第1905話

「ふむ、それで結局マジックアイテムは見つからなかった訳か」


 ギガント・タートルの解体が行われた日の夜、マリーナの家の庭で食事をしながら今日の出来事を話していると、エレーナはそのように言う。

 マリーナやヴィヘラ、アーラといった面々も、若干呆れの視線をレイに向けているが……レイは特に気にした様子もなく頷く。


「ああ。取りあえず俺が今日探した範囲内にはマジックアイテムの類がなかったのは間違いないな。セトの五感なら何らかの手掛かりを見つけられると思ったんだが……残念だ」


 そう言い、レイは背中にイエロを乗せて庭の中を走り回っているセトを眺める。

 元々マジックアイテムがあればいいなという、半ば駄目元での行動だ。

 それだけに、今回それを見つけられなくても特に気にした様子がない。


「うーん、でも正直気になりますね。一体、どんな手段を使えばコボルトをそんな風に操ることが出来るのか……マジックアイテムじゃないとすると、やっぱり他の何か……それこそ、何らかの儀式とかじゃないでしょうか?」

「アーラは儀式派か。なら、私は……そうだな。スキルということにしようか」

「エレーナ様、スキルというのはちょっと無理があるのでは……?」

「そう? スキルというのはそれこそ千差万別。魔法を使えない人が魔力を使って身につける特殊能力だから、もしかしたら、本当にスキルでという可能性はあるかもしれないわよ」


 マリーナのその言葉に、アーラは信じられないといった表情を浮かべる。

 アーラは魔法を使えず、スキルを作れるだけの魔力もない。

 だからこそ、その辺りについてはよく分からないのだろう。

 ……もっともアーラの持つ剛力は、ある意味でスキルのようなものなのかもしれないが。

 その外見に見合わぬ力は、普通の斧よりも大きなパワー・アクスを振り回すのに十分なものなのだから。


「うーん……なら、私は希少種か上位種に一票かな」

「いや、ヴィヘラの場合は強いモンスターと戦いたいだけだろ。そもそもの話、幾ら上位種や希少種でも、ベースになってるのがコボルトだと期待は出来ないと思うぞ」


 戦闘を好むヴィヘラだけに、それは予想というよりもそうであって欲しいという思いが強い選択ではあった。

 もっとも、それを言うのであればレイだって自分がマジックアイテムを欲しいからこそ、マジックアイテムでコボルトを集めていると予想しているのだから、決して人のことは言えないのだが。


「結局何が原因でコボルトが襲撃を繰り返しているのかは、実際に調べてみなければ分からない訳か。……マリーナ、精霊魔法で何か分からないのか?」

「あのねぇ、エレーナ。精霊魔法があれば何でも出来る訳じゃないのよ?」


 若干の呆れと共にそう告げるマリーナだったが、側で話を聞いていたレイにしてみれば、少しだけ残念という思いがある。

 可能であれば、マリーナに精霊魔法で何か手掛かりがないのかを調べて貰えないかと言おうと思っていた為だ。

 だが、そんなレイの様子に気が付いたのか、マリーナは今度はレイにも呆れの混ざった視線を向ける。


「何、レイ。もしかしてレイも精霊魔法でコボルトの件を調べさせようとしてたの?」

「あー……いや、違う。そう言えばマリーナ達にアネシスの土産を渡すのを忘れていたと思ってな」


 マリーナの追求に、そう言えばまだ土産を渡していなかったと、今日の日中のことを思い出してそう告げる。

 今日の日中に土産のことを思い出した自分自身を褒めながら、レイはミスティリングの中から宝石を取り出す。

 それは、白い宝石。

 アネシスの土産の中で、目玉とも呼ぶべきものだ。

 ……他にも色々と土産はあるのだが、そんな中で本来なら一番最後に取り出すべき宝石を最初に出したのは、やはりレイも焦っていたからだろう。


「あら、宝石? それにしても白い宝石なんて珍しいわね。……レイ、この宝石は何?」


 最初は宝石を見て珍しそうにしていたマリーナだったが、その宝石のうちの一つを手に取ると、それが普通の宝石ではないと理解したのだろう。若干厳しい視線をレイに向け、尋ねる。


「お、分かったか。……そう、それは普通の宝石じゃない。一種の……そうだな、マジックアイテムだと言ってもいい。その白い宝石には回復魔法が込められていて、一度だけの使い捨てだが、即座に回復魔法を使える」


 宝石、魔法。

 そのキーワードに、黙々と料理を食べていたビューネの動きが止まる。

 どちらか一つだけであれば、ビューネも気にすることはなかっただろう。

 だが、その二つが一緒になったとなれば、話は違ってくる。

 何故なら、それは……ビューネの両親の最後に関わってくるのだから。

 とある狂人によって生贄とされた両親。

 その狂人が生贄を必要としたのが、宝石魔法とでも呼ぶべき代物が原因だった。


「……ん」


 低く……だが、強い意志が込められた呟き。

 その呟きを聞いたレイは、ビューネの反応を予想していたのか、驚いた様子もなく口を開く。

 そして、ビューネが何を言いたいのかを理解した上で、口を開く。


「そうだ。この宝石に回復魔法が封じ込められているのは、ビューネが思ってる通りの代物だ。……ただし!」


 思ってる通りの代物。そう言ったレイに向け、ビューネは半ば反射的に長針を投擲しようとするも……レイの口から出た強い言葉が、その動きを静止する。


「ん」


 話の先を促すように告げられたその呟きに、レイは安堵した。

 ビューネの攻撃であれば、それこそ座った状態からであっても回避することは難しくはない。

 だが、そのような荒事になる前にレイの言葉でビューネが動きを止めたということは、ビューネがまだ完全に頭に血を上らせていないということを意味していたからだ。

 宝石魔法に関わる一件でこうして慎重な態度をとるのは、ビューネも以前と比べて成長しているという証だろう。

 ……もっとも、普段が無表情のビューネだというのに、今はその無表情さはどこにいったのか、厳しい視線でレイを睨み付けているが。

 そんなビューネを落ち着かせるように、レイは口を開く。


「いいか? まず大前提として、この宝石に魔法を封じる技術は……お前が思っている通り、プリが開発した技術を基にしたものだ」


 プリという言葉に、ビューネの視線が更に厳しくなる。

 直接的な両親の仇の名前が出てきたのだから、それも当然だろう。

 それでも先程のように反射的に攻撃をしないというのは、ビューネも幾分か落ち着いてはいるのだろうが。


「この技術はプリから……いや、マースチェル家の持っていた技術を、貴族派の貴族が入手し、発展させたものだ。だが、当然人を生贄にする必要があるような行為が許容される筈もないから、その辺は安心してもいい」


 レイの貴族派の貴族という言葉に、ビューネはエレーナに視線を向けるも、すぐに改めてレイの方を見て話の先を促す。

 先程までの険しい表情から真剣な表情に変わっているのは、間にエレーナを見るという行為を一旦挟んだおかげか。

 ……もしくは、ヴィヘラがビューネを落ち着かせるようにその背中を撫でた為か。


(この様子だと、レムリアの名前は出さない方がいいか。……ビューネの様子を見ると、下手をすればレムリアに直接会いに行くような真似をしないとも限らないし)


 ビューネは盗賊だが、その性格から情報収集は苦手だ。

 いや、正確には人の話を盗み聞きするようにしての情報収集であれば得意でも、自分から特定の情報を集めるように行動するのが苦手、というところか。

 元々『ん』としか言わない以上、当然かもしれないが。

 そうである以上、ここでレムリアの名前を出さなければ、その名前に辿り着くのは難しいというのがレイの判断だった。

 もっとも、ビューネが何を言いたいのかを大体理解出来るヴィヘラがいれば、また話は別なのかもしれないが。


「それで、本当にその宝石は生贄を必要としないの?」


 ビューネの代わりにという訳ではないが、ヴィヘラがレイに向かって尋ねる。


「俺がこの宝石を作る場面を直接見た訳ではないが、この宝石を渡された人物からはそう聞いている」

「ちょっと、それだと……」


 もしその人物が嘘をついていたら意味がないじゃない。

 そうヴィヘラは言う。

 実際、ヴィヘラの言うことは間違っていないし、貴族派の貴族に対して印象が悪いというのも関係しているだろう。

 エレーナやアーラのような見知っている人物ならともかく、ギルムの増築工事を妨害しようとした貴族がいるというのを、ヴィヘラは忘れていない。

 そうである以上、ヴィヘラの貴族派に対する印象が悪くなるのは当然だった。


「安心しろ。この宝石を作った人物は、嘘を言うような人物ではない。それは私が保証しよう」


 レムリアを知っているエレーナの言葉に、ヴィヘラは……そしてビューネも若干不承不承ではあったが、納得する。


「そんな訳で、この宝石に魔法を封じ込める際には生贄を使わないようにしている影響がある。具体的に言えば、この宝石は一回限りの使い捨てだ」


 プリが戦闘で使っていた宝石魔法は、同じ宝石から何度も繰り返し魔法を放っていた。

 実際には使用可能回数があったのだろうが、少なくてもレイが戦っている時の感覚からでは、十数回は魔法を使えるように思えた。

 そういう意味では、レイがテーブルの上に出した宝石は性能という意味では明らかに劣化している。

 ……もっとも、それはあくまでも使用回数に関してだけであって、生贄を必要としないという点では大きな意味を持つのだが。

 大々的に売り出すとなれば、特にその恩恵は大きい。

 生贄を使って作っているのであれば、そのようにして売り出すような真似はまず出来ないが、生贄を使わないで宝石魔法を作れるのであれば、それは売り出すことに問題はなかった。……その技術の大本がどこから来たのか、そしてどのようなものだったのかを知れば、気分が悪くなったりもするだろうが。


「…………ん」


 数秒の沈黙の後、ビューネの口からはようやくそのような小さな声が出る。

 レイの説明に完全に納得出来た訳ではないだろう。

 だが、それでも文句を言うことは出来ないと、そう理解したのだろう。

 実際、この宝石が売りに出されれば、冒険者にとって……いや、それこそ兵士や騎士、商人、それ以外にも様々な者達にとって有益な代物なのは間違いない。

 宝石を使うという事から高額になり、そう簡単に購入出来る物ではないだろうが。


「ともあれ……色々と説明はしたけど、これはいざって時にすぐ回復魔法を使えるマジックアイテムだ。受け取ってくれ」


 そう言い、レイはマリーナ、ヴィヘラ、ビューネの三人の前にそれぞれ白い宝石を置く。

 ビューネにこの宝石を渡すのは、ある意味で嫌がらせのように思われるかもしれないとも考えたのだが、現状レイが率いる紅蓮の翼の中で最も戦闘力が低いのはビューネだ。

 また、盗賊という職業だけに先行して敵の様子を調べたりといった真似をする必要もあり、そう考えるとビューネが回復手段を持っているというのは必要なことだった。

 勿論ポーションの類は持っているのだが、宝石の大きさを考えると持っておいて損はない。

 それこそ、いざという時にはポーションよりも使いやすいのは明らかなのだ。


「……ん」


 ビューネもそれが分かっているのか、レイが自分の前に置いた宝石を複雑な表情を浮かべつつも手に取る。

 普段が無表情なビューネだけに、その複雑な表情は余計にビューネの内心を表していた。

 そうしてビューネがその宝石を手に取ると、マリーナとヴィヘラの二人もその宝石を手に取る。


「それにしても、回復ね。これって、私が持っててもいいのかしら?」


 レイに視線を向けて尋ねたのは、紅蓮の翼において水の精霊魔法によって回復を担当しているマリーナだ。

 そんなマリーナに対して、レイは当然だと頷きを返す。


「マリーナの精霊魔法でも回復は出来るけど、ある程度時間が掛かるだろ? これは、即座に回復出来る。もっとも、致命傷とかになれば無理だろうけど」

「でしょうね。この宝石から感じられる魔力は、そこまで大きくないもの」


 それでもすぐに発動出来るという意味では、宝石魔法は非常に便利な代物だ。


「これ、実際に売りに出されれば、かなり売れるんじゃない?」

「間違いなく、売れるでしょうね」


 ヴィヘラの言葉に、マリーナは即座にそう答える。


「個人的には、魔法を封じ込められていない宝石に自分の魔法を封じ込めるようなことが出来ると助かるんだけどな」


 魔法を使う上で一番のネックになるのは、当然のように呪文の詠唱だ。

 だが、魔法を封じ込めるといったことが出来るのであれば、それは呪文の詠唱を使わずに魔法を即座に使えるということを意味している。


「それは面白そうだけど……出来るの?」

「さて、どうだろうな。将来的には出来ればいいと、そう思ってはいるけどな」


 ヴィヘラの言葉に、レイはそう返すのだった。

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