第1821話
「……面倒な」
「グルゥ」
「ん? ……ああ、なるほど。レイの言うことは否定しないが……少し模擬戦で頑張りすぎたんじゃないか?」
幾つもの屋台を食べ歩いていたレイ、セト、ブルーイットという二人と一匹は、自分達をつけている者の気配に気が付いて呟く。
もっとも、ブルーイットはレイの呟きでようやくそのことに気が付いたといった様子だったが。
いや、寧ろレイの呟きでその気配を察知することが出来たというのが、ブルーイットがその辺のただの貴族よりも実戦慣れしている証だろう。
(せめてもの救いは、あの不気味な視線の持ち主ではないということか)
自分達を追っている者達は、レイが何度か感じている視線の主と比べると、明らかに格下だ。
そもそも、殺気や悪意といった感情を殺しきれない……どころか、隠す様子すらないのだ。
どこからどう見ても、雑魚と呼ぶに相応しい。
(その雑魚が、模擬戦であれだけの力を見せた俺や、グリフォンのセトに対して攻撃を仕掛けてくるとは、ちょっと考えづらいんだけどな)
相手の実力を見抜くことが出来ないような相手でも、あの模擬戦を見れば間違いなくレイは強いと理解出来る筈だった。
にも関わらず、身の程知らずにも何故自分に? とそう思うレイだったが……ふと、自分の隣にいる巨漢を見上げる。
てっきり自分に対する敵襲かと思っていたのだが、もしかしたら自分ではなくブルーイットが関係しているのではないかと、そう思ったからだ。
ブルーイットは一見すれば貴族に見えないし、街中で喧嘩をしているのもレイは見ている。
そうである以上、ブルーイットに恨みを持つ者がいてもおかしくないのではないかと、そう思ったからだ。
「なぁ、もしかして……俺達を追ってきてる連中の狙いって、俺じゃなくてブルーイットだったりしないか?」
「は? 俺か? ……ああ、それは否定出来ないかもな」
一瞬何故自分が? といった表情を浮かべたブルーイットだったが、すぐにこれまでの自分の行動を思い出したのか、納得した表情を浮かべる。
「あー……つまり、これは俺がレイ達を巻き込んでしまったってことなのか?」
「どうだろうな。あの模擬戦を見た上で俺に危害を加える……なんて真似をする奴もいるかもしれないけど……どっちの方が可能性が高いかと考えれば……」
「やっぱり、俺か」
「グルゥ」
セトがブルーイットの言葉に同意するように鳴き声を上げる。
それでも、レイやセトにブルーイットを責めるような視線がないのは、自分達がいつも同じように絡まれることが多いからだろう。
ブルーイットはそんなレイとセトの言葉に、嬉しそうな笑みを浮かべる。
もしかしたら、下らない騒動に巻き込んだと言われるのかと思っていたのだが、実際にはそのような真似をされなかったのが嬉しかったのだろう。
「取りあえず、ああいう連中を引き連れていれば美味い料理も楽しめない。どこか適当な場所で片付けた方がいいだろうな。どこかそういう場所を知らないか?」
戦う場所をレイに尋ねられたブルーイットだったが、そもそもこの祭りは場当たり的に決まったもので、同時にそこに入る屋台も半ば成り行きに近い形で決まった。
当然しっかりと計算されて準備した訳ではない以上、そこには多くの死角とでも呼ぶべき場所はある。
あるのだが……ブルーイットも少し前まではレイの模擬戦を見ており、それが終わった後で屋台の料理を楽しむ為にこうしてやってきたのだ。
この辺りについては、当然のように全く詳しくはない。
「いや……ただまぁ、結構煩雑な感じで屋台があるし、探せばそういう場所もあるんじゃないか? この人混みの中で連中が妙な真似をするよりも前に、先に動いた方がいい」
「出来れば、もう少し料理を楽しみたかったんだけどな。なぁ?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、その通り! と喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、やはり今しか食べられないような料理を食べることを優先したかったのだろう。
もっとも、ここにある屋台は普段からアネシスにある屋台だ。
当然のように、探すつもりがあれば探すことが出来るだろう。
……一応、今日は祭りだということで、若干いつもと違う料理を出しているという点では、今日しか食べられない料理があるということに否定は出来ないのだが。
ともあれ、このままではゆっくりと屋台を回ることも出来ないと判断して、レイ達はどこか暴れても周囲の者に見つかって騒がれない場所、そして壊したりしないような場所を探す。
背後から自分達に悪意を持って近づいてくる者達を引き連れながらの移動ということで、普通なら精神的な消耗があったりするのだろうが……そこはレイ、セト、ブルーイットといった面子だ。
荒事に慣れているレイ達は、特に気にした風もなく祭りの会場を歩き続ける。
出来れば途中にある屋台で何か料理を買ったりといったことをしたかったレイだったが、さすがに今の状況でそのような真似は出来ない。
特に模擬戦が終わった後ということもあり、屋台で小腹を満たそうと考えている者の姿も多く、それなりに並んでいたからだ。
そして当然ながら、模擬戦を戦ったレイとその前に姿を見せたセトは他の客達から注目されている。
(このままだと、俺達を追ってきてる連中が痺れを切らしてこっちに攻撃してくるか……もしくは、攻撃するのを諦めるか、か。後者ならいいけど、前者だったら色々と目も当てられないしな。早いところ人気のない場所を見つける必要があるな)
自分達を追ってきている連中が見るからに苛立っているのを見たレイは、少しだけ焦りを覚え……
「グルゥ」
不意に、セトが喉を鳴らしてレイのドラゴンローブを引っ張る。
セトが自分をどこに連れて行こうとしているのかは分からなかったが、どのみちこのままでは色々と不味いというのは分かっているので、レイはそんなセトに引っ張られるように移動する。
レイと一緒に行動しているブルーイットも、そんなレイとセトの後を追う。
そうしてセトがレイ達を連れて行ったのは、人の少ない場所。具体的には、今回の祭りに使った資材の残りが置かれている場所だった。
今朝まではここも祭りの準備で忙しかったのだろうが、既に祭りが行われている現在は人の数は少ない。
……祭りが始まっているにも関わらず何人かがいるのは、祭りに使って残った資材が盗まれないようにという見張りの役割があるからだろう。
だからこそ、その場に残っていた者達はいきなり現れたレイ達に疑惑の視線を向けるも……セトの姿を見て、戸惑ったように動きを止める。
突然グリフォンを目にすれば、その反応も当然だろう。
ましてや、今回の祭りのメインはレイの模擬戦であると同時に、セトの紹介なのだから。
つまり、ここにセトがいるということは、一緒にいるどちらかがレイということになる。
そのような人物が一体何をしに? と疑問を抱き……男の一人が何か口を開こうとするよりも前に、レイが口を開く。
「悪いな、ちょっと人の少ない場所を探してここにやってきたんだが。これから少し騒動になるから、怪我をしたくなかったら隠れるかどこかに移動した方がいいぞ」
本来なら警備兵辺りを呼んできて貰うべきなのだろうが、ブルーイットに逆恨みをしていると思しき相手にそこまでするのは面倒だ。
この場合は、騒動が終わった後で警備兵に事情を説明するのが面倒だ、というのが正しいのだろうが。
「は? あんた、いきなり一体何を……」
この場を任されている男達にしてみれば、そう言われてはいそうですかと素直に頷ける訳もない。
だからこそ、詳しい事情を聞こうとしたのだが……その男の言葉にレイが答えるよりも前に、事態は動く。
ぞろぞろと、レイ達がやって来た方向から十人以上の男達が姿を現したのだ。
やってきた男達のうち、先頭にいる男がレイ達の姿を見つけ、そして周囲を見回すと嬉しそうに笑みを浮かべる。
「へっ、俺達から逃げ出そうとしていたみたいだったが、まさか自分達からこうして逃げ場のない場所に逃げ込むことになるとは、運が悪かったな」
得意げに笑うその男だったが、そんな男にレイが向ける視線は呆れの色が濃い。
ブルーイットだけであればまだしも、この場には模擬戦であれだけの強さを見せたレイに、何よりもセトがいるのだ。
そんな状況で、何故そこまで強気の態度を取れるのか……レイにしてみれば、全く理解出来ない。
「運が悪かったってのは、それこそ俺達じゃなくてお前達の方だと思うんだがな。そもそもの話、俺達を相手にその程度の人数でどうにかなると思ってるのか?」
「ああ? そんなの、当然に決まってるじゃないかよおおおおおおおおおおおおおおっ!」
何故か言葉の最後に思い切り力を入れて叫ぶ男。
そんな男の様子を見ながら、レイは本来ならこの場の見張りとして残っていた者達が離れていくのを気配で察知し、無関係の人物を巻き込まなくて良かったと安堵しながら言葉を続ける。
「いきなり絶叫して、どうしたんだ? そんなにブルーイットに痛い目に遭わされたのか? お前達がどんな理由でブルーイットと揉めたのかは分からないが、それでもそこまで怒ることはないだろ」
「……ああん?」
つい数秒前まで絶叫していた男は、一瞬レイが何を言ったのか分からないといったような、心の底からの不思議そうな表情を浮かべる。
あれ? と、レイは男の様子から一瞬疑問を抱く。
何故ここで不思議そうな表情を浮かべるのかと。
普通に考えて、この場合はレイの言うことに反発したり、場合によっては納得したりといった真似をしても不思議ではない。
だが、それでもここでそのような表情を浮かべるのだけは、レイにとっても予想外だった。
『……』
レイとブルーイットは、お互いに無言で視線を交わす。
レイはお前が原因なのではなかったのかと視線で責め、ブルーイットはそう思っていたけど、実は違ったと視線で訴える。
そうして、やがてレイは目の前の男達に向かって、尋ねる。
「一応聞いておくけど、お前達の狙いはブルーイット……こっちの男ってことでいいのか?」
「ああん? そんなデカぶつに用はねえよ。俺達が欲しいのは、お前の命だっての!」
あっさりと断言するその様子に、レイは驚きと納得の混ざった微妙な表情を浮かべる。
こうして目立つように姿を現したことから、相手が特に何か策略の類を考えている訳でもないのは、レイにも理解出来た。
だが……この場にいる以上、レイが模擬戦で何人もを相手に勝ったというのを知っている筈だった。
(いや、もしかしたら模擬戦が終わってからここにやってきて、模擬戦を見ていない可能性もあるが……けど、それはそれで色々と疑問が残る。俺はともかく、セトを見ても全く怯える様子がないのは、何でだ?)
模擬戦を見ていないのであれば、レイを怖がらなくても不思議ではない。
だが、体長三mを超えるセトがいるというのに、そちらを全く怖がる様子がないというのは、明らかに異常だった。
「ほら、いいからお前はとっとと死ねよ。そうすれば、俺達は幸せになれるんだからよ。ったく、こんな奴を一人殺すだけでいいってんだから、俺達は運が良いな」
その男の言葉に、他の者達もそうだといったように声を上げる。
(会話が通じているようで、通じていない? まぁ、この手の輩にはよくあることだから、不思議はないけど)
そう思わないでもなかったが、どこか違和感がある。
レイの言葉を無視して自分の言葉を発しているのではなく、本当にレイの言葉を聞いていないかのような、そんな違和感が。
「結局俺じゃなくてお前だったらしいぞ」
「らしいな。……けど、まさかセトを見ても全く怯える様子がないってのは、正直どうなんだ? 普通なら、とてもじゃないがセトを前にしてあんなことは言えないと思うんだが」
レイの言葉には、ブルーイットも納得せざるを得なかった。
一瞬、ほんの一瞬だけ、もしかしてあの男達はセトに勝てるだけの実力者なのかとも思ったが、すぐにその考えを否定する。
身体の使い方や武器の持ち方を見る限り、とてもではないがセトと戦える……どころか、ベテランと呼ばれるランクD冒険者を相手にしても勝ち目はないと判断出来たからだ。
「お前達、正気か? その程度の実力で俺に勝てるとでも?」
「ううう……うう、う……うるっせぇええええぇぇえっ!」
レイの挑発とも呼べない言葉を聞いた瞬間、男は急に叫ぶ。
何故急にそんな風に切れたのかレイにも分からなかったが、それでも男のその叫びに他の男達も反応し、それぞれ武器を手に、レイ達に向かって一気に駆け出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます