第1717話
ダンジョンの二階にある森で野宿したレイ達は、次の日も当然のように周囲を探索していた。
普通であれば、野宿というのは完全に疲れをとることは出来ない。……場合によっては、寧ろ寝る前よりも疲れたと感じることも珍しくはない。
だが、レイ達はマジックテントがあり、その中でぐっすりと眠れば当然のようにきちんと疲れはとれる。
もっとも、レイとレリューの二人はベッドではなくソファや床で眠るのだが……それにしたって、野宿とは比べものにならないくらいに快適なのは間違いない。
そんな訳で、レイ達は万全に近い状態で森の中を進む。
「グルゥ!」
森の中を進んでいる途中、不意にセトが鳴き声を上げる。
その鳴き声から敵が近くにいると判断したレイ達は、全員が戦闘準備を整え……だが、それから十数秒が経っても、どこからも敵が攻撃してくる様子はない。
「これは……セト?」
デスサイズと黄昏の槍を構えたレイが、鳴き声を上げたセトに視線を向ける。
その視線を向けられたセトは、やがて一行の先頭に出ると……
「グルルルルルゥ!」
大きく鳴き声を上げ、同時にセトの周囲に五本の土で出来た矢が生み出される。
セトの持つ、アースアローのスキルだ。
……もっとも、まだレベル一で土の矢の本数もそこまで多くはなく、威力も決して強力ではないのだが。
それでも、今回のような場合は全く問題なく使えた。
何故なら、敵を倒すのではなく……
「ギシャアアアアアアア!」
アースアローが木の幹に突き刺さったかと思うと、そんな声が周囲に響き渡ったからだ。
そして、アースアローが突き刺さった場所のすぐ近くには、いつの間にか顔が浮かび上がっていた。
「トレントか? ……けど、トレントってこんな鳴き声だったか?」
トレントの森で戦ったトレントのことを思い出しながらレイが呟くが、アースアローによって先制攻撃されたトレントは、そんなレイ達の態度など関係ないと、大きく枝を振るう。
すると次の瞬間、トレントの枝についていた葉が放たれる。
葉の投擲……というのは、言葉だけで考えれば、そこまで強力な攻撃には思えない。
だが、実際には放たれた葉は、投擲用の短剣の如くレイ達に向かって降り注ぐ。
(いや、短剣じゃなくて手裏剣とかチャクラムとか、そんな感じか?)
咄嗟にマリーナの精霊魔法で生み出された風の障壁により、あらぬ方に向かって逸れていく無数の葉を見ながら、レイは日本で見た漫画に出て来た投擲武器を思い出す。
(そう言えば、この世界で投擲用の武器ってのはそう多くないな。俺があまり見たことがないだけかもしれないけど)
一番多用されるのは、投擲用の短剣。
それ以外にも幾つかあるが、レイが見る機会が多いのはビューネの長針だろう。
レイの持つネブラの瞳も分類としては投擲武器に近いか。
(今度手裏剣を作ってみるか? ただ、俺が知ってる手裏剣ってのは、結局漫画とかで見た知識しかないからな。それが本当に役立つのかどうかは、それこそ実際に試してみる必要がある)
レイが知っている手裏剣は、手裏剣と言われればすぐに思いつくような十字手裏剣の類だ。
そのような手裏剣が本当に使えるのかどうかは、それこそ実際に一度試してみて使ってみなければ分からないだろう。
(使えるなら、それなりに流行りそうだけど。……どうだろうな)
レイが手裏剣について考えている間にも、セトによって正体を見抜かれたトレントの攻撃は止まない。
葉だけではなく、紫の斑模様をした実を投擲してくる。
だが、葉ではなく実であっても、マリーナが作り出した風の障壁により受け流され、近くにあった木にぶつかった。
すると、木の幹にぶつかった衝撃で実は潰れ……潰れた実から液体が出ると、木の幹が薄らと溶け始める。
「溶解液の詰まった実かよ。嫌な植物だな」
その木を見ながらレリューは心底嫌そうに言い、やがて長剣を手にしたままマリーナに声を掛ける。
「ギルドマスター、風の障壁を解除してくれ。あのトレントは強い訳じゃないけど、厄介だ。一気に仕留めてくる」
「ええ、分かったわ。……けど、私はもうギルドマスターじゃないのよ」
「あー…悪い、マリーナ……さん」
レリューはギルムで頭角を現し始めた時、何度となくマリーナに助けられたことがあった。
当然その恩は感じているので、どうしても呼び捨てという風には出来なかったのだろう。
……実はレリューは、内心でマリーナを呼び捨てにしているレイを凄いと思っているのだが、それを表に出すような真似はしなかった。
「ふふっ、じゃあいいわね?」
そんなレリューの気持ちはお見通しだと言いたげに笑みを浮かべつつ尋ねたマリーナに、レリューは照れ隠しの意味も込めて、無言で頷く。
それを見たマリーナは風の精霊にお願いし……次の瞬間、一瞬だけ風の障壁の一部分が解除される。
風の障壁が解除されたのは、本当に一瞬、一秒にも満たない時間ではあったが、レリューにとってはそのくらいの時間があれば十分だった。
瞬時に風の障壁から抜け出したレリューは、愛用の長剣を手にトレントとの間合いを詰める。
トレントもそんなレリューの姿に気が付き、自分にとっての脅威と認めたのか、次々溶解液の詰まった実や鋭利な斬れ味を持っている葉を投擲する。
だが、レリューは自分に向かって飛んで来るそれらの攻撃を、全て回避する。
驚愕すべきは、回避はしつつも一切前進する速度を緩めていないということだろう。
速度を緩めず前に進みながら、全ての攻撃を長剣すら振るうことなく、体捌きだけで回避していく。
そんなレリューは、トレントにとって脅威以外のなにものでもなかったのだろう。
攻撃の密度をより濃くしていくが……レリューにとって、その程度の攻撃を回避するのは難しい話ではない。
最終的には鞭の如く振るわれた枝の一撃すら放つが、それもレリューにはあっさりと回避されてしまう。
「はぁっ!」
結局、一度として攻撃は命中することがなく……それどころか、かすり傷すらつけることもなくレリューの接近を許し、レリューは鋭い気合いと共に長剣を一閃する。
その一閃により、大人の胴体程の太さを持っていたトレントは切断され……やがて地面に倒れ込む。
樵のように斧を何度も振り下ろして木を伐採するのではなく、長剣の一閃によって木の幹を切断する。
それがどれだけの技量を必要とするのかは、それこそ想像するまでもないだろう。
……もっとも、この場にいる殆どの者が同じような真似が出来るのだが。
「いい剣筋ね。また腕を上げたみたいで、何より」
風の障壁を解除しながら、マリーナはレリューにそう告げる。
率直なマリーナの褒め言葉に、レリューは少しだけ照れた様子を見せながらも、トレントの死体に視線を向けた。
「普通のトレントよりも少し強かったような気がするけど、トレントの希少種か上位種か?」
普通のトレントであれば、溶解液の詰まった実を投擲するなどといった真似はしない。
そう言葉を続けるレリューの言葉に、皆が言葉に詰まる。
そんな中、レイが疑問を口にする。
「希少種って割には、普通のトレントとそんなに変わらないような相手に思えたけど? あの溶解液の詰まった実は驚いたが、言ってみればそれだけで、純粋な強さそのもので考えれば、普通のトレントとそんなに違わなかったし」
「……けど、あの溶解液の実って点だけで、十分希少種認定してもいいと思うが?」
「その辺りの詳しいことは、このトレントをギルドに持って行って、報告してから決めましょう。……幸い、私達はトレントを持ち帰るのに苦労はしないんだし」
死んだトレントは、言ってみれば普通の木とそう変わらない。
つまり、幹で切断された木を持って帰る……ということになる。
それも、崖の壁面にあるダンジョンから。
普通であれば不可能に近いことだが、ミスティリングを持っているレイがいれば、話は別だった。
「そうするか。もし希少種とかじゃなくても、トレントは結構な金になるしな」
ギルムの増築工事を見れば分かるように、トレントは建築資材としても非常に好まれている代物だ。
また、建築資材に使えない枝であっても、魔法使いの杖やマジックアイテムの素材としては十分に使える。
……もっとも、ギルムの近くに存在するトレントの森にいたトレントは、普通のトレントとは違うので杖や錬金術の素材としては使えないのだが。
ミスティリングにトレントの死体を収納したレイを見て、レリューは改めて驚く。
こんな巨大な木を、よくもまぁ……と。
だが、驚きの視線を自分に向けているレリューに、レイはレリューが倒した獲物を自分が奪ったように見られていると勘違いしたのか、慌てて口を開く。
「安心しろ。このトレントの分の金は、きちんとレリューに渡すから」
「あん? いや、別にトレントの分の報酬はいらねえぞ。今回俺が一緒に来てるのは、あくまでもダスカー様からの依頼……いや、金は貰ってないから、要望か? そんなもんだし。それに、美味い料理とかも食わせて貰ってるからな」
言葉には出さなかったが、セトと一緒にいることが出来るというのも、レリューにとっては大きい。
寧ろ、ここまでセトと一緒に行動出来るのであれば、何度でも無料で援軍に来てもいいとすら思っていた。
……セト愛好家の鑑と表現してもいいだろう。
もっとも、ミレイヌやヨハンナのようにセト愛好家であれば、レリューと同じような感想を抱くだろうが。
「そうか? そう言ってくれるなら、こっちとしても助かるよ。……さて、じゃあ次に向かうか。次はどんなモンスターが出てくるのやら」
そんな風に言いながら、レイ達は再び森の中を進んでいく。
だが、そんな中で襲ってくるモンスターは、それこそゴブリン、コボルト、オークといった風に、既に慣れているモンスターが殆どだ。
それ以外には、やはり森ということもあってトレントの類がそれなりにいる。
そうして歩き続けること、数時間……もう少しで昼になるという頃、レイ達の前に川が姿を現す。
もっとも、川と言ってもそこまで広い川ではなく、小川と呼ぶ程度の川だったが。
「ここで一休みするか」
レイの言葉に誰も反対せず、川の近くで昼の休憩をとることになる。
秋になっても、まだ日中はそこまで寒さは感じない。
川が近くにあっても、寒さよりは寧ろ爽やかさすら感じることが出来た。
……もっとも、そう感じるのは流れているのが小川だからかもしれないが。
「で、昼飯は何だ? 今日の朝食も美味かったし、昼食にも期待したいんだがな」
嬉しそうに尋ねるレリューの言葉に、レイは野菜や海で採ってきた魚がたっぷりと入った、辛みのあるスープと、大量のサンドイッチ、オーク肉の串焼きを取り出す。
勿論セト用に大きなブロック肉の類も忘れずに用意はしてある。
そうして、ダンジョンの中で食べるとは思えない程に立派な食事を楽しんでいると、不意にイエロが飛び立つ。
何を考えて急に飛び立ったのかが分からず、話をしていたレイ達はそんなイエロの行動に視線を奪われる。
「キュウ、キュウキュウ!」
近くに生えている木の枝に着地したイエロは、短く鳴き声を上げながら何らかの作業をしている。
下からは、枝や葉が邪魔でイエロが何をしているのか分からなかったが、やがて数分が経過すると、枝の上にいたイエロが降りてくる。
ただし、枝まで飛んでいった時はイエロ一匹だけだったにも関わらず、枝から下りてきたイエロは巨大な尻尾――それこそ体長の半分以上の大きさ――を持つリスを持っていたが。
一瞬、獲物として捕らえたのか? と思ったレイだったが、それであれば、イエロはすぐにリスを殺していただろう。
人のような相手に致命傷を与えることが出来る程ではないが、イエロの持つ爪や牙は鋭い。
あのリス程度の獲物であれば、それこそ殺すことは容易に出来るだろう。
にも関わらず殺さなかったということは、イエロは殺すのではなく、それ以外の目的でリスを捕まえたことになる。
「ダンジョンの中でも、森なんだから動物がいてもおかしくはないけど……あら、怪我をしてるわね」
ヴィヘラの言葉通り、リスは身体の数ヶ所に傷があった。
「ふむ、ではイエロはそのリスを助けたいと思って連れて来たのか」
「キュ!」
エレーナの言葉に、イエロはその通りと鳴き声を上げる。
「どうする? ポーションならそれなりにあるけど。使うか?」
「いえ、このくらいの傷なら、私の精霊魔法で十分よ」
ミスティリングからポーションを取り出そうとしたレイに、マリーナは短く告げて水の精霊魔法でリスの傷を覆う。
すると、次第にその傷は消えていき……リスは不思議そうに、自分の身体を覆っている水を見つめるのだった。
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