第1665話

「ちぃっ! 昨日は安全だと思ったら、今日はいきなりこれか!」

「グルゥ!」


 セトの背の上でレイが短く叫ぶと、それに合わせるようにセトは翼を羽ばたかせて身体を捻り、海中から飛んできた水球を回避する。

 水球という意味では、セトも同じようなスキルを使用出来る。

 だが、海中から飛んできているその水球は、セトの使う水球とは少し違う。

 一番大きな違いはといえば、やはりその水球を作っているのが普通の水ではなく海水であるということだろう。

 また、その水球の大きさそのものはそこまで大きな訳ではないが、その分数が多い。

 セトの水球が大砲の砲弾だとすれば、海水の水球はショットガンの散弾……といったところか。

 もっとも、それはあくまでも現在の比較でしかなく、実際にはセトの使う水球よりも巨大な……大砲の砲弾のような水球を使う存在もいる可能性が高かったが。


「セト、海面に近づいてくれ!」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉にセトは鳴き声を上げ、そのまま翼を羽ばたかせながら海面に近づいていく。

 だが、セトが近づいてきたのが攻撃をしてくるモンスターも気が付いたのだろう。それ以上は攻撃をするような真似もせず、海に潜っていく。

 レイは手に持っていた使い捨ての槍をそんなモンスターに向かって投擲するが、セトに乗っている状態からの投擲である以上、どうしてもその投擲は普段よりも遅くなる。

 上半身の捻りを腕に伝え、そこの力で放つのだが……そこには本来ならもっとも重要な土台となる下半身からの力の伝達が行われていない。

 それにより、投擲された槍の威力は決して高いものではなかった。

 また、投擲に使われた槍がレイの持つ最高の槍たる黄昏の槍ではなく、使い捨ての槍であるというのも、威力が減った理由の一つなのは間違いない。

 黄昏の槍を海水で濡らしたくないという理由からの一撃だったが、ともあれ放たれた槍は空を飛んでいたレイ達に向かって攻撃を仕掛けてきたモンスターに命中することなく、海水を貫くだけで終わる。


「厄介だな」


 海水という防御手段があるモンスターは、攻撃をする時だけ海面に姿を現し、そして攻撃をすると即座に海中に戻っていく。

 絶対的な防御手段としての海水は、レイにとっても厄介以外のなにものでもなかった。


(海水があるから、セトに攻撃してきたのか? ……面倒な)


 幾らセトが高ランクモンスターだからといって、空を飛ぶグリフォンであるのは間違いない。

 そうである以上、海中にいれば安全だと海中のモンスターが判断してもおかしくはなかった。

 本来であれば、セトをセトと認識した上で攻撃してくるようなモンスターは滅多にいない。

 それこそ、ゴブリンのような知能の低いモンスターや、もしくは自分の力に自信のあるモンスターといったところか。

 だが、現在セトに向かって攻撃してきているモンスターは、海中という自分にとって圧倒的に有利な場所にいるからか、そのような躊躇や恐れといったものは一切なくセトに攻撃を仕掛けていた。


「海面近くまで上がってきたところを叩くか、それともいっそ海に潜るか」


 今が冬であれば、海に潜るという選択肢は存在しない。

 だが、今は夏で海水浴をするにはもってこいの季節だ。

 そうである以上、海の中に突っ込んでも何の問題もない。

 ……正確には、レイが身につけている服や……それ以外の各種マジックアイテムまでもが海水に浸かることになってしまうので、本当の意味で何の問題もないという訳ではなかったが。


「温泉があるとはいえ、出来れば遠慮したいところだ……なっ!」


 海面に微かに影が見えたのを確認すると、レイは即座にミスティリングから別の使い捨ての槍を取り出すと、投擲する。

 だが、上空で槍を投擲したのが分かったのか、モンスターは海面に顔を出すようなことをせず、そのまま再び海中に潜っていく。

 海中に潜っていったモンスターを追って槍が海中に突き刺さるが、やはり海という防壁を味方に付けているモンスターの方が、レイの放つ槍よりも有利らしい。


「いっそ周辺の海諸共に熱湯にするか?」


 一瞬そう考えたレイだったが、そのような真似をすればこの周辺にいる他の生物達も全滅することになる。

 自分で食べる分ならまだしも、敵対している相手という訳でもないのに、全く無意味に生き物を殺すというのはレイのポリシーに反する。

 結果として、レイは炎の魔法を使うという選択肢を諦め、再び槍をミスティリングから取り出す。


「さて、次はどこから出てくる? ……セト、セトも警戒をしてくれ」

「グルルゥ!」


 任せて、と喉を鳴らすセト。

 レイにしてみれば、可能なら王の威圧を使って敵の動きを止めて欲しいところなのだが、これもまた敵が海中にいるという影響から効果が薄い。

 皆無という訳ではないのだが、それでも地上や空中にいるモンスター程には効果がないのだ。

 ……既に一度試しているので、それははっきりとしていた。


「グルルルルゥ!」


 と、不意にセトが鳴き声を上げると同時に氷の矢が十本現れて海に向かって飛んでいく。

 アイスアローのスキルによって生み出された氷の矢は、モンスターが海という防壁を持っていてもタイミングが合えばダメージを与えることは可能となる。

 もっとも、それはレイの投擲する槍でも同じことなのだが。

 ただ、レイの投擲する槍は一本であるのに対し、アイスアローは十本の氷の矢だ。

 そういう意味では、なるべく広範囲に攻撃するという意味ではレイの槍の投擲よりも有効なのは間違いない。


「お、当たったか」


 海面に血が滲んだのを見て、レイは感心したように呟く。

 もっとも、海面に漂う血の量を見る限り、攻撃が命中はしても致命的な一撃でなかったのは間違いない。

 それでも今までは海を防壁として使っていた敵に対して攻撃を当てることが出来たというのは、レイにとって幸運だと言ってもよかった。


「っと」


 急にセトが身体を傾けたことに気が付き、レイもセトの上でバランスを取る。

 すると、つい数秒前までセトの身体のあった場所を海中から飛ばされた水球が飛んでいくのが見えた。


「怪我をさせられて、怒ったか? まぁ、それならそれで、こっちも戦い易くなるからいいんだけどな」


 呟き、槍を構えて水面を睨む。

 いつものように強烈な自己主張をしている太陽により、海面に光が反射してモンスターの姿を確認するのは難しい。

 海面に反射する光に目を細めながらも、レイは槍を手にし……やがてセトから少し離れた場所にある海面が盛り上がるのを確認する。

 先程まではそう簡単に海面に姿を現すモンスターの前兆を把握することは出来なかったのだが、今回それが可能になったのは、先程のセトの放ったアイスアローによるダメージがあったからこそだろう。


「くたばれっ!」


 そんな声と共に投擲した槍は、今にもモンスターが顔を出しそうになっていた海面に飛んでいき……


「ギョギョギョウウウウウ!」


 戦いが始まって、初めて周囲にモンスターの悲鳴が響く。

 その外見は、巨大な魚のように思える。

 ただし、普通の魚と違うのは額に一本の長い角が生えていることか。

 また、空を飛んでいるレイからははっきりと見えた訳ではないが、その胴体にはカニのハサミのようなものが腕の代わりについているようにも見えた。


「ハサミには肉が詰まっていて美味そうだな。……セト!」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に反応し、セトは真っ直ぐに下に向かって降下していく。

 モンスターもそんなセトの様子に気が付いたのか、顔を槍に貫かれたままではあったが、急いで海中に潜ろうとする。

 だが……海中に潜ろうとした時には、既にセトはモンスターの身体を前足で鷲づかみにしていた。


「ギョガギョギャガヤ!」


 必死に身をくねらせてセトの身体から逃れようとするモンスターだったが、このモンスターが強いのは海の中でだけだ。

 それも、海という防壁を自由に使いこなしているからのこその強さ。

 一度セトの足に捕まえられれば、その状況では既にどうすることも出来なくなってしまう。

 必死に身体をくねらせるも、その行為によってセトがモンスターの身体を掴む強さがより強くなっていき、最終的にはモンスターは身動きすら出来なくなる。


(水球……いや、海水球と呼ぶべきか? 何で今の状況でそれを使わなかったんだろうな。ハサミも動かせない状況で、噛みつくのも難しい以上、攻撃手段は海水球くらいの筈だ。なのに……いや、海水がないから、か? セトの場合は周囲に水がなくても水球を使えるけど、このモンスターは周囲に海水がなければ海水球を使えない、と。そういう可能性はあるか)


 そんな風に考えている間にも、セトは翼を羽ばたかせて拠点としている岩の海岸まで向かう。

 そこでは昨日と同じく、エレーナ達が釣りをしていた。

 ただ、違うのは、何匹かのモンスターと思しき死体があるということか。


(俺だけじゃなくて、エレーナ達もモンスターに襲われたのか?)


 そんな風に考えつつ、やがて向こうでもレイとセトの姿に気が付いたのだろう。大きく手を振り、マリーナやヴィヘラ、そしてビストルがレイとセトを待っていた。

 まだセトの足が捕らえているモンスターは生きている為に、そのままマリーナ達の側には移動せず、少し離れた場所にモンスターを落とす。

 海の中に生息していたモンスターだけに、陸地に上げられてしまえばどうしようも出来ず、ただ暴れているだけだ。

 カニのハサミを使えば這って移動することも出来るのでは? と思うレイだったが、モンスターにそのようなことをする様子はない。

 そうしてセトが地面に着地して、レイも地面に下りると……レイはミスティリングから槍を――ただし使い捨の槍ではなく、黄昏の槍を――取り出すと、モンスターに近づいていく。

 セトも、モンスターが妙な動きをした時にすぐ反応出来るようにと構えつつ、モンスターに近づいていく。

 そんな真似をしていれば、当然のように離れた場所で釣りをしていたエレーナ達もレイの方にやってくる。


「ギョギャ!」


 そんなエレーナ達の姿を見て、レイの援軍だと判断したのだろう。

 モンスターは、今のままでは間違いなく自分が殺されると判断し、最後の力を振り絞って身体を地面に叩き付け、一気にレイとの距離を詰める……が、次の瞬間、飛び掛かった勢いのままその身体は地面に叩き付けられた。


「っと、危ないな。まだこんなことが出来る力があったとはな。……サンキュ、セト」

「グルゥ」


 飛び掛かってきたモンスターを貫こうとした態勢のまま、レイはセトに……モンスターを前足で叩き落としたセトに、感謝の言葉を口にする。

 そんなレイに、セトは嬉しそうに喉を鳴らして答えた。


「ちょっと、大丈夫!? ……なんて、聞かないわよ? レイとセトのことだから、あの程度でどうにかなるとは思ってないし」


 今のやり取りを見ていたヴィヘラが、少しだけ呆れた表情でレイとセトにそう言ってくる。

 そんなヴィヘラに、レイは大丈夫だという笑みを浮かべつつ手を上げて答えた。


「それで……これは何てモンスター? 一応聞くけど、実は魚でしたとか、そんなことはないわよね?」

「いや、魚がハサミ持ってるのはおかしくないか? それにスキルを使って攻撃してきたし、セトもモンスターだと判断してるから、モンスターで間違いないと思うぞ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは褒めてと喉を鳴らす。

 スキルを使ってきたからモンスターだと判明したが、もしスキルを使うようなことがなければ、その外見を見るまでレイはこれをモンスターだとは認識できなかっただろう。

 大きなハサミを持つという時点で異常というのは分かるが、それを認識する為には海面に姿を現す必要がある。

 海という場所に住んでいる以上、海の中にいる姿を見てハサミをしっかりとハサミと認識出来るかどうかは……


(いや、ハサミなら出来るか。普通の魚には絶対にないし、海の上からでも目立つし)


 そんな風に思いつつ、レイは改めてこのモンスターがどのようなモンスターなのかを考える。

 額からはユニコーンの如く長い角が一本生えており、胴体には一対のハサミを持つ。

 そのハサミは、どこからどう見てもカニのものにしか見えない。

 レイは自分が持つモンスター図鑑の内容を思い出そうとするが、このモンスターに見覚えはない。

 もっとも、モンスター図鑑に世の中全てのモンスターが載っている訳ではないのは、レイも理解している。

 であれば、これが全く未知のモンスターでもおかしくはない。

 そうレイが思った時……


「あらん。これってグズトスじゃない。珍しいモンスターを捕らえてきたわねん」


 ビストルの口から、そのモンスターの名前が判明するのだった。

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