第1715話

 一瞬にして巨大になったその豚と猪と鳥を組み合わせたキメラと呼ぶべきそのモンスターは、レリューの一撃を牙で防いだものの、次の瞬間には吹き飛ばされた。

 レリューはその場に残っているので、力の押し合いで明らかにモンスターが負けたといった形だ。

 セトと同じくらい……体長三mオーバーの巨体ではあったが、それでもレリューの力と拮抗することは出来なかったのだろう。

 そのレリューは、長剣を振りきった状態のまま驚きを露わにする。


「おいおい。あんなに小さいのが、ここまででかくなるのかよ」

「グルルルゥ!」


 レリューの言葉に答えたという訳でもないだろうが、セトは吹き飛ばされたモンスターに向かってウィンドアローを放つ。

 二十本の風で出来た矢は、吹き飛ばされたモンスターに向かって次々に殺到する。

 もっとも、ウィンドアローはその速度や視認性が悪いという長所があると同時に、威力そのものはそこまで強くはない。

 それでもモンスターは次々に着弾する風の矢に、体勢を立て直すことが出来ずに苛立ち……


「ブギィッ!」


 次の瞬間、レイが放った黄昏の槍によりモンスターの顔面を貫き、胴体を貫き、やがて槍の穂先は完全に身体を貫いた。

 そのような一撃を受けて生きていられる筈もなく、モンスターは悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちる。


「……いや、驚いたな」


 長剣を手にレリューがそう言うが、口調程に驚いた表情は見せていない。

 咄嗟のことであってもすぐに反応出来るのは、レリューがそれだけ多くの実戦を潜り抜けてきた証拠だろう。


「そうね。一瞬で大きさを変えたわ。……このモンスターは……マリーナ、知ってる?」

「ええ。ランクCモンスターのドラスノンよ」

「ドラスノン、ね」


 マリーナの言葉に、ヴィヘラはドラスノンと呼ばれたモンスターの死体を眺める。

 猪と豚と鳥のキメラとでも呼ぶべき存在。

 とてもではないが、ドラスノンという名前に相応しい姿をしているようには思えない。

 もっとも、身体の大きさを自由に変えられるというだけで、冒険者にとっては脅威なのだが。

 ましてや、身体が小さい時は非常に愛らしい姿をしているのだ。

 可愛いもの好きであれば、油断して近づいていくということがあってもおかしくはない。


(もっとも、俺達にとっては幸運だったけどな)


 身体の大きさを変えられるような能力を持つモンスターというのは、そう多くはない。

 だからこそ、レイはドラスノンというモンスターの死体を手に入れることが出来たことを喜ぶ。

 セトのスキル、サイズ変更のレベルを二に上げることが出来るのだから。


(ただ、スキルの効果が急激に上がるレベル五になるまでは、後どれくらいかかるのやら)


 そのことを少しだけ憂鬱に思いながらも、レイはドラスノンの死体をミスティリングに収納する。


「出来れば、もう一匹現れてくれればいいんだけどな。……無理か」


 周囲に視線を向けるが、ドラスノンは一匹だけで行動するモンスターなのか、もしくは単純にダンジョンの中にいるのがこの一匹だけなのか……とにかく、周囲にドラスノンと思しき存在を見つけることは出来ない。

 そのことを残念に思いつつ、レイ達は再び森の中を進み始めた。

 途中で何度か先程レイ達が燃やした以外のゴブリンの集落やコボルトの集落、オークの集落を見つけては、それを燃やしていく。

 もっとも、ゴブリンとコボルトの集落はともかく、オークの集落では相手を炭にしかねない炎の魔法は使わず、普通に攻撃していったが。

 そんな感じに幾つかの集落を壊滅させていると、やがて森の中も夕方になる。


「どうする? 今日はもうそろそろ帰るか? それとも、ここで野宿でもいいし」


 レリューの言葉に、レイは即座にこの場での野宿を選ぶ。

 また明日になってから森に来れば、全員でここまでやって来るのが手間だというのが大きい。

 一応燃やした集落跡までセト籠で移動するという手段もあるのだが、今回はこのまま野宿した方がいいというのが、レイの判断だった。


(それに、魔石も吸収したいしな)


 ダチョウのようなモンスター、グリンボ。

 豚と猪と鳥のキメラたるドラスノン。

 グリンボに比べてドラスノンは魔石が一つしかないが、代わりにその魔石を吸収すれば、恐らくスキルを習得出来るのはほぼ間違いないように、レイには思えた。

 勿論、実際に魔石を吸収してみなければ、その辺りがしっかりと確認出来る訳でもないので、確実にとはいえないのだが。

 ともあれ、魔石を吸収するという光景は、可能な限り人に見せたくはない。

 そういう意味では、何だかんだと人の多い緑の沢水亭のような宿ではなく、ダンジョンの中の野営というのは最適な場所だった。

 もっとも、野営ではあってもレリューやビューネのように、魔獣術について知らない者がいるので、完全に安心して魔石を吸収出来る訳ではないのだが。


(今回に限り一緒に行動しているレリューはともかく、ビューネは……魔獣術について教えた方がいいのか? 何年後かには恐らくパーティを抜けるんだから、他の三人みたいに俺の秘密全てを教えるようなことはしなくても、魔獣術については教えてもいいかもしれないな)


 今回のように野営しながら魔石を吸収する度に、他の場所に移動して見られないようにと手間暇を掛けるのはかなり面倒だ。

 であれば、その前提である魔獣術についてだけは知らせても構わないのでは? と、レイは考える。

 これまでのビューネとの付き合いで、ビューネがパーティメンバーを裏切るような真似をするとは思えなかったというのが、その結論に達した大きな理由だろう。

 レイ達と一緒にいれば、食べることには困らず、金を稼ぐのも難しい話ではない。

 少なくても、エグジルでヴィヘラと出会うよりも前に一人でダンジョンに潜っていた時のことを考えれば、比べものにならないくらいに稼いでいると言ってもいい。

 そうである以上、ビューネがこれから自分達を裏切るような真似をするとは思えなかった。

 ……勿論、レイ達がビューネを裏切るような真似をすれば話は別だが、当然のようにレイはそのような真似をするつもりはない。


「さて、じゃあ適当な場所を見繕って野宿の準備をするか。……まぁ、言う程に難しい準備じゃないんだけどな」


 少しだけ笑みを浮かべて告げるレリュー。

 実際、野宿に使うマジックテントは取り出せばそれで準備は完了するし、調理用の窯もミスティリングから取り出して起動させればすぐに使える。

 敢えて他の者達が準備することといえば、焚き火を用意することか。

 だが、その程度のことはすぐにどうとでも出来る。

 食料に関しても、レイの持つミスティリングがあれば出来たての、しかも本格的な料理を食べることも出来る。

 もっとも、マジックアイテムの窯を使い、自分達で料理をすることもあるので、そういう意味ではプロの料理人には劣ってしまうのだが。

 だが、自分達で作った料理を食べるというのは、プロの料理人が作ったよりも美味く感じることも珍しくはない。


「さて、じゃあそろそろ準備をするか。レリューとセト、イエロは周囲の警戒を頼む。襲ってくるモンスターとかがいたら、すぐに倒してくれてもいいぞ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、真っ先に任せて! と喉を鳴らしたのは、当然のようにセト。

 そんなセトの頭の上では、イエロも自分に任せて、と鳴き声を上げていた。

 隠れセト愛好家だった――今は半ばオープンにしているが――レリューも、セトと一緒に行動出来るのであれば問題はないと、頷く。

 そうして、早速野営の準備に取りかかったのだが……当然ながら、その準備はすぐに終わる。

 

「改めて思うけど、これって俺が知ってる野営の準備じゃないよな」


 セトやイエロと共に周囲の見回りを終えたレリューが戻ってくると、そこに広がっていた光景にしみじみと呟く。

 実際、普通の冒険者がレイ達の野営の光景を見れば、当然のようにふざけるな! と叫びたくなってもおかしはない。

 それ程に、現在目の前に広がっているのは異常と呼ぶに相応しい光景だったのだ。

 もっとも、他人の持っているマジックアイテムを羨ましいと思うのなら、それこそ自分達でもそれを得ることが出来るように頑張ればいいのだが……それが分かっていても、理不尽だと感じてしまうのは当然だろう。

 何しろ、レリューという異名持ちのランクA冒険者ですら、目の前の光景を見れば半ば呆れてしまうのだから。


「楽に、それも快適に生活出来るんだし、問題ないだろ?」

「……お前、それを普通の冒険者に言ったりしたら、これでもかってくらい嫉妬されるぞ?」

「だろうな。それはもう身に染みて分かってる。けど、俺の場合はマジックアイテム以外にも色々と嫉妬されるようなことが多いからな。もう気にしないことにした」

「あー……それは……」


 レイの言葉に、レリューは頭を掻きながら周囲を見回す。

 意味もなく、赤く染まった秋の夕焼け――ダンジョンの中だから、本物ではないが――を眺める。

 セトの存在、エレーナ達の存在、様々なマジックアイテム。

 特に世界に数個しか存在しないと言われているアイテムボックスを持っているレイは、どこからどう考えても嫉妬されないというのは無理だった。

 まだレイが見た目にも迫力のある、筋骨隆々の大男であったりすれば、馬鹿なことを考える者もそう多くはないだろう。

 だが、残念ながらレイは小柄で、それも顔立ちは女顔と呼ぶべき顔だ。

 その実力がどれだけのものかを知らない者にしてみれば、レイのような存在には嫉妬を抱くなという方が無理だろう。

 いや、実力を知っていて直接絡んだりせずとも、嫉妬を抱いている者は多いのだが。

 そんなレイのこれまでの苦労を理解したのだろう。レリューは夕焼けによって赤く染まり、どこかもの悲しい雰囲気を漂わせている空から視線を逸らし、改めてレイに声を掛ける。


「お前も色々と頑張ってきたんだな。うんうん」

「……何だか、微妙に嬉しくない言葉なんだが」


 若干不機嫌そうにしながらも、取りあえずレイはそれ以上何も言わずに、料理の準備をする。

 この日の夕食、レリューの分が微妙に他の者達よりも少なかったのは、恐らくこれが原因だったのだろう。






【セトは『サイズ変更 Lv.二』のスキルを習得した】


 そのアナウンスメッセージが脳裏に響くと、レイは安堵する。

 夕食が終わってから、寝るまでの自由時間。

 普通であれば、ダンジョンの中の野営でそのような時間を作っても、それを心の底から満喫出来るようなことはない。

 だが、紅蓮の翼の面々はそれぞれが凄腕と呼ぶべき者で、自由時間を満喫していた。

 一行の中では唯一そこまでの実力はない――それでも年齢として考えれば特筆すべきものがあるのだが――ビューネは、ヴィヘラと一緒に行動しているので問題はなかった。

 そんな自由時間の中、レイとセトは野営地から離れた場所で、今日倒したモンスターの魔石の吸収をしていた。

 グリンボとドラスノンは、魔石を取り出した状態でそれ以上は解体されずにレイのミスティリングの中に入っている。

 そんな中で、最初に試したのが身体の大きさを変えていたドラスノンの魔石。

 恐らく大丈夫だろうと思ってセトに食べさせてみたのだが、そんなレイの予想は見事に命中し、サイズ変更のレベルを上げることに成功したのだ。

 

「グルゥ!」


 どう? と、セトはスキルを習得したのを嬉しそうに喉を鳴らす。

 そんなセトを撫でながら、レイは早速スキルを使ってみるように言うと、次の瞬間、セトの姿は七十cm程にまで縮む。

 微妙な……間違いなく微妙な結果に、レイは何と声を掛ければいいのか迷う。

 だが、すぐにセトが成長していることに気が付く。

 セトが体長二m程の時にサイズ変更を使えば体長一m程になったのだ。

 そのセトは、今や体長三mをオーバーしている。

 そんなセトだけに、体長が七十cm程にまで縮んだというのは、間違いなくサイズ変更の効果は大きくなっている。


「そうなると、レベル三になるともっと小さくなって……レベル五になれば、それこそイエロくらいの大きさになるんじゃないか?」

「グルゥ?」


 そうなの? と首を傾げるセトは、少しだけ嬉しそうだ。


「まぁ、そうなるんじゃないかといった感じだけどな。……さて、じゃあ次だ」


 グリンボの魔石を取り出すと、まず最初にセトに与える。


【セトは『トルネード Lv.三』のスキルを習得した】


 再び脳裏に聞こえるアナウンスメッセージ。


「最近、かなりの割合でスキルを習得出来るようになってきたけど……いやまぁ、俺達としては嬉しいからいいんだけどな」


 そう言いながら、次にデスサイズを取り出し、グリンボの魔石を空中に放り投げてから一閃する。


【デスサイズは『多連斬 Lv.二』のスキルを習得した】


 三度、アナウンスメッセージが脳裏に響くのだった。






【セト】

『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.二』new『トルネード Lv.三』new『アイスアロー Lv.三』『光学迷彩 Lv.五』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.五』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.一』


【デスサイズ】

『腐食 Lv.四』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.三』『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.二』new



サイズ変更:元の大きさよりも縮む。Lv.二だと七十cm程度になる。

トルネード:竜巻を作り出す。竜巻の大きさはLvによって異なる。Lv.三では高さ五m程度。


多連斬:一度の攻撃で複数の攻撃が可能となる。Lv.二では本来の攻撃の他に二つの斬撃が追加される。

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