第1570話
巨人に踏み固められた道を進むこと、十分程。
その程度の時間で、レイ達はどこに巨人達がいるのかを知ることが出来た。
「あー……なるほど。これなら空から偵察しても分からないよな。周囲は森で、木が覆い隠しているし」
そう告げるレイの視線の先にあるのは、洞窟と呼ぶべき場所だった。
実際、入り口は高さ五m程度と、巨人が余裕で入ることの出来る大きさだ。
幅は巨人が二匹並んでいれば何とか……といった程度の大きさではあったが、それでも一匹なら全く問題なく入ることが出来るのは間違いない。
そんな洞窟の周囲には何本もの木々が生えており、レイの言葉通りその木々が上空を飛んでいてもこの洞窟の存在が見つからないように覆い隠されていた。
もっとも、それは別にジャーヤの者達がそうなるように意図的に木々を植えたりといった風に調整した訳ではなく、本当に偶然にすぎなかったのだが。
それでも洞窟の入り口が隠されていたのは事実であり、レイがセトに乗って空からメジョウゴの偵察をした時には全く気が付かなかったのだ。
偶然であっても何でも、レイにとっては面白くない出来事なのは間違いなかった。
「けど、本当にこの先に続いてるの? だってこの洞窟……そこまで大きいようには見えないわよ?」
ヴィヘラの言う通り、洞窟の入り口がある岩山そのものは、そこまで大きなようには見えない。
勿論人間サイズが数人、もしくは十数人程度であれば隠れるような広さがあるのだろうと、外からでも予想は出来る。
だが、身長三m程の巨人が数百……もしくは千匹を超えるだけの数がいて、その全てが姿を隠せるかと言われれば、答えは否だった。
そんなヴィヘラの言葉にレイは何か言おうとして……ふと、その動きを止める。
いや、動きを止めたのはレイだけではない。若干レイから遅れはしたが、他の者達も全員が動きを止め、洞窟の中に……正確には洞窟の中からこちらに近づいている気配に意識を集中していた。
「その辺りの説明は……こいつに聞けば、分かるんじゃないか?」
洞窟を見ながら呟くレイの言葉は、当然中にいる者にもしっかりと聞こえたのだろう。
自分の存在を見破られたことに一瞬躊躇しつつ、それでもすぐに洞窟の中から姿を現す。
「いやぁ、まさかこんなにあっさり見つかるとは。完全に予想外だったよ」
そう告げる人物の声を聞き、レイは一瞬疑問に思う。
どこかで聞き覚えのある声だったからだ。
それがどこでだったか……そうして思い出すよりも早く、洞窟の中からその人物は姿を現す。
どこか育ちが良さそうな、そんな男。
その男の顔を見て、レイはようやくその人物の名前を思い出す。
「リュータス……だったか?」
「知り合い?」
レイの感じからして、恐らく知り合いなのは間違いないだろうと判断しつつ、それでもこのような場所で出てくる以上は味方ということは考えられないといった様子でマリーナが尋ねる。
「ああ、残念ながら……って言い方はどうかと思うが、知り合いなのは間違いない。前にセトと一緒にメジョウゴの偵察に来た時、盗賊に襲われている商人を助けたって話はしたよな?」
「言っていたな」
エレーナがレイの言葉を思い出すように、呟く。
「だが、私が聞いた話では、レイが助けた人物は商人だった筈だが? 少なくても、こうしてジャーヤの施設から出てくるような人物でなかったのは間違いない」
「ははは、随分と厳しい意見をどうも。けどまぁ、彼をあまり責めないでくれないかな? 私も以前は身分を伏せていたんだから」
「身分を伏せていた、か。まぁ、護衛が何人もついていた……いや、ついているのを考えれば、ただの行商人じゃないってのは予想してたけどな」
洞窟の奥の方に視線を向けながら告げるレイに、リュータスは軽く驚きの表情を作る。
……そう、浮かべるではなく作るだ。
護衛の者達の存在が気取られているのは、リュータスにとって想定内の出来事なのだろう。
「君達程の実力者となれば、私の護衛も形なしだね。これでも、かなりの実力者の筈なんだけど」
以前レイと遭遇した時とは、微妙に雰囲気が違うリュータス。
もっとも、以前は偶然レイと遭遇したのであって、素性を偽るという意味でも性格を作っていたのは間違いなく、今のリュータスの性格こそが本物の性格なのだろうというのは、レイにも容易に想像出来た。
「そうだな。レーブルリナ国にいるにしては、それなりに腕が立つみたいだな」
腕利きではあっても、結局それはレーブルリナ国という小国だけの話であって、ミレアーナ王国のような大国ではそこまで強いという訳でもない。
言外にそう臭わせながらレイが告げると、それに対して護衛から殺気が放たれる。
(自分の実力を侮られたのが不満だったのか、それとも自分達を侮った影響で護衛対象のリュータスに被害が及ぶのを防ぎたかったのか……それは分からないけど未熟、だな)
勿論レイ達は隠れている護衛がいるのを承知している。
向こうもそれは理解しているのだろうが、それでもここでそれを露わにするというのは、浅慮と呼ぶべき行動だった。
そんなやり取りを理解しているのか、いないのか。
リュータスは、特に気にした様子もなく口を開く。
「それなり、か。ジャーヤの中でも最高峰の腕の持ち主なんだけどね。それでも異名持ちの冒険者にとっては、それなりなのか」
少しショックを受けた様子のリュータスだったが、それとて本当にショックを受けたのか、それとも単純にそのような振りをしているだけなのか。
それはレイにも分からなかった。
ただ分かるのは……
「まさか、こうもあっさりと自分がジャーヤの人間だと認めるとは思わなかったな。もう少し誤魔化すと思ってたんだが」
ジャーヤの中でも最高峰という言葉を聞けば、どこに所属しているのかというのは一発で分かる。
リュータスの口からその言葉が出るというのは、レイにとっても驚きだった。
「そうかい? けど、この場所で遭遇した以上、誤魔化しようがないと思うんだけど」
「それは否定しない」
巨人の出荷先と見られるこの洞窟にリュータスの姿があったのだ。
それで実はジャーヤと何も関係ありませんと言われても、とてもではないが信じられる筈がない。
「けど、それでも誤魔化そうとするんじゃないか? 大体、何でわざわざ正面から出てきたんだ? 逃げるなら、他にも隠し通路とかそういうのがあると思うんだが」
「おや、情報収集か? 案外と抜け目がないね。……まぁ、これは知られても今更のことだから教えるけど、残念ながらこの洞窟の出入り口はここだけなんだよ。いや、勿論前には他にも幾つかあったんだけど……ほら、分かるだろ?」
最後まで言わず、それでいて分かるだろと視線を向けてくるリュータスだったが、レイも向こうが何を言いたいのかはすぐに分かった。
「巨人、か」
「正解。外に続いている場所は巨人が通れるような場所だけじゃなかったけど、人が通れる程度の広さであっても、巨人が暴れればあっさりと壊れる可能性がある。だから、外に続く出入り口はここ以外にはないんだよ」
「……重要な情報だろうに、そうあっさりと教えてもいいのか?」
リュータスの口から漏れた情報は、レイにとってかなり意外なものだった。
勿論その情報を鵜呑みにするようなことは出来ない。
それでも、重要な情報となることは間違いのない事実なのだ。
なのに、何故そんな重要な情報を教えるのか? と、そう疑問に思うのは当然だろう。
一歩下がって二人のやり取りを眺めているエレーナ達も、その思いは同じだった。
だが、リュータスはそんなレイの言葉に笑みすら浮かべながら言葉を続ける。
「そもそも、レイ達のような腕利きがここまでやって来たんだ。これ以上は何を隠そうとしても、すぐに見つかってしまうだろ。なら、話せる情報は話してしまって、それで捕まった後で手加減をして貰った方がいいと思うだろう?」
「若っ!」
洞窟の岩陰に隠れていた護衛の一人が、そんなことを言いながら姿を現す。
まさか自分達の組織の秘密を、こうもあっさりとリュータスが言うとは思っていなかったのだろう。
四十代、もしくは五十代くらいの年齢の、厳めしい顔つきをした男が、レイ達を睨み付けながら、横目でリュータスを窘める。
「このような者達に、一体何を言うのですか! 若はジャーヤのこれからを背負っていく身なのですぞ! その辺りの自覚をしっかり持ちなされ!」
「そうは言うけどね。レイ達がここまで来てしまった以上、もう色々と無理だと思うよ。もしここで私が何とか対抗しようとしても、レイ達をどうにか出来ると思う?」
「それは……」
リュータスに声を掛けた男も、護衛をしている以上、相手の強さを読むことには長けている。
そんな男の目から見ても、レイ達の実力は自分や部下達を遙かに上回るだけのものを持っているのは明らかだった。
もしこの場でリュータスが情報を漏らさないでいれば、間違いなく戦いとなる。
そうなれば、自分達が負けるのは確実だった。
それでもジャーヤに所属している身としては、あっさりとリュータスの言葉に従う訳にはいかない。
「若、若が何を言いたいのかは分かります。ですが、儂はジャーヤで育ってきた身。そのようなことは受け入れられません」
「……だろうね」
男の言葉に、リュータスは一瞬残念そうな表情を浮かべる。
だが、すぐにその表情は消え去り、いつもの微かに笑っている表情となった。
「それで、どうするのかな? 君達が全員で掛かっても、レイ達はどうしようもないというのは分かっているんだろう?」
「それは理解しています、ですが……それでも、儂は……」
そこで言葉を切った男は、そのまま腰の鞘から短剣を抜き、構える。
明確な敵対行為ではあったが、その刃が向けられているのは、リュータスではなくレイだ。
(だよな)
レイは、寧ろそのことに安堵した。
リュータスは大人しく自分達に従ってくれそうであり、色々と詳しい事情を知らせてくれるだろう相手だ。
そのような人物が狙われるというのは、出来れば避けたい。
自分が狙われるのであれば、それこそどうとでも対処出来る自信はあったので、この展開は寧ろ望むところだった。
「で? 他の連中はどうするんだ? この男と一緒に……ってのなら、別に止める気はないが?」
そう告げるレイの言葉に従うように、一人、また一人と姿を現す。
その誰もが、ジャーヤの精鋭達よりも腕が上なのは、レイの目から見て明らかだ。
「予想以上に道連れになる奴が多いな。……お前、案外人望はないのか?」
「失礼な。……もっとも、今の光景を見ればそれを否定出来ないのは残念だけど」
実際、レイが感じていた気配の数は、全部で十人程。
そしてリュータスの側に留まったのは、二人。
つまり、八人がリュータスを見限り、レイの前に立ち塞がったのだ。
リュータスが自分の人望のなさに自信をなくしても、それはおかしくなかった。
リュータスの額にある汗は、決して夏の暑さによるものではなく、自分の人望のなさからきたものであるのは間違いなかった。
少なくても、レイの目からはそう見える。
「まぁ、取りあえず……こいつらをどうにかすれば、情報を貰えるということでいいんだな?」
「そうだね。もっとも、こっちも色々と事情があって、何でも喋られるって訳じゃないけど」
リュータスの言葉に、レイは地下施設で何かを言おうとした瞬間に死んだ男のことを思い出す。
「あー……なるほど。あの呪いじみた魔法、お前にもあるのか」
「……」
ふと呟いたレイだったが、何故か……そう、何故かリュータスは、レイの方を見て唖然とした驚愕の表情を浮かべていた。
それこそ、まるで信じられない物、または者をみたかのような、そんな顔。
普段から表情を作っており、素の表情を見せないリュータスにしては非常に珍しい姿と言ってもいいだろう。
「どうした?」
だからこそ、レイもそんなリュータスの姿を疑問に思い、そちらに視線を向けていた。
「儂を甘く見ないで貰おうか!」
自分の前でこれ以上ない程の隙を見せたレイが、男のプライドに傷を付けたのだろう。
短剣を手に、一気にレイとの間合いを詰める。
自分の技量に自信はある。
だからこそリュータスの護衛を任されていたという自負もあった。
だが……そんな自分を前にして、それこそいないかのような態度を取るレイの存在が、絶対に許せなかった。
そんな憤りを込めて踏み込んだ一歩は、間違いなく男にとって会心の一歩。それは間違いない。
ただ……目の前にいたのがレイだというのが、男にとっては唯一にして最大の誤算だった。
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