第1950話
取りあえずは目の前にある死体がどこで作られたのか……また、このような死体を作る必要がどこにあったのかを考え、レイ達は再び屋敷の中の探索に戻る。
貴族街にある屋敷のように広くはないが、それでも貴族街の近くにあるということで、一般の家とは比べものにならないくらいの広さを持つ。
それだけに、屋敷の中を調べるのはかなりの手間であり……何よりも厄介なのは、まだ屋敷の中にレイや警備兵達を狙っている者がいるということだろう。
だからこそ、レイはともかく他の警備兵達は二人から三人で行動する必要があり、どうしても屋敷の探索をスムーズに進めるといったことは出来なかった。
「まぁ、あの書斎にはまだ何かある可能性があるから、警備兵が調べるのは当然だろうけど」
壁のスイッチを見つけた書斎には、レイが調べた限りでは他に何もないように思えた。
だが、警備兵がそれを調べるということになれば、また何かが出てくるかもしれないという期待を抱くのは当然だろう。
そんな訳で、書斎を警備兵に任せたレイは、屋敷の中で他に何か手掛かりがありそうな場所を探し続けていた。
「お、レイ。どうした?」
そんな中で一つの部屋の前を通ると、そう声を掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこにいたのは三人の警備兵。
この部屋の中を調べていたというのは、レイにもすぐに分かった。
「手掛かりが何かないかと思ってな。色々と見て回ってるんだが、どうしてもそういう場所が見つからないんだよ」
「まぁ、今回の一件の後ろにいる相手は、間違いなく用心深い奴だしな。そう簡単に証拠を残したりもしないだろ」
「それは分かってるんだけどな。それでも、手掛かりがなさすぎる。……一応書斎で何かの書類らしいのとかは見つけたんだけど」
「それを早く言えよ。見せてくれ」
レイの言葉に、部屋の中を探していた警備兵が目の色を変えて……という程ではないが、それでも強い興味を持ってそう告げてくる。
少し迷ったレイだったが、どのみち手掛かりもないのだからと、ミスティリングの中から取りだした書類を警備兵に渡す。
本来なら、それこそ死体の山となった場所を後にした時に他の警備兵達と一緒に書類を見るべきだったのだが、異常な光景にすっかり忘れていた……というのが正直なところだ。
だが……その書類を読んでいた警備兵達の顔に浮かぶのは、疑問。
「何だ、これ。……とてもじゃないが意味の分からない内容だぞ」
「そっちもか? こっちも、文章になってない文章みたいな、そんな感じだな」
「暗号」
書類を見ていた三人目がそう呟く。
そこまで大きな声ではなかったが、それでも確実に三人の耳には届いた。
当然のように、その声はレイの耳にも届く。
「暗号? ……また、厄介な。解けそうか?」
「この場ですぐにってのは無理だな。もっとしっかりと調べる必要がある」
「あー……隠し棚の中に入っていたんだから、間違いなく何か重要な情報が書いてあるんだと思うけど」
そう言いながら、レイもまた書類を覗き込むが……実際にそこに書かれていたのは、意味不明な単語が幾つも並べられているだけだったり、数字が不規則に書かれていたりと、とてもではないが書類に書かれている内容を理解することは出来ない。
「うん、ちょっと分からないな」
元々、レイは暗号の解読といったことは得意ではない。
それこそ狸の絵が描いてある紙に書いてある文章に、『た』が大量に混ぜられているといったような、簡単な……それこそ暗号とも言えないようなものであればまだしも、これはそんな子供のお遊び程度でどうにかなるものではなかった。
「だろ? うん、これはやっぱりレイに預かって貰っておいた方がいいな。この屋敷の探索が終わったら、上に報告するついでにこの書類も渡すよ」
「……いいのか? 警備兵の中には……」
レイが何を心配しているのかというのは、話を聞いていた警備兵にはすぐに分かった。
裏切り者がいる可能性が高いと、そう判断しているのだろう。
実際、今までのことを思えば、そのような結論になるのは当然だし、ここに来た警備兵達も半ばその確信を持っていた筈なのだから。
「この書類の内容については、こっちで写しを作っておく。そうすれば、もしこっちの書類に何かあっても、心配する必要はない。違うか?」
「その紙そのものに、何か仕掛けがない限りはな」
レイが知ってる限りでも、ミカンの皮を使ったあぶり出しのような仕掛けはすぐに思いつく。
隠し棚の中に入っていた書類、それもわざわざ暗号を使って書かれている書類、そして今までにないくらいの用心深さを持つ相手。
それらを情報を考えれば、紙そのものに何らかの仕掛けがしてあっても不思議ではない。
「……なるほど。その可能性もあるか。だが、そうなるとさすがにお手上げだな。まさか、写しの方を上司に渡す訳にもいかないし」
「その辺は俺には分からないから、任せるよ。ともあれ、書類はこれが全部だ。後は……この道具か」
返された書類をミスティリングの中に収納すると、続いてレイが取り出したのは幾つかの道具と思しき物。
だが、それを見ただけでは、当然のように何に使う代物なのか分かる者はいない。
レイは最初マジックアイテムかとも思ったのだが、少なくても今の時点で魔力を流しても特に何か変化はない。
「これは……一体何に使う道具だ? 隠し棚にあったということは、ただの飾りとか、何の意味もないような代物……って訳じゃないとは思うんだが」
「取りあえずこれは使い方が分からない以上、レイが持っておいた方がいい。多分何かで……」
必要になる。
そう言おうとした警備兵だったが、レイの耳は遠くから微かに聞こえてくる悲鳴や怒声のようなものを聞き取る。
それこそ、普通よりも聴覚が鋭いレイだからこそ聞き取れた、そんな微かな声。
実際、レイの前にいる警備兵達はその声が聞こえた様子もなく、持っている道具について何らかの話をしていたのだから。
だが、直接その声が聞こえなくても、レイの様子が変わったというのはすぐに分かったのだろう。
警備兵達が訝しげにレイの方を見ようとするも……既にその時、レイは行動を開始していた。
「ちょっと行ってくる」
それだけを言い残し、部屋を出て、声の聞こえてきた方に向かって走り出す。
当然その場にいた警備兵達も、何かあったのだというのは分かっているのか、すぐにレイを追う。
……とはいえ、鍛えている警備兵であっても、結局レイとの間にある隔絶した身体能力がどうにかなる訳でもない。
廊下を走る警備兵達の前でレイの姿はどんどん進み、警備兵達は置いていかれる。
「くそっ、分かっていたけど、この身体能力の差はどうにかならないのか!?」
レイと自分達の間にある能力差に、警備兵は必死に走りながらも、悔しげに叫ぶのだった。
背後から聞こえてくるそんな叫び声は、当然レイにも聞こえている。
だが、今はそちらに言葉を返すよりも、自分の進む先から聞こえてくる声の主を助けに行く方が先だ。
レイが廊下を走り始めてから、数分。
やがてレイの耳に聞こえてくる悲鳴や怒鳴り声といったものは、より強く、より大きく聞こえてくる。
明らかに戦闘が行われている音であり、場合によっては戦闘ではなく一方的に襲われているだけという可能性もあった。
(いや、こうして声が聞こえ続けてるんだから、一方的に襲われ続けているってことだけはない筈だ。だとすれば、まだ間に合う!)
レイが思い出したのは、隠し扉のあった部屋で絵画の隣に飾られるように両手足を杭に貫かれるような形で張り付けられていた男の姿。
口封じをするだけなら、そこまでする必要はない。
だとすれば、あの光景を作り出した……もしくは演出した者は、自分の好みであのようなことをしたのだ。
口封じをする為にあのような光景を作り出すといったような、色々と矛盾した存在ではあったが、それでも首を斬り裂いた傷口を見れば、腕が良いというのはすぐに分かった。
……勿論、レイが向かっている先で戦闘をしているのが、張り付けを行った人物であるとは限らなかったのだが。
「見つけた」
視線の先で戦いの現場を見つける。
それを見たレイが少しだけ驚いたのは、三人の警備兵と戦っていたのが、女……いや、少女と呼ぶべき年齢の人物だったからだ。
この世界において、外見と強さというのは比例しない者も多い。
それこそ、レイがその典型だろう。
それでも……現在のレイの視線の先で行われている戦いでは、十代前半と思われるような小柄な少女が長剣を手に、三人の警備兵……成人男性と互角以上にやり合っていたのだから、驚くのも当然だろう。
いや、正確には互角以上にやり合っているのではなく、防御に徹して何とか致命傷を防いでいる警備兵達を、一方的に攻撃しているというのが正しい。
相手が子供だから攻撃出来ず、防いでいるのか。
そうレイも思わないでもなかったが、こうして見る限りでは少女の持つ戦闘技術そのものが、警備兵よりも確実に上だった。
その証拠に、殺戮に酔っているとしか思えない笑みを浮かべた少女の長剣が警備兵の頭部に振り下ろされようとしており……
「させるか!」
腰にあるネブラの瞳を発動させ、鏃を数個生み出す。
魔力で出来たその鏃を、レイは素早く投擲する。
放たれた鏃は、今にも警備兵の頭に振り下ろされようとしていた長剣にぶつかり……その振り下ろす先を頭部から警備兵の左肩に変える。
左肩を半ば断ち切るかのような一撃となったが、それでも頭部を攻撃されて殺されるよりは軽い怪我なのは間違いない。
そして少女は、自分が放った攻撃が外れた……いや、強引に外されたことに、数秒前の笑みを消して苛立ちを露わに邪魔をした相手を睨み付け……次の瞬間、すぐにその場を逃げ出す。
自分の力には自信のある少女だったが、それでもレイとまともにやり合えるとは思わなかったのか、もしくは単純にレイが来たら逃げるようにと言われていたのか。
その理由はレイにも分からなかったが、それでも今の状況で敵が逃げてくれたというのは、警備兵の治療をすることが出来るという意味で助かったのは間違いない。
そうレイは思ったのだが……
「治療はこっちでやるから、レイはあいつを追ってくれ! 手掛かりになるような相手だから、出来れば殺さずに捕らえてくれ!」
左肩を斬られた警備兵にそう言われれば、レイもここで足を止める訳にはいかない。
ミスティリングの中からそれなりに効力の高いポーションをまだ無事な警備兵に放り投げると、そのまま逃げていった少女を追う。
背後からは警備兵達が治療を急いで行っている声が聞こえてきたが、レイはそれを意図的に聞き流して少女を追う。
「来るな!」
少女の方も、自分を追ってきているレイには気が付いていたのだろう。背後を振り向くと、素早く自分の持っていた長剣をレイに向けて投げつける。
だが、そんな中途半端な投擲が……ましてや、投擲用の短剣でも何でもない長剣がレイに向かって正確に飛んでいくはずもない。
回転しながら向かってきた長剣は、レイが特に回避行動をとらなくても、全く見当違いの方に向かって飛んでいく。
(長剣を持ったままだと走りにくいのは事実だけど、それを投げれば俺に追いつかれた時に使う武器はないだろうに)
あるいは、短剣の類を予備武器として持っている可能性はあるが、それでもレイと戦う場合は長剣の方が有利なのは間違いない。
(まぁ、向こうが勝手に攻撃を失敗するのなら、こちらとしても楽だけど……な!)
再度投擲される鏃。
ただし、問題なのはここが屋敷の中だということだ。
つまり、通路が真っ直ぐ続いている訳ではなく、曲がったりしているところも多いといった感じだ。
だからこそ、レイが投擲した鏃は通路を曲がった少女を捕らえることなく壁にめり込む。
「逃がすか!」
素早く少女を追って通路を曲がり……同時に、少し離れた場所にある扉が閉まる様子がレイの目に入る。
だが、レイはその扉の前まで移動しても、すぐに扉を開けるような真似はしない。
レイの視線の先で扉が閉まったというのは、明らかに怪しかったからだ。
それこそ、レイが扉を開けば何らかの罠が発動してもおかしくはない。
だからこそ、レイは足を止めたのだ。
とはいえ、このまま扉の前で黙っていても、中にいる少女を捕まえることは出来ない。
どうするべきか迷ったレイは、やがてそっと扉に手を伸ばし……何が起きてもすぐに対処出来るようにしながら、扉を開ける。
それこそ、矢の類が飛んできてもおかしくはないと思っていたのだが、扉を開いた先には少女の姿も含め、誰の姿もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます