第1741話

 若干不満そうなままのレリューだったが、それでもやはり街道ではなく林の中を移動するという行動をしていた者達については気になるのだろう。

 レイと一緒に林の中に……馬車が横転した場所にやって来る。

 だが、レリューはそんな自分の行動について深く後悔する。

 どうせなら、林の外で待っていればよかった、と。

 心からそう思う程に。

 それはレリューだけではない。レリューと一緒にここまで戻ってきた、レイやセトも同様だった。

 ……エレーナと一緒にここにやってきたイエロの姿は、既にここにはない。

 馬車の側で不機嫌そうにしているマリーナの姿を見れば、それも当然だった。

 そして、マリーナが何故そこまで不機嫌なのかは、馬車の近くにいる十人近い女を見れば明らかだろう。

 手枷や足枷を付けられ、自由に動けなくされているのを見れば、どのような理由で馬車に乗っていたのかは明らかだ。

 いや、それだけであれば、マリーナも不機嫌にはなったが、ここまでの怒気を抱いて不機嫌にはならなかっただろう。

 そうなった最大の理由は……他の女と同様に手枷足枷を付けられたうえで、明らかに殴られた痕が顔や手足についており、意識を失っているダークエルフの女だろう。

 同族のダークエルフがこのような目に遭っているのを見て、情の厚いマリーナが何も思わない筈がない。

 当然そのように怪我をしている同族をマリーナがそのままにしておく筈もなく、水の精霊魔法を使って回復させていた。

 そんなマリーナを見たレイは、ミスティリングからそれなりにランクの高い……つまり、回復効果の高いポーションを取り出す。

 このポーションは、昨日ソーミスから持ち帰った特殊なポーションの謝礼として、マジックアイテム屋から貰った物だ。

 特殊なポーションを持ってくる礼として、店にあるマジックアイテムの中から、それなりに高価な物でなければ譲るという約束……だったのだが、ゴルツのマジックアイテム屋には、特にレイが欲しいと思えるような物はなかった。

 結果として、取りあえず持っておけば損にはならない、比較的ランクの高いポーションを幾つか貰ってきたのだが……それが早速功を奏した形だ。

 もっとも、レイもいざという時の為にそれなりにポーションは確保してあるので、もしソーミスのポーションの件がなくても、特に困ったりはしなかっただろうが。


「マリーナ、これを使え」

「……ありがとう」


 普段のマリーナとは違う、怒りを押し殺したような表情でポーションを受け取ると、ダークエルフに使う。


「それにしても……」


 そんなマリーナを見ていたレイだったが、となりのレリューが口にした言葉でそちらに視線を向ける。

 レリューはそんな視線を向けられていると気が付いているのか、いないのか……とにかく、馬車を見ながら言葉を続けた。


「何でこの馬車が街道じゃなくて林の中なんて場所を移動していたのかは、これではっきりしたな。訳ありか後ろ暗いところがあるのかのどっちかってレイが言ってたが、見事なまでに後者だった訳だ」

「あー……そうだな。違法の奴隷商人なのは間違いない」


 レリューの考えに乗った訳ではないが、レイは同意するように告げる。

 奴隷商人というのは、当然のように奴隷を売買する者達のことだ。

 ただし、その奴隷には幾つもの種類がある。

 金の為に売られた奴隷だったり、借金の為に自分を売った奴隷だったり……そしてレイにとってもっとも馴染み深い、犯罪奴隷。

 もっとも馴染み深いというのは、別にレイが犯罪奴隷を買っているということではなく、今回のように倒した……否、狩った盗賊でまだ生き残っている盗賊を奴隷として売る、という意味で馴染み深いのだが。

 ともあれ、それ以外にも幾つか奴隷には種類があるが……そんな中で、力ずくで連れ去った相手を奴隷にするというのは当然違法だ。

 そして、マリーナ達が開けた馬車に詰め込まれていたのは、そのように違法な手段で連れ去られた者達。

 当然そのようなことをしているのが見つかれば、奴隷商人も相当重い処罰を受ける。

 だからこそこの奴隷商人は、人目に付きやすい街道ではなく林の中を移動していたのだろう。

 結果として盗賊に目を付けられることになったのだから、この結果は自業自得だった。


「取りあえず、ここにいる連中のことは任せる。俺は盗賊達から事情を聞いてくるから」


 不機嫌なマリーナの側にはいたくないと、レイはロープで縛られている盗賊達の方に向かう。

 そんなレイの姿を見て、盗賊達は強がろうとするも……レイの隣にセトがいるのを見れば、そのような真似が出来る筈もない。

 特に盗賊達は、レイによって叩きのめされたのだから、レイに向かって恐怖の視線を向けるのも当然だろう。


「さて、まずは何から聞くべきか……そうだな、一応名乗っておくか。セトを連れているから、既に知ってる者もいると思うが、俺はレイだ。深紅なんて異名で呼ばれてるが……お前達にとっては、盗賊喰いって方が分かりやすいか?」

『っ!?』


 レイの言葉に、セトを連れているということから、既にその正体を想像していた以外の盗賊は、顔を驚愕の色で染める。

 そして驚愕が絶望に変わるのを確認すると、レイはいつものように質問を口にする。


「それで、お前達のアジトはどこか? それと、そこに残っている者の数は?」

「……それを言わないと、どうするつもりだ? 殺すのか?」

「そうだな。そうしてもいいか」


 レイに尋ねた男は、交渉のつもりだったのだろう。

 自分達を殺せば、奴隷として売ることは出来なくなる。それでもいいのか、と。

 実際、盗賊を捕らえて奴隷として売れば、それなりの金額になるのは間違いない。

 それを知っていたからこその言葉だったのだが……まさか、あっさりと殺すという言葉が出てくるとは、聞いた盗賊も、そして周囲にいた盗賊達も思ってもみなかった。

 殺すという言葉であれば、それこそ盗賊なら普通に使う。

 だが、それは大抵が脅しの意味合いが強い。もっとも、中にはその辺を躊躇しない者も少なくないが。

 ともあれ、レイが口にした殺すという言葉は、脅しでも何でもない。本当に、文字通りの意味での言葉だった。

 ましてや、それを口にするレイは、殺すという行為を一切躊躇う様子がない。それこそ、その辺の草でも刈るかのように自分達の命が刈られるのではないかと思えるような態度。


「わっ、分かった! 言う! 言うから助けてくれ!」


 交渉しようとした男は、レイに向かって即座にそう告げる。

 もしここで少しでも反応が遅れようものなら、レイに殺されるだろうと、そう理解した為だ。

 他の多くの盗賊達も、レイの態度から悟ったのだろう。慌てたようにレイの言葉に従うと叫ぶ。

 ……中にはそこまで鋭くなく、それこそ何で他の者達があっさりとレイに従うのかと疑問に思っている者もいた。

 だが、ここで自分だけが何を言っても意味はないと悟るだけの頭は持っていたし、それでなくても世話になってる先輩達が揃ってお前も従えと目で指示してくるのであれば、それを断るような真似は出来ない。


「そうか。なら、早速聞かせて貰おうか」


 そう言い、レイは盗賊からアジトのある場所と、そこに残っている者の情報を聞き出していく。


「じゃあ、俺はちょっとアジトに行ってくるから、ここは任せてもいいか?」

「レイ一人で行くのか? いや、まぁ、問題はないと思うけどよ」


 レリューの言葉には、レイの強さに対する信頼がある。

 だが、同時に盗賊のアジトでは何が起きるのか分からないという思いもあるのは間違いない。

 そんなレリューの思いはレイにも理解出来たので、取りあえず問題はないとだけ言って、セトと共にその場を後にする。

 幸い、盗賊から聞き出したアジトの場所は、ここからそう遠くない場所らしいので、それこそセトに乗って移動すればすぐに到着するのは間違いない。


「林の向こう側に山があって、その山に入ってすぐの場所に洞窟があるって話だったけど……どこだ?」

「グルゥ? ……グルルルゥ」


 レイの言葉にセトも地上を見下ろすが、紅葉している木々の葉や常緑樹によって隠されている場所が多く、盗賊から聞いた洞窟を見つけることが出来ない。

 もっとも、あの状態で盗賊が嘘を吐いたとも思えず、単純に木が地上を覆い隠しているのだろうことは明らかだった。


(随分と上手い具合に隠してあるな。つい何日か前にこの辺りにやって来たってことだったけど、偶然にしては随分といい隠れ家を見つけたらしい)


 この辺りに出る盗賊が、上空からの監視をそこまで気にするとは思えない。

 つまり、それは偶然生えている木が洞窟の入り口を覆い隠しているのか、もしくは純粋に上からでは見つけにくくなっている洞窟といったところだろう。


「しょうがない。なら、上から探すのは諦めて、山の中を歩きながら探すか」

「グルゥ?」


 いいの? と喉を鳴らすセト。

 それだと、洞窟を見つけるのに時間が掛かり、馬車の横転している場所まで戻るのが遅くなるのではないかと、そう心配したのだ。

 だが、レイは円らな瞳で自分を見つめてくるセトを、心配させないようにとそっと撫でる。


「見つからないんだから、仕方がないさ。それに、あの捕まっていた女達の傷を癒やしたり、どこからやって来たのかといったことを聞く必要もあるし。それに、ダークエルフの件もある」


 奴隷商人と思われる人物が、何を思ってダークエルフをあそこまで痛めつけたのかは、レイにも分からない。

 精霊魔法を使えないようにかとも思ったのだが、別に痛めつけられたからといって精霊魔法が使えなくなる訳でもない。

 そうなると考えられるのは、奴隷商人が単純にダークエルフを憎んでいたのか……

 その理由はともあれ、同じダークエルフのマリーナにとって面白くないことは間違いない。

 元々エルフもダークエルフも、その数は決して多くはない。

 それだけに、同胞に対しての仲間意識はかなり強いものがあるのだ。

 マリーナのことを考えながら、レイはセトと共に地面に降りて、山の中に入る。

 そうして探すこと、十分程。


「グルゥ!」


 人の臭いを嗅ぎつけたセトが、短く喉を鳴らす。

 ようやく目的の場所を見つける。

 勿論、人の臭いを嗅ぎつけただけで、それが目的の場所だとは限らない。

 場合によっては、ただ山にやってきた狩人という可能性も否定は出来ないのだから。

 だが……それでも、現状での可能性を考えれば、セトが嗅ぎつけたのは盗賊達の可能性が高い。

 そうしてセトの後をついていくと……やがて、予想通りに盗賊達のアジトに到着するのだった。






「……おい、これって……ちっ、予想はしてたけど、こんなことになるとはな」


 盗賊の殆どは、先程レイ達が見つけた違法な奴隷商を襲う為に出払っていたのか、ここに残っているのも数人……それも腕はそれ程でもない盗賊達だった。

 一応大人しく降伏すれば殺しはしないと言ったのだが、盗賊達は抗うことを選び……現在は、洞窟の外で屍を晒している。

 レイにしてみれば、正直なところ降伏するのでも、もしくは抗うのでもどちらでも良かった。

 結局盗賊達は後者を選んだので、最近デスサイズが習得した、多連斬や腐食の効果を実戦で試すことが出来たのは、レイにとってもそう悪い話ではなかった。

 そうして数人の盗賊を殺し、アジトである洞窟に入って盗賊達のお宝を探っていたのだが……その中には、見覚えのあるポーションがあった。

 ゴルツのマジックアイテム屋に届けられる筈だった、特殊なポーション。

 それがここにあるということは、この盗賊団が昨日レイの探していた盗賊団なのだろう。

 昨日は必死になっても見つけることが出来なかった盗賊団だというのに、まさか今日このような偶然で見つけることが出来るとは……と、レイは何とも言えない気持ちになる。


(よく、探している時には見つからないのに、探すのを止めてから数日経った頃に不意に見つけることが出来る……という、あんな感じか?)


 そんな風に思いつつ、一応特殊なポーションなのだからと中にあったお宝の類を収納していく。

 幸い……という言い方もどうかと思うが、アジトの中に囚われている者の姿はない。

 元々この盗賊団はそのような真似をしないのか、単純に活動する場所を移すということで、邪魔になると連れてこなかったのか。

 レイにもその辺りは分からなかったが、とにかくアジトの中に誰もいないのは確実だった。

 もっとも、お宝といえる程に価値のある物も殆ど存在しない以上、レイが喜ぶようなマジックアイテムの類は一切なかったが。

 それでも食料の類はそれなりにあったし、長剣や槍もある程度使われた形跡があったが、何本かだけだ。

 他にも商人から奪ったと思えるような布が大量に入っている箱や、様々な小物、自分達で使おうと思ったのか食器やらなにやらもそれなりにあり、宝石や金貨、銀貨の類も見つけ……最終的には、それなりに満足出来る収穫となるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る