第1739話

「グルルルルルゥ!」


 視線の先にゴルツを見つけたセトは、背中にいるレイに知らせるべく喉を鳴らす。

 そんなセトの鳴き声に、レイも地上を見て……少ししてから、ようやくそれがゴルツであると理解した。

 既に夜となっており、空には雲に隠された月や星があるのみだ。

 ゴルツも周辺では一番栄えている街だけに、夜になってもそれなりに明かりの類は存在している。

 その明かりをセトは見つけ……それから少しして、レイも見つけたのだ。


「あー……結局夜になってしまったな。盗賊を探したりしてなければ、もう少し早く戻ってこられたと思うんだけど」

「グルゥ……」


 レイの言葉が聞こえたのか、セトは慰めるように喉を鳴らす。

 盗賊を探して、見つけたのなら、まだ何とかなっただろう。

 だが、残念ながら……レイ達は盗賊を見つけることは出来なかった。

 当然だろう。どこかに盗賊がいるというのが分かっているのであれば、レイやセトの能力であっさりと見つけることが出来る。

 だが、ソーミスからゴルツまでの……セトですら数時間は掛かるだろう距離の、どこにその盗賊がいるのか分からないのだ。

 ましてや、じっくりと探す時間もない以上、短時間で盗賊を見つけるのが難しいのは当然だった。

 それで結局この時間になったのだから、最悪の場合はゴルツに入れるかどうかも微妙なところ……というのが、レイの予想だ。

 もっとも、レイのミスティリングの中にはマジックテントがあるので、野宿となっても全く何の問題もなかったのだが。

 ただし、わざわざソーミスから持って来た特殊なポーションは出来れば今日のうちに渡したいと思っていた。


「じゃあ、頼むな」

「グルルルルゥ!」

 

 近づいてきたゴルツに向かって、セトが翼を羽ばたかせながら降りていく。

 既に夜だけあって、街道を歩いている者の姿はない。

 街灯のような物がなくても、セトの視力があれば、それこそ雲の隙間から降り注ぐ月の光でしっかりと街道の様子を見ることが出来ていた。

 元々暗視能力もあるだけに、セトも……そしてレイも、全く問題はなくゴルツの近くにある街道に降り立つ。

 だが、当然そのような真似をしていれば、見張りをしている警備兵には気が付かれる訳で……レイの目で見ても、明らかに警戒しているのが分かった。

 下手にこのまま近づけば、色々と不味い。

 そう考えたレイは、警備兵達に見えるように大きく手を振りながら口を開く。


「俺だ、レイだ! ちょっと出掛けていたけど、戻ってきた! 出来れば街の中に入れてくれ! それが無理でも、マジックアイテム屋に頼まれて持って来たポーションは届けて欲しい!」


 そんなレイの声が聞こえたのだろう。壁の上に立っている警備兵達の動きが、若干ではあるが落ち着いたように見えた。

 そのことに安堵しつつ、レイはゴルツの正門に近づいていく。

 すると、正門の側にあった警備兵用の小さな扉が開き……だが、そこから警備兵が出てくる様子はない。

 そのことを疑問に思うレイだったが、やがて扉の隙間から恐る恐るといった様子で声が掛けられる。


「本当にレイなのか?」

「俺以外の誰に見える? それに、ほら。セトもいるし」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトが喉を鳴らす。

 ……普通であれば、夜にグリフォンが喉を鳴らすというのは、明らかに恐怖の対象でしかない。

 だが、ゴルツの住人にとって、セトという存在は近くにあったダンジョンを攻略してくれた恩人――モンスターだが――なのだ。

 また、それなりにゴルツでセトが動き回っているということもあり、ギルムのように愛でる……とまではいかないが、それでも見て悲鳴を上げるなどということは基本的にない。

 扉の裏に幾つも用意されていた大きな……それこそ、人の身体を隠してしまえる程の盾の隙間からレイとセトの姿を確認し、今度こそ本当に警備兵達は安堵する。


「レイとセトだ」

「ああ。あー、良かった。実は盗賊とかモンスターじゃないかと思ってたんだけどな」

「俺も俺も」


 警備兵達がそんな風に言葉を交わしている中、一人の警備兵が扉から出てくる。


「普通ならこんな時間に来ても、街に入れることは出来ないんだが……今日に限っては、話が別だ。入ってくれ」

「それは助かる。……けど、いいのか? 俺は野宿することも考えていたんだが」


 そう告げたレイの言葉に、警備兵は何と言っていいのか分からず、微妙な表情を浮かべる。


「あのな、ゴルツの近くにあったダンジョンを……それも、出来たばかりとは思えないくらいに強力なモンスターがいたダンジョンを攻略して貰った恩人だぞ? そんな相手を、街の外で野宿なんてさせられるか」


 もしそんな真似をしたら、それこそ街の住人に何をされるか……そんな風に告げる警備兵の言葉は、冗談でもなんでもなく、真剣に話しているようにレイには思えた。

 レイも、別に無理に野宿をしたい訳ではない。

 宿のベッドで眠れるのであれば、それに越したことはないということで、警備兵用の扉から中に入る。

 ……ちなみに、セトはそのままの大きさでは入ることが出来なかったが、サイズ変更のスキルを使って小さくなれば、何とか入ることが出来て、正門を開けずに済んだ。

 当然のようにいきなり小さくなったセトに驚いてはいたが、希少種であるというのを前面に出せば、追求はない。

 いや、追求出来ないのではなく、希少種だと言われればそうだと納得してしまう、というのが正しいか。

 実際、普通のモンスターにできないようなことができるからこそ、希少種と呼ばれているのを考えれば、決して間違ってはいないのだから。

 もっとも、もっと力のある存在であれば、サイズ縮小というスキルを使うセトを見て希少種という言葉で納得するようなことはなかったかもしれないが。

 ともあれ、レイとセトは特に何の問題もなくゴルツに入る手続きを済ませる。


「で、これからレイはどうするんだ?」


 そんな警備兵の言葉に、レイは従魔の首飾りを掛けたセトを撫でながらやるべきことを口にする。


「取りあえず、マジックアイテム屋だな。折角持って来たんだから、ポーションを届けようと思う」

「そうか、分かった。案内は必要か?」

「いや、店の場所は覚えてるから問題ない。……それに、ゴルツで俺に絡んでくるような馬鹿がいるとも思えないしな」


 レイがダンジョンを攻略したというのは、当然のようにゴルツで知られている。

 ましてや、そのダンジョンで倒したガランギガやケルピーといったモンスターの解体を正門のすぐ側でやっていたのだ。

 特にボスモンスターのガランギガは、頭部がなかったとはいえ、その大きさはゴルツの住人にとって……いや、ゴルツの冒険者にとっても、初めて見る存在だ。

 そのようなモンスターを倒す力を持った相手に絡もうなどと考えるのは、自殺志願者くらいだろう。

 もっとも、レイだけであれば、ドラゴンローブとその体格から侮られる可能性もあるかもしれないが、今のレイはセトと一緒にいる。

 グリフォンと一緒にいる以上、レイをレイだと思えない者はいないだろう。

 警備兵もそれを分かっているのか、それ以上は引き留めるような真似をしない。

 そうして警備兵と別れたレイは、セトと一緒にマジックアイテム屋に向かう。


「グルルルゥ」


 屋台から漂ってくる食欲を刺激する香りに、セトが喉を鳴らす。

 レイもまた、セトと同様に腹を空かせていた。


「ソーミスの料理は、不味いって訳じゃなかったけど、そこまで美味くなかったしな。……まぁ、あの短時間で買ってきて貰ったんだから、しょうがないかもしれないけど」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトが残念そうに喉を鳴らす。

 もっと時間があれば、色々と美味い料理を食べることも出来たのだろう。

 だが、今回の場合に限っては、時間がなかった。

 それだけに、ソーミスの美味い料理を食べることが出来なかったのは、非常に残念だったと言ってもいい。


(機会があったら、また行ってもいいけど……ぶっちゃけ、もうソーミスに行く用事なんてそうないしな)


 ソーミスはそれなりに大きい街であるが、言ってみればそれだけの街でしかない。

 他にも同じような規模の街は幾つもあるのだから、わざわざソーミスまで行く必要は、そうないだろう。

 今回ソーミスに行く理由となった特殊なポーションに関しても、作れないのはゴルツにいる錬金術師の技量が未熟だからであって、他の街にはそれをどうにか出来るだけの技量を持つ者は大勢いてもおかしくはないのだから。

 特にレイが拠点としているギルムは、それこそ辺境故に未知の素材を求めて多くの錬金術師が集まっている。

 であれば、間違いなく今回問題になったポーションを作れる錬金術師はいる筈だった。


「まぁ、今はそんなことはいいか。それよりも、早くマジックアイテム屋に行かないとな」


 そう言いながらも、近くの屋台で売っていたパンを購入し、セトと分け合って食べる。

 パンの中にクルミに似た木の実が入っており、焼きたて……という訳ではないが、十分木の実の濃厚な味と食感がパンの美味さを引き立てる。

 だからこそ、出来ればそのパンを焼き立てで食べたかったというのは、レイにとって当然の思いだった。


「っと、見えてきたな」


 買ったパンを数個腹の中に収め、セトはレイの倍くらいを食べ終わり……そうして、若干空腹が収まった頃、目的の店が見えてくる。

 他の店は、この時間になれば当然のように既に閉店している。

 だが……幸い、レイ達が目指していたマジックアイテム屋は、まだ開いているのが理解出来た。

 何故なら、店の中にまだ明かりが点いていた為だ。

 それを見て、レイは安堵する。

 こうして戻ってきたのはいいが、実は既に店が閉まっていたらどうするかと、そう思っていたからだ。

 その場合、それこそ明日の早朝……ゴルツを発つよりも前に、このマジックアイテム屋に来る必要があった。

 勿論その程度の労力はどうということもないのだが、面倒か面倒じゃないかと言われれば、間違いなく面倒なのは間違いない。

 であれば、やはり今のうちにポーションは渡しておきたいと思うのは当然だろう。

 ましてや、そのポーションを欲している男の妹は、今も病気に苦しんでいるというのだから。

 正直なところを言わせて貰えば、もし今が何らかの事情で急いでいる時であれば、見知らぬ誰かに構っている暇はない。

 だが、既に事情を知ってしまった相手が、自分がどうにか出来るのに苦しんでいると言われれば……それを無視したりすれば、後味の悪い思いを抱いてしまうのは間違いない。

 そうである以上、レイとしてはそれを放っておくという選択を取るわけにはいかなかった。

 もっとも、苦しんでいる相手が居丈高に命令してきたのであれば、レイの性格としてスルーしただろうが。


「ともあれ、折角持って来たんだ。ここで無駄に時間を使う必要もないか」


 短く呟き、レイはまだ余っていたパンを食べているようにとセトに言い、そのままマジックアイテム屋の中に入っていく。

 扉が開く音が聞こえた瞬間、店の中にいた男が勢いよく振り向くのが見える。

 そうして振り向いたのが誰なのか、それは考えるまでもないことだろう。

 マジックアイテム屋の店員……ではなく、妹の病気を治す特殊なポーションを待っていた冒険者の男だ。


「お……おお……おおおおおおおおおおおおおお!」


 最初にレイを見て、信じられないといった様子で呟き、次に目の前にいるのが本物かどうかを確認し、そして最後には本物であると確信し、男は大きな声を上げる。

 そんな男に店員は呆れたように視線を向け……そして、何故か店の中にいたヴィヘラは満面の笑みを浮かべてレイに手を振る。


「ヴィヘラ? 何でここに?」


 雄叫びを上げている冒険者の男は放っておき、レイはヴィヘラに尋ねる。

 レイとヴィヘラが一緒にこの店に来てから、随分と時間が経っている。

 そうである以上、まさかまだヴィヘラがこの店にいるとは思っていなかったのだろう。

 だが、そのように尋ねられたヴィヘラは、笑みを浮かべて口を開く。


「あら、だって今日は私とレイのデートでしょ? なら、宿に戻る時も一緒になるのは当然でしょ」


 それはつまり、レイがソーミスに発ってからも、ヴィヘラはずっとこの店にいたことになる。


「まぁ、私もこの店に戻ってきたのは、ちょっと前なんだけど」


 ヴィヘラの言葉に、レイはあー……と、何と言えばいいのか少し迷う。

 自分を待っていてくれたことに感謝すればいいのか、それとも店の迷惑になると注意すればいいのか。

 どうするのか迷い……結局レイは、何かを誤魔化すように笑みを浮かべ、口を開く。


「ただいま」

「お帰り」

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