第1904話
「うーん……この辺にはあまり、そういうマジックアイテムの類はないか」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは鳴き声を上げつつ、残念そうな様子を見せる。
ギルムにある増築工事が行われている現場。
少し離れた場所では、現在も冒険者とコボルトの戦いが行われていた。
だが、レイはそれを全く気にした様子もなく、増築工事の現場を調べる。
……とはいえ、何ヶ所にも資材の類が置かれており、それを雪から守るようにマジックアイテムの布を被せている物も多い。
トレントの森から伐採してきた木は、魔法的な処理を施した上で既に木材として加工されているので、一応ということで適当な布を被せているだけだが。
石材の類は、殆ど野ざらしに近い状況になっている。
そのような建築資材の類の隙間を見て回り、何らかのマジックアイテムが設置されていないのかを見て回るのだが……当然の話だったが、何らかの手掛かりの類を見つけることは出来ない。
「セト、頼む」
自分の方に近づいてきたコボルトの気配に気が付き、レイは自分の相棒にそう告げる。
レイの言葉を聞いたセトは、即座に自分達の方に近づいてきたコボルトに向かって大きく前足を振るう。
「グルルルルルルルゥ!」
セトを見ても一切恐れる様子を見せずに突っ込んできたコボルトだったが、セトを見て恐れないからといって、コボルトとグリフォンの間に存在する決定的な力の差が埋まる訳ではない。
コボルトに向かって振るわれる、セトの前足。
その一撃は、どこから見つけたのか錆びた長剣を持ったコボルトの首をあっさりと砕く。
……周囲にコボルトの血や体液、肉、骨、歯、そして脳みそといったものが散らばる。
本来なら討伐証明部位となる右耳を確保する為に、頭部を砕くといった真似はしない方がいい。
だが、それはあくまでも討伐証明部位が欲しい者であればの話であって、それを欲しないレイやセトにしてみれば、特に問題はない。
もっとも、魔石はまだ残っているので、スラム街の中でもこのコボルトの死体を見つけた者は運が良いのだろうが。
「あー……まぁ、少し汚れたけど、雪とか雨で春までには綺麗になるよな。それに、見たところでは他の連中が戦っている場所でも、同じように地面とかが血とかで汚れてるし」
周囲を見回したレイが見たのは、棍棒の類でゴブリンを倒している冒険者だ。
中には棘の生えた金属球を鎖で繋いだ、モーニングスターと呼ばれる武器で頭部を粉砕している者もいる。
それらに比べれば、セトが倒したコボルトの死体もそう変わったものではないだろうと。そう判断し、レイはセトと共に次の怪しい場所に向かう。
少し離れた場所にある石材は、崩れないようにしっかりとした形で積まれてはいるものの、だからこそ周囲から見えないように何らかのマジックアイテムを仕掛けられるのではないかと。
そう思っての行動だったのだが……
「外れか、まぁ、マジックアイテムを仕掛けるにしても、こうも見つかりやすい場所に堂々と仕掛けたりはしないか」
コボルトを操るような、希少なマジックアイテムだ。
それこそ、もし壊れでもしたら取り返しがつかないのは確実だ。
それを考えると、やはりここのような……それこそ、コボルトとの戦闘が起きる場所に置くのは、不用意としか思えない。
(そもそも、マジックアイテムの効果範囲がどのくらいかってのもあるんだよな。……まぁ、この周辺からコボルトを延々と集めているのを考えると、わざわざ工事現場に置いておく必要もないんだけど)
そう考えるレイだったが、意図的にこれがマジックアイテムではない、何らかの別の手段によるものだという考えは置いておく。
どのみち、現在レイがこうしてマジックアイテムを探してるのは、半ば暇潰しに近いものであって、依頼として引き受けた訳ではないからだ。
(そうなると、コボルトを自由に操るんじゃなくて、ここに集める……誘蛾灯的なマジックアイテムか? 実際、ギルムの街中ではコボルトによる被害は起きてないって話だし)
予想をしつつ、レイは周辺に何か妙な臭いがないか……コボルトを集めるような臭いがないのかと、嗅覚に集中する。
だが、レイに嗅ぎ取れるのはコボルトの血の臭いのみだ。
周辺では未だにコボルトと冒険者の戦いが続いているのだから、それは当然だろう。
そうなると、レイに取れる手段は少ない。
「セト、この周辺に何か妙な臭いがないか探ってくれないか?」
「グルゥ?」
臭い? と、小首を傾げるセト。
そんなセトの頭を撫でながら、レイは言葉を続ける。
「そうだ。もしかしたら……本当にもしかしたらだけど、コボルトを集めるような臭いを出す何かがあるのかもしれない。それこそ、今のセトでも嗅ぎ取れないような臭いが」
セトの嗅覚を含む五感は、レイよりも圧倒的に鋭い。
そんなセトでも嗅ぎ取れないような臭いがあるかもしれないと告げるレイだったが、セトにはより嗅覚を鋭くする、嗅覚上昇というスキルがある。
そのスキルを使えば、もしかしたら今は嗅ぎ取れない臭いでも嗅ぎ取れるかもしれなかった。
セトはそんなレイの頼みに、喜んでスキルを発動する。
「グルルルルゥ!」
通常時よりも更に鋭くなったセトは、コボルトを集めるような何らかの臭いがあるのかどうかを嗅ぎ分けようとするが……
「グルゥ」
数十秒周囲に漂っている臭いを嗅いでいたセトだったが、やがて申し訳なさそうにレイに向かって喉を鳴らす。
だが、レイは特に気にした様子もなくセトの頭を撫でる。
元々何らかの確証があったのではなく、あったらいいなという程度でセトに頼んだのだ。
そうである以上、もしセトが何かを見つけることが出来なくても、ある意味では当然の話だった。
「気にするなって。それに、今のセトの行為は何の役にも立たなかった訳じゃない。寧ろ、俺にとっては重要な意味をもたらしてくれたんだからな」
「グルゥ?」
本当? と愛らしい様子で首を傾げるセト。
レイは自分の言ったことが嘘でも誤魔化しでもないということを証明するように、セトを撫でる。
セトが何も臭いを嗅ぎ取ることが出来なかったというのは、少なくてもこの場所にコボルトを引き寄せるような香りを発するマジックアイテムの類がある訳ではないと確信出来たのだから、これ以上はその方面で探さなくてもいいとはっきりしたのはレイにとって助かることだった。
セトを撫でながら、レイは次にどうするべきかを考える。
一番可能性が高かったのは、やはりこの場所にコボルトを集める何かがあるということだった。
だが、コボルトを集める臭いを生み出すマジックアイテムというのは、セトの嗅覚でも見つけることが出来なかった以上、ここにはないと断言してもいい。
いや、実はもしここにあったとしても、それを見つけることが出来ない以上、今そちらに手を出すような真似は出来ないだろう。
「さて、そうなると……振り出しに戻ってしまったな。ゴブリンを始めとして、他のモンスターには影響しないで、コボルトだけを集める……そんな手段が他にあるとすれば……」
地面に落ちているコボルトの死体を眺めながら、レイは臭い以外でコボルトを集める手段を考える。
(コボルト……コボルトってのは、犬とか狼とか、そんな顔をしたモンスターだ。だからこそ、臭いで集めるということを疑ったんだが……その臭いじゃないとすると……音?)
犬ということでレイが思い出したのは、犬笛。
日本にいた時にTVで見たのだが、犬というのは人間には聞こえない音であっても、それをしっかりと把握し、聞き取ることが出来るという代物だった。
レイが知っている犬とコボルトが同じ存在だとは思わないが、犬系の顔ということで似ているのは間違いない。
であれば、臭いで集めるのではなく犬笛に似たマジックアイテムか何かでコボルトを操っているのではないか。
(人間でも、年齢によって特定の音は聞こえたり聞こえなかったりするらしいからな。それを考えれば、そういうマジックアイテムがあってもおかしくはない……か?)
そう考えつつも、レイの五感は通常の人間よりも鋭い。
そんなレイの耳にも聞こえないということは、本当にコボルトにしか聞こえないような音を発するのか……もしくは……
「セト、今度は臭いじゃなくて音だ。何か妙な音が聞こえたりはしないか?」
「グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは黙って首を横に振る。
それを見れば、ここには特に何らかの音が響いている訳でもないことは明らかだ。
もしくは、グリフォンのセトであっても聞くことが出来ないような音が流れている可能性もあるが……その辺に関しては、レイもあまり心配はしていなかった。
それだけセトに対する強い信頼を抱いている為だ。
(そもそも、コボルトが聞けてグリフォンが聞けないような音なんて……普通に考えて有り得ないだろうし)
生物学的――モンスターだが――に、コボルトよりも遙かに格上のグリフォンだけに、レイがそのように思うのも無理はなかった。
もっとも、格上の生物だからといって完全に全ての能力が上というわけではない以上、コボルトが聞き取れてもセトが聞き取れない音が周囲に響いているという可能性は否定出来ないのだが。
「音も聞こえないとなると……嗅覚と聴覚以外で考えられるのは……味覚? いや、直接味わったりしないと、そういうのは難しそうだし、触覚に関してもちょっと思いつかないな。そうなると、残るのは視覚? いや……けど、視覚は……どう思う?」
「グルゥ?」
セトに尋ねても、この場合は恐らく意味がないだろうというのはレイにも分かっていたが、もしかしたら……本当にもしかしたらという思いで尋ねる。
だが、やはりセトから返ってきたのは、どうしたの? といった鳴き声のみだ。
「コボルトだけに見える何かがある? ……うーん、どうなんだろうな。臭いや音に比べると、どうしても可能性としては少ないような気がするし。……そうなると、次に可能性として考えられるのは……何だ?」
五感に干渉してコボルトを操るマジックアイテム。
そんな風に思っていたレイだったが、実際にこうして探してみるとそれらしい物は何もない。
どうするにしても、今の状況ではとてもではないが何かを見つけることは難しいだろう。
「マリーナの精霊魔法に……いや、そもそもマリーナの性格なら、多分もうこの辺に何か怪しい物がないかどうかは調べてる、か?」
取りあえず今日の夕食の時、その辺りの話を聞いてみよう。
そう思いつつ。レイはセトと共に怪しい場所を次々と調べていく。
当然そのような真似をしていれば目立つ。
ましてや、レイはともかくセトはグリフォンだ。目立つなという方が無理だろう。
殆どの者が、そんなレイとセトに話し掛けたりはせず、コボルトの討伐を淡々とこなしていくが……当然ながら、冒険者の中には酔狂な者もいる。
「なぁ、レイさん。あんた一体何をしてるんだ? あんたはギガント・タートルの解体をやってるって話じゃなかったのか?」
長剣を持ち、ソロで活動している二十代始めくらいの男が、レイに向かってそう声を掛ける。
そうして声を掛けたくなったのは、好奇心に負けたというのが一番の理由だろうが……木材に被せられている布をめくって中を確認しているような光景を見て疑問を抱いたというのも大きかった。
声を掛けられたレイは、布から顔を出して男の方を見て、口を開く。
「ギガント・タートルの解体は、別に俺がいる必要はないからな。今日で終わらなかった分を後でまた回収するけど、それまでは暇なんだよ」
「……暇だからって、わざわざここに来るのか? レイさんにとっちゃ、コボルトなんて倒す価値もないような存在だろうに」
「そうだな」
しみじみと、レイは男の言葉に頷く。
異名持ちのランクB冒険者というレイにとって、コボルトはわざわざ戦うべき存在ではない。
レイが殺気を見せれば……いや、それこそセトが姿を見せれば、その時点で逃げ出してしまう程に、コボルトというのは弱いモンスターなのだ。
だからこそ、男にしてみればわざわざレイがここに来るという理由が理解出来なかった。
何より、先程レイが見ていたような狭い場所にコボルトが隠れられるとは思えない。
つまり、レイはコボルト以外を目当てにしてここに来たのではないかと、予想する。
「で? 良ければ話を聞かせて貰えないか? レイさんには分からないことであっても、ここで何日も戦っている俺なら、分かるかもしれないけど?」
「俺は、コボルトが延々と攻めてくる理由を、誰かがマジックアイテムを使って人為的に起こしていると思っている。だから、そのマジックアイテムがないかどうか、ちょっと探してみただけだよ」
「……マジックアイテムか。なるほど」
レイがマジックアイテムを集める趣味があるというのは、ギルムではそれなりに知られている事実だ。
それだけに、男もレイの言葉に納得するが……結局、何も心当たりはなく、好奇心を満足させた男は再びコボルトの討伐に戻るのだった。
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