第1729話
マリーナの口から出た言葉。
レイの出したダンジョンの核が、間違いなくこのゴルツの側に生み出されたダンジョンの物であるという言葉に、バニラスはやがて小さく息を吐く。
……もしこれを断言したのがレイであれば、バニラスはここまですぐに信じるような真似はしなかっただろう。
それはレイが信じられる相手ではないということではなく、純粋に元ギルドマスターのマリーナの信用が非常に高かったというのが影響している。
「これが、ダンジョンの核。絵では見たことあるけど、実際に自分の目で見るのは初めてよ。……けど、何で壊れてるのかしら?」
「俺が斬ったからだな」
「……斬らないと駄目だったの?」
「多分、駄目だったと思う。それとダンジョンの核をこうして持って来た以上、あのダンジョンがどうなるか分からないから注意しておいた方がいい。特に大きいのは、空間が妙な感じになって崖が崩れる可能性もあるってことだな」
崖が崩れるという言葉に、バニラスの表情が引き攣る。
当然だろう。あれだけ大きな崖が崩れるなどということになれば、周囲に与える被害もかなり大きなものとなる。
それ以外にも、場合によってはあの崖周辺の生態系にも影響を与える可能性があるのだから。
「そう。だとすると……いえ、その前にダンジョンの中がどんな場所だったか聞かせて貰える? あの岩の植物があったのと、森になっている場所があったっていうのは聞いてたけど」
ダンジョンが消滅した時に周囲に与える影響を考えていたバニラスだったが、まずはダンジョンについての情報を聞く方が先だと判断したのだろう。
真剣な表情で視線を向けてくるバニラスに、レイは自分がダンジョンの中で経験してきたことを話す。
森で遭遇したモンスターに、岩の植物が無数に存在している空間、隠し扉とそこから続く大量に罠が仕掛けられていた通路。
そして、巨大な地底湖と本来はランクCモンスターにも関わらず、ランクAモンスター級の力を持ったガランギガ。
そんなガランギガであったが、揃っている戦力が強力だったこともあり、多少の怪我はあったものの、死人や重傷のような怪我はないままに倒すことに成功する。
ガランギガとの戦いの最中、地底湖の底にダンジョンの核があるのを発見し、ガランギガを倒した後はマリーナの精霊魔法で地底湖の水をどかせて、無事に破壊することに成功した。
その後は、ダンジョンが空間的に歪んでいる以上、ダンジョンの核が破壊されてそれがどうなるか分からず、急いで脱出し……今、こうしてゴルツにいる、と。
かなりの駆け足であったが、ダンジョンであったことを説明したレイは、話の途中で受付嬢が持って来てくれたお茶を口に運ぶ。
「まぁ、そんな感じだ」
「そう。……この前聞いた時も思ったけど、話を聞く限りだと、あのダンジョンはとてもじゃないけど出来たばかりのダンジョンとは思えないわね」
「あれだけの広さがあったり、森とかあったしな。……以前、正真正銘出来たばかりのダンジョンを攻略したことがあったけど、あのダンジョンに比べればもの凄く楽に攻略出来た」
「ああ、聞いたことがあるな。去年……あれ? 一昨年だったか? ギルムの近くにダンジョンが出来て、一時期警備兵とかがそっちに回されたことがあったな。あのダンジョンはレイが攻略したのか」
レイの話を黙って聞いていたレリューが、思い出したように告げる。
「ああ。おかげで、ダンジョンにいたガメリオンを大量に倒すことにも成功したしな。考えてみれば、美味しいダンジョンだった」
「……あのガメリオン騒動も、お前の仕業だったのか」
呆れた様子を見せるレリューだったが、バニラスは軽く手を叩いてレイ達の意識を自分に向け、口を開く。
「ダンジョンについての情報は助かったわ。それで……ガランギガの死体は当然持って帰ったのよね?」
「ああ。折角倒したモンスターだしな。色々と使い勝手も良さそうだし」
ケルピーが二匹とガランギガが一匹。
魔獣術でスキルを習得するのを考えると、レイとしては正直もっと多くのモンスターの魔石が欲しかったというのが正直なところなのだが。
もっとも、下手に時間を掛ければ色々と面倒なことになっていたというのは否定出来ない以上、不満はあれど仕方がないとも思う。
「あら、ケルピーも? ……森があったという話だし、その辺りはおかしくないわね。それで、モンスターの剥ぎ取りや解体はどうするつもり?」
「どうするって言われてもな。取り合えず後でギルド……ギルムのギルドで冬の仕事として依頼を出そうかと思ってたけど」
当然、依頼を出す前に魔石だけは取り出してから、だが。
ガランギガもそうだが、ケルピーも何気にかなりの大きさを持つ。
レイ達だけで解体や剥ぎ取りをするのは……無理ではないが、かなり時間が掛かるというのは間違いなかった。
であれば、色々と溜まっているモンスターの死体と一緒に、ギルムで解体した方がいいという判断は決して間違っていない筈だ。
折角ギルドが費用を持ってモンスターを解体してくれるということになっているのだから、ワーカーもその中にケルピーやガランギガは入っていても、許容するだろうという予想もあった。
そもそも、今回のダンジョンはワーカーからの依頼……いや、頼みを受けてやってきたのだから、そのくらいの融通はあってもいいだろう。
レイはそう思っているし、もしそれが駄目なようならマリーナ辺りに交渉を任せて、色々と引き出すつもりでいた。
(オークも相当の数仕入れることが出来たしな)
ダンジョンの森にあったオークの集落は、何だかんだとそれなりの数になる。
普通の冒険者……それこそゴルツで活動しているような冒険者にとって、オークの集落というのは脅威的な存在でしかない。
だが、レイ達にしてみれば、オークの集落というのは肉の補充場所という認識しかなかった。
勿論オークの集落にオークキングを始めとした上位種や希少種の類がいれば話は別だったが……幸い、森にある集落にいたのは普通のオークだけだ。
レイにしてみれば、出来ればオークキングがいて欲しいという思いはあったのだが。
今までレイが倒したオークキングは一匹だけで、その魔石もセトが吸収している。
であれば、デスサイズが吸収する分の魔石も欲しいし……何より、オークキングの肉は非常に美味なのだ。
普通のオークの肉ですら、かなり美味い肉なのに、それがより高位のモンスターたるオークキングの肉であれば、それがどれだけ美味いのか……
それこそ、オークキングだけを探し回りたいと思っても不思議ではないくらいの、極上の肉だ。
肉欲という言葉があるが、この場合は一般的な意味ではなく食欲的な意味での肉欲を感じさせる相手ですらある。
「ダンジョンで倒したモンスターの解体、私達に任せてくれないかしら」
「……ゴルツの冒険者に? 何でまた?」
別にゴルツの冒険者にモンスターの解体を任せるというのは、レイにとっても構わないと思っている。
だが、別にゴルツでそのような真似をする必要もない以上、レイはギルムに戻ってから……と、そう思っていただけに、バニラスからの提案はかなり予想外のものだった。
それはレイだけが感じた思いではなかったらしく、他の面々もバニラスが何を考えてそのようなことを言ったのかと、疑問の視線を向ける。
「何でって……私達だけではどうしようもなかったダンジョンを、レイ達には攻略して貰ったのよ? であれば、それに対する感謝を示すのは当然だと思うけど。ああ、勿論感謝の気持ちからの行動である以上、依頼料とかそういうのは無料でいいわ」
「……どう思う?」
視線を向けて尋ねるレイに、マリーナは少し考え、口を開く。
「別に構わないと思うわよ? ただ、その分ギルムに戻るのは遅くなるけど……」
「え」
マリーナの言葉に割り込むように声を上げたのは、レリュー。
当然だろう。ギルムに戻るのが遅くなるということは、それだけ妻のシュミネとの再会が遅れるということなのだから。
目的だったダンジョンを予想していたよりも遙かに早く攻略出来たのは、レリューにとって非常に幸運なことだった。
ダスカーからの頼みでレイ達と一緒にダンジョンの攻略をしていたものの、それでもやはり愛妻のシュミネと離れて暮らさなければならなかったのは辛かったのだから。
だが、結果としてダンジョンの攻略はレリューが当初予想していたより遙かに早く終わった。
冬まで……雪が積もるまでにはギルムに戻りたいと願っていたレリューだったが、こうして素早く攻略を終えたことにより、雪が降るのではなく、秋の中頃といった具合にはギルムに戻れると、そう思っていたからだ。
なのに、ここでケルピーとガランギガの解体をするとなれば……一日二日……場合によっては、それ以上の時間ギルムに戻るのが遅くなるだろう。
レリューにとって、それは可能な限り避けたい事態だった。
……もっとも、それはあくまでもレリューの事情であって、他の者達にとってはバニラスの申し出を受けるメリットは多い。
特にレイは、すぐにでもケルピーやガランギガの肉を確保出来るというのは大きい。
何度かケルピーの肉を食べたことがあるレイだったが、ふんわりとした肉という独特の食感は癖になる味だった。
もしギルムに戻ってから解体するのであれば、それこそ冬になって冒険者の仕事がなくなるまで待つ必要がある。
どうしても食べたくなったのであれば、レイが自分でケルピーの解体をするという方法もあるが……ギルムに戻れば、レイも相応に忙しくなり、増築工事の方に回る必要も出てくる。
であれば、ここで解体してくれるのなら任せた方がいいだろうというのが、レイの結論だった。
(ただ、あまり時間を掛けすぎればレリューが不満を爆発させかねないから、ゴルツで解体して貰うのはケルピーとガランギガだけで、オークはギルムでだな。ああ、でも折角解体して貰うんだから、オークの一匹や二匹は渡しても構わないか)
ダンジョンから落ちてきたオークの死体があったが、それでもオークの肉は需要過多なのは間違いない。
であれば、大量に死体を持っているオークの一匹や二匹渡したところで、そこまで問題はない。
寧ろ、オークの一匹や二匹で解体を頑張ってくれるのなら、レイにしてみれば願ったり叶ったりといったところだろう。
「悪いな、レリュー。俺はこの提案を受け入れようと思う」
「あー……ったく、しょうがねえな。ただ、出来るだけ早くしてくれよ?」
ここで自分だけでもいいから帰ると言わなかったのは、単純に自分が走ってギルムに向かうよりも、セト籠を使って移動した方が圧倒的に早いからだろう。
もしここでレリューが一人で帰ったとしても、結局ギルムに先に到着するのはケルピーとガランギガの解体を終えたレイ達なのだから。
それが分かっているだけに、レリューは大人しく引き下がったのだ。
……ダンジョンの攻略を予想外に早く終えたのも、レリューに若干なりとも余裕を持たせる結果となっていたのだろうが。
「ああ。それに、お前もシュミネだっけ? 奥さんにお土産でも買っていったらいいんじゃないか? 折角ギルムから離れたんだから」
「お? おお、そう言われればそうだな。お土産か。うーん、どんなのを買っていったら喜んでくれると思う?」
お土産を買ったらいいのではないかというレイの言葉に、レリューはすぐに悩み始めた。
別に今までレリューがギルムの外に行った時に、お土産の類を何も買わなかった訳ではない。
だが、愛妻家のレリューとしては、やはり妻のシュミネが喜ぶお土産を買うというのは、一大イベントなのだろう。
「いや、俺に聞かれてもな。そもそも、俺はそのシュミネって人のことを知らないんだから、どんなお土産を貰って喜ぶかなんてのは、分かる訳がないだろ。何か、この街の名物でも買っていったらどうだ? 食べ物とかでも、ミスティリングがあるから悪くなったりはしないだろうし」
「そうか!」
レイの言葉に、レリューは心の底から嬉しそうに笑う。
ゴルツで何らかの土産を買って帰れば、恐らくシュミネも喜んでくれると、そう思ったのだろう。
(操縦しやすいけど……レリューの場合、その辺りのさじ加減を間違えれば、爆発する可能性があるんだよな)
例えば、シュミネを人質にするなどといった真似をされた場合、レリューは間違いなく暴走して、そのような真似をした相手を殺すか……場合によっては、殺すよりもっと酷い真似をすることだろう。
そこまでいかなくても、迂闊にシュミネという人物に接触した場合、どのように反応するのかも分からない。
そう思いつつ、取りあえずレイはすぐに帰らずにゴルツでケルピーとガランギガの解体をすることをレリューにも承知させるのだった。
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