第1728話
ダンジョンのある崖の壁面から姿を現したレイやセト達の姿は、崖下でモンスターが落ちてくるのを待っていた冒険者達が最初に見つけた。
もっとも、レイ達がダンジョンの中に入ってからは、殆どモンスターが落ちてくるようなことはなかったのだが。
……レイ達が森でゴブリン、コボルト、オークの集落をかなりの数減らした影響が直接出たのだ。
そのことに不満を持つ者も多少いたが、ここがダンジョンの可能性が高いというのは当然のように多くが知っていた。
だからこそ、ダンジョンを攻略してくれているレイ達に対して、不満を直接口にする者は多くはない。
中には若干稼ぎが少ないといった風にぼやく者もいたが。
「おい、あれ! グリフォンだ! ってことは、ダンジョンを攻略したのか!?」
「いや、まさか……それにしちゃ早すぎるだろ。多分、何か必要な道具とかがあって、一時的に撤退してきたんじゃないのか?」
「どうせ、ダンジョンを攻略出来なくて逃げ出して来たんだろ」
そんな話をしている間にも、やがてセトは地上に向かって下りてくる。
セトの足に掴まっていた者達がそれぞれ下り、続いてレイを背中に乗せたセトが地上に降りる。
セトの姿を見て色々と話していた者達も、間近にセトやレイ達がいるのを見れば、聞こえる距離で何かを言うようなことは出来ない。
もっとも、それはレイ達を知らない相手であればの話で……レイ達と顔見知りの相手であれば、話は別だ。
「おお、戻ってきたのか!」
そう言ってレイに声を掛けたのは、レイ達が最初にダンジョンに入る途中で多少話した冒険者だ。
ダンジョンを攻略して欲しいと、そう言ってきた相手。
「それで、どうだったんだ? ダンジョンの中は。攻略するのはやっぱり難しそうなのか!?」
「いや、攻略してきた」
「……え?」
ダンジョンの中がどのような状況になっているのか、それを聞ければと思って声を掛けた男だったが、レイの口から出て来たその言葉を最初理解出来なかった。
何を言っているのか、と。
当然だろう。ダンジョンというのは、普通挑んで数日でどうにか出来るようなものではない。
特にダンジョンに直接挑んだことのない者にしてみれば、それだけダンジョンという存在について過大に評価することも珍しくはない。
レイに話し掛けてきた男も、そのようなタイプだったのだろう。
「えっと、それは冗談か何かか?」
「いや、正真正銘本当だよ。ほら」
そう言い、レイが見せたのはデスサイズによって切断されたダンジョンの核。
だが……ダンジョンというものに挑戦したことがない男にとって、それが何なのか分かる筈もない。
「何だよ、それ」
「ダンジョンの核」
「嘘っ!? 本当か!?」
レイの口から出たダンジョンの核という言葉に、周囲で男とレイの会話に耳を傾けていた者達も、そちらに意識を集中する。
まさか、このような場所でダンジョンの核を見ることが出来るとは、思ってもいなかったのだろう。
レイと話すのをその男に任せていた他の者達も、ダンジョンの核が出てくるようなことになれば、レイから話を聞きたいと思ってもおかしくはない。
「な、なぁ。そのダンジョンの核はどうするんだ? いや、何に使える?」
「俺の知り合いの知り合いの知り合いに、有名な商人がいるんだけど、それを売る気はないか?」
「錬金術の素材とかにも使えるって話を聞くけど、それって本当なのか?」
それ以外にも、様々な者達がレイの持つダンジョンの核に興味を示す。
もっとも、中には明らかに詐欺か何かだと思われるようなことを言っている者もいたが。
「悪いけど、これは俺が持っておく。何に使えるか俺には分からないけど、錬金術の素材とかには使えそうだし」
そうレイが言えば、殆どの者が残念そうにしながらも、それ以上は何も言わずに諦める。
何人かは、何とかレイからダンジョンの核を奪えないかといったように一瞬考えた者もいたが、数日でダンジョンを攻略したような相手に強引な真似をしても、自分の命を縮めるだけだというのはしっかりと理解していた。
そのような相手がいるのは、レイも理解していた。
だが、実際にそのような相手が自分に手を出してくるという可能性はまずないだろうと判断し、そのまま特に何をするでもなく口を開く。
「さて、じゃあ悪いけど、俺達はそろそろゴルツに戻ろうと思う。ダンジョンを攻略したばかりだから、疲れてるんだよな。しっかりと休みたい。ギルドに報告する必要もあるし」
「え? あ、ああ。そうだよな。ダンジョンを攻略したんだもんな。そりゃあ疲れるか」
レイ達の中で一番疲れているのは、当然のように地底湖の水を大きく操ったマリーナだ。
だが、他の面々も精神的な疲れという点ではそう変わらない。
ダンジョンの攻略というのは、そう簡単に出来るものではないのだから。
ましてや、レイ達は殆ど成り行きでいきなりボスに挑むようなことになってしまった。
そしてダンジョンの核を破壊した後は、いつダンジョンが消滅なりなんなりしてもおかしくなかった中を、急いで脱出してきたのだ。
それで、疲れないという訳がない。
「な、なぁ、それで……あのダンジョンって、これからどうなるんだ?」
「それを俺に言われてもな。正直なところ、分からないとしか言いようがない」
もしこれでダンジョンの中が、普通の場所……洞窟のようにそのままの場所であれば、特に変わった様子もないだろう。
だが、今回の場合は明らかにダンジョンの中の空間が歪んでいた。
そうでなければ、地底湖や……ましてや、太陽のような存在すらある森などというものは、到底あの崖の中に収まるような代物ではない。
ましてや、レイ達は森から岩の植物のいる空間に行き、そこから隠し扉を見つけて地底湖に……ボスのいる場所まで真っ直ぐに進んだ。
そう考えると、恐らく森には他に幾つも階段の類があった可能性があり、そのような場所に繋がっていてもおかしくはない。
であれば、余計にあの崖の内部の空間だけでそれをどうこう出来る筈もなかった。
「分からないって……もしかして、あの崖が崩れるとか……そういう可能性もあるのか?」
「最悪の場合、その可能性もあるだろうな。だからこそ、このダンジョンはこれからしっかりと注意して見ていた方がいいぞ。最悪の場合に備えてな。それに……中の空間がどうなるか分からない以上、ダンジョンの中にいたモンスターがどうなるかも分からないし」
崖が崩れ、それを生き残ったモンスターが外に出てくるという可能性は十分にあるのだ。
今まではダンジョンの出入り口が崖の中程……かなり高い場所にあったので、ゴブリンを始めとして空を飛べないモンスターは地面に落ちて死んでいた。
それにより、ゴルツの住人は特に何もしなくても討伐証明部位や魔石、素材……場合によっては肉すらも手に入れることが出来ていたのだが……これからは、そのような真似は出来ない。
ダンジョンの生き残りと戦い、その相手に勝ってようやくそれらを入手出来るということにもなりかねない。
もっとも、それが普通なのだが。
「……分かった」
レイの言葉から、その危険性を理解したのだろう。男は真剣な表情で頷く。
それを確認したレイは、再びセト籠を出してゴルツに戻るのだった。
ゴルツにあるギルドに入った瞬間、中にいた冒険者やギルド職員の視線がレイ達に集まる。
レイ達がダンジョンに挑んでいるというのは当然ゴルツの住人には知れ渡っており、そして昨日はダンジョンで野営したのでゴルツに戻ってくるようなことはなかった。
中にはレイ達が戻ってこなかったことから、もしかして全滅したのではないか? と言う者もいたのだが……こうしてレイ達全員がギルドに姿を現したことで、その噂は即座に消滅してしまう。
レイも自分達がどのような視線を向けられているのかを理解しつつも、その視線は特に気にした様子もなくカウンターに向かう。
レイ達が近づいてくれば、その存在に驚いていた受付嬢も我に返り、笑みを浮かべて口を開く。
「レイさん、いらっしゃいませ。こうして戻ってきたということは、また何か珍しい物でもみつけたのですか?」
「いや、ダンジョンの攻略は無事に終了したから、その報告にな」
「……え?」
ざわり、と。
周囲で聞き耳を立てていた者達も、レイの口から出た言葉に唖然として、近くにいた仲間達と視線を交わしたり、聞き間違いじゃなかったのかといった風に確認する。
その驚きは人伝にギルドの中にある酒場で少し早い宴会をしていたような者達にまで伝わった。
酔っ払っているからこそ、普通であれば出来ないような行為をする者もいる。
「おいおいおいおい、もうダンジョンを攻略してきたって? 嘘だろ!?」
顔を赤くしながらそう叫ぶ男に、周囲の仲間達は何とか落ち着かせようとする。
「おい、ダズーラ。その辺にしておけ。向こうは異名持ちの冒険者だぞ。お前が絡んでいいような相手じぇねえんだよ!」
「ほら、水を飲んで。全く、普段は真面目なのに、酒を飲むとこうなるんだから。あ、すいません皆さん。私達のことは気にしないで下さい」
男女一人ずつが、レイに……そして他の冒険者達に向かって頭を下げる。
ゴルツという街は、典型的な田舎の街だ。
それだけに、冒険者もそれぞれが顔や名前くらいは知っているという者達が多い。
そのような場所で、異名持ちの高ランク冒険者に絡むような真似をすればどうなるか……ダズーラの酒癖についてはそれなりに知られているので、そこまで大きな問題にはならないと思うが、それでも明日以降厄介な事態になりかねない。
そうならないようにと、仲間の二人は慌てて頭を下げたのだ。
だが、酔っ払って気が大きくなっているダズーラにしてみれば、そのような仲間の気遣いは知ったことではないと、レイに向かって声を掛ける。
「なぁ、おい。本当にダンジョンを攻略したのかよ。なら、その証拠を見せてくれよ、証拠を……ひっく」
酔っ払っているダズーラを一瞥したレイは、すぐに興味をなくしたように受付嬢との話に戻っていく。
「それで、ギルドマスターに面会をしたいんだけど、構わないか?」
「え? あ、はい。ではどうぞ。ギルドマスターからも、レイさん達が来たら、すぐ通すように言われてますので」
受付嬢の言葉は真実でもあるが、本来ならレイ達が来たということを知らせる必要があった。
そのような真似をしなかったのは、もしここでレイ達をそのままにしておけば間違いなくダズーラが絡んで騒動になると判断したからだろう。
ダズーラとパーティを組んでいる男女二人のメンバーは、そんな受付嬢の思惑を理解したらしい。声には出さなかったが、軽く頭を下げて感謝の態度を示していた。
そうしてレイ達はカウンターの中に入っていき……その場に残され、これ以上ない程に無視された形になったダズーラは、何かを言おうとするものの……仲間の二人が強引に引っ張ってギルドの外に連れ出す。
本来ならまだ金を払っていないので食い逃げだと騒がれてもおかしくはないのだが、顔馴染みが多いだけに、ダズーラの酒癖の悪さを知っている者が多い。
すぐに金を払いに来るのだろうと、特に咎める声はなかった。
……寧ろ、ダズーラをこの場に残してレイと揉めるようなことにならない方が重要という認識でその場にいる者達の意思は一致していた。
そうして、レイの姿が消えた後で、一連の行動を見ていた者達は大きな騒ぎにならなかったことに安堵することになる。
「おや、戻ってくるのが早かったわね。それで、今度は何を持って来たの? 言っておくけど、まだあの岩の植物については何も分かってないわよ」
執務室に入ると、ギルドマスターのバニラスはレイ達を見てそう言う。
ソファに座るように言い、受付嬢に飲み物と何か軽い食べ物を持ってくるように言ってから、改めてバニラスはレイ達に向き合った。
そんなバニラスに、レイは笑みを浮かべる。
「何を持って来たのかと言われれば、これを持って来たというのが手っ取り早いだろうな」
そう言い、ミスティリングから取り出したのはダンジョンの核。
ギルドマスターだけあって、バニラスはレイが出した物が何なのか、すぐに理解した。
理解はしたが……信じられないような表情でレイを、そしてレイ以外の面々を見つめる。
そうして最後に視線が向けられたのは、まだ少し疲れた様子を残している様子のマリーナ。
元ギルドマスターということもあり、マリーナであれば自分の言いたいことを分かってくれるだろうと。
そんな視線を向けられたマリーナは、小さく頷きを返す。
「間違いなく、このダンジョンの核は私達が挑んでいた、あの崖の壁面にあるダンジョンの核よ」
そう、断言したのだった。
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