第1716話

「んー……まぁ、こんなものか」


 満足そうにいい、レイは隣にいるセトの頭を撫でる。

 大好きなレイに頭を撫でられたセトは、気持ちよさそうに目を瞑る。

 ご機嫌な様子なのは、レイに撫でられているということもあるが、やはり魔石を二つ吸収し、二つのスキルがレベルアップした為だろう。

 トルネードはレベル三になり、五m程の高さのものを生み出すことが出来るようになった。

 多連斬は、レベル二になって一度の斬撃で追加される斬撃の数が一度から二度になった。

 つまり、デスサイズ本来の攻撃で一度、それと同時に更に二度の斬撃が放たれるのだ。

 それは、近くに生えている木の幹に三つの深い傷がついているのを見れば、明らかだろう。

 スキルの効果を確認する為に、そこまで力を込めずに放たれた多連斬によって刻まれた傷。

 ……本当なら、本気で多連斬を放とうかとも思ったのだが、この森がダンジョンであるのは変わらない。

 そうである以上、ここで大きな騒ぎを起こせば間違いなくモンスターがやってくるだろう。

 既に野営の準備をし、今日の仕事はここまでと気分を切り替えたレイにしてみれば、今の状況でゴブリンと戦うのは面倒でしかない。

 もっとも、高さ五m程のトルネードは間違いなく目立っただろうが。

 ともあれ、スキルの確認を終えたレイは満足そうにセトの頭を撫でながら、空を――正確には天井なのだろうが――を見る。

 そこでは、太陽と同様に何故か存在する月や星が存在していた。

 とてもではないがダンジョンの内部とは思えない光景を見ながら、レイは習得――正確にはレベルアップ――したスキルのことを考える。

 トルネードも多連斬も、どちらも非常に有用なスキルだ。

 トルネードはレイの奥の手の火災旋風を使う時に使用するのだから、トルネードの威力が大きくなれば、その分だけ火災旋風の威力も大きくなる。

 もっとも、火災旋風はレイが風の手を使ってその規模を大きくするのだから、最終的な威力そのものは以前のレベルの時とそう変わらず、どちらかと言えば火災旋風が出来るまでの時間が短くなる、という方が正確かもしれないが。

 そして多連斬。

 こちらは、レイにとって直接的な攻撃力が上がるという意味で、非常に価値がある。

 一度の攻撃で三度攻撃したのと同じ結果が得られるのだから。


(まぁ、絶対に斬りつけた場所のすぐ横に追加の斬撃がくるってのは、ちょっと単調だけど。出来れば、俺が望んだ場所に斬撃が放てるようになってくれればもっと使いやすかったんだけど)


 そんな風に思うレイだったが、すぐに首を振ってその思いを否定する。

 今は、まだ斬撃の追加された数が二つにすぎない。

 だが、このまま多連斬のレベルが上がっていけば、そのうち一度の斬撃で十……いや、レベル五でスキルが劇的にパワーアップすることを考えれば、その数はもっと増えるかもしれない。

 その増えた斬撃の全てを、レイが自在に操れるかと問われれば、レイは首を横に振るだろう。

 もっとも、そうなればなったで、斬撃をコントロールする術を身につけていくことになるだろうが。


「さて、じゃあ、そろそろ戻るか。向こうでもそろそろ寝る準備をしている頃だろうし」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトは少しだけ残念そうに喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、出来ればもう少しレイと一緒に遊びたかったというのが正直なところなのだろう。

 レイもそれは分かっていたが、今いるのがダンジョンである以上、あまり油断するような真似は出来ない。

 モンスターに襲われても対処する自信は十分にあったが、意味のある危険であればともかく、無意味な危険を受けるのはレイにとっても面白くない。

 そうセトを説得すると、セトは悲しそうにしながらも納得する。


(今度、セトと一緒にたっぷりと遊ぶ時間を作ってやらないとな)


 最近はセトと遊ぶことがあっても、大抵他の面々もいた。

 勿論セトはそれを嫌っている訳ではないのだが、それでもやはり、出来ればレイだけと一緒に遊びたいと、そう期待もしてしまう。

 そのような訳で、ここ最近のセトはレイに甘えることが多くなってきた。

 ……そんな光景を見て、他の者達はよりセトに愛らしさを感じ、中にはレイに嫉妬する者も少なくないのだが、その辺りはセトを連れている者としては受け入れる必要があるものなのだろう。

 そんな風に考えつつ、レイはセトに乗って野営地に戻るのだった。






「ん? ああ、戻ってきたか」


 レイ達が到着したのを察したエレーナが、森の中から姿を現したレイとセトを見て、笑みを浮かべる。

 手を挙げて答えるレイだったが、焚き火の明かりで照らされたエレーナの姿は、元々の美しさもあってどこか幻想的にすら思えた。

 もっとも、そのような幻想的な美しさを持つのは、エレーナだけではない。

 方向性は違えど、エレーナと同等の美貌を持つマリーナやヴィヘラは、同じように幻想的な美を周囲に見せつけている。

 特に幻想的な美しさという意味で大きいのは、マリーナだろう。

 普段から無意識に女としての艶を周囲に見せているマリーナは、今はその女としての性をより強く発揮していたと言ってもいい。

 もっとも、そんなマリーナを前にしてもレリューは特に惹かれた様子を見せない。

 それだけ妻一筋、妻のシュミネ以外は女として認識していないのだろう。

 だからこそマリーナ達も、妙なちょっかいをかけられないということで安心しているのだろうが。


(海ではビストルが一緒だったし、今回のダンジョンではレリューが一緒。そういう意味では、エレーナ達に妙なちょっかいを掛ける奴がいないってことで、行動しやすいのは間違いないか)


 その美貌に心を奪われ、妙な行動に出る……というのは、普通の男なら普通に有り得る行動だ。

 だが、ビストルやレリューに限っては、それぞれの理由から、そのような行動は心配しなくてもいいとレイは結論づける。

 安心して一緒に野営をすることが出来る相手がいるというのは、これ程までにすごしやすいのか、と改めてレイは感じていた。


(まぁ、レリューは出来れば一緒に来て欲しくなかった……というのはあるけど。もっとも、ビューネがいる時点で魔石を大っぴらに吸収は出来ないし、その辺は結局変わらないか?)


 イエロを撫でているビューネを見ながら、レイは焚き火の側に座る。

 簡易エアコンのような機能を持つドラゴンローブを着ているのだから、この時季の夜になっても寒くはないし、焚き火の側にいても暑い訳でもない。

 それでも、やはりこうして皆で焚き火を囲むというのを、自然とやってしまうのだ。


「それで、今夜はダンジョンの中で野営をするらしいけど、このままダンジョンを攻略するまでは籠もりっぱなしか?」


 お茶を飲みながらレイに尋ねるレリューだったが、その言葉には特に嫌そうな様子はない。

 毎食、本職の料理人が作った出来たての料理や、焼きたてのパンを食べることが出来、寝るにしてもマジックテントがあってその中は普通の部屋と変わらない……いや、場合によってはその辺の宿より快適ですらある。

 他にも流水の短剣で生み出された水は天上の甘露の如き美味さだし、何よりレイ達と一緒に行動していればセトと一緒にいることが出来る。

 こうしてレイ達と行動していて不満を抱くとすれば、それは妻のシュミネがいないことだろう。

 それ以外では、それこそいつまでレイ達と一緒に行動していても問題ないと思える程に快適な生活をすごせていた。

 ……もっとも、その唯一の不満こそが堪えがたい不満なのだが。


「そうなるな。昨日はダンジョンの中の様子を知らせる為に一度戻ったけど、これ以後は余程のことがない限りはゴルツに戻るつもりはない。……まぁ、あの岩の植物が何なのかってのは、ちょっと気になるけど、すぐに調べられる訳でもないだろうし」


 ギルドの方で調べて貰えることになってはいるが、それが判明するのはいつなのかは分からない。

 もっとも、レイが昨日の会談で受けた様子だと、かなり先のことになりそうだったが。


「そうか」


 レイの言葉に、やはり残念そうに呟くレリュー。

 妻のシュミネと早く会いたいと、そう思っているのだろう。


「ダンジョンを攻略すれば、ギルムには戻れるんだし……それに最悪でも、冬になる前にはギルムに戻るんでしょ? なら、一ヶ月……いえ、二ヶ月くらい? どんなに時間が掛かっても、三ヶ月ということはないんだから……」

「ぬおおおおおおっ! さ、三ヶ月……三ヶ月もシュミネに会えないってのか!?」


 マリーナの言葉に、レリューは嘆きの声を上げる。

 その声に、他の者達も視線を向けるが……その声を上げているのがレリューだと知れば、またすぐに自分のやるべきことに戻っていく。

 もっとも、今の状況で特にやるべきことがある訳でもないのだが。

 そんな中……ヴィヘラのみは、マジックテントから少し離れた場所で何かを色々と試している。

 地面を蹴って前に進み、だが、すぐにそれに満足出来なかったのか、首を傾げてから再び地面を蹴る。

 そのような行動を幾度となく繰り返し、その度に首を傾げる。

 見るからに、ヴィヘラの行動は上手くいっていない。いっていないのだが……それでも、ヴィヘラの表情に不満や苛立ち、怒りといった表情は存在しない。

 寧ろ、笑みすら浮かべて自分の行動を……失敗という行動すら楽しんでいた。


「魔力の流れが、こう……どうにも上手く当て嵌まらないのよね」


 そう言い、再び地面を蹴るが……轟っ、と。それこそ爆発音ではないのかと思うような音が周囲に響く。

 その音は当然のようにマジックテントの周辺にいたレイ達にも届き、何の音だと皆が見に来る。


「ヴィヘラ、今の音は一体何?」


 音のした場所に到着し、ヴィヘラが特に怪我をした様子も見せていなかったことから、マリーナが安堵しながら尋ねる。

 てっきり、夜の闇に紛れてモンスターでも襲撃してきたのではないかと、そう思ったのだ。

 だが、音のした場所では特にモンスターがいる様子もなく、そんな状況を見れば、誰が先程の音を起こしたのかというのは、考えるまでもなく明らかだった。


「あ、ごめんね。ちょっと新しいスキルを試してたのよ。もうちょっとで何とかなりそうな気はするんだけど」


 あっけらかんと告げるヴィヘラを、マリーナは呆れの視線で見る。

 夜の森の中という、それこそいつモンスターに襲われてもおかしくない場所でこのような大きな音……爆発音にも等しい音を立てれば、それに興味を持ったモンスターが近づいてこないとも限らない。

 もっとも、モンスターの興味を引くという点では、レイ達がしている焚き火も十分モンスターの興味を引くのだろうが。


「気をつけなさいよ。ヴィヘラが強いのは知ってるけど、ここはダンジョンなんだから。私達の誰も知らない未知のモンスターが出て来ないとも限らないわよ?」

「それならそれで、私は別にいいけどね。強敵との戦いは望むところだし」

「あのねぇ……」

「分かってるわよ。今のは冗談。スキルの練習はこの辺で止めておくとするわよ」


 冗談と口にしたヴィヘラだったが、未知のモンスターとの戦いを楽しみにしているというのは、冗談でも何でもなく本気だろう。

 ヴィヘラと一緒に行動していれば、そのくらいは容易に理解出来るようになる。

 ただ、それと同時にヴィヘラの強さも理解出来るようになる。


(ヴィヘラは強い相手と戦いたいって言ってるけど……こうして訓練をして、より強くなって……そうなれば当然のように、今まで同じくらいの強さだった相手よりも強くなるんだし、強くなればなる程に戦う相手が少なくなるんじゃないかしら?)


 そう思うマリーナだったが、それでも自分の強さを追求することを止められないのがヴィヘラなのだろう。


「さて、じゃあ戻りましょうか。また明日からはこの森の探索をして、三階への階段も探さなきゃいけないんだし」


 マリーナの考えを全く気にした様子もなくヴィヘラがそう言い、マジックテントのある方に向かって歩き出す。

 そんなヴィヘラを追うように、他の面々もマジックテントに戻っていく。


「お前も、色々と大変そうだな。パーティメンバーが色々と個性的で」


 戻る途中、レリューはレイに向かってそう告げる。

 実際、紅蓮の翼のメンバーは、全員が大なり小なり変わった所を持っているのは間違いない。

 ……もっとも、冒険者というのは様々な者達の集まりだ。

 当然のように、多くの変わり者がいる。


「そうかもしれないな。けど……俺は紅蓮の翼というパーティは、間違いなく最高のパーティだと思ってるよ」


 そう告げ、レイは自信に満ちた満面の笑みを浮かべるのだった。

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