第1949話
「骨と皮だけになった死体……それがそんなに多くか?」
警備兵の言葉に、レイは嫌そうな表情で尋ねる。
別に死体に対して強い嫌悪感を抱いているという訳ではないのだが、それでもやはりそんな普通ではない死に方をしている死体が大量にあると聞かされれば、面白いものではない。
「そうだ。……普通なら餓死した死体とかがそんな感じなんだが……」
そう言いつつも、警備兵は自分の見掛けた死体がただの餓死による死体だとは到底思っていないようだった。
そもそも、餓死による死体を守る為にここまで腕利きの護衛を雇うというのがおかしい。
少なくてもレイが戦った二人は明らかに警備兵よりも腕が上だったし、同時に書斎で捕らえていた相手を殺して壁に張り付けるなどといった真似をした者も、間違いなく警備兵よりも腕は上だろう。
そのような腕利き――あくまでも警備兵と比較しての話だが――を用意して、守らせるのが骨と皮だけになった死体だというのは、明らかに違和感がある。
「それに、普通なら餓え死にした死体なら、それこそ一緒にいた奴を食おうとした痕跡とかが残っていてもおかしくはない。だが、あの死体は……綺麗なものだった」
自分が見た死体の様子を思い出しているのか、何とも言えない、どこか微妙な表情で呟く。
「とにかく、そういう場所を見つけたからな。急いで皆に知らせた方がいいと思ってやって来た訳だ」
その言葉に、まだ微かに残っていた目の前の男に対する疑心は溶けて消える。
骨と皮だけになった死体を見つけ、自分達ではどうすればいいのか判断出来なかったからこそ、こうしてきたのだと。
(とはいえ、警備兵の中に向こうと繋がってる奴がいる可能性は高い。だとすれば、全員を完全に信用する訳にはいかないだろうけど)
警備兵の情報が向こうに流れている可能性が高い以上、その可能性を完全に消すといった真似は出来なかった。
「理由は分かったけど、こっちはどうする?」
そう言いながらレイが視線を向けたのは、壁のスイッチを調べている警備兵だ。
元々レイが警備兵達とこの書斎に戻ってきたのは、壁のスイッチを調べて貰うという為だった。
だからこそ、ここで死体の方に行ってもいいのかどうか迷ったのだが……
「罠は多分ないな。……勿論、絶対とは言わないが」
ちょうどそのタイミングで、壁のスイッチを調べていた警備兵はそう告げてくる。
「となると、スイッチを押すか死体の方を見に行くか……どうする?」
警備兵の口から出たそんな問いに、レイは少し考えた後で口を開く。
「取りあえずスイッチを押してみないか? もしかしたら隠し通路とかかもしれないけど、何かをしまってある場所を開ける鍵かもしれないし」
レイの言葉を聞いた警備兵……特に壁のスイッチを調べていた警備兵は、非常に嫌そうな表情を浮かべる。
一応自分で調べて、恐らく罠の類はないだろうと思ってはいるが、それはあくまでも自分が調べた限りにおいてだ。
あくまでも本業ではなく、片手間程度の能力でしかないのだから、絶対に大丈夫だと言える自信はない。
そう考え……だが、すぐにその考えを否定する。
例え今の状況でスイッチを押さなくても、結局はスイッチを押すことになるのは間違いない。
そしてこの屋敷にやって来た中で一番罠に詳しいのは自分なのだから、と。
「分かった、押そう」
結局そう告げ、警備兵の男は慎重になりながら、その場にいる全員を見回す。
そして誰もスイッチを押すということに反対しないのを確認してから、そっとスイッチに手を伸ばす。
レイを含めた全員も何が起きてもすぐに対処出来るように準備し……次の瞬間、カチッ、という音と共にスイッチが壁にめり込む。
だが、何かが起きる様子もない。
スイッチを押した瞬間に何かが起きると思っていたのだが、数秒程で拍子抜けしたように周囲を見回し……
「なぁ、結局何も……」
警備兵の一人がそう言った瞬間、書斎の壁の一部……具体的に言えば丁度海の絵が飾られていた場所が後ろに倒れる。
『お』
奇しくも、その光景を見た者、それこそレイを含めた全員の口から意表を突かれた驚きの声が出る。
スイッチを押してから仕掛けが作動するまでの間に若干のタイムラグがあり、更にレイ達は急いでいたのが驚きの声が上がった理由だろう。
「まさか、あの絵が仕掛けになってるとは思わなかったな。……で、何が入ってるんだ?」
呟きつつ、レイは絵が倒れて生み出された空間に視線を向ける。
隠し扉や隠し通路、隠し階段、隠し部屋……といったものではなく、隠し棚といったところか。
隠されていた棚の中には、何らかの書類を含めて幾つかの道具が置かれている。
「これは当たりだと思うか?」
「どうだろうな。しっかりと調べないと分からないが、何らかの手掛かりにはなると思うぞ。取りあえず、レイ。これをお前のアイテムボックスに収納して、その死体のあった方に向かうとしよう」
レイもその言葉に異論はなく、取りあえず棚の中にあった物を全てミスティリングに収納する。
中にはマジックアイテムらしき物もあってレイの興味を引いたのだが、とにかく今は死体の方を優先して調べるべきだった。
(隠し扉とか、そういうのじゃなかったのは運が良かったのやら、悪かったのやら)
もしここに隠し扉といった物があれば、その先にある場所を調べるのに大きな時間が掛かっていたのは間違いないだろう。
そうなれば、死体の方に残してきた警備兵が危険な目に遭うのは間違いない。
最低でも、後一人はこの屋敷を守っている者がいるのは確実なのだから。
「じゃあ、行くか。……それにしても、お前はよく襲われなかったよな。本当に運が良かったとしか思えない」
壁のスイッチを調べた警備兵が、骨と皮の死体について知らせに来た警備兵に向かって感心したように言う。
言われた警備兵は、ただ苦笑いを浮かべるだけだ。
自分達が襲われたといったことがなかったので、恐らく大丈夫だと思ったのだが、危機感が足りなかったというのを自覚したのだろう。
もっとも、骨と皮だけになった大量の死体を見て、これが今回の一件に関して大きな手掛かりとなると思ったのも大きいのだろうが。
「あー……レイ。悪いけど、廊下の死体もアイテムボックスに頼む。出来ればあまりそういう真似をしたくはなかったけど、ここに置いていくのは色々と不味いだろうし」
少し決まり悪げに言ってくる警備兵だったが、レイは特に気にした様子も見せず部屋から出ると、そこにあった死体をミスティリングに収納し……そして、自分達を呼びに来た警備兵に案内されて死体のある場所に向かうのだった。
「うわぁ……」
その死体の山を見た瞬間、警備兵の一人が思わずといった様子で呟く。
骨と皮だけになった死体が大量にあるとは聞いていた。聞いていたが……それでも、正直なところここまでとは思ってもいなかったのだろう。
レイもまた、目の前の光景に出来るのは、ただ驚くだけだ。
骨と皮になった死体が乱雑に積み上げられているその様子は、それこそいらない荷物を邪魔にならないように纏めてあるだけ……と、そんな印象すら受ける。
いや、実際にこの光景を作った者にしてみれば、そのような感じだったのは間違いないのだろう。
「これは、また随分と……」
レイと一緒に来た警備兵も、目の前に広がっている光景に唖然とした様子で呟くだけだ。
実際、数十人……もしかしたら百人に届くかもしれない死体の量だけにレイも警備兵もただ驚くことしか出来ない。
「俺達が自分達の手に負えないと判断したのも、分かる光景だろ?」
そう告げてくるのは、書斎にレイ達を呼びに来た警備兵だ。
最初に話を聞いた時は、何を大袈裟なと思わないでもなかったが、この光景を見れば、そのようにした理由も理解出来た。
「これだけ死体があるのに、全く悪臭がしないってのも少しおかしいな。……こうして骨と皮だけになっているからかもしれないけど」
「内臓とかそういうのはどうなってると思う?」
「まぁ、普通にないだろうな」
死体から漂ってくる腐臭の全てが内臓の腐った臭い……という訳ではないが、それが大きな割合を占めるのも事実。
だが、目の前に乱雑に積み上げられている死体は骨と皮だけになっており、とてもではないがその胴体の中に内臓があるようには見えない。
だからこそ、これだけ死体があっても腐臭や悪臭といった臭いが全くしないのだろう。
……勿論、それ以外の部分も餓死したかのように骨と皮だけになって完全に乾ききっているので、臭いがしないのだろうが。
「ただ、この死体は明らかにおかしい。普通に考えれば、こんな乾ききった状態になるまでには相当の時間が掛かる筈だ。これだけの人数がいなくなれば、どうしても騒ぎになってもおかしくはない。……考えられるとすれば……」
「赤布、だろうな」
警備兵の言葉を継ぐように、レイはそう告げる。
赤布が何人も連れて行かれたといったことは聞いていたので、その予想に辿り着くのは難しい話ではない。
だが、同時に疑問も残る。何を考えて赤布をこのような死体にしたのか……ましてや、赤布が活動してから半年も経っていない。
だというのに、こうして……それこそミイラの如き死体になるというのは、明らかにおかしかった。
「何か時間を急速に進めるようなマジックアイテムとか魔法とかスキルとか、ともあれそういうのが使われたとか?」
「……この数、全てをか? それこそ、何の為にそんな真似をする必要がある?」
警備兵達がそれぞれ話し合っているが、実際に何故このような真似をしたのかというのはレイにも分からない。
暇潰しや娯楽でこのような真似が出来るかと言われれば……
(特定の方法で人を殺すことに楽しみを見いだす趣味を持つ……とかか? そういう奴がいないとは言い切れないけど、死体の様子を見ると違和感があるな)
もう少ししっかり死体を確認しようと思ったレイは、この場に残っていた警備兵に声を掛ける。
「ちょっと死体を確認したいんだけど、構わないか?」
「あー……出来れば死体に触らないようにして欲しい。見ての通り、この死体は骨と皮、それもかなり乾ききっている状態だ。下手に死体に触ると、それこそ身体が崩れかねない」
死体の山を見ながらそう答える警備兵だったが、レイはその言葉に疑問を抱く。
「ちょっと待った。なら、この死体を積み上げる時はどうやったんだ?」
そう、迂闊に触れば死体が崩れるかもしれないのなら、そのように脆い死体をどうやってここまで運び、こうして積み上げたのかといった疑問を抱くのは当然だろう。
そんなレイの疑問を警備兵も感じたのか、乱雑に積まれた死体に視線を向け、口を開く。
「レイが言いたいことも分かるけど、この死体がどんな方法でこうなったのかは分からないんだ。それこそ、死体になってここに積まれるまでは普通の死体で、積まれた後に今のような状況になった……って可能性も、否定は出来ないだろ?」
「寧ろ、レイの方がそういう症状……いや、この場合は現象か? そういうのには詳しいんじゃないか?」
警備兵にしてみれば、レイは様々な場所に行って色々な依頼をこなしている異名持ちの冒険者だ。
であれば、当然のように自分達が知らないような何かを知っていてもおかしくはないと、そう警備兵が思ってもおかしくはないだろう。
だが、レイはそんな警備兵の言葉に対して首を横に振る。
「悪いけど、俺にはちょっと思いつかないな。……まぁ、魔法を上手く使えばどうにかなりそうな気もするけど」
例えば、レイは炎の魔法に特化した魔法使いだ。
炎の魔法を上手く使えば、急速に死体を乾かしたりといった真似が出来る可能性もある。
だが、それはあくまでもレイだからであって、その辺にいる魔法使いに出来るかどうかと言えば……出来なくはないだろうが、そこまで苦労してそのようなことをするのかどうかといったことだろう。
「そうか。そうなると、魔法以外……マジックアイテムでそういうのがあると思うか?」
「あるかどうかと言われれば、それこそあってもおかしくはないと思う。けど、何の為にわざわざそんな真似をするんだ?」
「死体の腐臭を周囲に広げない為とか。もし腐臭が漂ってくれば、この屋敷に大量の死体があるってのが周囲に知られることになるかもしれないし」
その意見には納得出来るところがあったが、この屋敷の大きさを考え、そしてこの部屋の位置を考えれば、外に腐臭の類が流れるとは考えられない。
同時に、もしかしたらこの屋敷の外に臭いがどうという訳ではなく、屋敷の中に腐臭を漂わせない為ではないのか、とレイは考えるのだった。
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