第1742話

 盗賊のアジトから戻ったレイは、若干小言を言われたが、結局それだけだった。

 違法な奴隷商人に捕まっていた女達、そして何より一番重傷だったダークエルフの治療に時間が掛かったというのが、その理由だろう。

 結局全員の治療が終わったのは、レイが戻ってくる少し前だったのだから。


「それで、これからどうするんだ? 生き残っている盗賊達を警備兵に引き渡す必要もあるし、それとは別に、そっちの女達もこのまま放り出す訳にもいかないだろ?」


 そう呟くレイの視線の先にいた女達は、怯えた視線をレリューや盗賊達に向けている。

 ……レイにそのような視線を向けてこないのは、フードを脱いだ今のレイの顔は、とてもではないが男らしくないからだろう。

 また、体格が小柄だというのも、この場合は影響している。

 だからこそ、結果として男を怖がる女達も、レイに対してはそこまで忌避感を持っていないのだ。

 自分が男として認識されていないというのは、今の状況を考えれば喜ぶべきことなのだろうが、レイにとってはとてもではないが喜べるようなことではなかった。

 もっとも、レイが怖くないからということで、何故か殆どの女達がセトをそこまで怖がらなかったというのは、レイにとっても数少ない喜べることだったが。


「この近くにある街に向かうしかないんじゃない? ……近くに街はあった?」


 ヴィヘラがレイに向かってそう尋ねたのは、それを知ってるのがレイだけだからだろう。

 他の面々はセト籠の中に入って移動していたので、セトの背の上にいるレイがこの辺りの地域には一番詳しいということになる。

 また、盗賊のアジトを探しに行く時も、レイはセトに乗って移動したのを思えば、近くに街があるのならレイが見つけていてもおかしくはないと判断したのだろう。

 だが、尋ねられたレイはそんなヴィヘラの言葉に対し、首を横に振る。

 上空から見た限り、この辺りに街や村はなかったと確認していたからだ。


「考えてみれば、街や村の近くに盗賊がアジトを構える訳もないか」

「そうか? 俺が今まで倒した盗賊の中には、街や村の近くにアジトを持っている盗賊達もいたぞ? 実際、街や村が近ければ、そこから出てくる獲物を探すのは簡単だしな」


 エレーナの呟きに、レリューがそう告げる。

 実際、それは間違っているとはいえない。

 街や村のすぐ近くにあるアジトであれば、そこから出てくる商隊や商人、場合によっては冒険者や旅人を見つけるのは難しい話ではないのだから。

 だが……盗賊達がそのような者達を見つけやすいということは、逆もまたしかりで、街や村の者達がそのアジトを見つけるのも難しい話ではない。

 まさに、ハイリスクハイリターンの典型だろう。

 もしそのような真似をするのであれば、それこそ数日の短期間といったところか。


「まぁ、討伐する方としては、街や村の近くにアジトがあった方が楽だけどな。……ただ、こいつらは結構用心深いし、そんな真似はしないと思う。……だよな?」


 レイの問いに、盗賊達は慌てて頷く。

 盗賊達にとって、レイという存在はまさに悪夢と言っても差し支えがない存在だ。

 それこそ、自分達をその辺の雑草を刈る程度の気分で殺そうとするような相手なのだから、それに恐怖を抱くなという方が無理だろう。

 盗賊達からは盗賊喰いと呼ばれて恐れられている、その本当の意味を理解出来てしまった。


「なら、この辺りで一番近い街や村はどこにある?」

「ここから馬車で半日くらいの場所に、デリトステという街があります!」


 即座に盗賊の一人が叫ぶ声に、レイはなるほどと頷く。


「そんな訳で、取りあえずデリトステとかいう街に行かないか? そっちの女達もどうするのか決めないといけないだろうし」


 その言葉には誰も異論はなく、すぐに出立の準備を始める。

 早く妻のシュミネに会いたいレリューも、この状況でそれを言い出すような真似はせず、準備を整えていく。


「きゃっ!」


 女達の一人が短く悲鳴を上げたのは、横転していた馬車をレリューが一人であっさりと元に戻したからだろう。

 一見すれば、レリューはとてもではないがそのような真似が出来るとは思えないのだが、それでもあっさりとそのようなことをこなせるのは、異名持ちの高ランク冒険者の面目躍如といったところか。

 馬車を牽いていた馬も、特に怪我らしい怪我はなく、大人しい。……もっとも、馬が大人しいのはセトの存在があるからこそなのだろうが。


「おい、レイ。こっちの男はどうする? 違法の奴隷商人なんだろ? このまま置いていくか?」

「そうすると、場合によってはアンデッドになる可能性もあるし、警備兵とかに事情を説明する意味でもその死体は持っていった方がいいな。……俺の役目か」


 女達を馬車に乗せて移動する以上、まさか馬車の中に死体を乗せる訳にもいかず、結局レイのミスティリングに収納していくことになった。

 正直なところ、レイもあまりいい気分はしないのだが……それが最善の選択肢であるというのも、間違いなく事実なのだ。

 そうして、レイ達は盗賊の死体を魔法で焼いてアンデッドにならないようにして片付け、出発する。

 馬が怖がっているので、取りあえずレイとセトは馬車よりも先行する形となっていた。

 生き残った盗賊はロープで数珠繋ぎにされ、馬車に引かれて強制的に歩くことになる。


「馬で半日くらいってことは……今日はデリトステとかいう街で一泊することになりそうだな」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、そうなの? と後ろを見ながら不思議そうに喉を鳴らすセト。

 半日なら、すぐに出発すればもっと距離をかせげるのではないかと、そう思っているのだろう。

 それはレイも同意見だ。……ただ、盗賊を奴隷として売るのにも幾らか手続きが必要になるし、それ以外にも違法な奴隷商人の件がある。

 その辺りの事情を説明し、死体を引き渡し……といった真似をしていれば、何だかんだと時間が掛かり、最終的には夕方、場合によっては夜になることもあるだろう。

 であれば、そこから無理にデリトステを旅立つような真似をしなくても、そこで一泊……そう考えるのは当然だった。


「まぁ、ソーミスではあまり美味い料理はなかったけど、デリトステなら美味い料理を探すことも出来るかもしれないしな」

「グルルルルルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに鳴き声を上げる。

 ……そんなセトの鳴き声だったが、それでもかなり離れた場所にいる馬車を牽く馬は、一瞬ビクリとしていた。

 もっとも、それはあくまでも一瞬で、気が付いた者は殆どいなかったが。

 そうして気が付いた者の中には、御者台に座っているレリューの姿もある。

 まさか女だけの馬車の中に、自分だけがいるというのも色々と居心地が悪いし、何より妙な真似をして妻のシュミネに浮気を疑われるのは嫌だったというのが大きい。

 かといって、馬車の速度に合わせて歩くのは大変だし……ということで、レリューは自分から進んで馬車の御者をやることにしたのだ。


(レイ達が移動する時は、セト籠があるからいい。けど、セトが牽けるような馬車があってもいいんじゃないか? ただ、荷物を運ぶだけなら、レイのアイテムボックスがあるんだよな。その辺、どう思っているのやら)


 セトが牽くとなれば、当然のように馬車は専用の物を作る必要がある。……が、馬以外に馬車を牽かせるというのは、そう珍しい話ではないので、そこまで手間という訳でもないだろう。

 レイがそれを欲するかどうかは、別として。


「あー……暇だ」


 馬車にロープで引っ張られている盗賊達にしてみれば、もしレリューのそんな言葉が聞こえていれば、間違いなく不満を露わにしただろう。

 自分達が奴隷として売られようとしているのに、暇とはなんだ、と。

 だが、御者台で呟かれたレリューの言葉が、馬車の後ろで引かれている盗賊達の生き残りに聞こえなかったのは面倒にならなかったという意味で運が良かったのだろう。

 ともあれ、そのまま進むこと数時間……途中で街道を歩いている商人や旅人、冒険者といった面々に注目されながらも、街道を進む。

 途中で昼の休憩をし、いつものようにレイがミスティリングから取り出した料理で食事をし、奴隷商人に無理矢理捕まえられた女達はそのことに驚きつつも、喜んだ。

 やはり、出来たての温かい食事というのは、活力の源となるのだろう。

 ……もっとも、盗賊達は縛られたままで放置されており、食事は一切与えられなかったが。

 もしもここが地球であれば、虐待だと言われてもおかしくはない。

 だが、ここは地球ではない。

 寧ろ、盗賊を連行している現状では、反抗したり逃げ出すような体力を残さない為にも、食事を与えないというのは何の問題もないことだった。

 盗賊の方は目の前で出来たての料理を食べるという光景を見せられ、自分達にも何かを寄越せと言ってはいたのだが……レイが一言黙れと口にすれば、それ以上は何も言えなくなる。

 それでもレイ達が食事をしている間は身体を休めることが出来るのだから、この休憩は盗賊達にとっても決して悪いものではなかったのだろう。

 そうして、休憩も終わり……再び移動を始める。

 馬車の速度に引っ張られるように盗賊が歩き……やがて数時間。

 目的の街が見えてきた。

 ゴルツやソーミスに比べれば、明らかに小さい。

 だが、街という規模なのは変わらない以上、レイ達が自分の用事を済ませる程度なら、特に問題はなかった。

 勿論、盗賊達を奴隷として売る上で、もっと大きな街に移動した方が高く売れるのは間違いないだろうが……移動距離を考えると、レイにとってその値段は誤差程度の違いしかない。

 それならば、多少安くてもここで全ての手続きを終えた方がいいのは確実だった。


「あー……まぁ、こうなるよな」


 田舎の街であれば当然のことだったが、警備兵がセトの姿を見て驚愕し、怯えるといった光景を目にしてレイは小さく呟く。

 それでも、逃げ出していない辺り、警備兵として真面目な性格をしているのだろうことは、すぐに分かった。


「大丈夫だ。落ち着いてくれ。俺が乗ってるのを見れば分かると思うが、こいつは自分から人を襲ったりはしない」


 正確には、敵意を持って来た相手には襲いかかったりもするのだが、取りあえず今は落ち着かせる方が先だと、レイが告げる。

 そんなレイの声に、警備兵も多少は落ち着いたのか、レイの方をしっかりと見て、そこに人がいるのを確認して安堵したように構えていた槍を下ろす。

 セトを見た時の衝撃が大きかった為か、余計にレイの姿を見て安堵したのだろう。


「俺は冒険者のレイ。こいつは従魔のセト。ここから半日くらいの場所で盗賊と遭遇して、それを殲滅したから生き残りを奴隷として買い取って欲しい。それと、盗賊達が林の中で馬車を襲っていたんだが、その馬車がどうやら違法の奴隷商人のものだったらしい。どこかから連れてこられた女達を保護している」


 レイの口から出た言葉は、最初警備兵達には理解出来なかった。

 いや、理解は出来ていたのだが、いきなりすぎた。

 だが……それでも警備兵。

 それも、突然セトの姿を見ても、驚き、怯えはしたが、逃げ出すようなことがなかった者達だ。

 すぐに我に返り、騒がしくなる。

 そして、数十秒が経つと、何人かが街の中に走っていく。

 自分達だけでは判断出来ないと考え、上司を呼びに行ったのだろう。

 レイにとっても、ここで下手に悩まれるよりはそっちの方が早く判断して貰えるので、その行為に文句はない。

 そうして待っている内に、やがてレリューの操る馬車がやって来る。

 その馬車を……正確には馬車の後部に繋がれている盗賊達を見て、警備兵も表情を厳しく引き締める。

 グリフォンを従魔にしているような冒険者が、盗賊を倒して捕らえた者を連れて来たというような嘘を言うとは思っていない。

 思っていなかったが、それでもやはりこうして直接目の前でその光景を見れば、そのような態度になるのは当然だった。

 ……と、警備兵の一人がふと気が付く。


(え? あれ? グリフォンを従魔にしている冒険者って……もしかして、深紅のレイじゃないのか?)


 今まではいきなりのことでそのことに気が付けなかったが、当然のようにこの街にもレイの噂は色々と届いている。

 そうして気が付いてしまえば、今度こそ本当の意味で安堵し、他の仲間にもこっそりとだがそのことを話す。

 結果として、上司がこの場にやって来るまで大きな騒動になることもなく、落ち着いて対処が可能になった。


「その、盗賊の人数はこれで全員なのか?」

「ああ。生き残りはこれで全員だ」


 警備兵の言葉に、あっさりとそう告げるレイ。

 生き残りは、という言葉に何を想像したのか……警備兵は、若干乾いた笑いを浮かべるのだった。

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