第1666話
グズトス、というビストルの言葉にレイは視線を向ける。
「このモンスター、知ってるのか?」
「少し話を聞いたことがあるくらいだけどねん。そもそも、こんなに立派な角とハサミを持ってるモンスターなんて、凄く珍しいでしょう?」
「それは否定しない」
甲殻類のモンスターであれば、ハサミを持っていても特に驚くようなことはない。
だが、魚のモンスターでハサミを持っているというのは、かなり珍しい部類に入る。
その上、ユニコーンの如き立派な角を持っているのであれば、その特徴だけでどのようなモンスターなのかを特定するのは難しい話ではない。
……勿論、モンスターの種類全てを網羅している訳ではない以上、全くの新種という可能性も決して否定は出来ないのだが。
「で? このモンスターはどんなモンスターなんだ? 具体的に、どこが素材として売れるのかとか、食べられるのかとか、そういう情報は?」
「うーん……さっきも言ったけど、アタシがこのモンスターを見たのは初めてだから、持ってる情報も又聞きよ? それでもいい?」
「ああ。何も知らない状況でどうこうするよりは、又聞きでもなんでも、情報はあった方がいい」
そうレイに言われてしまえば、レイの厚意によってここまで連れて来て貰ったビストルとしては、教えない訳にはいかない。
「純粋に戦闘力という点ではそこまで強くないけど、頭が良いこともあって、ランクDモンスターになってるわ」
「あー……なるほど。それは納得出来る」
レイとセトに攻撃を仕掛けてきた時も、海という自分の得意とするフィールドを存分に利用していたのだ。
それを見れば、頭が悪いという判断は出来ないだろう。
「もっとも、頭が良いって割にはセトに攻撃を仕掛けてきたけどな」
「海のモンスターだもの。いざとなれば深い場所に逃げてしまえば絶対に安全だと思ってたんでしょ」
「それは否定出来ないな」
実際、グズトスが海の深い場所に逃げてしまえば、レイとセトがそれを捕まえるのは不可能……ではないだろうが、相応に苦労するのは間違いない。
海に潜って追いかけるか、もしくはレイの魔法でグズトスがいる周辺を熱湯にしてしまうか。
どちらにしろ、得られるものに比べれば大きな被害――と言う程のものではないかもしれないが――を受けるのは間違いない。
「とにかく、このモンスターはそれなりに珍しいモンスターなのよ。アタシが聞いた話だと、角は錬金術の素材としてかなり高値で買い取って貰えるらしいわ。……勿論、本当のユニコーンの角には到底及ばないけど」
「まぁ、それはな」
ユニコーンの持つ角は万病を癒やす……場合によっては死者すら生き返らせると言われている。
勿論その伝承を完全に信じるような真似はレイもしないが、それでも非常に効果の大きな回復薬として使えるのは間違いないのだ。
グズトスの角は、そんなユニコーンの角に及ばないにしても十分な回復効果を持つ。
「取りあえず角は何かあった時の為に売らないで持っておくか。他には?」
「ハサミの部分がかなり硬いから、防具に使ったり出来るみたいよ? ただ、それよりも食材としての人気の方が高いみたいだけど」
「取りあえずハサミは俺達で食うことに決まり、と。殻の部分は持ってても使い道がないし、ギルドに売るか」
「言っておくけど、中の身を食べた後でしっかりと洗うのよ? そうでないと、かなり買い叩かれることになるから」
折角の素材が、手際の悪さから安く買い叩かれるというのは、商人としてビストルには許せないのだろう。
それでも自分に売って欲しいと言わないのは……ビストルがグズトスのハサミを売る為のルートを持ってないからか。
「分かった。……それで、討伐証明部位はどこだ?」
「うーん、聞いた話だと、尻尾の先に鋭い棘があって、それらしいけど。ああ、ちなみにその棘も一応素材として買い取って貰えるらしいわ。何でも、特殊な製法で鍛えればかなり長持ちする縫い針になるとか」
「……縫い針、なのか?」
どうせなら長針であれば、ビューネの武器として使えるのではないか。
そう思ったレイの言葉だったが、ビストルは黙って首を横に振る。
「ん……」
そんなビストルの様子を見て、近くでイエロを撫でながら話を聞いていたビューネが、少しだけ残念そうに呟く。
ビューネと付き合いの浅い者であれば、そんなビューネの様子を見ても特にいつもと違うようには感じなかっただろう。
何だかんだと、レイもビューネとの付き合いはそれなりに長い。
だからこそ、ヴィヘラ程ではないにしろビューネが何を言いたいのかが何となく理解出来たのだ。
少しだけ残念そうな様子のビューネを見て、ふとレイは最近では自分があまり使うことがなくなったマジックアイテムを思い出す。
今も腰にあるネブラの瞳。
それをビューネに使わせてみてもいいのではないか、と。そう思ったのだ。
「ビューネ、ちょっといいか?」
グズトスの説明を一旦置いておき、レイは腰のベルトからネブラの瞳を外してビューネに差し出す。
「このネブラの瞳をちょっと使ってみないか? 長針を投擲するのがビューネの戦い方だけど、どうしても長針には残弾数……って言い方はちょっと相応しくないかもしれないけど、あるだろ? これなら、魔力があれば残弾数とかは気にしなくてもいいし」
「……ん?」
少し不思議そうにしながら、ビューネはネブラの瞳を受け取る。
ビストルを含め、他の面々はそんなレイとビューネの様子を黙ってみていた。
今の状況で、口を出すのは野暮だと、その場にいる全員が理解していた為なのだろう。
「それはネブラの瞳というマジックアイテムで……いやまぁ、俺が使ってるのを見たことがあるか」
「ん」
レイの言葉に頷きを返すビューネ。
それを見たレイは、ならこれ以上の説明はいらないだろうと、ビューネにネブラの瞳を使ってみるように促す。
そんなレイの様子に、ビューネはネブラの瞳に魔力を流し……だが、何も起きない。
本来であれば、ネブラの瞳に魔力を流せば、そこには鏃が生み出される筈なのだ。
魔力で出来た鏃である以上、ある程度時間が経てば消える鏃だったが、その鏃が生み出される様子が一切ない。
「……何でだ? 悪い、ビューネ。ちょっと貸してくれ」
そう言うと、ビューネはあっさりとネブラの瞳をレイに返す。
そうして受け取ったネブラの瞳に魔力を流すと、そこには当然のように鏃が生み出されていた。
「壊れてる訳じゃない。……となると……」
「レイ、ちょっと貸してくれる?」
ネブラの瞳を手に首を傾げていたレイに、マリーナはそう言ってネブラの瞳を受け取る。
そうしてネブラの瞳に魔力を流し……鏃が生み出されたのを見て、納得したような表情を浮かべた。
「これ、鏃を一つ作るにも、相当の魔力を必要とするわよ? 残念ながら、ビューネの魔力だととてもじゃないけど使えないと思うわ」
そう言われ、レイはネブラの瞳をベスティア帝国で作って貰った時のことを思い出す。
作ってくれた職人が、ネブラの瞳を起動させるにはかなりの魔力が必要だと言っていなかったか、と。
元々の矢筒の状態であっても、矢を生み出すには相応の魔力が必要だった。
だが、それをネブラの瞳という別のマジックアイテムにしたことにより、更に多くの魔力を消費しなければ、鏃を生み出すことが出来なくなったのだ。
つまりこれは、魔力を多く持っている者でなければ使いこなすことが出来ないマジックアイテムなのだ。
……もっとも、紅蓮の翼の中ではヴィヘラもマリーナも高い魔力を持っており、実際マリーナはこうしてネブラの瞳を起動させることが出来た。
つまり、紅蓮の翼の中ではビューネのみがネブラの瞳を使えないということになる。
「……悪いな」
「ん」
レイの言葉に、ビューネは気にするなと首を横に振る。
実際、ビューネにとってネブラの瞳というマジックアイテムは、あれば便利だが、絶対になければ駄目な訳ではない。
……勿論高価なマジックアイテムだということで、貰えるのなら欲しいというのが正直なところだったが。
「ほら、それよりもグズトスの件よ。解体しないの?」
「いや、する。……そう言えば、ハサミの肉は美味いって話だったけど、身体の方はどうなんだ?」
「当然美味しいわよ。それなりのランクのモンスターなんだから、それは当然でしょ。……もっとも、その辺りはアタシも実際に食べた訳じゃなくて又聞きだから、実は美味しくない可能性もあるけど」
基本的に、モンスターの肉というのはランクが高ければ高い程に美味くなる。
それは、肉の味に魔力が関係してくるからだ。
勿論、何であっても例外というものはある。
その最も有名な例がオークだろう。
決して高ランクモンスターという訳ではないのだが、その肉は高ランクモンスターの肉と同等、場合によってはそれ以上の味となる。
(グズトスもランクDモンスターで、オークと同じランクだ。さて、オークと比べてどうだろうな。……もっとも、オークは肉でグズトスは魚だ。明確に味の格差がどうこうってのは、判断するのが難しいだろうけど)
グズトスを見ながら、レイは解体用のナイフを取り出す。
「内臓で素材として使える場所は?」
「うーん……そこはちょっと分からないわね。どうしても心配なら、一応何かの容器に入れて保存しておけばいいんじゃない? レイのアイテムボックスなら、内臓とかも腐ったりはしないんでしょ?」
「そうだな」
内臓は基本的に腐りやすい。
だが、レイのミスティリングであれば、それを持ち帰るのは難しい話ではない。
「こういう内臓とかは、魚とかを誘き寄せるいい餌になるんだけどな。ただ、どんな素材になるかは分からないから、一応全部保存しておくことにするよ」
そんなレイの言葉に、誰も反対はしない。
モンスター図鑑に載っているモンスターであれば、内臓が素材になるのかどうかといったことも自分で確認出来るのだが、載っていない以上は自分達で判断することは出来ない。
ここで下手に内臓を捨てて、実はかなり稀少な素材でした……ということになれば、ちょっと洒落にならないのは間違いなかった。
「そうね。そうした方がいいとアタシも思うわん」
良く出来ましたと言いたげなビストルの言葉に、レイは嫌そうな視線を向ける。
別にビストルを嫌っている訳ではないのだが、何故か妙に子供扱いされているように思えたのだ。
……実際、筋骨隆々の大男と評すべきビストルにとって、レイは子供と判断されてもおかしくはなかったのだが。
「とにかく、これ以上のモンスターの解体は夜にでもやることにするよ。今はまず、魚を出来るだけ多く獲ってくる必要があるからな」
これ以上ここにいると、ビストルに妙な風に勘違いされかねないと思ったからこその行動。
グズトスをミスティリングに収納すると、マリーナから受け取ったネブラの瞳を腰に装着し、ビューネに撫でられつつイエロと遊んでいたセトに近づいていく。
「グルゥ?」
また海に行くの? の鳴き声を上げるセトに、レイは撫でながら頷く。
「次は、モンスターじゃなくて魚を獲りたいな」
「グルルルゥ!」
セトも魚は好きなので、レイの言葉に同意するように喉を鳴らす。
「こっちもそれなりに魚は釣れてるし、レイも沖に向かうのではなく、釣りをしてみたらどうだ?」
「折角のエレーナの誘いだが、海から戻った時のことを考えると、出来るだけ多くの魚を獲っておく必要があるからな。こういう岸にまでこれるような小さな魚じゃなくて、昨日獲ったようなでかい魚みたいな奴を」
レイとしては、出来れば鮫のような魚ではなく、本マグロのような巨大な魚を大量に獲りたかった。
冷凍技術が発展していなかった日本と同じように、この世界でもマグロは基本的に下魚として扱われている。
もっとも、レイにはTVで見た魚と似ているからマグロと呼んでるだけで、本当にその魚がマグロなのかどうかも分からないのだが。
しかし、エモシオンで食べた時には、間違いなくマグロだと思えた。
だからこそ、こうしてセトと共にマグロを追っているのだ。
もっとも、実際にマグロがこの辺を泳いでいるのかどうかということも分からないので、取りあえずいればいいと、そう思っての行動だったが。
「セト、頼む」
「グルルルルゥ!」
背中に飛び乗ったレイの言葉に、セトは鳴き声を上げて数歩の助走で翼を羽ばたかせて空に向かって駆け上がっていく。
地面が岩であっても、セトの速度は変わらない。
セトの足であれば、不用意に岩を踏んだところで怪我などしないのだから。
「大きな魚を獲れば、セトも腹一杯食べられるぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らしながら、沖へ向かうのだった。
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