第1902話
赤布。それは、レイがアネシスに向かう前に、ギルムで色々と騒動を起こしていた者達の通称だ。
別にそれが正式名称という訳でも、ましてや本人達がそう名乗った訳でもないのだが、自分達の存在を強調するかのように、身体のどこかに赤い布を巻いていたから、そのように言われるようになったのだ。
多少なりとも三国志のことを知っているレイにしてみれば、黄巾党の赤バージョンか? とも思わないでもなかったが、やっていることを考えれば、それは寧ろカラーギャングと言うべきだろう。
もっとも、レイが知っているカラーギャングというのは、ドラマや漫画といったもので得た知識が大半だったのだが。
細かい騒動から大きい騒動まで色々と起こしていた赤布。
アネシスで起きた出来事が色々な意味で強烈だったので、レイは赤布の存在をすっかり忘れていた。
ヴィヘラやビューネ、ギルドで会ったレノラやケニー、ヨハンナを始めとしたそれ以外の者達からも、その辺の話は聞いていない。
……もっとも、連日連夜、それこそ昼夜関係なくギルムを襲撃してくるコボルトという現在のギルムを思えば、赤布の一件をレイに話さなくても当然のことなのかもしれないが。
「赤布? ……ああ、そう言えばレイがアネシスに行ってから少しして、全く話を聞かなくなったわね。その辺、ギルドの方では何か知ってるの?」
ヴィヘラの視線を向けられたギルド職員は、即座に首を横に振る。
「コボルトの一件で、それどころじゃなかったというのが大きいですね。ただ、赤布が派手に動いていれば当然その辺の話は聞こえてきますが、それがないということは、活動を止めたのでは? ……もっとも、活動を止めてどこに行ったのかは分かりませんが」
赤布の中には顔を隠している者もいたが、大抵は顔をそのまま出していた。
そうである以上、当然の話だがその顔を皆が覚えている。
……もっとも、冬のギルムであっても十分に人は多いので、その人物が赤布の一人だと断言することは難しいかもしれないが。
と、そう考え……ふと、レイは思いつく。
「もしかして、雪が降って寒くなったから赤布も活動を止めたって可能性はないか?」
「寒いから……まぁ、その可能性もない訳じゃないでしょうけど。それに、雪が降ってる中で走ったりすれば、怪我をするかもしれないし」
寒いから赤布の活動が下火になった。
それだけを聞けば、えー……という感想を抱くのも当然だろう。
だが、赤布が起こすのは基本的に犯罪だ。
例えばひったくりや恐喝、その他諸々。
そうである以上、当然のように警備兵からは逃げる必要がある。
ギルムの警備兵は腕利きの冒険者を相手にすることもあるので、場合によってはその辺の冒険者より強くてもおかしくはない。
そして、赤布は基本的にそこまで腕利きはおらず……警備兵に追いつかれれば捕まることになる以上、雪で足下がしっかりしていないという状況は致命傷に等しい。
「なるほど。……けど、それだと春になればまた赤布の活動が活発化しそうだけどな。それに……もしかして、本当にもしかしてだけど、ギルムで起こっているコボルトの一件が赤布の仕業と考えるのは、俺の考えすぎか?」
そんなレイの言葉に、ヴィヘラとギルド職員は驚き……やがて、二人揃って首を横に振る。
「ないですよ、それは。レイさんも知ってると思いますが、赤布の連中は冒険者になったのはいいけどすぐにやっていけなくなった者だったり、冒険者のままでも低ランクの者だったり……そういう連中です。そのような者達が、低ランクモンスターのコボルトとはいえ、それを操るような真似が出来ると思いますか?」
「私も、その意見には同意するわ。可能性があるとすれば、そのような魔法や能力は期待出来ない以上、マジックアイテムだけど……世に知られていないようなマジックアイテムを、赤布の連中程度が入手出来ると思う?」
二人に続けて駄目出しをされれば、レイも自分の意見が正しいとは到底言えなくなる。
そもそも、何らかの確信があって赤布がコボルトの一件を起こしているのではないかと言った訳ではないのだから、その意見に固執する必要はなかった。
それに実際、ヴィヘラの言うことはレイにも納得出来るようなことだったというのが大きい。
「そうなると、やっぱりコボルトの一件は誰か他の……」
「おい! そこの男! お前が懐に入れた物を出せ!」
誰か他の仕業なのではないか。
そう言おうとしたレイの言葉を遮るように、周囲に大きな声が響く。
いきなりそのような声を上げれば、当然周囲にいる者達の視線を集める。
そうして視線の集まった先にいたのは、レイと話していたのとは別のギルド職員の一人。
そのギルド職員は、厳しい視線で一人の若い男……二十代になるかならないかといったくらいの男に、足取りも荒く近づいていく。
男の方は、自分に近づいてくるギルド職員に向けて何かを言おうとするが……何を言っても無駄と判断したのか、そのまま一気に逃げ出す。
ギガント・タートルの解体の為に大勢が歩き回っていた影響で、周囲の地面に雪は残っていない。
だからこそ、走れば逃げられるかもしれないと判断したのだろうが……周囲にいた何人かが、走り出した男の足を引っ掛けて転ばせ、その身体を押さえ込む。
「くそっ! 放せ! 放せよ! 別に少しくらい貰ったっていいだろ! こんなに大きいんだぞ!」
そう叫ぶ男だったが、取り押さえた男達にしてみれば、この男のせいでギガント・タートルの解体という仕事がなくなってしまうのは、耐えられることではない。
この男の無謀な行為の結果が、それを行った者だけに及ぶのであればまだしも、今回の場合は一緒に働いていた自分達にもその咎が及ぶ可能性があるのだ。
であれば、そのようなことにならないようにする為には、それを行った者を決して逃がすような真似は出来なかった。
「うるせえ! お前のせいでこっちにまで被害が及んだらどうするんだよ!」
「そうだ! そもそも、今日の仕事が終わればギガント・タートルの肉は幾らか分けて貰えるって知ってるだろうが! なのに、何でこんな真似をしやがった!」
焦りと焦燥、苛立ち。それらを込めて叫ぶ男に、押さえつけている二人の男はそんな男以上の怒りを込めて叫ぶ。
「まぁ、落ち着いて下さい」
叫ぶ男達に向けてそう言ったのは、ギガント・タートルの一部を盗もうとしたのを見つけ、叫んだギルド職員だった。
本来なら、ギルド職員こそが逃げようとした男に対して叫びたいところだったのだが、それよりも前に他の男達に捕まえられ、叫ばれているというのを見て何も言えなくなったのだろう。先程叫んだ時とは違い、幾分か穏やかな声でそう告げる。
そんなギルド職員の様子に、逃げ出した男を捕らえた二人の男や、周囲で様子を見ていた者達も安堵する。
取りあえず、今すぐにギガント・タートルの解体が中止になることはないと、そう理解した為だ。
「取りあえず、その男はギルドに連れて行きますので……申し訳ありませんが、逃げないように捕まえて一緒に来て貰えますか? 勿論、仕事を途中で投げ出したといった扱いにはしませんので」
「……ああ、分かった」
「俺も構わない」
男二人が頷くのを確認し、ギルド職員は自分の上司に……レイ達の側にいるギルド職員に視線を向ける。
その視線を向けられたギルド職員は、それ以上は何も言わずに、ただ頷く。
だが、それで十分だったのだろう。その頷きを確認したギルド職員は、二人の男に捕まえられた男と共に、ギルドに向かう。
そうしてギルド職員達が去った後は色々とざわめいていたが、それでもギルド職員の何人かが仕事に戻るように言うと、それぞれが自分の仕事に戻っていく。
「……で、えーっと、何の話だったか」
無謀な行為をした男が運ばれていくのを一瞥し、そちらにはもう殆ど気にした様子もなくレイが呟く。
そんなレイの態度に、自分達に対してのペナルティはないと判断したのか、男の近くにいた者達も再びギガント・タートルの解体に戻っていった。
ギガント・タートルの皮を剥ぐべく行動している中の数人の顔が青くなっているのは、先程の男と同じことを考えていた為か。
もっとも、そのようなことをすればどうなるのかというのを目の前で見せられた以上、余程の自信家か後先考えていないような馬鹿でもなければ、妙な真似はしないだろうが。
実際、周囲で解体の監督をしているギルド職員は、そんな数人の様子に気が付き、妙な行動をしたらすぐ分かるようにとじっと眺めていたのだから。
「赤布の一件でしょ。レイが、もしかしたらコボルトの一件が赤布の仕業かもしれないなんて馬鹿なことを言ったけど、やっぱりそれは他の者の仕業かもしれないって言おうとしてたところ……よね?」
「ええ、そうだと思います」
確認の意味を込めてヴィヘラに視線を向けられたギルド職員は、素直にその言葉に頷きを返す。
その様子に、レイも直前までの話を思い出しながら、話を続ける。
「ああ、そうだったな。……コボルトの一件を起こしているのが、赤布じゃなくても他の連中の仕業だとするなら、どうにかしてそれを捕らえる必要があるな。……というか、どうやってコボルトを操ってるのかは分からないが、それをどうにかする必要があるし」
「そうでしょうね。けど、問題なのはどうやってその相手を見つけるかということよ。そもそも、今回の件が人為的なものであるという確証がある訳でもないし」
「何か証拠や手掛かりでもあれば、レイさんの意見にも賛成出来るんですけどね」
ヴィヘラやギルド職員が口にした通り、これが人為的なものであるというのは、あくまでもレイの予想にすぎない。
何の証拠もなくレイがそう言っているだけである以上、それを調べるにはあまりに根拠が足りなかった。
「だろうな。俺も無理にとは言わないさ。……けど、誰かに調べさせるのは無理でも、俺が自分で調べるのなら、問題はない筈だよな?」
「え? それは、まぁ。……けど、本当に調べるつもりですか? 当然ですけど、報酬の類も出ませんよ?」
レイが自分で怪しいと思い、その直感に従って自分で調べるのだ。
当然のことだったが、それを調べるというのは……言ってみれば、レイの趣味に等しい。
そうである以上、その行為によって報酬が出ることはない。
もし本当に今回の一件が人為的なもので、それを止めることが出来たというのであれば、また話は違ってくるのだろうが。
とはいえ、レイが本当に狙っているのはそのような報酬の類ではなく、もしかしたら今回の一件はマジックアイテムによって起きているのではないかと思っていたからだ。
飾りの類ではなく、実際に使えるマジックアイテムの類であるとすれば、それはレイにとっても是非欲しいと思える品だ。
コボルト程度であっても、延々と……それこそ、どこからこれだけのコボルトを集めているのかというくらいの数を操れるのだから、レイから見てもそのようなマジックアイテムは使い道が色々と多そうに思える。
それこそ、盗賊を殲滅する時や、ベスティア帝国……いや、それ以外でもどこかの国と戦争になった時、もしくはモンスターの群れと戦いになった時、といった具合に。
コボルトの群れを自由に扱えるという点で、悪用すれば非常に危険な効果だろうが、もし本当にマジックアイテムで今回のような出来事を起こしたのだとしたら、絶対に入手したいというのが、レイの感想だった。
(あ、マジックアイテム。そう言えば、土産を渡すのを忘れてたな)
マジックアイテムから、アネシスで入手した治癒魔法の封じ込められた宝石をお土産としてマリーナやヴィヘラ、ビューネ、それ以外にも何人かに渡すのをすっかり忘れていたことを思い出す。
ギルムに帰ってきた当日は、マリーナの家でパーティーをやったこともあり、それ以降はすっかりと忘れてしまっていたのだ。
もっとも、そのパーティーではアネシスで購入した料理を幾つか出したりもしたので、全く何のお土産も渡していないという訳ではないのだが。
とはいえ、まさかこの場で宝石を含めた幾つかのお土産を渡す訳にはいかないので、取りあえず今日の夕食の時、マリーナの家で渡せばいいだろうと思い直す。
「取りあえず、冬の今は特にやることもないしな。半ば暇潰しって意味でも、そういう奴を探してみてもいいと思っただけだよ」
そう言われれば、ギルド職員も納得する。
冬のこの季節、基本的に冒険者は非常に暇だ。
そうである以上、暇潰し代わりにあるかどうか、いるかどうかも分からない存在や道具を探すと言われれば、酔狂だと思いはしても、納得出来たのだろう。
だが、レイのことをよく知っているヴィヘラは、レイの様子を見て本気で探そうと考えているのだろうと思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます