第1903話

 昼の休憩を終え、午後の仕事が始まる。

 なお、ギガント・タートルの解体を引き受けた者達はともかく、血の臭いでやってくるモンスターと戦う為の護衛達は、皆が一斉に休憩をする訳にもいかず、順番に食事を取ることになった。

 レイとセト、ヴィヘラやビューネは、ミスティリングの中に入っている料理を食べ……解体作業をしている面々にも、温かく出来たての野菜スープを一杯ずつ配ることになった。

 雪こそ降っていないが、気温は氷点下近い中での仕事だけに、当然スープを貰った者達は喜んだ。

 そのおかげで、ギガント・タートルの解体作業も午前中よりもスムーズに進んでいるのを思えば、その辺は必要経費といったころなのだろう。


「それで? レイはこれからどうするの? もう少しここで様子を見ていく? それとも、ギルムに戻る? コボルトの一件でちょっと探してみるって言ってたけど」

「そうだな。そろそろ戻るよ。一旦コボルトが襲撃してくる増築工事の現場に行ってみて、何かの手掛かりがないかを探してみる」

「うーん……でも、手掛かりが見つかるとは限らないわよ? そもそも、今まで何人もがコボルトの襲撃の理由を探して、色々と動き回ったけど結局見つからなかったんだから」


 ヴィヘラの言いたいことも分かるレイだったが、今回に限ってはセトという奥の手があった。

 レイを含めて人の……それ以上に鋭い感覚を持つ獣人やエルフであっても見つけることが出来ない何かを、セトであれば見つけることが出来るかもしれないという可能性は十分にあった。

 そんなレイの視線を追えば、そこには戦うモンスターがいなくなった為か、ビューネと一緒に遊んでいるセトの姿があり、それだけでヴィヘラはレイがセトを頼りにしてコボルトの一件を調べようとしているのだと理解する。


「なるほど、セトね」

「……よく分かったな」

「レイの視線を追えば、誰だって分かるわよ」


 そう言われれば……と自分の行動を思い出し、何となく若干の照れを感じ、それを誤魔化すように口を開く。


「とにかく、俺はセトと一緒に増築工事をやってる場所に向かうけど……ヴィヘラはどうする? 一緒に来るか?」


 尋ねられたヴィヘラは、少し考えてから首を横に振る。


「止めておくわ。結局のところ、戦うモンスターはコボルトだけでしょうし」


 ヴィヘラにとっては、強いモンスターとなら自分から望んで戦いたいのだろうが、コボルト程度のモンスターであれば戦うまでもないということなのだろう。

 これで上位種か希少種が確実にいるというのであれば、多少は興味も抱くのだろうが……コボルトの襲撃が始まってから今まで、その類のモンスターが見つかっていない以上、ヴィヘラがそちらに興味を持つことはなかった。


「それに、ビューネがここでコボルトを倒すのを結構楽しみにしてるみたいだから」

「ああ、なるほど」


 恐らく、そちらの理由の方が強いのだろう。

 レイにとっても、今回の一件はあくまでも趣味の一環というか、半ば駄目元に近いという思いである以上、ヴィヘラを無理にでも連れて行こうとは思わない。

 これで、実は何らかの決定的な証拠や確証といったものがあれば、話は別だったのだろうが。


「おーい、ちょっといいか!」


 ヴィヘラとの話が終わり、レイは少し離れた場所にいるギルド職員……ギガント・タートルの解体の纏め役の立場の者に声を掛ける。

 何度となくレイと話している相手なので、向こうもレイの呼び掛けに特に緊張した様子もなく、近づいてきた。


「どうしたんですか? 何かありましたか?」

「ああ。俺はそろそろここから離れるけど、夕方くらいにここに戻ってくればいいか?」


 ギガント・タートルの解体は当然今日だけで終わる訳ではない以上、夜になったらミスティリングの中に収納しておく必要があった。

 これがもっと小さいモンスターであれば、それこそ街中の倉庫に置いておいても、今は冬だから問題はないのだろうが……これだけの大きさのモンスターだと、街中で解体するという訳にもいかない。


「そうですね。是非そうして下さい。ただ、出来れば少し早めに来て貰えると助かります。今日は初日で、あまり慣れていない人も多いので、すこし早く終わらせればと」

「分かった。なら、少し早めに戻ってくる」

「ありがとうございます。それで……ちなみにですが、レイさんはこれからどこへ?」

「増築工事をしている場所にちょっとな」


 その言葉で、ギルド職員もレイが何をしようとしているのかが分かったのだろう。

 笑みを浮かべて、口を開く。


「マジックアイテム、見つかるといいですね」


 それは、間違いなくギルド職員の本音だろう。

 コボルトの一件がマジックアイテムのせいだとは確定していないし、ギルド職員にとっても恐らく違うだろうという予想はしていたが。

 それでも、もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、何らかのマジックアイテムが原因の可能性はある。

 ましてや、レイはセトの力を使ってコボルトの件について調べるのだから、何らかの手掛かりが見つかる可能性は十分にあった。

 これが普通の、それこそその辺にいるような冒険者であれば、ギルド職員もそこまで期待するようなことはなかっただろう。

 だが、ギルド職員の前にいるのは、レイだ。

 それこそ、今まで幾度となく信じられないような出来事を成し遂げてきた存在だった。

 そんなレイが行ったことの一つが、現在大勢で解体をしているギガント・タートルだ。

 このような巨大なモンスターを倒すことが出来る存在というのは、ギルムに……いや、ミレアーナ王国やその周辺諸国、そしてこのエルジィンという世界全体を見ても、そう多くはない筈だ。

 それを成し遂げたレイだからこそ、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、コボルトの件で何か手掛かりを見つけることが出来るかもしれない。

 ギルド職員がそのように思っても、それはある意味で当然だった。

 自分がそこまで期待されているというのは思っていないレイは、ギルド職員に頷きを返してから、セトを呼ぶ。


「セト! 一旦ギルムに戻るぞ!」

「グルゥ!」


 レイの呼びかけに、分かった! と鳴き声を上げると、レイの側まで近づいてくる。

 ギガント・タートルの解体をやっていた者の何人かは、そんなセトの様子に目を奪われている者もいた。

 それこそ、セトを愛でたいと思うかのように。

 これがギルム以外の場所であれば、セトの存在に恐怖を覚える者の方が多いのだろうが……ここはギルムだ。

 解体作業を行っているうちの幾らかは、ギルムの住人ではなく増築工事の仕事目当てで来たような者もいるので、そのような者達は全員がセトに親愛の情を抱くとはいかなかったが。

 そのように様々な視線を向けられつつも、レイとセトはその場を後にしてギルムに向かうのだった。






「おい、そっちだ! そっちに行ったぞ!」

「おう、分かってる。ったく、殆ど本能だけで動いてる割には、時々妙にかしこい動きをしやがって!」


 その言葉と共に鋭く突き出された槍は、コボルトの首を貫く。

 一瞬その冒険者が苦い表情を浮かべたのは、本来は胴体を狙ったというのに、実際には首に命中したからだろう。

 秋までであれば、間違いなく胴体を貫くことが出来た筈だった。

 それが狙いをそれて首を貫くことになったのは、地面に倒れたコボルトが他のコボルトよりも幾分か強く、素早かったというのもあるが……冬の間の暮らしで身体が鈍っているから、というのも大きいだろう。

 本人もそれが分かってるからこそ、苦い表情を浮かべたのだ。

 だが、今はそのようなことを考えているような余裕はない。

 他にも、コボルトが結構な数ここには侵入してきているのだ。

 いつもであれば、もう少し楽に戦うことも出来たのだが、今日はコボルトの数が少ないからということで、結構な数がコボルトの討伐に見切りをつけ、ギガント・タートルの解体に回った。

 おかげでコボルトと冒険者の釣り合いが取れるようになったのだが、それはこの場での戦いがいつも通りであるということも意味している。


「あー……俺もギガント・タートルの解体の方に行けばよかったか?」


 近くにいた別の冒険者が、周囲でコボルトと戦っている他の冒険者を眺めながら、そう告げる。

 実際に今の自分達の状況を考えると、延々とコボルトの相手をするのは面倒だと思ってしまうのだ。

 もっとも、冬越えの資金が今の時点でかなり減ってしまっており、金を稼げるという意味ではコボルトの討伐が最善だと、そう判断してここに来た以上、文句を言っても意味はないのだが。

 だが……丁度そのタイミングで、セトに乗ったレイが、その場に到着したとなれば、話は違ってくる。


「そうか? 解体の方に来てくれるのなら、俺としては非常に助かるけどな。人手は多ければ多い程いいし。もっとも、ギガント・タートルの大きさを考えれば、この冬で解体が終わるとは思えないけど」

『え?』


 唐突に響いた声に、コボルトと戦闘を行っていない者達で声の届く範囲にいた者達が揃って声を上げる。

 まさか、何故こんな場所にこの人物がいるのかと。

 ……レイの顔を直接見たことがない者であっても、グリフォンを連れた冒険者を見れば、それが誰なのかは容易に理解出来る。……出来てしまう。


「深紅のレイ!? ちょっ、何でそんな有名人がここにいるんだよ! コボルト程度……ってか、コボルトしか出ない場所だぞ、ここ!」


 先程、ギガント・タートルの解体の方に行けばよかったと口にした冒険者が、慌てたように叫ぶ。

 その冒険者の疑問は、他の冒険者達にとっても同様のものだった為か、何人もがその冒険者の言葉に同意するように何度となく頷く。

 そんな冒険者達を眺めつつ、レイは気にするなといった様子で自分がここに来た理由を説明する。


「延々と、朝昼晩関係なくコボルトの襲撃が起きるというのは、明らかにおかしい。つまり、何らかの理由があると思ってな。で、ついでにちょっとその理由を探してみようと思った訳だ」


 実際には、その為のマジックアイテムがあるのではないかという予想をしてここに来てみたのだが、そこまでは口にしない。

 それを言えば、もしかしたらこの場にいる全員がそのマジックアイテムに興味を持って探すのではないかという予想があったからだ。

 レイとしても、必ずしもここにマジックアイテムがあると思っている訳ではなく、半ば暇潰しの一面があるのも事実だ。

 そうである以上、迂闊にマジックアイテムがあると口にし、そちらに意識を集中させ……結果として、怪我や死ぬといったことになれば後味が悪い。


「そんな訳で、俺とセトはコボルトがここに集まってくる理由を探すけど、お前達は気にしないでコボルトを倒していてくれ。そっちの邪魔はしない」


 セトを撫でつつ、レイ達に気が付いているのかいないのか、冒険者がコボルトと戦っている光景を眺める。

 セトが……グリフォンがここにいるというのに、その場から逃げ出す様子が一切なく、冒険者と戦っているコボルトを。


(ギガント・タートルの場所に来たコボルトと同じか。……向こうの方は、ギガント・タートルの血の臭いが濃く漂ってたから、そっちに意識が集中してセトの存在に気が付いていないだけかもしれないと思ったんだけどな)


 実際、コボルト以外にもオークを初めとして何匹かのモンスターがギガント・タートルの血の臭いに惹かれてやってきたが、セトの存在に気が付かないモンスターも多かった。

 ……正確には、恐らく血の臭いに惹かれてやって来たモンスターの中でも、セトの存在に気が付くことが出来たモンスターは、すぐに逃げ出して解体場所までは辿り着かなかったのだろうが。

 だが、この辺りには特に何かモンスターを惹きつけるようなものはない。

 敢えて上げるとすれば、ギガント・タートルの解体を眺めていたレイやセトに血の臭いが移っていたという可能性はあったが、視線の先のコボルトは特に血の臭いに惹かれてレイ達のいる方に向かってくる様子は見せていなかった。

 そう考えると、やはりコボルトはセトの存在に全く気が付かないのか、もしくは気が付くということすら出来ないのか。


(上位種や希少種の場合は、セトの存在に気が付かないということはない……と、思う。そうなると、考えられるのは……マジックアイテムの可能性が高くなったな)


 もしかしたら、もしかするのでは?

 そんな風に思っているレイだったが、セトは喉を鳴らしてレイに顔を擦りつける。

 セトの頭を撫でながら、レイはこの場所にあるかもしれないマジックアイテムをどうやって探すのかを考えるのだった。

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