第1948話

 レイが警備兵を探しに行くと、幸いにも警備兵の一組がちょうどレイのいる書斎に向かっており、すぐに合流することが出来た。


「お、レイ。どうしたんだ? こっちに向かってたってことは、何も見つからなかったのか? ちなみに、こっちは何も手掛かりらしいものはなかった」


 警備兵の一人が、レイを見てそのように呟く。

 一緒に行動していたもう一人の警備兵も、そんな相方の声に同意するように頷いていた。


(本職の警備兵が分からなかったってことは、本当に何もなかったのか……もしくは、警備兵でも見つけるようなことが出来ないようになっていたか……さて、どっちだろうな)


 いっそ警備兵より探索に優れている盗賊でも連れてきた方がよかったのではないか。

 そんな風に思いつつ、レイは首を横に振る。


「こっちはあったぞ」

「そうか、やっぱりそっちも……何?」


 警備兵は、てっきりレイも何も見つけられなかったと言うと思ったのだろう。

 だが、予想外なことにレイはあっさりと何かを見つけたと言ったのだ。

 二人の警備兵が驚いているのを見ながら、レイは更に言葉を続ける。


「それと、俺が色々と調べているところにこの屋敷を守っていたと思われる奴に襲われた」

「本当か? よく無事だったな……と言おうと思ったけど、レイなら問題ないか」


 この屋敷に入ろうとした時に出てきた初老の男をあっさりと倒したのだから、他の相手に襲われてもレイなら問題ないだろうという思いが、警備兵達の中にはあった。

 レイもまた、得意げになるようなこともなく、頷く。


「まぁ、そうだな。実際、あの玄関で出てきた奴よりは弱い奴だったと思う。……ともあれ、そいつは縛って書斎に置いてあるから一緒に来てくれ」

「書斎? レイが探していた場所は書斎だったのか」

「ああ。……ただ、ざっと調べた限りでは、何もなかったけど。そんな中で唯一見つけたのが、壁にあるスイッチだ」


 あからさまに怪しいそれに、当然警備兵達の表情も今までよりも真剣なものとなる。


「それで、そのスイッチを押してみたのか?」

「いや、その辺をどうしようかと思ってな。これがその辺に幾らでもいるような小悪党なら、すぐにでもスイッチを押してみたんだけど……今回の一件の黒幕は用心深い。壁のスイッチなんて分かりやすいのを押せば、下手をしたらこの屋敷が崩れて証拠隠滅……なんてことになりかねない」

「あー……だろうな。異常なくらい用心深い相手だけに、そんな仕掛けをしていてもおかしくはないか」

「だろ? だから、そういうのに詳しい奴を探していたところで、お前達に会った訳だ」


 そこまで言えば、警備兵達もレイが何を期待しているのかを理解する。

 つまり、自分達にスイッチを調べて、何か妙な仕掛けがないかどうかを調べて欲しいのだろうと。


「分かった。なら、早速行くか。レイが倒したって奴から何か情報を得られる可能性もあるかもしれないし」


 こうして、レイは警備兵二人を引き連れ、先程の書斎に戻ろうとしたのが……書斎の扉が見えてきたところで、急にレイの足が止まる。


「レイ?」

「……まさか、仲間をこうもあっさり殺すとは思わなかったな。いや、もしかして俺が出て行ってから別の警備兵が来て、そいつが攻撃されたか?」


 いきなり足を止めたレイに向かって何かを言おうとした警備兵だったが、その言葉で何が起きたのか理解したのだろう。厳しい表情でレイの視線を追うように書斎に続く扉を見る。


「どうする?」

「取りあえず行く必要があるだろ。もし警備兵が攻撃されての血の臭いなら、手当をすれば助かるかもしれないし。……俺が捕まえた奴は動けないように縛っていたから、もしそっちが攻撃されていれば止血も出来ていないだろうから、助けるのは難しいだろうけど」

「もし捕まっていた奴がいても、そいつは言ってみれば味方だろ? なのに、何で殺すなんて真似を?」

「さてな。いつ俺達が戻ってくるか分からなかったから、気絶している男を運ぶのは難しいと思っての口封じか、もしくは単純に向こうの方も一枚岩じゃないのか。……ともあれ、中に入ってみればその辺ははっきりするだろ」

「分かった」


 そう告げ、レイを含めた三人は書斎に向かい、部屋の中に入る。

 部屋の中に入ってしまえば、警備兵達も血の臭いをしっかりと認識出来たのか、微かに不愉快そうな表情を浮かべつつ部屋の中を見回す。


「これは……」

「見ろ」


 警備兵の一人が何かを言おうとしたが、それを遮るようにもう一人がそう告げ、書斎の壁……レイが見た海が描かれた絵が飾られている壁を指さす。

 そこには、まるで絵と並べるようにして、先程レイに襲いかかってきた男が張り付けられていた。

 そう、文字通りの意味で、両手足を大の字に広げられ、その先端を金属の杭によって張り付けられていたのだ。

 だが、強い鉄錆臭が漂ってきた原因は、手足を貫いている杭ではなく、斬り裂かれた喉の傷口からのものだった。

 レイがこの書斎から離れていた時間は、十五分程。

 その間に素早くこのようなことを……それも、仮にも仲間にしたのだとすれば、それは到底普通とは言えないことだった。


「随分と手際がいい奴だな。……しかも残虐性とか自己主張が強い」


 レイの言葉に、二人の警備兵は苦々しげな表情を浮かべつつも頷く。

 ただ口封じをするだけであれば、首を斬り裂くなり、心臓を一刺しするなり、頭部を貫くなりといったことをすればいい。

 にも関わらず、こうして首を斬り裂いた後でわざわざ壁に両手足の先端を杭で縫い止めるような真似をしたのは、自己主張の現れだろう。


(それに杭を壁に打ち付ける音は聞こえなかった。だとすると、これをやった奴は杭を金槌とかで打ったんじゃなくて、それ以外の手段で壁にめり込ませた訳だ。それこそ、手で押して……とか)


 音が、それも両手足ということは最低四度も杭を金槌で打ったとなれば、その音は甲高く、離れていてもレイに聞こえていなければおかしい。

 そのようなことがなかったことが、これを行ったのが金槌やハンマー以外の手段を使ったことの証だった。


「取りあえず、どうする? この死体は下ろした方がいいのか? このままだと、この部屋を調べる上で邪魔になるのは確実だけど」

「だろうな」


 レイの言葉に、即座に頷く警備兵。

 死体を床に下ろすということは、それこそ部屋を調べる上で邪魔になりかねない。

 だが、部屋を調べている中で壁に張り付けられている死体を何度となく見ることになるよりは、床に……もしくは廊下にでも死体を出した方が精神的にやりやすいのは間違いない。

 現場の維持ということで考えれば、とても褒められたことではないのだが。

 ともあれ、張り付けられていた死体の両手足から杭を引き抜くと、レイと警備兵は死体を廊下に運ぶ。

 レイがミスティリングに収納してもいいと言ったのだが、どのような理由からか、警備兵はそれを断った。

 全てをレイに頼り切りになることを嫌ったのか、それとももっと別の理由があったのか。

 そのどちらなのかはレイにも分からなかったが、本職の警備兵がそう言うのならそうした方がいいと判断し、それに従う。


「で、スイッチってのは?」

「ちょっとこっちに来てくれ」


 尋ねる警備兵を海の描かれている絵……先程の男が張り付けられていた場所に呼ぶ。

 先程の光景を目にしている以上、あまり面白いとは思えなかった警備兵達だが、それでもレイに呼ばれた以上はスイッチに関係しているのだろうと壁に近づく。


「ほら、あそこだ。……見えるか?」


 そんなレイの言葉に、警備兵達は指さされた壁に視線を向ける。

 最初はレイの示した方向を見ても、どこにスイッチがあるのか全く分からない様子ではあったのだが、それでも集中して見ていると、ようやく分かったのだろう。

 やがて一人の警備兵が口を開く。


「見えた。あそこか」


 続いて、もう一人の警備兵も見つけたと口にする。


「二人とも見つけたようで何よりだ。……で、どう思う? あれは何らかの罠だと思うか?」

「あー……どうだろうな。こうして見えないように隠してあったのを考えると、わざわざ罠を仕掛けるとは思えないんだが」

「ああ。もし罠を仕掛けるのなら、それこそもっと分かりやすく、見えやすい場所にあのスイッチを設置する筈だ」


 警備兵二人の意見としては、ここまで見つかりにくい場所にある以上、恐らく罠は仕掛けられていないというものだった。

 レイもまた、その言葉には一理あると思ったのか頷き……だが、口にしたのは警備兵の結論とは違う言葉だ。


「今回の一件の裏にいるのは、かなり用心深い奴だ。そういう奴だけに、見つかりにくい場所にあるスイッチに何か仕掛けをしている……そう思っても、おかしくはないんじゃないか?」

「それは……」


 レイの言葉にも一理あると思ったのだろう。警備兵はそれ以上言葉を続けることが出来ない。

 実際、レイに言われてみれば非常に納得出来る理由だった為だ。


「……分かった。本職の盗賊には及ばないが、俺も少しはその手の技能があるからちょっと調べてみる。ただ、あまり期待するなよ」


 そう言い、警備兵の一人がスイッチのある壁に向かう。

 その言葉通り、しっかりとスイッチの周辺を調べてはいるが、その手つきは決して熟練のものではない。

 それでも現在の状況を考えると、多少なりとも技能のある警備兵に任せるのが最善の選択なのは間違いなかった。


(さて、一体何が出てくる? 出来れば隠し部屋があって、その向こうには今回の黒幕がいてくれれば助かるんだけどな)


 そこまで簡単に物事は運ばない。

 レイもそれは分かっていたが、それでも何らかの手掛かりを見つけて欲しいというのが正直な思いだった。

 そして、数分が経ち……壁のスイッチを調べていたレイは、不意に視線を扉の方に向ける。

 レイの隣にいた警備兵も当然その動きに気が付き、視線を厳しくしながら、いつでも動けるようにする。

 あの死体を作った者が戻ってきたのではないかと、そう思ったのだが……扉から姿を現したのは、警備兵の一人だった。


「おい、その廊下にある死体はなんだ?」


 部屋に入ってきた警備兵にしてみれば、当然の疑問だろう。

 そんな警備兵に対し、レイは特に驚く様子もなく口を開く。


「この屋敷の護衛の一人だろ。ああ、ちなみに言っておくが、殺したのは俺じゃない。恐らく口封じをする為に別の護衛の誰かがやったんだと思うけど……それより、お前は一人なのか? 一緒に活動していた奴はどうした?」


 そう、書斎に入ってきた警備兵は一人だけだった。

 本来なら、初老の男や廊下で死体になっているような男の襲撃を警戒して二人から三人で動いている筈だった。

 にも関わらず、こうして姿を現した警備兵が一人だけだったというのは、レイに違和感を抱かせるのに十分だった。


(警備兵の中に裏切り者……可能性としてはあるか?)


 そう思いつつ、それこそ廊下にある死体を作ったのがこの男であってもおかしくはないと判断し、いつなにがあってもすぐに対応出来るようにしつつ尋ねたレイだったが、警備兵は自分が疑われていると理解したのだろう。慌て両手を挙げて自分は敵に通じていないと主張する。


「お前達が何を考えているのかは分かるけど、俺は裏切り者じゃない。ただ、ちょっと向こうで予想外の物……いや、者を見つけてな。それでどうしたらいいのか、相談に来たんだよ」

「理由は分かったけど、よく一人で来たな」


 そう言いつつ、レイは一応構えを解く。

 もっとも、それでもこの状況の中では完全に信用した訳ではないので、何かあったらすぐに対応出来るようにしながらだが。


「レイの方には襲撃者がいたみたいだけど、こっちの方にはいなかったんだよ。ただ、襲撃者はいなかったけど、代わりに予想外の者を見つけてしまってな。それで俺がどうするべきか相談に来たんだ」


 本来なら、襲撃するような相手を警戒する為にも一人で行動するのは避けるべきだろう。

 だが、この警備兵がいる場所ではこの屋敷の守りを任されていた者に襲われるといったことがなかった為に、こうして一人で来たのだ。


「無茶をするな」


 壁のスイッチを調べていた警備兵が、一人で知らせに来たという相手に対して呆れたように言う。

 もっとも、この警備兵も自分達が調べた場所では特に何も見つけられず、襲撃を受けることもなかった。

 だからこそ、誰かの襲撃がないと考えてもおかしくはなかった。


「まぁ、それだけ急いでいたと思ってくれ」

「……それで、具体的には何を見つけたんだ?」


 尋ねるレイに、ここにやって来た警備兵は真剣な表情を浮かべ……口を開く。


「骨と皮だけになった者の、大量の死体だ。十人、二十人じゃ足りないくらいのな」


 そう、告げたのだった。

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