第1546話
ロッシで巨人が産まれなかった以上、このメジョウゴにこそ巨人が産まれる秘密がある。
そう聞かされたレイは、自分の考えが間違っていたことに微かに眉を顰める。
(奴隷の首輪は何の意味もないってことか? いやまぁ、強制的に従えるんじゃなくて、自分の意思で娼婦をやるようにさせてるって意味で何の意味もないってことはないだろうが)
奴隷の首輪その物は以前からあったが、ジャーヤが使っている奴隷の首輪は、レイが知っている物とは大きく違う。
そのことに違和感を抱きつつ、レイは口を開く。
「それで、他に知ってることは何だ? 巨人がメジョウゴ以外で産まれないのは理解した。なら、その理由は?」
嘘は許さない、大事なのはそこだと。そんな意味も込めて尋ねるレイの迫力に圧倒される男だったが、それでも自分を精鋭の一人と言い張るだけはあり、口を開く。
「残念だけど、それは分からない。ただ、この地下施設に何かあるのは間違いないと思う」
「……知らない? 本当にか? 精鋭だと言ってるお前がか?」
「本当だ! そもそも、この地下施設は限られた奴しか入ることが出来ないんだよ! それは、門番を任されていたのが俺達よりも強い奴だったんだから、分かるだろう!?」
「どう思う?」
「嘘は言ってないように見えるけどね。そもそも、ここで嘘を吐けば、その時点で死を選ぶようなものだし」
ヴィヘラの言葉に、男は一瞬震える。
実際、ここで何か嘘を言った場合、自分は即座に地上で散っていった仲間達の後を追うことになるというのは、明らかだったからだ。
「も、勿論嘘なんか言ってない!」
だからこそ、こうして叫ぶも、同時に男からはこれ以上何か重要な情報を入手出来ないということも意味していた。
勿論、他にも色々と細かい情報は知っているだろうが、現在レイ達がいるのは敵地なのだ。
そうである以上、ここでゆっくりとしていられるような暇はない。
大体の必要な情報は聞いたので、今度は先に進む必要があると判断し……レイは、改めて男に視線を向ける。
「お前を殺すということはしない」
その言葉に、男は安堵の息を吐く。
有益な情報を持っていれば殺しはしないと言われていたものの、それでもやはり用済みになった瞬間に殺されるという可能性は皆無でなかったからだ。
特に自分はジャーヤの精鋭の一人として、それなりに美味しい目にあっている。
例えば、好みの娼婦を独占したり……といった具合にだ。
それだけに、パーティメンバーに女が多いレイ達に決して好感を持たれている訳ではないというのは理解していた。
そんな状況で生き残ることが出来たのだから、男にとっては存外の幸運だろう。
現在の状況を考えれば、それこそ全ての情報を吐き出させられた後で殺されてしまってもおかしくはなかったのだから。
「そ、そうか。じゃあ俺はこれで。ここにいれば、お前達の邪魔になるだけだし!」
殺されることはないと知り、そうである以上可能な限り素早くレイ達の前から消える必要があった。
いつまでもここにいれば、それこそいつレイ達の気が変わって殺されることになるとも限らない為だ。
そのような理由でこの場から離れようとした男だったが……いつの間にかデスサイズを手にしていたレイが、その死神の刃でこの場から逃げようとした男の行動を遮る。
男も、巨大な刃を目の前に突きつけられてしまえば、その状況で逃げだそうとは思わない。
「えっと、俺をこのまま逃がしてくれるって話だったんじゃないのか?」
もう数歩進んでいれば、あの刃に自分から突っ込んでいただろう。
そう思うだけに、男は恐る恐るといった様子でレイに尋ねる。
だが、その視線を向けられたレイは、フードの下で笑みを浮かべて口を開く。
「俺は、そして俺達は殺さないと言ったが、このままお前を逃がすといった覚えはない。お前には、この地下施設の案内をして貰う必要があるからな」
レイの口から出てきた言葉に、男は夏の暑さとは全く違う原因の、冷たい汗を流す。
現在いるのは地下施設の中で、地上に比べれば大分涼しい。
にも関わらず、今流れている汗を止めることは出来ない。
緊張により急激に乾いた喉から、無理矢理声を絞り出す。
「それは、どういう意味だ? 俺はこのまま解放されると思ってたんだけど」
「冗談を言うな。そもそも、俺達はこの地下施設の様子を全く何も知らないんだぞ? そんな状況で、どうやって目的の場所に行けって言うんだ?」
「それは……」
レイにそう言われれば、男に返す言葉はなかった。
適当に進めばいいと思わないでもなかったが、もしそれを口にした場合、間違いなくレイの持つ大鎌の刃が振り下ろされてしまうだろう。
かといって、ここで自分が知ってる限りの地下施設の情報を口にしても、時間が掛かるだけだというのも理解している。
レイが自分に案内をしろと言ってるのは、つまりはそういうことなのだろうと。
既にこの地下施設に侵入者があったことは、ジャーヤに知られている筈だった。
そうなれば当然のように警戒態勢が敷かれ、ジャーヤも侵入してきた相手を排除するといった行動に出るだろう。
その為の防壁に……肉の壁になれと、そう言われているのだ。
当然男はその言葉に不満を抱くが、だからといってそれを口に出せば、それこそ目の前の男に……もしくは周囲にいる他の女達に殺されてしまう可能性が高い。
結局男が出来るのは、レイの命令通りに肉壁となって地下施設を進むか、もしくは万が一、億が一といった可能性に賭けてこの場から逃げ出すというどちらかしかない。
第三の選択肢として、レイ達と交渉するという手段がない訳でもなかったが……交渉に使えそうなカードが思い当たらない以上、その手段は実質的に存在しないことになる。
「どうした? そろそろ動け。まずは、そうだな。やっぱり向かうのはここにある何かか、巨人か……もしくはお偉いさんのいる場所か。その辺りはお前に任せる。けど、妙な行動をすれば、その時点でお前の命はないと思え」
レイは男を絶対に逃がすつもりはないといった視線で見ると、そう告げる。
偵察をするという意味では、それこそビューネという存在もいるのだが、ここは敵の重要拠点だ。
何があるのか分からない以上、やはりここはいざという時の為の身代わりの手段が必要だった。
(こういうことをしてるから、ビューネの盗賊としての技量が上がらないのかもしれないけどな)
自分でも若干過保護なのでは? と思いつつも、レイは男にデスサイズの刃を突き付ける。
男も、これ以上抗弁するのは自分にとって致命的な事態を招くと判断したのだろう。
渋々とではあるが、通路を奥に向かって進み始める。
「じゃあ、行くか」
「いいの? 大事なところで裏切るかもしれないわよ?」
「そうなったらそうなったで、相応の対処を取るさ」
マリーナの言葉にそう返しつつ、レイ達も男の後を追う。
何かあった時に自分達に被害が及ばないように、五m程の距離をおいてだが。
ふと、レイは鉱山でカナリアを使うということを思い出す。
現在の自分達の状況と若干似ているような気がしたが……細かいところでは色々と違うだろうと思い直す。
ともあれ、前方の警戒は男に任せたレイ達は、後ろから誰か攻撃してくるか、はたまた隠し通路等から誰かが攻撃をしてくるかと警戒しつつ、通路を進んでいく。
レイ達が侵入したという話がどこまで広まっているのかは分からなかったが、少なくてもレイ達が通っている通路に幾つかある部屋からは人が出てくる気配がない。
馬車が通れるような広い一本道で、その左右には幾つもの扉が並んでいる……といったような、非常に単純な構造の地下施設。
だが、地下にこれだけの施設を作ったという時点で、そこには多大な労力が必要だったのだろうというのは、レイにも容易に想像出来た。
(日本にいた時、TVで地下街の特集とか見たことがあったけど……こんな感じだったな。勿論、全体的に見ればこれよりも上だったが)
そんな風に考えながら、レイ達は通路を進む。
静寂に包まれている地下施設だったが、それだけに周囲には自然と緊張が満ちていく。
いつ向こうが仕掛けてくるのかといった奇襲を警戒しているのだから当然だろう。
中でも最も緊張していたのは、当然のようにレイ達の先を歩かされている男だろう。
もしジャーヤが何か仕掛けてきた場合、真っ先に被害を受けるのは間違いなく自分なのだから。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
男も精鋭と呼ばれるだけの技量を持ってはいる。
だが、それはあくまでも直接的な戦闘でのことであって、盗賊のように偵察が得意という訳ではない。
それだけに、現在の状況は男にとってかなり厳しいものがあった。
一歩進むごとに、もしかしたら何か罠が仕掛けられているのではないか。どこかから自分を排除しようと仲間――この場合は敵だが――が姿を現すのではないか。
そんな不安に襲われつつ、通路を進む。
それでも五分、十分と時間が経てば、次第に緊張は緩んでくる。
最初は周囲を警戒しながら進んでいても、その警戒も時間が経つごとに緩む。
だからだろう。男は次第に大胆になっていき……その意識が不意に……そして永遠に途切れる。
最後に男が感じたのは、え? という疑問だけだった。
「ちっ、罠だ! 気をつけろ!」
これが、例えば弓を武器にしているジャーヤの人間であれば、話は別だろう。
レイ達であれば、殺気を感じることも不可能ではなかった筈だ。
だが、罠は当然そこに人が介在しておらず、殺気のようなものを感じることも出来ない。
もしレイ達が狙われたのであれば、それこそ自分に向かって飛んで来る矢を回避したり斬り払うといった真似は容易に出来るだろう。……ビューネは微妙だが。
しかし、レイ達の前にいた男は、緊張している時であればまだしも、その緊張もかなり薄れ、半ば油断しているような状態になっていた。
それだけに、殺気も何もない罠による弓の一撃は回避出来なかったのだろう。
そして男の頭部を貫いた矢は、当然それだけで終わる筈もなく……次から次に、男の後ろにいたレイ達に向かって放たれる。
だが、最初の一撃であれば多少驚いたかもしれないが、一度そのようなものがあると理解してしまえば、それに対処するのはそう難しくはない。
レイは手にしたデスサイズを振るってあっさりと自分に向かって飛んできた矢を斬り飛ばす。
他の者達も同様に、自分に向かってきた矢に対処していた。
そのまま数十秒程、連続して矢が放たれていたが、それもやがて矢が切れたのか、その攻撃は終わる。
「まさか、味方諸共殺しにくるというのは……いや、ジャーヤの性格を考えれば、そこまで不思議って程でもないか」
額を貫かれ、何が起きたのかも分からないままで死んでいる男を一瞥し、レイが呟く。
遅かれ早かれこのようなことになるとは思っていたのだが、それでもまさかこれ程に早く切り捨てられるとは思っていなかったのだ。
情報提供をして貰ったという意味では、それなりに感謝してはいたのだが……それでもやはり、ジャーヤの人間ということもあってか、死体を見ても驚きはあれど悲しみは存在しない。
「そもそも、ここは普通の通路なのだろう? なのに、罠が仕掛けられているとは……少し予想外だったな」
死体を見ても特に動揺した様子もなく、エレーナが呟く。
実際、エレーナの目から見ても男の存在はあまり面白くなかったのだろう。
「とにかく、前に進みましょう。向こうが明確にこちらに敵対してきた以上、ジャーヤの取る手段は大体想像出来るわ」
マリーナの言葉に、全員が頷く。
そうして周囲の様子を警戒しながら、レイ達は先に進む。
そんな中、先頭を進むのはビューネだ。
これは盗賊である以上、当然だろう。
男が矢で殺された為にヴィヘラは若干心配そうではあったが紅蓮の翼というパーティで行動している以上、当然盗賊としてパーティに参加しているビューネは、相応の仕事を要求される。
勿論それ以外の者達も、周囲の状況を見張っていた。
建物の外では、セトがジャーヤの者達が建物に近づかないようにと警戒していたが、この地下施設の出入り口が一つであるという保証はない。
先程の男は分からないと言っていたが、他に何ヶ所も建物の外に繋がっていてもおかしくはないのだ。
また、地下施設の中を大きく回り込み、背後から襲ってくるという可能性も決して否定は出来ない。
その辺りを警戒しながら進む以上、どうしてもある程度は進む速度は遅くなってしまう。
今回の一件は奇襲である以上、出来るだけ早く目的を達して撤退したいのだが……と思うレイだった。
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