第1683話

 夕日が海に沈んでいく光景というのは、特に何がある訳でもないにも関わらず、強い感動を呼び起こす。

 小さい時から海の側で暮らしている者にとっては、そのような光景は見飽きた光景なのかもしれない。

 だが、山の側――寧ろ中――で育ち、海に行くのは年に数回といったレイにとっては、水平線に沈んでいく夕日というのは圧倒的なまでの感動を与えていた。

 このエルジィンにやってきても、レイは内陸のギルムを拠点としている。

 勿論エモシオンのように、海に行ったことがなかった訳ではないのだが……それでも、やはり今の光景には目を奪われる。

 レイを背中に乗せているセトも、そんなレイの気持ちが分かるのか、喉を鳴らしたりといった真似はしない。

 それどころか、出来る限りゆっくりと空を飛ぶ。

 そのまま十分程が経ち……やがて夕日が沈む光景を見て十分満足したのか、レイはセトの背を軽く叩いて口を開く。


「セト、ガランカに……ああ、いや。どうせここには誰もいないんだし、今のうちに魔石の吸収を済ませた方がいいか」


 今日入手したばかりの、黒鯛に似たモンスターの持つ魔石。

 その魔石を吸収するのは、当然のようにビストルやビューネには見られたくない。

 であれば、誰もいない今のうちに魔石を吸収するのが最善なのは間違いなかった。


「グルゥ?」


 レイの様子を見て、どうするの? と後ろを向いて尋ねるセト。

 それに対し、レイは少し考え……やがて決断する。


「そうだな、ガランカに行く前に地上に降りてくれ。昼のモンスターの魔石を吸収してしまおう」

「グルゥ!」


 分かった! と鳴き声を上げたセトは、そのまま地上に向かって降下していく。

 森……どころか、林と呼ぶのも躊躇ってしまうような、数本の木が生えている場所。

 特にどこという場所も決めてなかったので、そのままそこに降りる。

 そうして地上に降りると、レイは一応といった様子で周囲の様子を探る。

 もっとも、セトがいる時点でその辺りの様子は既にきちんと探られているのだが。

 そんなセトより五感の劣るレイが、セトでも見つけられない相手を見つけられるとは、本人も思っていない。

 思っていないのだが……それでも、やはりもしかしたらといった感じで周囲の様子を探ったのだ。

 これは、別にセトを信用していないという訳ではなく、純粋にレイが安心しておきたい為の行為だ。


「うん、大丈夫だな。……さて、そうなると……セトとデスサイズと、どっちが魔石を吸収するかだが……どうする?」

「グルゥ……」


 自分が魔石を食べたいと、そう申し訳なさそうに鳴き声を上げるセト。

 グズトスの魔石を自分が食べたのだから、ここでレイに――正確にはデスサイズに――魔石を食べさせるべきだと、それは分かっているのだろう。

 だが、今のセトは何となくもっと魔石を吸収したいような気分だった。

 それが、海に沈む夕日を見たからなのか、それともモンスターとの戦いで思うところがあったのか。

 その辺はレイにも分からなかったが、それでもセトが魔石を吸収したいと思ったのは間違いないのだ。

 駄目? と円らな瞳を向けてくるセトに、レイは少しだけ……ほんの数秒だけ考える。

 そして、最終的にはセトのお願いに屈することになった。

 もっとも、レイの場合はデスサイズのスキル以外にも様々な攻撃手段がある。

 普通のデスサイズを振るうだけでも凶悪な威力だし、二槍流ということで黄昏の槍もあり、魔法という手段もあった。

 他にも使い捨ての槍の投擲や、ネブラの瞳といった攻撃手段もある。

 そう考えれば、やはり魔石はセトの強化に使った方がいいのではないかと、そう思ったのだ。


「分かった。じゃあ、セト。ほら」


 そう言い、レイはセトに魔石を与える。

 セトはクチバシでそれを受け取り……


【セトは『アイスアロー Lv.三』のスキルを習得した】


 そう、アナウンスメッセージが脳裏に流れる。


「アイスアロー……いやまぁ、鱗を飛ばしてきたし、魚のモンスターだからおかしくはない……のか?」

「グルゥ?」


 不思議そうに首を傾げるレイの動きを真似るように、セトも首を傾げる。

 だが、それはレイと同様に習得したスキルに疑問を持っている……からではなく、単純にレイの真似をしただけにすぎない。

 いや、勿論セトもアイスアローを覚えたことを疑問に思ってはいるのだが、それでもレイの様子の方が気になった……というのが正しい。


「まぁ、いいや。取りあえず、具体的にアイスアローがどれだけ強化されたのか調べるか。……レベル三だし、そこまで強力になってるとは思わないけど」


 水球が一気に性能の上がるレベル五になった直後だけに、アイスアローがレベル三になっても、ふーん……というのが正直なところだった。


「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せて! と鳴き声を上げる。


(レベル一で五本、レベル二で十本。……そうなると、普通に考えればレベル三で十五本といったところか?)


 そう考えるレイの前で、セトがアイスアローを発動させる。

 セトの周囲に浮かんできた氷の矢の数は、レイの予想通り十五本。

 自分の予想が当たったことに、レイは満足そうに頷きながらも、これからレベルが上がればどうなるのかと考える。

 レベル×五の本数ずつ増えていくのであれば、レベル四で二十本。

 それは容易に予想出来るのだが、水球を見れば分かるように魔獣術で習得するスキルはレベル五で一気に強力になる。


(そうなると、普通に二十五本の氷の矢が使えるってだけじゃない……よな?)


 セトの側に浮かんでいる氷の矢を見ながら考えていると、セトがどうしたの? といったようにレイを見てくる。

 その様子は、もしここにセト愛好家として名高いミレイヌがいた場合、間違いなくセトに抱きついてもおかしくない愛らしさを持っていた。

 レイもそんなセトを撫で回したくなったが、それを我慢して口を開く。


「うん、取りあえず……そうだな、あの辺に生えている木に撃ってみてくれ」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは鳴き声を上げてアイスアローを放つ。

 空気を斬り裂きながら飛ぶアイスアローは、速度そのものは以前……それこそ今日の魚のモンスターと戦った時に使ったものよりも若干速度が上がっている。

 だが……木の幹に連続して命中したアイスアローは、その全てが刺さる前に木の幹を破壊することに成功した。


「あー……なるほど。まぁ、そうだよな。元々威力は結構強かったんだし、こうなるか」


 レベル二のアイスアローでも、氷の矢が五本命中すれば岩を破壊するだけの威力があった。

 それが十五本も放たれれば、木の幹程度は容易に破壊されて当然だろう。


「グルルゥ?」


 どうするの? と視線を向けるセトに、レイはじっと砕かれた木の幹と、それによって倒れた木を見て……やがて、仕方がないと幹から折れた木をミスティリングに収納すると、セトの下に戻る。


「じゃあ、取りあえずガランカに行くか。アイスアローについての実験は、この辺で止めておくとしよう」


 レイの言葉に、セトは異論を挟まずに頷く。

 そうしてレイは再びセトの背に乗り、地上から空中に移動する。

 先程同様に水平線の向こう側に沈もうとしている夕日は、どこかレイの失敗を慰めているようにも思えた。

 もっとも、レイ本人は一連の行動を失敗とは認めていなかったが。

 実際にセトのアイスアローは発動したし、その威力も決して低くないというのは明らかだった。

 であれば、何をもって失敗とするのか……


(正確に十五本のアイスアロー全てが命中した時に、具体的にどれくらいのダメージがあるのか……それが分からなかったのは、ちょっと失敗だったか?)


 そう思わないでもなかったが、取りあえず自分の行動は失敗ではなかったと思い込みながら空を飛び……やがて、夕日が半分以上沈んだ頃には、ガランカに到着する。

 ガランカの側には、マリーナが精霊魔法で作った土の牢屋がある。

 ただ、既に海賊達は奴隷の首輪を嵌められている以上、無意味に暴れるようなことは出来ない。

 その為、土の牢屋も出入りそのものは自由に出来るようになっているのだ。

 もっとも、奴隷の首輪を付けられた海賊達は、そこから出ないようにと命令されているのだが。

 そんな土の牢屋を見るレイの目は、特に何も感じた様子はない。

 元海賊で、これまで何をやってきたのかを思えば、自業自得ですらないのだから。

 いや、海賊達はダスカーに売られるということがはっきりしている以上、普通の海賊に比べれば待遇はそれなりに良好ですらあるだろう。

 食事も相応のものが出るし、行動もそこまで厳しく制限されていない。

 ギルムまで連れていった時に、痩せ細っていて使い物にならなければ何を言われるか分からないと、そう奴隷商人のリローズが思ったのは間違いない。

 上手くいけば、これ以上ない程に大きな商売のチャンスだったが、それだけに下手をすれば破滅が待っている可能性が高かったのだから。

 そんな海賊達がいる土の牢屋を見ている間にも、セトは地上に向かって降下していく。

 まだセトの存在に慣れていないのか、最初にセトの姿を見つけた村人の何人かが驚いた様子を見せたが、それでも我に返るとすぐに動き始める。

 その行動が、防衛戦のようなものでなかったことは、レイにとっても助かったと言えるだろう。

 地上に降下したセトがガランカに近づいていくと、やがてその中から一人の男が姿を現す。

 レイにとっても、ガランカの中では親しい相手……パストラだった。


「良く来てくれたな。朝の話から考えると、もう少し早く来ると思ってたんだが」

「こっちも色々とあったんだよ。それで、獲物は?」

「ああ、たっぷりと獲ってある。それと、レイが希望した貝の類も多いぞ」


 そう告げるパストラの表情には、嬉しそうな笑みがある。

 今日獲ってきた魚の全てをレイが買い取ってくれるというのだから、それも当然だろう。

 ガランカにとって、レイという存在はまさに富をもたらしてくれる存在なのだ。

 最初はセトを怖がっていた村人達も、レイとパストラの話を聞けば、思わず嬉しそうな表情を浮かべる。


「じゃあ、早速見せて貰うか。それで、どこにあるんだ? 持って来て貰うより、俺が直接取りにいった方がいいだろ」


 その言葉に、パストラを含めて村人達は頷き、レイを連れて村の中でも砂浜の方……以前レイが網や銛を見せて貰った小屋の方に向かう。

 海に面しているだけあって、獲ってきた魚もそっちにあるのだろう。

 そうして歩きながら、レイはパストラに向かって尋ねる。


「獲ってきた魚はどういう風になってるんだ? 俺のミスティリングに収納するには、生きてる状態だと無理なんだけど」

「魚は銛で獲った奴だから、殆ど死んでると思うけど……貝は、どうやったら死ぬんだ?」

「いや、それを俺に聞かれても困る。そういうのはお前達が専門だろ?」


 レイの言葉に、パストラが困ったように周囲を見る。

 だが、そんなパストラの視線に他の者達が出来るのは、ただ顔を背けることだけだ。

 実際、貝を殺すというのはそんなに難しい話ではない。

 それこそ沸騰したお湯に入れるなり、貝殻が付いたままで焼くなりといった真似をすれば、間違いなく死ぬのだから。

 しかし……それは、あくまでも調理の途中で死ぬというだけで、意図的に殺すといった真似は出来ない。

 魚であれば、首を折るといった真似をすれば容易に殺すことが出来るが、貝の場合は当然のように骨はない。

 貝殻を壊すような真似をすれば、間違いなく貝は死ぬだろうが、そうなると調理をする時にも色々と面倒になるのは間違いない。

 ……そもそも、貝殻の破片を一つずつ取り除くのは、かなりの手間だ。

 どうする? とお互いに視線を向け合いながら村人達が困った表情を浮かべる。


「取りあえず、そのまま持っていくよ。向こうに到着したら、マリーナに精霊魔法でどうにかならないか頼んでみる。それで無理なら、焼いたり煮たりした奴をミスティリングに収納するから」

「レイがそれでいいのであれば、こちらもそれで構わないのだが。……本当にいいのだな?」

「ああ。当然明日も貝は獲っておいてくれ。魚と同様にきちんと買い取るから」


 そんなレイの言葉に、一緒に移動していた者の何人かが安堵の表情を浮かべる。

 魚を獲るのではなく、貝を捕った面子だろう。

 そうして案内されたレイは、砂浜に到着する。

 そこでは、網が幾つも海に沈んでおり、それに貝や魚がいるのは間違いなかった。


「さて、じゃあ貝はともかく、魚はそれぞれ締めていくぞ! 全員、協力してくれ」


 パストラの言葉に一緒に移動していた村人達が頷き……それ以外にも手の空いている者がやってきて、魚をそれぞれ絞めていくのだった。






【セト】

『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.三』new『光学迷彩 Lv.四』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.五』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.一』


アイスアロー:レベル一で五本、レベル二で十本、レベル三で十五本の氷の矢を作り出して放つ事が出来る。威力としては、五本命中させれば岩を割れる程度。

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