第1906話

 回復魔法の封じ込められた宝石以外にも、アネシスの料理を始めとして各種お土産を渡し終えると、それぞれが今日何をしていたかといった話になる。

 もっとも、レイはギガント・タートルの解体を見物し、その後コボルトを操っているマジックアイテムを探していたというのは、既に話されていたので、主に話していたのはそれ以外の面々となるが。


「私は、今日は暇だったわね。ビューネは結構な数コボルトを倒していたみたいだけど。……ただ、ギガント・タートルの解体はちょっと見物よ。あれだけ大きなモンスターというのもそうはいないし、機会があったら見てみるべきだと思うわ」


 そんなヴィヘラの言葉に、解体現場を見ていない他の面々は少しだけ興味深そうな表情を浮かべる。

 エレーナ、マリーナ、アーラの三人も、別に巨大なモンスターを見るのが初めてという訳ではない。

 エレーナは以前クラーケンの討伐に駆り出されたことがあったし、マリーナも冒険者をしていた頃には様々なモンスターと遭遇しており、その中には巨大なモンスターも数多くいた。

 それでも、やはりレイが倒したギガント・タートルの解体は見てみたいという思いがあったのは事実だ。


「そう、ね。私は明日暇だし、ちょっと見に行ってみようかしら。エレーナとアーラの二人はどうする?」

「そうだな。貴族派の人間が妙なちょっかいを出さないように、一応見ておいた方がいいか。……それに、ギガント・タートルの一件は父上に教えたら驚きそうだし」


 そんなエレーナの言葉に、アーラも頷きを返す。


「私もお供します。幸い、明日は特に何か用事はありませんし」


 正確には、エレーナとの面会を希望する者は幾らでもいる。

 だが、それは緊急性のあるものではなく、エレーナと顔見知りになっておきたいという者が殆どだ。

 貴族派の貴族であれば、エレーナと顔見知りだというだけで、下の方ではある程度大きな顔が出来る。

 国王派、中立派にしても、エレーナと顔見知りであるというだけである程度の影響力を持つ。

 姫将軍の異名を持つエレーナは、それだけの影響力を持っているのだ。

 それだけに、それこそ有象無象と呼ぶべき者達が面会を希望し……当然ながら、その大半はあっさりとアーラに断られることになる。

 本当に重要な理由があるのであれば、アーラもエレーナにその旨を伝えるのだが、そのような者達がいない以上、明日ギガント・タートルを見に行っても特に問題ないと判断するのは当然だった。


「そうか。問題がないのであれば、明日は見に行くとしよう。……レイ、構わないか?」

「それは別に構わないけど、俺は最初と最後にちょっと様子を見ているだけで、エレーナに構ったりは出来ないぞ?」

「む。コボルトを操っているマジックアイテムを探すのであれば、そうなるのか。それは少し残念だが……ヴィヘラとビューネはどうするのだ?」

「私? 私は……まぁ、ビューネがギガント・タートルの解体の場所でモンスターを倒す依頼を受けたいみたいだから、それに付き合うという形かしら」


 その言葉に、取りあえずヴィヘラとビューネはギガント・タートルの解体をしている場所にいるのだと知り、エレーナは少しだけ嬉しそうな様子を見せる。


「で、マリーナは今日何をしてたんだ? てっきりギガント・タートルの方に来ると思ってたけど」

「あら、私? 実は私とは違う出身なんだけど、ダークエルフが一人ギルムに来ていてね。その子にちょっと精霊魔法の使い方を教えていたのよ」

「ダークエルフが? また、珍しい……いや、そうでもないのか」


 マリーナの言葉に珍しいと言ったレイだったが、すぐに自分でそれを否定する。

 実際、レイにもエルフの知り合いが一人いるし、知り合いではなくても、エルフ、ダークエルフ共に何人かギルムで見たことはある。

 ましてや、今は増築工事中なのだから、以前よりも多くの者が集まってきている。

 今は冬だから秋までに比べると人数は少ないが、それでもギルムにいる人数は例年よりも多い。

 その中に新たにエルフやダークエルフがいても、特におかしなことではなかった。


「そうね。ただ、その子は精霊魔法があまり得意じゃないのよ。弓の方は結構腕利きなんだけど」

「……一応聞いておくけど、その精霊魔法の腕ってのはマリーナを基準にしてないよな?」


 精霊魔法を使う者はレイも何人か知っているが、その中でもマリーナの技量は頭一つ……どころではないくらい飛び抜けている。

 そんなマリーナから見れば、それこそ殆どの者が精霊魔法は得意じゃないという風に見えるだろう。

 だが、そんなレイにマリーナはテーブルの上にあったチーズを手に取り、左右に動かす。

 特にどうということのない仕草だったが、マリーナがそのような行為をすることにより強烈な女の艶を意識させる。

 もっとも、マリーナとの付き合いがそれなりに長いレイは、そんなマリーナの艶に対しても慣れや抵抗力のようなものがあったが。


「そんな馬鹿な真似はしてないわよ。単純に、その子から精霊魔法の使い方を教えて欲しいとお願いされたから、教えてるだけ」


 そう告げるマリーナは、特に何か後ろめたいところがあるようには思えない。

 そのことに安堵しながら、レイは話を続ける。


「それにしても、マリーナとは違う集落から来たのか。そっちの集落にもいつか行ってみたいな」

「レイにとっては、ダークエルフの集落は珍しいんでしょうね。色々と興味深いマジックアイテムもあるようだし」


 レイの言葉だけでそう告げたのは、マリーナもレイの狙いが分かっていたからだろう。

 ダークエルフの集落と言われれば、マジックアイテム……もしくは、それに使う素材の類があってもおかしくはない。

 レイの趣味を考えると、そのダークエルフの集落に行ってみたいと考えるのは当然だった。


「そうだな。それに、食材の類も気になるし」

「……オークね」


 マリーナの集落に行った時のことを思い出したのだろう。ヴィヘラが若干呆れの視線を向け……ビューネは宝石魔法について話していた時の態度からは考えられないように、期待の視線をレイに向ける。

 以前マリーナが育った集落に行った時は、その集落の近くにはオークが結構な数いたのだ。

 レイにとっては、オークというのは非常に美味しいモンスターだ。

 ……それは、素材や魔石が高く売れるといった意味での美味しいではなく、文字通り食べるという意味での美味しいモンスター。

 レイのミスティリングの中には今も大量のオークの肉が入っているが、大量に獲れるだけに日常的に食べることも多く、その消費量も当然多くなる。

 今はまだ十分な余裕があるが、それでも補充出来るのであれば補充したいというのはレイの本音だった。

 オークというのは、単独でもゴブリンやコボルトよりは強いし、何より仲間と連携を取るという知能がある。

 男にとっては戦うのに厄介な相手で、それ以上に女にとってはオークは発見即殺害といった行動に出てもおかしくはない程に憎むべき存在だ。

 そのようなオークだったが、レイにとっては美味しい肉という存在でしかない。


「そうだな。ダークエルフ達にとっても、オークは邪魔だろ?」

「それは否定しないわ。けど、オークは倒せば食料にもなるから、もし獲るのならしっかりと集落に了解をとった方がいいでしょうね。……あら、そろそろかしら」


 話の途中で、マリーナの視線が少し離れた場所にある窯に向けられる。

 それは、いつものようにレイがミスティリングから取り出した窯だったが、今日はその中で焼かれている食材が違った。

 ……それは、今日解体したばかりのギガント・タートルの肉の一部なのだから。

 長く冒険者をやっているマリーナですら、初めて食べるギガント・タートルの肉。

 当然その味には強い興味を皆が抱いていたのだが……宝石魔法の件で、すっかりとその辺りを忘れている状況になっていた。

 だが、窯からは焼き上がったということを知らせるかのように、食欲を刺激する香りが漂ってくる。

 既にある程度料理を食べていたにも関わらず、全員が窯の方に視線を向ける。


「どういう風に料理すればよかったか分からなかったから、取りあえず普通に塩で味付けして焼いてみただけだけど……また、随分と美味しそうな匂いがするわね」


 そう言いながら、マリーナは精霊魔法を使って窯の中からギガント・タートルの肉を取り出す。

 テーブルの上に置かれたその肉は、拳大くらいの塊の肉が幾つも存在している。


「亀って食ったことがないから、どんな味か分からないけど……また、随分と美味そうだな」


 テーブルの上の肉を見ながら、レイは正直に言う。

 ただの塩で味付けしてあるだけで、幾らか香草を使っているとはいえ、料理的には非常にシンプルな料理だ。

 それでも、肉そのものの極上の香りが周囲に漂う匂いに混ざっている為か、その料理は非常に美味そうに思える。


「取りあえず……レイから食べてちょうだい。レイが持ってきた肉なんだから、最初に食べるのはレイなのは当然でしょうし」


 そう告げるマリーナに、他の面々も異論はないと頷きを返す。


(もしかして、毒味とかをさせるつもり……じゃないよな?)


 一瞬そう思ったレイだったが、ともあれ自分が最初にこの肉を食べてもいいと言われたことが嬉しくない訳がない。

 肉を一つ自分の皿に取り、そのままナイフで切り分けたりせず、フォークで刺して齧りつく。

 まず最初に感じたのは、塩の味と香草の香り。

 だが、次の瞬間には口の中一杯に肉の味が広がる。

 亀ということで、は虫類の蛇のように鶏肉に近い味なのかという予想をしていたレイだったが、食べた食感や味はとてもではないが鶏肉とは違う代物だった。

 それこそ、レイの語彙ではどう表現したらいいのか、分からない程に。

 実際、レイも日本にいる時、そしてエルジィンにやって来てからと、色々な肉を食べてきた。

 だが、そんなレイにとっても口の中に入っている肉は、今まで食べてきた肉とは明らかに違うのだ。

 食感が違う、口の中で解れる肉の感触が違う、そこから流れ出る肉汁の味が違う、そして飲み込み終わった時に口の中に広がっている後味が違う。


(基本となってるのは……やっぱり鶏肉なのか? いや、でも何となくそれも違うような気がする。少なくても、比内地鶏や烏骨鶏といった鶏肉とは比べものにならない程の味だな)


 レイの父親は、闘鶏をやっている関係で色々な種類の鶏を飼っていた。

 その中には日本三大地鶏の一つとして有名な比内地鶏や、中国では非常に滋養が高く美味い鶏として有名で、何より肉までもが黒い烏骨鶏といった鶏も飼われていた。

 それらは闘鶏の為ではなく、純粋に食べる為に飼っている鶏なので、レイも当然それを絞めるのを手伝ったり、食べたりしたこともある。

 そのどれもが間違いなく美味い肉ではあるのだが、ギガント・タートルの肉はそれ以上の……別次元と言ってもいいような美味さを持つ。


「美味い」


 結局、レイの口から出るのはその一言だけだ。

 だが、そんなレイの一言だけでも十分に美味いというのは理解したのだろう。

 料理をしたマリーナを含め、他の者達もギガント・タートルの肉を自分の皿に取り、食べる。

 ……レイのように直接齧りつくといった真似をするのは、ビューネだけで、他の面々はしっかりとナイフで肉を切り分け、それを口に運んでいたが。

 そうして味わった肉の味と食感に、皆が動きを止める。

 ケレベル公爵令嬢のエレーナや、元ベスティア帝国の皇女たるヴィヘラにとっても、今まで食べたことのない味なのか、その感想を口にすることが出来ない。

 地面に置いた皿の上にある肉を食べているセトとイエロもまた、驚くべき美味さに鳴き声一つ上げず、肉の味に集中している。

 レイもまた、それ以上は何も言わずに肉を口に運ぶ。

 そのまま全員が何も言わず、ギガント・タートルの肉を味わい……やがて、その肉が全てなくなるまで沈黙が続く。


「……なくなってしまったわね」


 テーブルの上にあった肉の全てがなくなったことにより、残念そうにマリーナが呟く。

 それでも、もう一度焼くかと言わないのは、一度そうしてしまえば際限なく肉を食べきってしまうのではないかと、そのような思いがあったからだろう。


「そうだな。……取りあえず、ギガント・タートルの肉は極めて美味い肉だということがはっきりとした。それが分かっただけでも、今回は十分だったと思うことにしよう」


 レイのその言葉に、マリーナは頷く。

 ヴィヘラは残念そうな表情を浮かべ、驚くべきことに普段は表情を変えることが少ないビューネまでもが、残念そうな表情を浮かべる。

 エレーナやアーラも少しだけ残念そうにしていたが、それでも結局何も言わず……レイが新たにミスティリングから取り出した、焼きたてのパンとスープを味わうのだった。

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