上は困ってしまう。
「そう言っても、俺達が何をしたんだよ?」
「特別に何かした訳じゃないと思うけど。……単純に全員が同じ服装だから、とか?」
「いや、無茶を言わないでくれ。警備兵が制服を着ないってのは、不味いだろ」
「俺はその言葉に納得出来る。けど、あの連中は……恐らく、警備兵のように統一された制服とかを……セト?」
「グルルルルルルルルルルルゥ!」
警備兵と話していたレイは、不意にセトが立ち上がってとある一点を見ながら、戦意の籠もった鳴き声を上げるのを見て、疑問を抱く。
だが、セトの見ている一点がどこなのかを理解すると、即座にミスティリングに収納してあったデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
「お、おい、レイ?」
「●●? ●●●●●●? ●●●●●●!」
いきなりのレイの行動に、一瞬前まで話していた警備兵が、そしてレイとの交渉を行っていた緑の亜人の男が、それぞれ声を上げる。
特に緑の亜人の男は、いきなりのレイの行動に自分達が襲われるのではないかと警戒感を露わにしていたが、レイとセトの見ている先が自分達ではなく……自分達が現れた空間だと理解すると、即座に仲間に向かって叫ぶ。
その言葉が具体的にどのような意味を持っているのかは、レイや冒険者、警備兵といった者達には分からなかったが、それでも緑の亜人達が揃って先程までいた場所から離れ、レイ達のいる方に逃げて来たのを見れば、その場から離れろと言っていることは理解出来る。そして……
「おいでなさったぞ。警戒しろ」
空間に幾つもの波紋が……それこそ、先程よりも圧倒的に多数の波紋が現れたところでレイが叫び、そんなレイの叫びが引き金になったかのように、空間の波紋から……恐らくは異世界からの来訪者が現れる。
だが、今回の来訪者は、先程とは違った。
何故なら、種族的に一種類だけではなかったのだ。
片方は、最初にここに転移してきたような緑の亜人。
だが、もう片方はリザードマンと呼ぶべき存在。
ただし、普通のリザードマンと違うのはそのリザードマンが明らかに金属の鎧を着ており、武器を持っていることだ。
この世界にもリザードマンはいるが、それでも自分達だけで文明を築ける程に知能は高くない。
長剣や盾といった武器や防具を使っていることは多いが、それは基本的に冒険者から奪うなりなんなりしたものだ。
だが、空間の波紋から姿を現したリザードマンは、それこそ警備兵達が同じ制服を着ているように、全員が揃いの鎧を着ており、揃いの武器を持っている。
それは、明らかに誰かから奪ったといったことではなく、部隊や軍といった集団に所属しているということを露わにしていた。
そして、何よりもレイを驚かせたのは……そのリザードマンと思しき者達と一緒に出て来た緑の亜人達に攻撃を仕掛けていたからだ。
緑の亜人達の中には、怪我をしている者も大勢いる。
それこそ、先程レイがポーションを使って治療した以上の怪我をしている緑の亜人達も少なくない。
「●●! ●●●●!」
リザードマンの中でも一際豪華な鎧を着ている個体が、鋭く叫ぶ。
それを聞いた他のリザードマン達は、目の前にいる緑の亜人に攻撃するのを止め、素早く叫んだリザードマンの下に戻る。
それを見ただけでも、リザードマン達が高い知性を持ち、その上で上からの命令には素早く従うだけの規律の正しさを持っているということを示していた。
「……どう思う?」
この場合、どう判断すればいいのかということに迷いながら、レイは警備兵に尋ねる。
だが、その警備兵にしてみても、いきなりどこかから転移してきたリザードマン達を見て、そしてリザードマン達に攻撃されている緑の亜人達を見て、レイの言葉にどう反応すればいいのか迷う。
現在警備兵の前で起きているのは、全く理解出来ないことだ。
ある程度の事情は聞いてきていたが、その予想を遙かに上回るような、そんな光景。
「いや、どうって言われても……正直、どうすればいいのかは俺にも……」
戸惑ったように言う警備兵だったが、そんなレイ達の姿を見つけたのか、先程命令を出した、恐らくここにいる中では一番偉いだろうリザードマンが、レイ達に近づいてくる。
「●●●●●●●●、●●●? ●●●●●●●●●●●●」
相変わらず、その言葉は緑の亜人達と同じく何と言っているのかは理解出来ない。
それでも雰囲気から、何となく何かを尋ねている……いや、詰問しているのだろうというのは分かった。
どうする? とレイは警備兵に視線を向けるが、警備兵はレイに任せるといったように視線で頼んでくる。
もしここにいるのが他国の軍人であれば、警備兵も自分が前に出ていただろう。
だが、ここにいるのはリザードマン……それもただのリザードマンではなく、明らかに人間と同レベルの知能を持った相手だ。
まさしく警備兵にとっては未知の存在であり、だからこそ冒険者として未知の存在への対処に慣れているレイに任せたのだろう。
警備兵に任され、レイはデスサイズと黄昏の槍を構えず、刃を下に向けながらリザードマンの前に出る。
リザードマンはそんなレイの姿を一瞥し、持っている武器が明らかにレイでは、持て余すような長物二本であることを知ると、明らかに馬鹿にした態度でレイを一瞥した。
もしリザードマンがギルムの人間であれば……いや、この世界の人間であっても、大鎌と槍の二本をそれぞれに持ち、グリフォンのセトを従えている冒険者として、知っていた可能性もある。
だが、レイが予想した通り異世界の存在だとすれば、レイのような小柄な男がそんな長物二本を持っているような姿を見ても、とてもではないが脅威とは思えないだろう。
あるいは、レイの身体の動かし方を見る機会があればレイの強さを感じ取れたかもしれないが……元々レイと警備兵のいた場所にリザードマンが近づいてきたので、レイの身体の動かし方を見るような余裕は、そのリザードマンにはなかった。
だからこそ、そのリザードマンにとって、レイというのは自分の力量も弁えず、使えもしない武器を持ち、その上で自分の邪魔をするような相手に見えたのだろう。
リザードマンは、嘲りと苛立ちの混ざった表情のまま、手にした長剣をレイに向けて振り下ろし……
「●●!」
黄昏の槍で長剣の一撃を受け流され、デスサイズの柄の部分で殴られたリザードマンは、そのまま真横に数m吹き飛び、生えていた木の幹に激しく身体をぶつけ、その一撃で意識を失って地面に崩れ落ちる。
「ちょっ、おい、レイ! お前、いきなり何を考えてるんだよ!」
警備兵が、レイに向かって叫ぶ。
だが、叫ばれたレイの方は、不満そうに警備兵に言い返す。
「何だよ。じゃあ、大人しく斬られればよかったってのか?」
「そうは言わないが、お前なら反撃をしなくても回避だけでどうにか出来たんじゃないのか?」
レイにとって意外だったのは、そうやって言葉を交わしている間にもリザードマンの兵士達が襲い掛かってこなかったことだろう。
勿論、人間とは大きく顔の形の違うリザードマンだけに、何を考えているのか、どのような表情を浮かべているのかというのは分かりにくい。
いっそ、以前レイが遭遇した時のようなモンスターのリザードマンのように、叫び声を上げながら襲い掛かって来た方が対処は楽なのにと、一瞬だけ思ってしまう。
とはいえ、こうなってしまった以上は、リザードマンを友好的な相手として接するのは難しい。
(いや、それは最初からか)
元々、緑の亜人はレイ達にも攻撃的な態度を取る様子はなかった事から、友好的に接することが出来ていた。
だが、リザードマンの方はここに転移してきた時も、一緒に転移してきた緑の亜人達に対して攻撃をしている者が多数いたのだ。
そうである以上、緑の亜人達と友好的な関係を築いたレイとしては、リザードマン達から緑の亜人達を庇うという選択をするのは当然だろう。
「で、この状況をどうするんだ?」
若干呆れたように、警備兵がレイに向かって尋ねる。
警備兵としては、トレントの森に行って言葉の通じない亜人達を保護するようにと言われてここにやって来たのだが、その途端にこの騒動だ。
一体どうしろって言うんだよぉっ! と、そう叫びたくなるのも当然のことだった。
「どうするって言われてもな。取りあえず緑の亜人はこっちに対して友好的だし、何らかの交渉をするのなら、そっちと交渉をすればいいんじゃないか? ……言葉が通じないから、身振り手振りで交渉することになると思うけど」
「お前な、他人事だと思って……いやまぁ、それは俺もだけど」
警備兵が上から命令されているのは、あくまでも緑の亜人の保護だ。
その亜人との話し合いや交渉といったことをするのは、当然のようにダスカーやその部下といったような、ギルムの上層部となる。
そういう意味では、警備兵もそこまで難しく考えることはなかった。
「さて、そうなると……緑の亜人はこっちに友好的だからいいとして、あっちのリザードマンをどうするか、だな」
呟き、レイがリザードマン達の方に視線を向けると、その視線を受けたリザードマン達は半ば反射的に後退る。
自分達の中で最も強いリザードマンが、それこそ文字通り一蹴されたのを見ていただけに、自分達ではどうやってもレイに勝てないと、そう理解してしまったらしい。
そんなリザードマンを見ていた警備兵は、これなら武装解除を出来るのではないか? と考え、レイに提案する。
「なぁ、あのリザードマン達を武装解除させることは出来ないか?」
「あー……武装解除か。そうした方がいいのは分かるけど、言葉が通じないんだよな」
レイも、出来れば相手に話してしっかりと事情とかを聞きたいとは思っている。
思っているのだが、今の状況では何を言っても向こうには話が通じないのだ。
そうである以上、今はここで自分が何を言っても……と、そう考えたレイだったが、リザードマン達が自分を見る目の中に恐れが混じっているように感じて、これなら武装解除出来るかも? と思う。
(とはいえ……)
武装解除の目処が立ったとはいえ、今の状況で心配なのは緑の亜人達だ。
レイには友好的に接している緑の亜人達だが、ここに転移してきた時の様子から考えれば、明らかにリザードマンとは敵対している……いや、一方的に虐げられているといった関係なのは間違いなかった。
そうである以上、もし今この状況でリザードマン達の武装を解除した場合、緑の亜人達がこれを良い機会だと判断してリザードマンに攻撃をしないのかといった不安があった。
「出来るかどうかは分からないけど、ちょっと試してみる。ただ、緑の亜人達を見ててくれ。場合によっては、リザードマンに攻撃する可能性もあるし」
「分かった」
警備兵はレイが何を心配しているのかを知ると、素早く頷く。
また、レイによって倒されたリザードマンの指揮官と思しき存在を捕縛するようにといった指示を出すべきかと考える。
そんな警備兵を一瞥すると、レイは集団になっているリザードマンの方に近づいていく。
リザードマンの集団は、レイがデスサイズと黄昏の槍を持って近づいてくるのを見ると、数歩後退る。
自分達の中で一番強いリザードマンが、一撃で倒されたのだ。
今の自分達では、どうやってもレイに勝てないと知っているからだろう。
(この調子なら、武装解除は簡単に出来るか?)
そう思いつつ、レイはデスサイズを……見るからに凶悪な武装の刃の部分をリザードマン達に向ける。
それだけで、リザードマン達は怯えるように更に後退った。
レイはそんなリザードマン達の武器を見て、地面に投げるようにと簡単な仕草で示す。
だが、リザードマンはそんなレイの仕草を見ても、何をするように指示しているのかが分からない。
戸惑った様子で、それでいながら畏怖や恐怖を込めた視線をレイに向けてくるリザードマン。
と、不意にそんな緊張した中で声が響く。
「●●●●●●●●!」
レイと話していた緑の亜人の男が叫んだのだ。
接していた時間が多少なりともあったからこそ、レイが何を要求していたのかを知ったのだろう。
その言葉に、リザードマン達は手にした武器を地面に落とすのだった。
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