第1730話
レイ達がダンジョンを攻略したという話は、当然のようにその日のうちにゴルツを駆け巡った。
中には、崖にあった穴がダンジョンだとは思っておらず、それこそモンスターの巣か何かだと思っていた者も多かったのだが、そのような者達はやはり崖の壁面にある穴は巣ではなくダンジョンだったという情報と同時に、そのダンジョンが攻略された……という情報を知った者もいる。
また、ギルドマスターのバニラスはレイから聞いた情報……ダンジョンの核を破壊したことにより、ダンジョンの中の拡張されていた空間がどうなるか分からないということから、ダンジョンに近づかないようにとギルドで布告を出す。
本来ならそのように命じたいところなのだが、残念ながらそんなギルドマスターにそんな権限はない。
だからこそ、出来るだけ近づかないようにとしたのだ。
もっとも、そのように言われれば寧ろ何かがあるのではないかと、ダンジョンに近づく者もいる。
そのような相手までは手が回らず、バニラスは自己責任、自業自得と考えてそれ以上は何もしなかった。
何だかんだと、バニラスはゴルツの中でも強い影響力を持っている一人だ。
もしこの件で責めようとしても、前もってしっかりと言っておいたと言われれば、誰も反論は出来ない。
ともあれ、ゴルツの中はそんな風に騒ぎになっているのだが……レイ達はといえば、特に何をするでもなく宿に戻り、食事をし、眠りに就いた。
そうして翌日……
「では、レイさん。まずはケルピーをお願いします!」
ギルド職員の言葉に、レイはケルピーをミスティリングから取り出す。
馬型のモンスターだけに、ケルピーはそれなりに大きい。
少なくても、ゴルツにいる冒険者なら初めて見る者の方が多いだろう。
ざわり、と。
ギルドからの依頼を受けて、解体をする為にやって来た冒険者達がケルピーの姿を見て驚きの声を大きくする。
「はいはい、皆さん落ち着いて下さいね。ケルピーはもう死んでるので、いきなり蘇って襲いかかってきたりはしませんので安心して下さい。それに、このケルピーで驚いているようでは、次のを見たら腰を抜かしてしまいますよ」
そう告げるギルド職員に案内され、ケルピーから少し離れた場所に移動する。
(街の外で普通にこうやって解体出来るってのは、いいよな。ここがギルムだと、解体の途中でモンスターとか襲ってくる可能性が高いし。ああ、でもゴルツでもモンスターじゃなくて猪とか熊とか狼とかの獣が襲ってくる可能性はあるのか)
特に今は秋で、冬眠する熊にしろ他の動物にしろ、少しでも多くの栄養を必要としている。
そのような時にこうして街の側とはいえ、外でモンスターの解体をしていれば、それは絶好の獲物だろう。
もっとも、セトの存在がいる限り、余程空腹でもなければそのようなことはないだろうが。
ともあれ、モンスターが大量に存在するギルムよりは圧倒的に楽なのは間違いなかった。
「出すぞ」
一応そう断り……そして、次の瞬間レイはミスティリングの中からガランギガの死体を取り出す。
再びざわめく冒険者達。
もっとも、セトの一撃によって頭部を失っている以上、その死体は巨大ではあってもどこか締まらないところがあるのは間違いないが。
それでも、ガランギガの巨大さはゴルツの冒険者達にとっては、完全に予想外の代物だった。
とてもではないが、この辺りで見ることが出来るようなモンスターではないのだから、それも当然だろう。
頭部を失ったことにより、その傷口から血が流れ始める。
普通であれば前日に倒したモンスターの死体なら、血抜きは完全に出来ているのだが、ミスティリングに収納されていた以上、ガランギガは仕留めた当時のままだ。
秋晴れの天気の中に周囲に強烈な血の臭いが漂う。
「じゃあ前もって決められた通りに別れて、解体を開始して下さい。念の為に言っておきますが、素材や魔石、討伐証明部位といった物を盗むようなことは絶対にしないようにお願いします。ギルド職員も見張ってますので、もしそのような真似をしたら……」
説明していたギルド職員は、そこで一旦言葉を切る。
具体的にどうするのかということを言わない為か、話を聞いていた者は余計に恐怖を煽られた。
もっとも、今回の解体に参加する者は、レイ達がどのような人物なのかは当然のように知っている。
そうである以上、迂闊にモンスターの素材等を盗むなどという真似をして、異名持ちの高ランク冒険者や……ましてや、グリフォンのセトを敵に回すような真似が出来る筈もない。
……若干後ろ暗いところがあるような者もいたが、ギルド職員の見ている前で余計なことはしないし、出来ないのは間違いなかった。
「じゃあ、レイさん。モンスターの解体の方はこちらに任せて下さい。このくらいの大きさだと……早ければ昼くらいには終わると思いますけど、どうしますか? 勿論、待っていて貰ってもこちらは構いませんし」
ギルド職員にしてみれば、抑止力という意味でもレイがいれば、それはそれで楽が出来るという考えなのだろう。
だが、レイはそんなギルド職員の言葉に、あっさりとその場を去ることを決める。
「俺も色々とゴルツを見て回りたいから、ここは任せる。ギルド職員がいれば、素材とかを盗まれるなんてことはないだろうし」
「分かりました。では、ゴルツを十分にお楽しみ下さい」
出来ればこの場に残って欲しいと思っていたギルド職員だったが、街を見て回ると言われれば、それを拒否するような真似は出来ない。
それに、ギルド職員にとってもゴルツは愛する故郷だ。
そのような場所を見て回るというのだから、それを喜びこそすれ厭うといった真似はする筈もない。
「じゃあ、俺はお土産を買ってくるから、行くぞ!」
真っ先にその場を離れたのは、当然のようにレリュー。
愛する妻への土産を購入する為に、自分がどれだけ持っているのかを考えつつゴルツに向かう。
仮にも異名持ちのランクA冒険者である以上、レリューの持っている金があれば街中で売ってる代物であれば大抵の物は購入出来るのだが……本人は、どのようなお土産を買うのかだけを考えており、その辺りについては考えが及んでいないといったところか。
「あー……まぁ、頑張ってくれ」
レリューの後ろ姿に、微妙にやる気のない声を掛けたレイは、さて自分はどうするか……と迷う。
ゴルツを見て回って、何か面白そうな物や珍しい食材、もしくは……ある可能性は非常に低いが、掘り出し物のマジックアイテムといったものを探すというのもいい。
また、ゴルツに来てからは何だかんだとダンジョンに集中していた為に、ゴルツの名物料理といったものがあれば、それも食べてみたいという思いがあった。
「私はヴィヘラとビューネの二人と一緒にちょっと用事があるから、レイはエレーナと一緒に見て回ってきたら?」
「マリーナ……いいのか?」
マリーナの言葉に、エレーナは本当にいいのか? と尋ねる。
何故なら、それはエレーナにレイと二人きりでゴルツを見て回る……デートをしてこいと言ってるのだから。
勿論、エレーナにとってマリーナの口から出た提案は、これ以上ない程に嬉しいものだ。
好きな……愛している男と二人きりでデート出来るのだから、外面は姫将軍でも内面は乙女のエレーナにとって、非常に嬉しい。
「ええ。私やヴィヘラはいつでもレイと一緒にいられるけど、エレーナは立場上、いつかギルムを離れる必要があるでしょう?」
「それは……」
マリーナが口にしたのは、間違いのない事実だ。
今はレイと同じパーティに所属しているかのように行動しているエレーナだし、家の方からもそのようにするように暗に勧められている。
だが、名目上は貴族派がギルムの増築工事に余計なちょっかいを掛けないように監視するというものだ。
もっとも、現在その仕事はギルムに残ったアーラが一手に引き受けているが。
ともあれ、それだけにエレーナは何かあった場合には貴族派の姫将軍として行動する必要があり、ギルムから出て行かなければならない可能性もあった。
だからこそ、レイと一緒にいられるうちにデートを楽しんでおけと、マリーナは暗にそう言っているのだ。
それに気が付いたエレーナは、嬉しいような残念なような……複雑な表情を浮かべつつも、頷く。
「うむ。では、折角だしそうさせて貰おう。……レイ、構わないか?」
「ん? ああ。俺は別に構わないけど。セトはどうする?」
「グルゥ? グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは空を見上げながら鳴き声を上げる。
そんなセトの鳴き声を聞き、ゴルツの冒険者達の中には驚いた者もいたのだが、レイ達はそれに構わずに会話を続けていた。
「そうか。久しぶりに思う存分飛んでくるといい。ただ、夕方くらいには戻るんだぞ」
「グルゥ!」
たまには自分だけで空を飛び、気ままにモンスターや動物を狩って食べると告げたセトをレイは撫でながらそう告げる。
そんなレイに、セトは顔を擦りつけてから離れ、その場から離れると数歩の助走で翼を羽ばたかせて飛び去った。
「さて、セトも行ったことだし、私達もそろそろ行動に移りましょうか。イエロは私達に任せなさい」
マリーナはそう言いつつ、イエロを捕まえるとエレーナをレイの方に押してくる。
エレーナは自分を押したマリーナに、若干の抗議と感謝の視線を向けると、レイに話し掛けた。
「では、私達も行こうか」
「そうだな。何か面白い物があればいいんだけど」
「ふふっ、レイが好むような物が、そう簡単にあるとは思えぬがな」
嬉しそうに笑みを交わしつつ、レイはエレーナと共にゴルツの中に戻っていく。
それを見送っていたヴィヘラは、マリーナとビューネの二人に声を掛ける。
「さて、それで私達はどうするの? ゴルツの中を見て回って、レイ達とばったり……ということになるのは、あまり面白くないと思うけど」
「そうね。なら……ちょっとギルドに行ってみる?」
「えー……わざわざギルドに行くの? 折角の休みなのに」
「休みだからこそ、よ。ギルドの酒場でちょっと面白い料理を見つけたんだけど、興味はない?」
「ん!」
マリーナの言葉に真っ先に食いついたのは、当然のようにビューネだ。
ビューネにとって、面白い料理というのはそれだけの影響力を持っていたのだろう。
そんなビューネの様子を見て、ヴィヘラはしょうがないと呟く。
ヴィヘラにしてみれば、特にゴルツでやるべきこと、やりたいことはないので、ギルドの酒場に行っても特に問題はないと判断したのだろう。
もしこれで、実はゴルツに強者がいるということにでもなれば、ヴィヘラはそっちに行こうと主張していたか、それとも別行動をとっていただろうが。
ともあれ、こうして全員の今日の予定が決まり、それぞれが散っていった。
「……異名持ちの冒険者、か。こうして見ているだけでも、雰囲気あるよな」
ケルピーの解体に回された、二十代半ばの冒険者の男が、去っていくマリーナ達を見ながら呟く。
もっとも、そうして呟きながらも男の視線はヴィヘラの後ろ姿……娼婦や踊り子の如き薄衣から見える、その魅惑的な曲線に目を奪われていたのだが。
「ふ、ふんっ! 俺だっていつかあのレイって奴みたいに有名になってみせるさ!」
そんな男の側にいた、まだ十代半ば……それこそ外見年齢で考えればレイとそれ程の差がないだろう男、いや少年が負けん気も露わに呟く。
この少年にしてみれば、自分と年齢がそう変わらないだろうレイが、異名持ちの高ランク冒険者という立場にいるのが妬ましいのだろう。
ヴィヘラの後ろ姿に目を奪われていた男は、そんな少年の言葉に微笑ましそうな表情を浮かべる。
自分も冒険者になったばかりの頃は、常に上へ、上へと考えていたと。
勿論、今だって上に……よりランクの高い冒険者になることを、諦めた訳ではない。
だがそれでも、二十代も半ばになってしまえば、そろそろ自分の才能がどのくらいのものなのかというが、大体分かってしまうのだ。
少なくても、男は自分はどんなに頑張ってもランクC冒険者になれるかどうかといったところで、ランクBやランクA、ましてや異名持ちの冒険者になれるなどという考えは持っていなかった。
「そうか。ま、頑張れ。ひたすらに上を目指して走り続けるってのは、若い奴の特権だしな。ゴルツで腕を磨いて、ある程度の強さを得たら、ギルムに行ってみたらどうだ? そうすれば、ゴルツでは見えなかったものも見えてくるかもな」
「当然だろ。俺だってギルムで活躍してみせるさ!」
そう叫ぶ少年の頭を軽く叩き、男はケルピーの解体を始めるべく行動を開始するのだった。
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