第1740話
特殊なポーションを届けた日の翌日、レイ、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネ、レリュー、イエロ、セトの六人と二匹は、空の上にあった。
いつものように飛んでいるのはセトで、レイはその背に乗り、他の面々はセト籠の中に入っている。
少し離れた場所にはゴルツの姿をまだ見ることが出来た。
太陽はそれなりに真上にあり、時間としては午前十時前後といったところか。
本来なら午前六時の鐘が鳴った時点で出発する予定だったのだが、それがこの時間になったのは……ゴルツを出発する前に、ギルドの者達を含めて大勢から見送りを受けた為だ。
見送りに来た中には代官の姿もあり、当然のようにそれなりに豪華なものとなった。
代官にしてみれば、ゴルツの側に出来たばかりだと思っていたダンジョンが、実はかなり凶悪な代物だったということを知り、少しでもレイ達に感謝したいという思いがあったのだろう。
元々この地域は中立派に所属する貴族の領地だ。
そんな中立派を率いるダスカーの懐刀とも目されているレイがダンジョンを攻略してくれたのだから、それをそのまま放り出すという訳にはいかなかったのだろう。
……もっとも、他の者達からはダスカーの懐刀と思われているレイだが、本人にはそのつもりはない。
勿論、ダスカーを尊敬し、信頼しているのは間違いないし、何か依頼があるのであれば優先的に受けたいとも思っている。
だが、それとダスカーに仕えるという話は、少なくてもレイの中では全くの別物だった。
ともあれ、盛大な式典……とまではいかないが、色々とあった結果、出発するのが遅くなったのは間違いない。
それでもレイが不満を口にしなかったのは、見送りに来た者達の多くが純粋にレイ達に感謝の気持ちを抱いていたからだろう。
「それにしても……何だかんだと、今回の件は結構美味しかったな」
「グルゥ?」
レイの呟きに、セトはそう? と喉を鳴らす。
実際、セトもデスサイズも、今回の件で色々とスキルを強化出来たのは間違いない。
何より、レイにとってはデスサイズのスキル、地形操作をレベルアップ出来たのが大きい。
地形操作のスキルは、使い方を間違えなければかなり便利なスキルだ。
ガランギガとの戦いを見れば分かるように、戦闘にも使え……それ以外に、様々な工事の類にも使える。
それこそ、簡易的な塹壕の類であれば、容易に作り出すことが出来るだろう。
だが……それだけ便利なスキルだけに、当然のようにそう簡単に強化することは出来ない。
今のところ、スキルのレベルアップをするにはダンジョンの核をデスサイズで斬るという手段しか判明していない。
つまり、地形操作のスキルを強化する為には、ダンジョンを攻略する必要があるのだ。
しかし、当然ながらダンジョンというのは簡単に攻略出来る場所ではない。
(ギルドの方に依頼して、出来たばかりのダンジョンがある場所を探して貰えるようにするか。ギルドなら、その辺りの情報は集めやすいだろうし。今回の件みたいに)
もっとも、今回の一件は偶然に偶然が重なった結果と言ってもいい。
である以上、そう簡単に出来たばかりのダンジョンを見つけるというのは難しいだろう。
だからこそ、依頼という形を取るのだが。
(ギルムの増築でかなりギルドからの依頼を聞いてるし……そういう意味では、都合が良いのかもしれないな)
そんな風に思いながら、レイは空を見上げる。
視線の先にあるのは、雲が殆ど存在しない青空。
朝はそれなりに雲があったのだが、この様子では雨の心配をする必要もないと知り、安堵の息を吐く。
「グルゥ?」
背中に乗せているレイの動きが気になったのだろう。セトは、喉を鳴らしながらレイに視線を向ける。
そんなセトに、レイは何でもないと首を横に振り……ふと、視線の先にあるものを見つける。
街道……ではなく、街道の存在しない林の中を走っている馬車。
そして馬車に向かって矢を射っている、何人もの男達。
本来であれば、馬車の速度に徒歩の人間が追いつくのは難しい。
だが、それはあくまでも普通の街道であればの話だ。
馬車というのは、馬車を牽く馬と、人の乗っている馬車の車体が必要となる。
もっとも、細かく言えば他にも必要な物は幾つもあるのだが。
ともあれ、馬だけであればまだしも、馬車である以上はどうしても速度が遅くなるし、何より林の中を走っているということは、木々の隙間を通るのにも慎重に見極める必要がある。
ここで下手にその見極めを失敗した場合、木と木の間に車体が挟まって、馬車が動けなくなる可能性もあった。
だからこそ、思い切った速度を出すようなことが出来ず……背後から追ってきている者達を振り切ることが出来ないのだろう。
(盗賊か? ……まぁ、街道を移動しないで林の中を移動している時点で、馬車の方も色々と後ろ暗いところがあるんだろうけど)
馬車の方にも興味を持ったレイだったが、それより強い興味を抱いたのは、当然のように盗賊だ。
もしこれが普通の盗賊であれば……いや、レイの場合はそれでも嬉々として狩っただろうが、今は若干違う。
もしかして、あの盗賊こそが昨日レイが探していた……ソーミスから運ばれる予定だった特殊なポーションを奪った盗賊なのではないか、と。
そう考えたのだ。
既にゴルツを旅立ってから相応に距離は離れている。
そうである以上、可能性としては十分にあった。
もっとも、盗賊というのは狩っても狩っても、どこからともなく湧いてくる。
そうである以上、現在レイが目を付けた盗賊達が問題の盗賊と決まった訳ではない。
いや、寧ろその盗賊の可能性の方が少ないだろう。
それでも、レイにとっては盗賊であるというだけで手を出す決意をするには十分だ。
また、訳ありと思われる馬車にも興味はあるが……それは、後回しだろう。
「盗賊を発見した! 一旦降りるぞ!」
セト籠に対して短く声を掛け、レイはセトに降下するように頼む。
セトは喉を鳴らしながら地上に向かって降下していき、林の外にセト籠を下ろすと、その勢いのまま林の中に向かって突っ込んでいく。
かなりの速度で林の中に突っ込んだのだが、セトの運動能力があれば、林に生えている程度の木々を回避するのは難しい話ではない。
「ブルルルル!?」
前方に見えてきた馬車を牽く馬が、セトの姿を見て激しく嘶く。
必死に走っていた中で、突然目の前にグリフォンが姿を現したのだ。
それで、驚くなという方が無理だろう。
慌てた馬は、自分に向かって駆けてくるセトから何とか逃げだそうと暴れる。
馬にとっては、背後から追ってくる盗賊よりも目の前のグリフォンの方が余程恐怖の対象だ。
前門の虎、後門の狼……ならぬ、前門のドラゴン――グリフォンだが――、後門のゴブリンといったところか。
だが、馬車の車体が倒れてしまえば、当然のようにそこに繋がれている馬も動くことが出来なくなる。
「ヒヒヒヒィン!」
馬の口から出る、悲痛な鳴き声。
この状況でグリフォンという絶対者に狙われれば、間違いなく自分は助からないと理解しているのだろう。
だが、レイを背に乗せたセトは、絶望している馬のすぐ横を通り抜け、馬車の背後にいる盗賊達に向かって進む。
一瞬、馬はなにがどうなっているのか分からないといったような表情を浮かべたが、レイもセトもそれは全く気にしていない。
そんなレイとセトの行動は……馬車を背後から追っていた盗賊達にとっては最悪のものだった。
「なぁっ!」
盗賊の中でも先頭にいた男が、いきなり馬車の脇から姿を現したレイとセトに驚愕の声を上げるが……次の瞬間には、レイがミスティリングから取り出した黄昏の槍の柄で胴体を横薙ぎに殴られ、吹き飛ぶ。
盗賊達にしてみれば、襲っていた獲物からいきなり反撃を喰らったようなものだ。
実際にはそのような訳ではないのだが、少なくても盗賊達にはそう見えた。
先頭にいた仲間が吹き飛ばされたことで、余計にそう思い込んでしまったのだろう。
「ふざけんな、この野郎! 俺達に逆らっていいと思ってんのかぁっ!」
そう叫ぶ盗賊もいたが、レイの振るう黄昏の槍によって、次々に叩きのめされていく。
……運の悪い盗賊は、それこそ穂先によって喉を斬り裂かれて死ぬような者もいたし、殴られたのが胴体であっても、レイの膂力で殴られたのだから、内臓が破裂したり、木にぶつかった衝撃で首の骨が折れたりといった者もいた。
そうして盗賊達が何人も吹き飛ばされていけば、当然のように他の者達も異常には気が付く。
「気をつけろ、何かいるぞ! 獲物じゃねえ、それ以外の何かだ!」
「正解」
叫んだ盗賊を黄昏の槍の一撃で吹き飛ばし……そこから、盗賊が全滅するまで、そう時間は掛からなかった。
「さて……そうなると、問題はあの馬車だけど……間違いなく死んでるよな、これ」
盗賊を倒し終えたレイの視線が向けられたのは、地面に倒れている男。
それだけであれば、もしかしたら気絶しているだけだと思えたかもしれない。
だが……身体に何本も矢が突き刺さり、その状態でも動く様子がないのを見れば、ほぼ確実に死んでいるだろう。
街道ではなく、人目に付かない林の中を移動していた時点で、この馬車が何らかの訳ありなのは理解していた。
だが、その訳ありの理由を聞くべき人物がこうして死んでしまっているのでは、どうしようもない。
「う……うう……」
どうするかと迷っていると、運良く……もしくはこれからの未来を思えば運悪くなのかもしれないが、とにかく意識を失っていた盗賊の声が聞こえてきた。
馬車と盗賊を見比べていたレイだったが、痛めつけたとはいえ、盗賊が逃げ出す可能性を考えると放っておく訳にもいかない。
この馬車を調べるのは後回しに……そう思っていたレイだったが、ちょうどそのタイミングでエレーナ達が姿を現す。
「全く、お前はいつでも急に動くな」
エレーナが少し呆れた様子を示しているのは、盗賊を襲う前に一応声を掛けたとはいえ、それがいきなりだったからだろう。
そうして気が付けば、セト籠は地面に放り出されていたのだ。
それを考えれば、エレーナが怒りではなく呆れを浮かべていたのは、まだ運が良かったと言えるだろう。
「悪いな。ちょっと急ぎだったから」
「……そうらしいわね」
エレーナの後ろから姿を現したマリーナが、周囲の様子を……特に転倒している馬車を見ながら呟く。
その口調には、当然のように馬車の行動の不自然さに対する疑念も混ざっている。
「取りあえず……私達が生きてる盗賊は確保しておくから、レイはセト籠を収納してきたら? 一応、向こうにはレリューを残しているから問題はないと思うけど」
続いて現れたヴィヘラの言葉に、レイはなるほどと納得する。
レリューがいれば、セト籠にちょっかいを出そうなどと考える馬鹿な者はいないだろう。
だが、それは絶対という訳ではなく、もしかしたら、中にはレリューを相手にしても実力差が分からずにちょっかいを出してくる盗賊……場合によってはモンスターもいるかもしれない。
そうである以上、ミスティリングを持っているレイがセト籠を収納しておいた方がいいのは間違いなかった。
「そうか、じゃあ、頼む。生きてる盗賊を縛るのは、これを使ってくれ」
ミスティリングからロープを取り出し、ヴィヘラに渡すと、レイはセトに乗って林から出る。
セト籠を置いた場所はそこまで離れた場所ではないのだから、わざわざセトに乗って移動する必要もなかったのだが……セトが一緒に行きたいと喉を鳴らしながら顔を擦りつけてきた以上、レイはそれを断るつもりもない。
もしこの場に他にもモンスターや盗賊がいて、色々と危険であれば話は別だったのだが……今の状況ではそんなことの心配はしなくてもよかった。
そうしてセトに乗って林を抜けると、そこにはレイの予想通りの光景が広がっている。
セト籠の前で、不機嫌そうにしている様子のレリュー。
そのレリューは、当然のように自分に近づいてくるレイとセトの存在に気が付いており、不満そうな様子で口を開く。
「おい、いきなりこれはないだろ」
「悪い。こっちもちょっと急いでたからな。盗賊に襲われている馬車を見つけて」
「……盗賊? 街道じゃなくて、林の中でか?」
レイの言葉に訝しげな表情を浮かべるレリュー。
街道が側にある状況でそんな状況になっているのだから、怪しむなという方が無理だろう。
だが、実際に馬車が襲われている光景をレイは見たし、盗賊の襲撃によって馬車を操っていた御者は死んでしまっている。
そうである以上、事実は事実として伝えるしかない。
「そうだ。明らかに訳ありか……もしくは、後ろ暗いところがあるらしいけどな。それに盗賊についても色々と興味はあるし」
そう言いながら、レイはセト籠に触れ、ミスティリングに収納するのだった。
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