第1844話

 迷宮都市エグジル。

 そこで行われた、異常種や聖光教といった騒動の数々。

 その中で暗躍していたのが、当時エグジルを治めている三家のうちの一つ、マースチェル家の当主、プリ・マースチェル。

 レイのパーティーの一員でもあるビューネの両親の仇でもあるその人物は、魔法を宝石に封じ込め、それを好きな時に即座に使うといった真似をしていた。

 その技術を手に入れたと言われれば、レイであっても驚くのは当然だった。

 ……それでも、即座にレムリアを敵だと認識しなかったのは、その宝石に魔法を封じるという行為に生け贄の類を必要としないと、そうエレーナが断言したからだろう。


「エレーナが言ったことは、本当か?」

「ああ、本当だぞい」


 レイの問いに、レムリアは相変わらずの妙な語尾を付けたまま、頷いてくる。


「つまり、生け贄の類は必要ないと?」


 確認するように重ねて尋ねるレイに、レムリアは再度頷く。

 どのようにして、プリの持っていた技術を手に入れたのかレイには分からなかったが、その辺りは公爵家の力というものだろう。

 そして手に入れた技術を更に昇華させ、生け贄の類が必要なくても魔法を封じられるようになった。

 そう聞けば、レイから見ても素直に凄いと思うし、いざという時に呪文の詠唱もなしで魔法を使うことが出来るというのは、非常にありがたい。


(けど、使うには問題もあるな)


 素直にレイが喜べなかったのは、そのことが問題だった。

 レイの仲間のビューネは、両親をプリによって犠牲にされている。

 幾ら生け贄を必要としなくなったとはいえ、プリの研究や技術を発展させた宝石魔法とでも呼ぶべきものを使うのを見て、平気でいられるかどうか、レイには分からなかった。

 いや、普通に考えれば、とてもではないが平気ではないだろう。

 であれば、もし魔法の込められた宝石を手に入れてもそう簡単に使うことは出来ない。

 もっとも、レイやエレーナ、ヴィヘラ、マリーナと違い、ビューネはあくまでも普通の人間だ。

 ましてや将来的にはエグジルに戻ることが決まっている以上、紅蓮の翼からいずれ――それが数年か、十年、もしくはそれ以上かは分からないが――抜ける。

 そうなれば、宝石を自由に使うことも出来るだろう。

 もしくは、ビューネと別行動をしている時に、何らかの理由で魔法を使う必要が出てくる可能性もある。


「……分かった。取引をしよう」

「ぞい? 詳しい説明を聞かなくても、いいのかぞい?」


 まさか、レイがここまであっさりと自分の提案に乗ってくるとは思わなかったのか、レムリアは驚いたように尋ねる。

 本来なら、自分に都合の良いことなのだから、わざわざ聞かなくてもいい。

 それを敢えて聞く辺りに、レムリアの人の良さが現れているようにレイには思えた。


「そういう風に聞いてくるだけで、そっちが俺を騙そうとしているとは思わないよ。それに……公爵家の当主ともあろう者が、取引相手を騙すような真似をしたら、どうなるのか……それは、言うまでもないだろう?」


 公爵家というのは、小国並みの軍事力を持っている家も少なくない。

 だが、レイという存在を相手にした場合、それこそ小国程度の軍事力では、瞬時に殲滅されてしまう。

 ましてや、そこにセトという存在が加われば、その殲滅力に機動力も加わり、大国ですら手に負えなくなるのだ。

 そのような相手を取引で騙すといった真似がどれだけの不利益をもたらすのかを予想出来るのであれば、そのような真似をする筈もない。


「……感謝するぞい」

「その感謝は、セトが羽根をやってもいいと判断したら言ってくれ。宝石と一緒にな。言っておくけど、俺はセトに無理をさせるつもりはない。セトが羽根をやるのが嫌だと言ったら、それまでだ」


 そう言いながらも、レイは微妙に不安を覚える。

 本当にセトの羽根で、レムリアの言う病気が治るのかと。

 それは別に、レムリアの持つ知識……もしくはお抱えの錬金術師か何かの意見を疑っているという訳ではなく、純粋にセトの存在についてだ。

 レムリアの家族の病気を治すには、セトの……いや、グリフォンの新鮮な羽根が必要。それについては、レイとしても異論はない。そういうものなのだろうと納得もする。

 この場合の最大の問題は、セトが普通のグリフォンではなく、レイが魔獣術によって生み出したものであるという点だ。

 つまり、セトはグリフォンではあるが、同時にこのエルジィンにおいて一般的に知られているグリフォンではない。

 レイもセトも、その辺りは全く気にしてはいなかったのだが、それが人の命に関わる――正確には日常生活を送るのに苦労しているというだけで、命に別状はないのだが――のであれば、話は別だ。

 だが、まさかここでセトが魔獣術で生み出された存在で……などと口に出来る筈もなく、少しだけ焦ったレイだったが、それでもすぐに注意をする口実を思い出す。


「それと、レムリア。羽根の件よりも前に、一応耳に入れておくべきことがある」

「何じゃぞい?」


 予想外にあっさりとセトの羽根を入手出来るかもしれないことで嬉しそうにしていたレムリアだったが、真剣な表情を向けてくるレイを見て、真面目な表情になる。


「知ってるかどうか分からないが、セトはグリフォンではあっても、普通のグリフォンじゃない。希少種だ。つまり、ランク的には普通のグリフォンよりも上、ランクS相当となる。もしレムリアが欲しているのが、普通のグリフォンの羽根だった場合、もしかしたら……」


 セトの羽根を使って薬なりなんなりを作った場合、想定の効果が発揮されないかもしれない、と続ける。

 レイが自分の利益だけを考えるのであれば、それは口にしない方がいい情報だったのだろう。

 セトはグリフォンである以上、その新鮮な羽根を欲しいと言われて、その頼みに応じただけという形にしたのであれば、それを使った薬の類の効果がなくても、誰にも文句を言われる筋合いはないのだから。

 だが、それでも敢えてレイがそう言ったのは、レムリアが自分に対して友好的に接してきてくれたというのもあるし、後々不満を抱かれない為という理由もあった。


「希少種、か。その件については知っておるぞい。確認の為に色々と調べてみたが、その辺は特に問題はないということになっておるぞい」

「……そうか。希少種であっても問題ないなら、俺の方は特に問題はない。後はセトがそれを受け入れるかどうかだけど……どうする? 今からすぐに行くか?」


 そう尋ねるレイの言葉に、話を横で聞いていたブルーイットが思わずといった様子で吹き出す。


「ぶっ、あ、あのな、レイ。見ての通り、今の俺達はパーティーに参加している訳だ。こんな状況で厩舎に行ったりしようものなら、服が汚れるだろ?」

「いや、行くぞい」

「……何?」


 この新年のパーティーに参加している者として、ここでパーティーを抜けて厩舎に行くのは服が汚れる可能性があり、他の貴族にそれを見られると侮られる可能性があって不味い。

 そう言ったブルーイットだったが、レムリアは即座に厩舎に向かうと断言する。


「えっと、その……いいのか? ブルーイットが言ったように、パーティーを抜けて厩舎に行くと、色々と問題があるような気がするんだが」

「大丈夫じゃぞい。ケレベル公爵には既に挨拶をしてあるし、それ以外に必要な者達との挨拶も終わっておるからな、ぞい。それ以外の者達で他に何か儂に用件があるのであれば、明日以降に屋敷に来る筈じゃぞい」

「……いや、それだと結局セトの羽根を貰ってもレムリアがアネシスを出るまではセトの羽根はそのままになって、とてもじゃないけど新鮮って事にはならないんじゃないか?」


 新鮮な羽根――未だにレイはその表現に違和感があるのだが――を欲しているのだから、当然セトから手に入れた羽根は少しでも早く魔法的な処理なりなんなりをする必要がある筈だった。

 だが、このパーティーが終わってもレムリアはすぐに自分の領地に帰れる訳ではない。

 貴族の……それも貴族派の中でも大きな力を持つフールンダル公爵家の当主としては、やるべき付き合いや交渉は幾らでもある筈だった。


「ああ、それは心配ないぞい。セトから羽根を貰ったら、儂が連れてきた魔法使いに召喚魔法を使って貰って、すぐにでも儂の領地に羽根を運んで貰う予定なのじゃぞい」

「召喚魔法? 結構珍しいな」

「そうでもないぞ。召喚魔法を使える魔法使いは、都市や街、それ以外にもある程度いる。私も利用したことがあるしな。……もっとも、そのような者達が召喚出来るのは、あくまでもモンスターではなく鳥のような存在で、モンスターに襲われれば一溜まりもないがな」


 エレーナの言葉に、そう言えば高級な宿とかではそのようなサービスを行っている場所もあると聞いた覚えがあった。

 もっとも、レイが定宿にしているギルムの夕暮れの小麦亭では、召喚魔法を使える魔法使いを雇ってはいなかったが。


「うむ。儂が雇っている魔法使いは、召喚魔法使いの中でもそれなりに腕の立つ者だぞい。だからこそ、グリフォンの羽根も召喚したモンスターを使って、すぐ儂の領地まで戻ることが出来るぞい」

「それなら問題はないのか。なら、早速行くけど……このままでいいのか?」

「儂の方は人を呼べばすぐに来るように前もって言ってあるから、そちらに人を呼びに行かせれば問題はないぞい」


 レムリアがそう言ったことにより、これからのレイの行動はあっさりと決まるのだった。


 




「よ、よろしくお願いします」


 レムリアに呼ばれた魔法使いは、レイ達を見ると一瞬の躊躇もなく頭を下げてくる。

 ……その頭を下げた相手がエレーナであれば、当然だと思っただろう。

 ブルーイットも貴族の次期当主という立場である以上、頭を下げられてもおかしくはない。

 だが、何故か頭を下げられたのはレイだ。

 レイも異名持ちの冒険者として有名である以上、頭を下げられることはそこまでおかしくはない。

 おかしくはないのだが……それでも、エレーナやブルーイットよりも真っ先に自分に頭を下げてくるというのは、微妙に理解が出来なかった。


「あー……取りあえず頭を上げてくれ。敬ってくれるのは嬉しいが、そこまでされるのは微妙に慣れない」

「そ、そうですか? その……無礼だって言って、四肢切断したりしませんよね?」

「……一体、どういう噂が流れてるのか、一度調べてみた方がいいのかもしれないな」


 どこからそんな話が出たのかと一瞬迷ったレイだったが、考えてみれば貴族を相手に四肢切断するという噂が流れていたのだから、その噂が若干ながら変質し、魔法使いの四肢を切断するのが趣味……となっていても、おかしくはない。

 レイとしては、全く面白くないが。


「え、えっと……はい。その、よろしくお願いします」


 恐る恐るといった様子で顔を上げた魔法使いは、レイがその手にデスサイズを持っていないことに安堵しながら、微かにだが身体から力が抜ける。


「ふぉふぉふぉ」


 そんなレイと自分の雇った魔法使いの様子を面白そうに見ていたレムリアだったが、いつまでもこうしていても仕方がないということで、早速厩舎に向かう。

 レイと一緒にいたいエレーナはともかく、何故かブルーイットまで一緒に来たのが、レイにとっては疑問だったが。

 途中で何人かの貴族や使用人に会ったが、貴族はエレーナとレムリアという大物が揃っているということで話し掛けてこず、使用人の方はレイとエレーナが一緒にいたので話し掛けるようなことはなかった。

 ……もっとも、貴族の方はともかく使用人の方はパーティーの仕事で忙しく、エレーナ達に話し掛けるような余裕がなかった、というのが正しいのかもしれないが。

 ともあれ、レイ達は特に誰かに話し掛けられたり、咎められたりせずに進み、屋敷から出て目的の厩舎……セトがいる間はセトの専用厩舎となっている厩舎に到着する。


「グルルルルルルルゥ!」


 レイの気配を感じたのか、厩舎の中からはセトの嬉しそうな声が聞こえてくる。

 それでも昨日のように厩舎の壁や扉を壊して外に出てくるようなことはなかった。


(あ、厩舎の壁……もう直ってるんだな?)


 昨日の騒動でカセレス伯爵の手の者を迎撃する時に壊れた壁を見て、レイはそう思いつつもレムリアの視線に押されるように厩舎の扉を開けるのだった。

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