第1667話

「よっし、大漁だな」


 レイは、投擲した槍が大きな魚の身体を貫き、海面に浮かんできたのをそのままミスティリングに収納しつつ、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 レイが狙っていたマグロの類ではなかったが、それでも大きな魚である以上、食べ応えはある筈だった。

 レイも全く知らない魚なので、具体的にどのような味がするのか……もしくは、普通に食べることが出来るのかどうかというのは、それこそ漁師に聞いたりして調べる必要があったが。


「これで、実はフグみたいに毒を持ってます……なんて事になったら、ちょっと洒落にならないけどな。ただ、何となく大丈夫な気がする」


 それは何かの確証がある訳ではなく、本当にただの勘に近いものだ。

 だが、それでも何故か大丈夫だろうという予想は、レイの中にあった。


「グルルゥ!」


 早く魚を食べたいと、セトも鳴き声を上げる。

 そんなセトの首を撫でながら、レイは落ち着けといったように首を撫でた。


「取りあえず今は、魚を食べるんじゃなくて獲ることに専念しような。その代わり、今日の夜はしっかりと魚を食べさせてやるから。……こうなると、網とか欲しいけど、難しいよな」


 セトに声を掛けながらレイが思いついたのは、漁船が網を引っ張って漁をするというものだ。

 セトとレイの一人と一匹なら、巨大な網さえあれば間違いなく同じような漁を出来る筈だった。

 だが、問題はその網をどうするのかということだ。

 漁村や港街に行けば、もしかしたら網があるかもしれない。

 しかし、逆に網の類が全くないという可能性もある。

 網を使った漁をしているのかどうか、レイはわからなかったのだから。


(エモシオンでは一応網を使った漁もしてたみたいだし、全くその手の漁が発達してないって訳じゃないんだろうけど……問題は、この近辺でそんな漁をしてるかどうかだな)


 網を使った漁をするのであれば、当然のようにある程度の大きさの船が必要になる、というのがレイの予想だった。

 そしてこの辺りにはそこまで大きな漁村や港街は存在せず、それだけの船を使って漁が出来るかと言われれば、微妙なところだというのが、レイの判断だ。

 ……もっとも、レイは最初からあまり人のいない場所ということでこの辺りを漁の場所として選んだのだから、それも当然だろうが。


「グルルゥ!」


 と、考えごとをしていたレイの耳に、セトの鳴き声が聞こえてくる。

 どうした? とセトの方を見たレイは、セトが海面の一ヶ所を見ていることに気が付く。

 セトが一体何を見ているのか? そんな思いからセトの見ている場所を見たレイは、その海面の下に幾つもの魚の影と思われるものを見つける。

 大きさは先程レイが獲った魚に比べれば半分……よりも若干大きい七割くらいの大きさだが、一匹で泳いでいた先程の魚と違い、群れで泳いでいた。

 それを見て、改めて網が欲しくなったレイだったが、今はとにかく魚を獲る方が先だと判断してミスティリングから槍を取り出す……のではなく、腰のネブラの瞳を起動させる。

 槍を毎回取り出して投擲するよりも、ネブラの瞳を使った方が手っ取り早いと判断した為だ。

 ただ、当然のようにネブラの瞳によって生み出されるのは鏃で、その攻撃力は決して高いものではない。

 それこそ、鏃で攻撃をしても一発で魚を倒すことが出来るかと言われれば……やってみるまでは分からないというのが正直なところだろう。

 だが、ネブラの瞳で生み出される鏃は、それこそレイの持つ魔力が続く限り延々と生み出すことが出来る。

 一発の威力では槍の投擲に及ばないが、連射速度という点では圧倒的にネブラの瞳の方が有利なのだ。


「後は、試してみるしかないか。……自然環境の為にも、こっちの方がいいんだろうけど、な!」


 そう叫びながら、レイは魚の群れに近づいていたセトの背の上からネブラの瞳で生み出された鏃を投擲する。

 いつもであれば指で弾くといった投げ方をしてネブラの瞳で生み出された鏃を使っているのだが、今回は少しでも威力を高める為に、手首のスナップを使っての投擲となる。

 そうして放たれた鏃は、空気を斬り裂くかのように飛んでいき、海水をも貫き、その下にある魚の身体に命中する。

 槍と違い、海水を貫いただけ威力が減少して鏃は魚の身体を貫くといった真似は出来なかった。

 だが、例え魚の身体を貫通しなくても、その威力は魚を仕留めるという点では十分なものがある。

 ……いや、廃棄品の槍を投擲した場合、柄の部分が壊れそうになっているものであればともかく、穂先の部分が欠けている槍で魚を貫けば、場合によっては穂先の欠片が魚の身体の中に残る可能性がある。

 そう考えれば、魔力で生み出した鏃はすぐに消えるので、刃の欠片を心配するようなこともないだろう。

 そういう意味では、槍の投擲よりも安全ですらあった。

 数個の鏃に身体を貫かれ、浮かび上がってきた魚。

 だが、レイは浮かび上がった魚を回収するよりも前に、折角の魚の群れなのだからと、次々に鏃を生み出しては投擲していく。

 群れを作る魚というのは、基本的に襲われた時に仲間を犠牲にして自分達だけでも逃げる……といった生存戦略を持って群れを作っている。

 実際、もし肉食の魚やモンスターといった存在が群れを襲ってきても、その相手に数度襲われて運の悪い魚達が死ぬだけで、群れそのものは逃げ切るだろう。

 しかし……今回に限っては、相手が悪かったとしか言えない。

 魚の本能に刻み込まれた生存本能が、全く役に立たなかったのだから。

 その最大の原因は、やはり現在群れを襲っているレイとセトが、仕留めた魚をその場で食べるのではなく、放っておいて次々に仕留めていったことだろう。

 勿論、浮いた魚も時間が経てば沈んでいくので、永遠に魚に攻撃し続ける訳にはいかないのだが、レイが見た限りではすぐに沈むような様子もなかったから続けざまに攻撃したというのが大きい。

 ましてや、攻撃してくるのはネブラの瞳で生み出された鏃を使っているレイだけではない。

 レイが乗っているセトも、アイスアローを連続して使い、次々に氷の矢を海中に叩き込んでいた。

 次々に群れを襲う攻撃は、当然のように加速度的に群れの数を減らしていく。

 そうした時間が数分程続き……やがて海に浮かぶ魚の数が百匹近くになった時、ようやくレイとセトの蹂躙と呼ぶべき行動が終わる。


「ま、ここで魚を減らしすぎると、この辺の海に悪影響が出る可能性も……魚の群れの一つでそこまでの影響はないか。ともあれ、セト。魚を回収していくとするか」

「グルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに鳴く。

 魚を回収する時に、数匹程度のつまみ食いはゆるされるだろうと、そのような思いからだ。

 レイも、そんなセトの狙いは分かっていたが、今回セトはかなり頑張ったのだから、数匹のつまみ食い程度であればどうこう言うつもりはなかった。

 海面近くまでセトに下り、身体を傾けて貰い、レイは海に浮かんでいる魚を次々にミスティリングに収納していく。

 足の力だけでセトの胴体に掴まり続けるというのは、普通であればかなり厳しい。

 だが、レイの身体能力があれば、その程度は非常に容易いことだ。

 そうして魚を収納していき、海中に沈みそうになっている魚はセトが顔を海中に突っ込み、クチバシで咥えてそのまま腹の中に収まる。


(海中に沈んでいく魚が、俺が予想していたよりも結構多いな)


 そのことを少しだけ残念そうにするレイだったが、ここでミスティリングに収納することが出来なかった魚も、海の中にいるカニを始めとした者達の腹に収まるのだから、完全に無駄という訳ではない。

 結局八割から九割程の魚を回収することに成功し、セトもまた海に沈み掛かっていた魚をそれなりの数をつまみ食いすることに成功した。


「さて、セト。次はもっと大きな魚を狙うか」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに鳴き声を上げる。

 セトにとって、海でのバカンス――正確には漁――というのは、一日中レイと一緒にいることが出来て、その上で美味い魚を好きなだけ食べることが出来るのだから、これで機嫌が悪くなる筈がない。

 そうして、再びセトは美味い魚を探して海の上を飛ぶ。

 途中で何度かモンスターと思しき存在を海の中に見つけることも出来たが、セトの気配を察知したのか、それとも単純に餌を見つけてそちらに向かったのか。

 その理由はともあれ、すぐに海中深くまで潜られてしまえば、レイとセトであっても攻撃をすることは出来ない。

 いや、攻撃は出来るかもしれないが、倒しきることは出来ない、という方が正しいか。


「んー……小さい魚は結構いるけど、マグロとかは見つからないな」


 海の上から見える魚影は、決して少なくはない。

 だが、そこから見える魚影の殆どは小さいもので、それこそアジやイワシといった小さな魚が主だ。


「あ、でもアジフライとかは食いたいな。でも、小さいからこそ、捕まえるのは難しいか。……まぁ、本当にアジかどうかは分からないけど」


 アジフライ程度であれば、レイも大体の作り方は覚えている。

 魚に小麦粉を纏わせ、溶き卵に通し、パン粉を付けて揚げるだけなのだから、そこまで難しくはない。

 ……もっとも、レイの場合はまずアジを捌くということをしたこともなければ、鱗を取るという行為もしたことがない。

 もしアジを獲ることが出来ても、それをしっかり料理出来るということは、まずない筈だった。

 もっとも、男を掴むにはまず胃袋からと、料理が得意なビストルがいる以上、料理についての心配は全くいらないのだが。


「やっぱり網とかが必要だな。……明日にでも、近くの漁村か港街を探してみるか。もしかしたら、網を使った漁をしてるかもしれないし」

「グルゥ!」


 魚も買えるかも! と喉を鳴らすセトに、レイはそうだなと頷く。

 マグロやそれに準ずるような大きさの魚であれば、それこそレイの場合は槍やネブラの瞳を使って容易に獲ることが出来る。

 だが、小さな……それこそレイが欲しがっているようなアジのような魚であれば、それこそ自分で獲るより本職の漁師から買った方が圧倒的に簡単に手に入るのは間違いない。

 もっとも、夏の海ということでバカンスを兼ねての釣りという風になれば、話は違ってくるが。

 そして実際レイ達がこうして海に来たのは、出来るだけ魚を獲ってきたいというのもあったが、最近は色々と働きすぎなのでバカンスを楽しみたいという思いもある。

 事実、トレントの森の件からギルムの増築工事、それに伴う他の貴族の妨害を排除したり、人が多いということでちょっかいを出してきた他国の犯罪組織に報復し、その犯罪組織が用意していた大量の巨人を倒し、犯罪組織に捕らえられて洗脳されて娼婦をさせられていた者達をレジスタンスと共にギルムまで向かうのに同行し、その途中でギルムに戻って増築工事の手伝いをし、サブルスタ周辺に大量に存在していた盗賊を倒し……といった真似をしていたのだ。

 しかも、これらは大きな出来事だけであり、細かい騒動を合わせればこれよりも遙かに多くなる。

 これだけ忙しかったのだから、バカンスに来て気分転換をしたいと考えるのは当然だった。


(まぁ、この世界では川で泳ぐことはあっても、海で泳いで遊ぶということは基本的にないらしいけどな)


 これは、純粋に川や湖といった場所よりも海の方が凶悪なモンスターが多いという理由からのものだ。

 勿論川や湖、沼、池といった場所にモンスターがいない訳ではないのだが……やはり、モンスターの数や種類では、どうしても海の方が勝る。


「まぁ、それでも取りあえず……今夜の料理に使う分くらいは獲っておくか」


 この場合、有効なのは巨大な魚を確実に仕留めるような攻撃ではなく、周囲を纏めて攻撃出来るような方法。

 そう判断し、レイはミスティリングから自分の象徴と呼ばれているデスサイズを取り出す。


「飛斬!」


 デスサイズから放たれた斬撃の刃は、真っ直ぐに魚の群れの泳いでいる海面に向かって飛んでいく。

 そして斬撃の刃が海面に命中した瞬間、周囲にその威力を解き放つ。

 海その物を斬り裂きながら、一定程度斬撃の刃が海中を進んでいったのだ。

 勿論、切断された海水はすぐに元の姿に戻る。

 だが……飛斬が海水に触れた瞬間に生み出された衝撃により、海面近くを泳いでいた魚が十匹近く気絶し、海面に浮かんできた。


(パワースラッシュの方が、大きな衝撃を与えることが出来たか? いや、けどそうなれば俺が直接海に落ちてたしな。そう考えれば、飛斬で良かった筈だ)


 慌ててレイとセトから離れていく群れを見ながら、レイはそう考えるのだった。

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