第1822話
男達の中で真っ先にレイ達に近づいてきたのは、当然のように一番近い場所にいた男だった。
先程まで、レイと会話にならない会話をしていた相手だ。
手にした長剣を手に、レイに近づくと思い切り振り下ろす。
その一撃には何の技術も経験もなく、本当にただ振り下ろしただけといった程度の一撃。
かといって、普通以上の速度があるのかと思えば、非常にゆっくりな一撃だ。
当然そんな一撃をレイは黙って受ける筈もなく、あっさりと回避しながらカウンターとして顔面を殴ってやる。
情報を聞く為に一撃で命を奪わないよう、手加減した一撃。
だが、それでも鼻の骨を折るだけの威力はあり、男も吹っ飛ばされたのだが……次の男の攻撃に同じくカウンターを当てて吹き飛ばした瞬間、視界に入った光景にレイは目を見開く。
何故なら、最初に殴り飛ばした男が平然と起き上がっていた為だ。
殴った時に手加減はしたが、それでもすぐに起き上がってこられるような……それでいて、何の躊躇もなく再びレイに向かって襲いかかってこられる程に手加減した覚えはない。
(何だ?)
そんな疑問を抱きつつ、レイは三人目の棍棒を持った男の一撃を回避しながら肘を思い切り握りしめ、関節を粉砕する。
「ぐおおおおおおっ!」
肘関節を粉砕されるといったことをされながらも、男は全く気にした様子もなくレイに向かって左のまだ無事な方の手で殴りつける。
レイはその一撃を回避しつつ、まだ空中にあった棍棒を手に取り……だが、次の瞬間にはその棍棒を盾代わりに身体の前に移動させた。
次の瞬間、棍棒を持っていた男の胴体を背後から貫き、槍が真っ直ぐにレイに向かって突き出される。
こちらもまた鋭さといったものは一切ない攻撃だったが、人間の身体を貫いた直後の槍で鋭さを感じさせるのであれば、それはもう一流に近いだろう。
ともあれ、仲間の身体を容赦なく目眩ましにし……それだけではなく命すら切り捨てるような真似をした男の一撃には驚いたものの人の身体は貫けても、レイの持つ棍棒を貫くのは無理で、その動きを止める。
だが……そんな状態であるにも関わらず、胴体を貫かれた男は笑みすら浮かべながらレイに向かってまだ動く左の拳を振り下ろす。
胴体、それも鳩尾のある場所を貫かれたその一撃は、間違いなく致命傷と呼ぶに相応しい一撃だった。
にも関わらず、男はまるで痛みすら感じていない様子で攻撃を続けてきたのだ。
それどころか、砕けてもう使い物にならない筈の右腕さえ握ろうとしているのを、レイの目は捉えている。
(なるほどな。つまり、こいつらは痛みとかを一切感じていない。いや、それだけじゃなくて頭もいかれてるって訳だ)
最初は驚いたレイだったが、それでも相手がそういう性質を持つというのが分かっているのなら、対処のしようは幾らでもある。
槍の穂先が突き刺さったままの棍棒を強引に振るう。
そうなれば当然のように鳩尾を貫かれている男も、その槍の動きに左右され、身体のバランスを崩す。
「っらぁっ!」
手首の動きだけで強引に棍棒を捻り、そこに突き刺さっていた槍の穂先を外したレイは、手に持っていた棍棒を倒れた男の左膝に振り下ろした。
先程右腕でレイを攻撃しても無理だったように、この男達は痛みに対して鈍感……いや、全く感じてすらいない。
だがそれは痛みを感じていないだけで、動かそうと思っても動かすことは出来ない。
もし肘が砕けても即座に回復して殴ってくるのであれば、対処は面倒になるだろう。
しかし、この相手はそのような様子が一切なく、物理的に破壊してしまえば動けなくなるのだ。
それが分かってしまえば、もうレイにとってこの男達に対処するのは難しい話ではない。
棍棒を使って、槍で攻撃してきた男、最初に殴って鼻の骨を折った男といった具合に対処していく。
そうして次々に男達を倒していき、五人目を倒したところで立っている男達の姿は一人もいなくなった。
レイが倒した人数が五人と、襲ってきた者の半分程度でしかないにも関わらず戦いが終わったのは、セトとブルーイットも男達を倒していた為だ。
もっとも、襲ってきた男達はセトやブルーイットといった面子には一切目もくれず、まっすぐにレイだけに向かって攻撃をしていたということもあって、セトやブルーイットにとっては容易に倒すことが出来たのだが。
「にしても……ずっとレイに一直線で、本当に気味の悪い奴等だったな。妙な薬でもやってたのか?」
「恐らく、ブルーイットの言葉が正解だろうな。もしくは、薬の類ではなくても、何らかのマジックアイテムや魔法で操られていたとか」
意識を失っている者や、まだ意識はあっても手足の関節を砕かれてまともに動けない者、そして死んでいる者。
そのような者達を見ながら、レイは呟く。
実際にそのような理由でもなければ、この状況は色々と不気味すぎるのだ。
関節を砕かれても、一切痛みを感じず、動きを鈍らせず、そのままずっとレイに向かって攻撃をしてくる。
明らかに、異常と呼ぶべき状態だったのは間違いない。
「……厄介だな。最初は俺が狙われてると思ったんだが、狙われていたのがレイだってのも気にくわねえ。しかもこの有様ときたら……このまま放っておくって訳にもいかないんじゃねえか? 殺してしまったのも、何人かいるし」
最初は自分達を襲ってきた連中を、気絶させるか……場合によっては骨の一本程度を折って戦意を失わせてしまえば、自分達から逃げ出すのではないか。
そんな風に思っていたブルーイットだったが、こうして何人も殺してしまい、更には骨の一本や二本ではなく、四肢の関節を砕くなり折るなりして動けないようにした以上、このまま放っておく訳にはいかない。
最低でも、警備兵を連れて来て事情を説明する必要があるだろう。
面倒なことになった、と。ブルーイットは頭を掻く。
「悪いな、妙なことに付き合わせて。本来なら、俺がお前を助けるつもりだったんだが」
目の前で倒れている男達を最初に見つけた時、レイはこの男達の狙いは自分やセトではなく、ブルーイットだと思った。
実際、この祭りに参加している者であれば、模擬戦を見た者も多いし、見ていなくてもどのような結果になったのかは知っている者がいるだろう。
そのような相手に、十人程度で喧嘩を売る……いや、本気で殺しに来た以上は戦いを挑むという表現の方が正しいのかもしれないが、ともかくそんなことをするとはレイには思えなかった。
ましてや、レイと一緒にいるセトを見て戦いを挑むというのは、普通に考えて自殺行為以外のなにものでもないだろう。
「あー、まぁ、気にするな。普通なら、まさかレイを狙ってくるなんて思わないだろ。さて、それでだ。警備兵を呼びに行く前に一応聞いておくか。この連中に狙われる心当たりはあるか?」
「あるかないかと言われれば、間違いなくあるな」
レイも、元々自分が決して貴族達の受けがいいとは思っていない。
ましてや、今日の模擬戦の時に見学していた貴族の中には、憎悪の籠もった視線を向けてくるガイスカの姿もあった。
だが……それでも、このような者達を相手にどうにかなるとは思われていない、とレイは考える。
(そうなると、一番怪しいのは……やっぱりこの視線か?)
殺気も何もない、違和感しか覚えないだろう視線。
今もその視線は感じているのだから、恐らくこの視線の主こそが今回の仕掛け人なのだろうというのは、容易に予想出来る。
とはいえ、このような者達を自分に向かって攻撃させるようにしてどんな意味があるのかといった疑問は相変わらずあるのだが。
(俺の戦い方を見たかっただけ? いや、それはそれで色々おかしいところがある。それこそ、戦闘をみるだけなら、模擬戦で十分だった筈だし)
レイの視線の先にいる者達と模擬戦で戦った相手。
そのどちらが高度な戦闘技術を持っているのかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかだ。
であれば、純粋にレイの戦闘技術を見たいだけならそのまま模擬戦の方が重要なデータを得ることが出来た筈だった。
にも関わらず、わざわざ腕が立つわけでもない相手を連れてきたという事は、間違いなくそこに何らかの理由がある筈だ。
(模擬戦との違い……違い? 模擬戦? おい、もしかして)
模擬戦という言葉で、レイはとある可能性に思いつく。
そもそもの話、模擬戦というのはその名の通り『模擬』戦。つまり、実戦を模したものにすぎない。
つまり、その戦いはあくまでも相手を殺さないということを前提としている。
ましてや、レイが行った模擬戦はリベルテが開催したもので、そのような場で事故ならともかく故意に相手を殺すような真似をすれば、それはリベルテの顔にこれ以上ないくらいに泥を塗るということになってしまう。
レイもまた、別に好き好んで人を殺したいという訳でもない。
だからこそ、模擬戦では普通に模擬戦だけで終わったのだが……そういう意味では、あの視線の主を十分に満足させることが出来なかったのではないか。
そして、好まなくても殺せる時にきちんと相手を殺せるのかどうか。
その辺りをしっかりと確認する為に、このような者達を操り、レイ達を攻撃させた。
そう思えば、レイもまたその行動を理解出来ない訳ではない。
「おい、レイ。どうした? 何か思いつくようなことがあったのか?」
死体や身動きすら出来なくなっている男達の様子を見ながら考えていたレイを、ブルーイットが呼ぶ。
その声で我に返ったレイは、何でもないと首を横に振る。
思いついたのは、あくまでもレイの予想でしかないし、何よりこの一件にブルーイットを巻き込むのも気が引けたからだ。
襲ってきた男達を相手にしても特に危なげなく戦っていたのを見れば分かる通り、ブルーイットは相応の強さを持つ。
だが、それはあくまでも相応の強さであって、レイ、エレーナ、ヴィヘラ、マリーナといった面々のような隔絶した強さではない。
言い方は悪いが、まだ人の域にある強さと表現してもいい。
そして、レイが何度も感じているその視線の主は、間違いなくブルーイットよりはレイ達の方に近い存在だった。
何か確証がある訳でもないが、レイはそのように確信出来る。
「この連中、やっぱり何か妙な薬でもやってるのかと思ってな」
「……だろうな」
普通の貴族とは違い、ブルーイットは市民の生活を直接自分で体験している。
それだけに、いわゆる危ない薬――レイの認識では麻薬に近い――の類についても、相応に理解はしていた。
その手の薬は使い方によっては人の役に立つというのも、分かっている。
だが、こうして薬の影響によって理性がなくなったかのような者達を見ることになるのは、ブルーイットにとっても好ましいことではない。
そんなブルーイットの様子を見て、何か感じるところがあったのだろう。レイは、改めてブルーイットに声を掛ける。
「悪いけど、警備兵を呼んできてくれないか? ここにいた連中は先に逃がしてしまったし……何より、お前はこの光景をあまり見ない方がいいだろ?」
「……ふん、後者の理由はともかく、前者の理由には納得する必要があるだろうな。幾ら正気を失っているからとはいえ、こいつらをこのままにしておくのは止めた方がいいだろうし」
レイの言葉に、ブルーイットは少し不満にしつつも、そう答える。
実際、ブルーイットは戦場を駆け巡ったことすらあるのだから、このような光景は好んで見たいとは思わないが、吐き気を催す程ではない。
「なら、頼むな」
繰り返してそう告げてくるレイの言葉に、ブルーイットは多少面白くなさそうにしながらも、その場から去っていく。
結局のところ警備兵や騎士を呼んでくる必要がある以上、誰かが行かなければならないと判断したのだろう。
何より、このまま放っておけば、まだ生きている者ですら死んでしまいかねない。
また、ここに自分が残っていた場合、不測の事態が起きた時に対処出来るとは思えなかった。
(こういう連中だけが来るのなら、それはそれで問題なかったんだけどな。……ただ、レイの様子を見る限り、恐らく俺では対処出来ないような何かがあるんだろうし)
そんな風に思いつつ、ブルーイットは警備兵や騎士を呼ぶ為にその場を立ち去る。
「グルゥ?」
いいの? と喉を鳴らすセトに、レイは問題ないと頷きを返す。
ブルーイットがこの場に残った場合、これから起きることで下手に戦いに関われば、恐らく勝てないだろうと。そう思っていたからだ。
ブルーイットの姿が十分に遠くなった後で、何人かの地面に倒れている男達の呻き声を聞きながら、レイは口を開く。
「さて、そろそろ出て来たらどうだ? いつまでも見てるだけってのは、つまらないだろ?」
そうレイが告げ……気が付いた時、視線の先には一人の男が立っていた。
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