第1859話

 アネシスにあるマジックアイテム屋は、結局探し始めてからそこまで時間が掛かることなく見つけることが出来た。

 もっとも、それはあくまでもレイ達がいた場所から一番近いマジックアイテム屋であって、実際には他にも幾つかマジックアイテム屋はあったのだが。


(まぁ、ギルムでもマジックアイテム屋は複数あるんだし、アネシスにも複数あって当然なのか?)


 そんな疑問を抱くレイだったが、ギルムにマジックアイテム屋が多いのは、やはり辺境という立地が大きい。

 ギルム周辺でしか入手出来ないモンスターの素材や、そこにしか生えていない植物、もしくは辺境でしか見つからない鉱石……それらの物が多い為に、それを研究する錬金術師達がギルムに多く集まり、結果としてマジックアイテムを売る店が多くなったのだ。

 ましてや、ギルムは現在増築工事中であり、それが完成すればよりマジックアイテム屋が増えるのは確実だろう。

 ともあれ、レイ達はこうして無事にマジックアイテム屋に辿り着くことが出来たのだ。


「いらっしゃい。あら?」


 店員は二十代半ば程の女。

 その女の店員は、自分の店に入ってきたのが誰なのかということにすぐ気が付いたのだろう。

 一瞬驚きの表情を浮かべるも、すぐに満面の笑みで口を開く。


「まさか、姫将軍と深紅が私の店に来るとは思わなかったわ。それで、どんなマジックアイテムがお望み?」


 自分の店に来た客が姫将軍であると、そして深紅であると理解した後でも、店員の態度が変わる様子はない。

 そのことに、この店は当たりだったかもしれないなと、そう思いつつ、レイは自分の探している物を口にする。


「装飾品のマジックアイテムを探してるんだけど、何かお勧めはあるか?」

「あら? それは……」


 レイの口から出た言葉に、店員の女はエレーナに視線を向ける。

 当然だろう。レイと一緒にいるのはエレーナで、その状況で装飾品のマジックアイテムはないのかと口にしているのだから。

 エレーナにプレゼントする為のマジックアイテムを買いに来たと言われても、納得せざるを得ない。

 ……また、実際にエレーナのマジックアイテムを買うというのも間違っている訳ではないのだが。


「どうする? まずはエレーナのを選ぶか? それとも、マリーナ達のを選ぶか?」


 だからこそ、そんなレイの言葉を聞いた瞬間、店員の女は一瞬動きを止めた。

 レイとエレーナがどのような関係なのかというのは、アネシスに暮らしている以上、当然のように知っている。

 だが、レイとエレーナの関係は知っていても、マリーナやヴィヘラといった者の存在は当然知らない。

 そうである以上、レイが口にした言葉はエレーナに対するものとしては致命的なようにすら思えた。


(ここで痴話喧嘩は勘弁してっ!)


 レイとエレーナの二人を知っていて、二人共に異名持ちの相手。

 そんな二人がこの場で痴話喧嘩を始めようものなら、この店にあるマジックアイテムが被害を受けてしまう。

 ……いや、それどころか自分の命すら危ないのではないか。

 そんな恐怖に背筋を冷たくしながら、何とか痴話喧嘩をしないで欲しいと願っていた店員の女だったが……


「そうだな。私の分は後でいい。ここはやはりお土産を買いに来たのだから、マリーナ達の分を先に選んだ方がいいだろう」

「え?」


 エレーナの口から出たのは、レイを責めるような言葉ではなく、ましてや嫉妬が込められた声でもなく、ごく普通の声だった。


(あ、もしかして恋敵とかそういうのじゃなくて、まだ小さな子供とか)


 そんな思いを抱きつつ、店員は自分の疑問を解消すべく口を開く。


「装飾品ですか。何歳くらいの方に贈る予定ですか? 子供と大人では、当然色々と違ってきますので」


 てっきり十歳くらいという年齢を言われるのだろうと思い、子供用の装飾品のマジックアイテムはどんなのがあったかと、店員は頭の中で考えるが……


「子供は十歳くらいのが一人に、俺達と同じくらいの年齢が二人だ」

「……え?」


 子供がいたのは予想通りだったが、まさかそれ以外に大人が二人いるのは完全に予想外だったのか、店員の口からは間の抜けた声が出た。

 この世界では、妻を複数持つことや夫を複数持つことはそこまで珍しいことではない。

 だが、まさかエレーナ程の美人を手に入れたにも関わらず、他の女にまで手を伸ばすとは……と、店員の女はレイに面白そうな視線を向ける。


(もしかして、夜も凄いのかしら?)


 下世話なことを考えつつ、それを表情に出さないようにするのは、客商売をしている者としては当然だろう。

 ましてや、マジックアイテムを売っている者としては、その辺りまで考えるのは当然の話だった。


「なるほど、分かりました。では幾つか商品をお見せしますが……外見と効果、そのどちらを優先させますか?」

「あー……どっちがいいと思う?」


 少し考えたレイだったが、結局思いつかずにエレーナに尋ねる。

 もしレイが自分の物として装飾品を購入するのであれば、それこそ効果を優先するだろう。

 だが、今回はマリーナやヴィヘラといった、絶世の美女に贈る代物だ。……ビューネもいるが。

 ともあれ、そのような美人が身につける以上、マジックアイテムとしての効果だけではなく、その外見も重要になってくるのは間違いない。

 例えどれだけ高い効果を持つマジックアイテムであっても、それが酷く不格好な……もしくは不格好ではなくても、マリーナやヴィヘラに似合わないような代物であった場合、マリーナ達が美人なだけに余計に人目を引いてしまう。

 そうならないようにする為には、やはり外見も重要視する必要があった。


「そう、だな。マジックアイテムの効果にもよるが、基本的には外見を重視した方がいいだろう。その効果が余程素晴らしいものであれば、話は違ってくるが……」


 そこで一旦言葉を止めたエレーナは、店員に視線を向ける。

 その視線の意味は、それこそ考えるまでもなく明らかだった。

 つまり、女として外見を無視出来るだけの、強力な効果を持つマジックアイテムはあるのか、と。

 エレーナの視線を向けられた店員の女は、急いで首を横に振る。

 エレーナが口にしたような効果を持つマジックアイテムは、この店には置いていなかったからだ。

 いや、幾つか強力な効果を持つマジックアイテムは商品として売られているが、それらのマジックアイテムは装飾品ではないマジックアイテムだ。

 とてもではないが、装飾品として出す訳にはいかなかった。


「残念ですけど、うちにはそこまで強力なマジックアイテムはありませんね。勿論、どうしても欲しいと言うのなら取り寄せるなり、錬金術師に作って貰うなりといったことは出来ますが……かなりの時間が必要となります」

「だろうな」


 それは、レイにも理解できた。

 黄昏の槍の一件を思えば、その辺は考えるまでもなく明らかだろう。

 エレーナもまた、自分が複数のマジックアイテムを使ってるだけあって、店員の言葉を否定するようなことはなかった。

 二人が納得したのを確認すると、店員は笑みを浮かべて口を開く。


「では、装飾品のマジックアイテムを幾つか持って来ますので、少々お待ちください」


 そうして店の奥に向かう店員。

 店頭にも幾つかのマジックアイテムが置かれているが、そのマジックアイテムはいざという時……それこそ強盗やら何やらが来た時に渡す代物で、奪われても構わないような安物なのだろう。

 もっとも、安物ではあってもそれはあくまでマジックアイテムとしては安物という意味で、一般人にしてみれば高価な代物に代わりはないし、強盗なりなんなりに奪われた場合、店に与える損害は相応のものになるのは間違いなかったが。


「マリーナとヴィヘラには、しっかりとした物を選ぶ必要がある。ビューネは……まだ宝石とかそういうのよりも、しっかりとした効果のある物の方が喜ばれるだろうな」

「そうか? ……まぁ、そうだろうな」


 一瞬エレーナの言葉に疑問を抱いたレイだったが、最初にビューネに出会った時のように金に困っているのならまだしも、今のビューネは特に金に困ってはいない。

 特にギルムでレイとパーティーを組んで行動するようになってからは、それこそ以前までの生活は何だったのかと言いたくなるくらいに、多くの報酬を得られるようになっていた。

 そう考えれば、ビューネが装飾品を貰ってもどこかに売るといった真似をするようなことはなく、自分で使うのは明らかだった。

 そうである以上、高く売れるよりもしっかりとした効果があるマジックアイテムの方が喜ばれるだろう。

 エレーナの言葉に納得して頷くレイの視線の先で、店員が幾つかの箱を持って戻ってくる。


「外見と効果の両方が相応しいと思われるマジックアイテムとしては、これらはどうでしょう?」


 そう言い、店員が持ってきたのは指輪、腕輪、ネックレス、ピアスといった装飾品の数々。

 店員が言ったように、マジックアイテムとしてははともかく、装飾品としてはどれも納得出来るものだった。

 少なくても、レイはともかくエレーナの目から見ても装飾品として不出来と呼ぶべきような物はない。


「どれも素晴らしいな」


 感嘆の声を発するエレーナに、店員は満面の笑みを浮かべる。

 自信のある代物だけを持ってきたのだが、それでもエレーナに……ケレベル公爵令嬢に認められたというのは、店員にとって嬉しいことなのは間違いなかった。


「そう言って貰えると、持ってきた甲斐があります。どれも自慢の品ですよ。……勿論、品として一流の物だけに、当然のように値段の方も若干お高めになりますが」


 そう言いつつも、店員は値段の心配はしていない。

 今回の支払いをするだろうレイは、異名持ちの冒険者だ。

 そうである以上、この程度のマジックアイテムを買うだけの金を持っていないとは、到底思えなかったからだ。

 ……冒険者の中には、稼いだ金は貯めないで使い切る者も多い。

 だが、異名持ちの冒険者ともなれば、それこそ稼ぐ金も相応に高額な筈で、飲み食いや女を買うだけで使い切れるとは思えない。

 ましてや、レイはエレーナと共にいるのだから、女を買うといった真似が出来るとも思えなかった。


「お勧めは?」


 レイのその言葉に、店員は一つの首飾りを示す。


「はい。こちらの首飾りは水の魔力が込められておりまして、身につけている者に炎系の魔法に対する耐性を与えます。ただし……」


 そこで一旦言葉を切った店員は、レイに視線を向ける。


「深紅の異名を持ち、炎の魔法の申し子とも呼ばれているレイさんが使う魔法のような強力な魔法に対しては意味がありません」

「炎の魔法の申し子って……それは正直、初めて聞いたな」


 今まで異名の深紅や、盗賊を好んで襲うことから盗賊喰いと呼ばれることはあったが、炎の魔法の申し子というのはレイにとっても初めて聞くものだった。

 もっとも、そのように呼ばれる理由が分からないではない。

 スキルや魔法を組み合わせて生み出す火災旋風を見た者にしてみれば、それこそ炎の魔法の申し子といった風に思えてもおかしくはないのだから。

 

「そうですか? 結構言われてますけど。……とにかく、一定以下の炎の魔法のダメージを耐性によって減らすことが出来ます」

「……無効化する訳ではないのだな」


 少し意外といった様子で呟くエレーナの言葉に、店員は申し訳なさそうに頷きを返す。


「はい。この首飾りではそこまでは……一応これよりも強い魔法防御を備えたのもあるんですが、それは装飾品の類ではなく、どこかに設置して使うような物なので……」

「それはそれで使い道がありそうな気がするけど、そっちは後回しだな。……この首飾りは、ヴィヘラに似合いそうな感じがしないか?」


 レイの言葉に、エレーナはヴィヘラが首飾りを身につけている光景を想像する。

 それは間違いなく、似合うと表現してもいい光景だった。


「この上なく似合いそうだな。正直なところ、羨ましくなるくらいに」


 エレーナの口から出たのは、若干の嫉妬混じりの賞賛の言葉。

 それを聞いていた店員は、驚きを表情に出さないようにするのに失敗してしまう。

 当然だろう。エレーナという絶世の美女が羨ましくなるくらいに首飾りが似合うと断言したのだから。

 女として、エレーナに勝るだけの美貌を持つ者がこの世界でどれだけいるのか。

 そう思えば、エレーナと……そして他にも何人かエレーナに匹敵するだけの美貌を持つ人物をたらし込んでいる深紅という人物に、店員は畏怖を覚えることしか出来ない。

 店員に出来るのは、レイの目に付かないようにしながら、マジックアイテムの説明をするという、非常に難易度の高いことだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る