第1768話

「こちら、預かったモンスターの素材……というか、肉になります」


 ギルドが所有する倉庫の中で、レイはギルド職員にそう言われて頭を下げられた。

 レイの視線の先にあるのは、肉、肉、肉。

 様々なモンスターの、肉の塊だった。

 少し前に、レイがギルドに預けた大量のモンスター。

 そのモンスターを解体して得られた大量の肉がそこにはあった。

 他にも幾つかの稀少な素材はレイが引き取ることになっているが、それ以外の素材や魔石は全てギルドに買い取って貰うことになっている。

 ギルドにとっても、これだけの大量の素材を一気に買い取るということになれば相応の出費は伴う。

 だが、その素材を売れば、レイに払った以上の資金を得ることが出来るのだから、それに文句を言う筈もない。


「ですが、その……魔石の方はよろしいのですか? レイさんは魔石を集めていると聞いていますが」

「ああ、渡したモンスターの魔石はもう持ってるからな。その辺は気にするな」


 レイがギルドに渡したモンスターは、既に魔獣術を試したことのあるモンスターだ。

 そうである以上、もし魔石を渡されても困るというのがレイの正直なところだ。

 もっとも、レイが持つマジックアイテムの中には、魔石を動力源……言わば電池的な役割として使う物もあるので、全く必要ないのかと言われればそんなこともないのだが。

 ただ、そのくらいの魔石であれば、まだミスティリングの中に大量に入っているモンスターの死体を自分達で処理すればいいだけなので、今すぐにないと困るという訳でもない。

 ……唯一、トレントの森から出て来たギガント・タートルの魔石だけは、話が別だったが。


「それで、ギガント・タートルの解体の方はどうなる?」

「それは……申し訳ありませんが、レイさんがいない状況ではどうしようもなく……」


 レイの問いに、ギルド職員が口籠もる。

 ただ、そう言われたレイもギルド職員を責めるつもりはない。

 ギガント・タートルの大きさは、それこそギルムを容易に蹂躙することが可能なものだ。

 それだけ巨大なモンスターを解体するとなれば、当然のようにギルムの内部で出来ることではない。

 つまり、ギガント・タートルを解体する為にはギルムの外でやる必要があるのだ。

 そしてギルムの外でモンスターの解体をするとなれば、当然のようにその血の臭いを嗅ぎつけたモンスターがやってくるので、解体している者達を護衛する必要も出てくる。


(せめてもの救いは、冬に解体をすることだろうな。動物や虫、鳥なんかは春から秋に掛けてよりも圧倒的に少ないし)


 そう思うレイだったが、冬にしか出没しないモンスターは凶悪なものが多いので、それを護衛するとなると相応の技量が求められるのは間違いない。

 また、それだけ巨大なモンスターを解体するのだから、一日で終わる筈もない。

 そうなれば夜にギガント・タートルの死体をギルムの外に出しておくといった真似をするのであれば多くの冒険者を雇い続ける必要があり、そのような真似をしない為にはレイが残っている死体をミスティリングに収納しておく方がコスト的にも問題はないだろう。

 特にギガント・タートルを含めてモンスターの解体に雇った冒険者に出す報酬は、レイが出すのではなくギルドやダスカーの方で出すことになっている。

 その辺りの事情を考えれば、やはりギガント・タートルの解体をする場合はレイがいるというのが半ば絶対条件に近いと認識するのも当然だった。


「そうなると、やっぱり年明けで俺がケレベル公爵領から戻ってきてからの話になるな」

「そうなります、よね。やっぱり」


 少しだけ自信がないのは、年明けから春までの間にギガント・タートルの解体を終えられるかどうか、微妙なところだからだろう。

 春になれば、当然のように多くの冒険者が活動を再開するので、ギガント・タートルの解体に協力してくれる者の数も少なくなる。

 何より、春ということは暖かくなるということで、解体が終わる前にギガント・タートルの死体が腐ってしまう危険すらあった。

 そうなった場合、最悪次の冬までギガント・タートルの解体は持ち越すということにもなりかねない。

 いや、増築工事が数年は続く以上、ギルドや領主のダスカーとしては、そうなってくれれば寧ろ助かるという考えすらあるのだろう。

 冒険者に仕事を与えるという意味で。

 レイも、そんな上の事情は理解しているし、元ギルドマスターにして領主のダスカーとも古馴染みであるマリーナから、その辺りの話は聞いている。

 ギガント・タートルの魔石さえこの冬の間に渡して貰えるのであれば、レイはそのことに対しても特に不満はない。

 ……もっとも、冒険者というのはいつ何が起きるか、どのような騒動に巻き込まれるかは分からない。

 今から次の冬のことを想定しておいても、その通りになるとは限らないのだ。

 ましてや、ここはミレアーナ王国唯一の辺境たる、ギルムなのだから。


「ギガント・タートルの解体については、取りあえずこの冬で魔石を取り出して貰えれば、それ以外はゆっくりでもいいから、気にしないでくれ」

「本当ですか!? あ、ありがとうございます!」


 レイの言葉が余程嬉しかったのか、ギルド職員は深々と頭を下げる。

 レイにとっては最低限――魔石の取り出しの件――さえこなしていれば、特に問題はないのだが、ギルド職員にとって、その辺りは気にするべきところだったのだろう。


「何だ? もしかして、この冬でギガント・タートルの解体を終えろとでも言うと思ったのか?」

「あー……その、中にはそんな風にした方がいいのではないかと言う者もおりまして」

「今から解体を始めて、冬が終わるまでずっと解体を続ければ、もしかしたら出来るかもしれないが……いや、それでも無理か?」

「どうでしょうね。動かせる人数にもよると思いますし」


 それで会話を終えると、レイは倉庫の中に文字通りの意味で山と積まれているモンスターの肉を次々にミスティリングに収納していく。

 それこそ、一般家庭であれば数年分はあるだろう肉が、次々とミスティリングの中に収納されていく。

 その光景は圧巻と呼ぶに相応しいものであり、見ているギルド職員も唖然とした様子を隠すことが出来ない。

 見る間に肉の山は消え……それ以外の素材の類も収納すると、次にレイが行ったのは、ミスティリングから再びまだ解体されていないモンスターの死体を取り出すということ。

 自分の常識を完全に裏切っている光景に、ギルド職員はただ唖然と見ていることしか出来ない。

 そんな視線を感じつつも、レイはミスティリングからモンスターの死体を出し続け……やがて、山となって積まれていた肉の代わりに、それ以上のモンスターが倉庫に並べられた。


「うわぁ……」

 

 それを見ていたギルド職員が、そんな声を出してもおかしくはない。

 だが、レイはそんなギルド職員を気にせずに前回よりも五割増しのモンスターを取り出す。

 ここで多くしたのは、そろそろレイがエレーナと共にケレベル公爵領に向かう頃合いだからだ。

 レイがケレベル公爵領にいる間は、当然ながら解体するモンスターの補充は出来ない。

 だからこそ、今回は多めにしたのだ。

 ……本来ならもっと多くしても良かったのだが、そうなると冬であっても死体が腐ってしまう。

 ギルドの倉庫ではその辺に色々と考慮してマジックアイテムを含め、倉庫に様々な工夫をしているのだが、それでもアイテムボックスのように時間が経過しない訳ではない。


「じゃあ、これは任せる」

「あ、はい。今から依頼書を依頼ボードに貼るので、今日の午後からは早速解体が始められるかと」

「その辺りはそっちに任せるよ。ただ……素材とか魔石とかを盗まれたりはしないようにな」

「それは大丈夫です。前回の時も何人か盗もうとした冒険者がいましたが、私達がしっかりと見つけてますから」

「……そうか」


 ふと、盗もうとした時点で駄目じゃないのか? とか、見つけられなかった相手もいるんじゃないのか? と思わないでもないレイだったが、今はそれを口にするようなことはしない。

 何だかんだ、その辺りを全てギルドに任せているのだから。

 勿論レイが自分で解体をしたり、もしくは解体をしている他の冒険者を監督したりといったことをすれば、盗まれる心配はより下がるだろう。

 だが、そうなればレイの自由時間が減ることになり……言い方は悪いが、結局その辺りも必要経費ということなのだろう。

 ギルド職員との会話を終え、レイは倉庫の外に出る。

 ……そうして外に出た瞬間、白い何かが散っているのが見えた。

 そう、雪だ。


(初雪、か。子供の頃なら喜んだんだろうけどな)


 雪が降るのではなく、まだ雪が舞うという表現の方が正しい光景を見ながら、レイはそんな風に思う。

 ギルムでも毎年のように雪は降り、積もる。

 金のない冒険者の依頼として、雪掻きの類もあるのだから、どれくらい雪が積もるのかは想像出来るだろう。


「どうしました? ……うわぁ、雪ですか……」


 レイを追うように倉庫から出て来たギルド職員は、雪を見て本気で嫌そうな表情を浮かべる。

 もっとも、レイはそんなギルド職員を責めるつもりはない。

 レイもまた、東北の田舎で育った身として雪には毎年のように悩まされたのだから。

 小学生くらいの時であれば、雪が降ってきたのを喜ぶことも出来ただろう。

 だが、中学生になれば雪掻きを本格的に手伝う必要があるし、レイが通っていた中学は木造でかなり古く、廊下には窓の隙間から降ってきた雪が積もるということも珍しくなかった。

 教室にはエアコンのような物がある訳でもなく、石油のストーブが設置されていた。

 だが、教室の中……それも教壇の横にある以上、教室の全てが暖まるという訳にはいかず、廊下側の後ろの方であれば寒いし、ストーブの近くだと暑い……否、熱い。

 また、道を歩く時にも滑らないように注意しなければならず、自転車も乗れなくなる。

 小学生なら雪遊びで喜べるだろうが、中学、高校となれば、雪はうんざりする存在でしかないのだ。

 それでも、今のレイが雪を見てもそこまで嫌な気分にならないのは、レイが泊まっているのは夕暮れの小麦亭という高級宿で、レイが雪掻きをするような必要もないからだろう。

 そんなレイに対してギルド職員が嫌そうな表情を浮かべているのは、ギルドの前の雪掻きはギルド職員の仕事だからか。


「雪掻きを頑張ってくれ」

「……せめてまだ積もりませんように」


 レイの言葉に、ギルド職員は祈るように空を見る。

 その光景は傍から見ると、それこそもっと雪が降ってくれますようにと願っているようにも見えるのは、ギルド職員にとっては皮肉なことだろう。

 天に祈っているギルド職員をその場に残し、レイはギルドの中に入って倉庫の素材を売った代金を貰う。


「レイさん、気をつけて下さいね。最近この辺りでは泥棒が出ているらしいですから。……まぁ、レイさんなら心配いらないでしょうけど」


 白金貨や金貨の入った布袋をレイに渡すレノラが注意を促すが、レイが何かを答えるよりも前にレノラの隣にいるケニーが口を開く。


「大丈夫でしょ。レイ君を襲うような泥棒がいたら、それこそ身の程知らずとしか言いようがないわよ」

「それは私も分かってるけど、気をつけるに越したことはないでしょ」


 泥棒に遭わないなら、その方がいいのは事実だ。

 もっとも、その泥棒がレイに遭えば間違いなく捕まることになるので、ギルムの安全の為にはレイが泥棒に狙われますようにと祈った方がいいのかもしれないが。


「まぁ、泥棒に遭遇すれば色々と面倒なことになるのは間違いないから、俺も遭いたくはないけどな」


 レイにしてみれば、泥棒を捕らえても警備兵に突き出すだけで、特に何がある訳でもない。

 もしかしたら多少の報奨金は貰えるかもしれないが、それだってあくまでも多少程度のものでしかない。


(泥棒よりは、盗賊の方が断然実入りはいいんだよな)


 盗賊達の間では、盗賊喰いと呼ばれるようになったレイにとって、泥棒よりも盗賊の方が圧倒的に歓迎すべき相手だった。

 生かして捕らえれば、盗賊は犯罪奴隷として売り払うことも可能だ。

 また、盗賊が貯め込んでいたお宝の類は、全てが盗賊を討伐した者が所有権を得る。

 色々な意味で、レイにとって盗賊狩りというのは美味しい行動なのだ。

 もっとも、それはあくまでもレイが一人で……もしくはセトと一緒に倒せるだけの実力があってこその話なのだが。


「まぁ、レイ君に掛かれば泥棒なんて、どうってことないしね。……でも、多分それをやってるのは増築工事の為に来た人だから、一応気をつけておいてね」


 そうケニーに言われ……レイは、まるでフラグだなと思いながらも頷きを返すのだった。

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