第1547話
レイ達が地下施設を進んでいる頃、セトは地下施設の入り口のある場所で好き放題に暴れ回っていた。
「くそっ! あのグリフォンを倒せ! とにかく、翼を攻撃して地面に落とすんだ! そうすれば、俺達にも勝ち目はある!」
そう叫ぶのは、この場にいるジャーヤの中では最も地位の高い人物。
地下施設に直接敵が乗り込んできたと感じ、援軍としてやって来た者達を率いている人物だ。
だが、男に命じられてもそれに対応出来る者は少ない。
そもそも、ここにいるのは地下施設に突入したレイ達の後ろを突く為にやってきた者達だ。
地下施設の中だけに、飛び道具の類ではなく、直接攻撃をする方が有効――相打ちを避ける為にも――だという判断で、弓を持ってきている者は少数だ。
ましてや、弓を持っている者も本職という訳ではないので、射られた矢はセトに容易に回避されてしまう
他の者達も、周囲に落ちている石を投げたりはしているが、当然セトに命中する様子はない。それどころか……
「グルルルルルルゥ!」
空中でセトが高く鳴き声を上げると、その周囲には十本の氷の矢が生み出される。
「グリフォンがスキルだとっ!? 回避、全員回避しろ!」
それに気が付いた男が叫ぶが、必死に攻撃している今の状況ですぐに逃げられる筈もなく……次の瞬間には、放たれた十本の氷の矢が男達を襲う。
「ぎゃああっ!」
「ぐおっ!」
「痛っ!」
放たれた氷の矢の全てが男達に命中した訳ではないのだが、それでも被害を受けた者は何人もいた。
中には眼球を氷の矢で貫かれるといった一撃を受け、そのまま命を落とした者すら存在している。
そんな戦いの最中、セトが空を飛んでいるのをいいことに、入り口から地下施設の中に飛び込もうと考える者も何人かいた。
セトが厄介なのは、空を飛んでいること。そして、本来ならグリフォンが使えないだろうスキルを使って自分達の攻撃の届かない場所から一方的に攻撃してくること。
そうである以上、地下施設の中に入ってしまえばセトも攻撃は出来ないし、追ってくることも出来ない筈だった。
いや、地上に降りれば追ってくることは出来るかもしれないが、そうなれば空を飛ぶという最大の優位を捨てることになる。
そうなれば、ランクAモンスターであろうとどうにか出来るかもしれないと、そう考えたのだろう。
スキルを使っている時点で、冒険者であれば希少種として、一つランクが上のランクS相当と認識してもよさそうなものなのだが、ここにいるのは冒険者ではない。
だからこそ、その辺りの事情もしっかりとは理解出来ていなかったのだろう。
地下施設の入り口に入ろうとした者達は、突然上空から放たれた炎によって全身を燃やされる。
運が良かった……いや、悪かったのは、セトのファイアブレスの威力がレイが扱う炎のように高い威力を持っていなかったことだろう。
一撃で炭にされるようなことはなかったが、代わりに生きたまま全身を燃やされるといった被害を受けたのだ。
偶然仲間の陰となって炎を浴びないで済んだ女は、何とかして建物の中に入ろうとするも……次の瞬間、翼を羽ばたかせて急速に降下してきたセトの前足に捕まえられ、次の瞬間にはその姿は空にあった。
元々巨大な熊の死体ですら、余裕で持ち運べるセトだ。
それが女一人程度であれば、負担は殆ど存在しない。
「え……あれ?」
一瞬の浮遊感に、自分が今どこにいるのか分からなくなった女だったが、それでも自分の胴体を握っている鉤爪を見て……そして頬に触れる風で、自分がどこにいるのかに気が付く。
「きゃ……きゃああああああああああっ!」
叫びながらも、反射的に腰にある短剣の鞘に手を伸ばしたのは、最初にここを守っていた精鋭達程ではないしろ、それなりに実戦を潜り抜けてきたからだろう。
だが、その手が短剣を抜くよりも前に再び訪れる浮遊感。
先程の浮遊感と決定的なまでに違っていたのは……セトが掴んでいたのではなく、高さ十m以上の高さから離したことだろう。
真っ直ぐ地上に向かって落下していく女は、混乱しながらも何とか体勢を立て直そうともがく。
これが普通の時であれば、何とか体勢を立て直すことは出来ただろう。
だが、セトに掴まれて空中に運ばれるといった経験をした直後だけに、頭が混乱して正常に身体を動かすことが出来ない。
ましてや、ただでさえ女が現在いるのは、地面ではなく身動きがしにくい空中だ。
結果として……
「いやあああああああああああっ!」
女は空中で体勢を立て直すことが出来ず、それどころか無理に身体を動かした結果、落下するコースが変わってしまう。結果として……
「うわっ! おい、こっちに来るな、来るなーっ!」
女と一緒にここに駆けつけた男が、叫びながら何とか女を回避しようとする。
しかし、女は空中で暴れるのを止めず、偶然にも男が回避した方に向かって進路を変え……最終的には二人ともが悲鳴を上げながらぶつかる。
高度十m程度の高さからの落下ではあったが、レザーアーマー等を装備している女の体重は男に致命的なダメージを与えるには十分な凶器となっていた。
二人は、お互いに悲鳴を上げながらその場に倒れ込む。
運がいいのか悪いのか、女も男もまだ生きてはいた。
だが、瀕死の重傷と呼んでもおかしくないだろう怪我をしており、とてもではないがこの戦いに復帰するのは無理だ。
そんな二人だったが、最悪なのはここからだろう。
痛みで身動きが出来ない状況で、戦いは続いているのだ。
そこら中を仲間が走り回ったり、武器が飛んできたり、セトの放った氷の矢や風の矢といった様々な攻撃が周囲に降り注ぐ。
……結果として、この男女は動けないまま戦いに巻き込まれ、その命を失うことになる。
「くそがぁっ! 何でもいい、とにかく投げられる物は何でも投げろ! あのグリフォンを地上に叩き落とすんだ!」
指揮を執っている男が、苛立ち混じりに叫ぶ。
だが、既に弓を持っている者は矢がなくなる寸前まで攻撃をしているし、周囲に投げるのに丁度いいものが無数にある訳でもない。
勿論ここはメジョウゴで、ジャーヤの支配地域と呼ぶに相応しい場所だ。
少しここを離れれば矢を補充するのも可能だろうし、それこそ現在持っている者が少ない弓を補充するのも難しい話ではないだろう。
だが、それが出来ない。
何故なら、地下施設に入ろうとする者、そしてここから逃げ出そうとする者を、セトは優先的に攻撃してくる為だ。
戦っている者達は、半ば自分達が死地にいるのだと理解しつつもここから逃げ出すような真似は出来なかった。
……ましてや、自分達が所属しているのはジャーヤという犯罪組織なのだ。
自分だけ逃げるような真似をすれば、もしここで生き残ることが出来てもその後の人生がどうなるのかは容易に想像出来る。
「グルルルルゥ!」
セトが高く……メジョウゴ中に響けと言わんばかりに鳴き声を上げ……その声を聞いた瞬間、この場にいる者達の動きが止まる。
セトの持つスキル、王の威圧。
その雄叫びはセトより格下の相手を威圧し、動けなくするという能力を持つ。
勿論全員が完全に動けなくなる訳ではないのだが、今回に限っては全員がその場で動けなくなってしまう。
「え……あ……」
指揮を執っていた男が、何か口にしようとする。
だが、身体も……そして口も動くことはなく、男は空中でセトが大きくクチバシを開き……その口の中からファイアブレスが放たれるのを黙って見ていることしか出来なかった。
「向こうに行っては駄目よ! 今は安全な場所に避難してて!」
「スーラ、安全な場所ってどこだよ! 下手に建物に避難させれば、建物が破壊されるかもしれないぞ!」
レジスタンスの一人が、指示を出しているスーラに向けてそう叫ぶ。
実際、セトが暴れている周辺にある建物が壊れているのは、離れた場所からでも確認出来る。
そうである以上、建物に避難するというのは間違いにしか思えなかった。
だが、そんな仲間に対し、スーラは叫び返す。
「大丈夫よ、暴れているのはあくまでも街の中央付近だから。避難するのなら、中央じゃなくて街の端の方に移動すればいいわ。皆も、そうやって誘導してちょうだい!」
スーラ率いるレジスタンスにとって幸運だったのは、ジャーヤが使用している奴隷の首輪は装着者の意思を強引に変えることは出来るが、スーラ達のようなレジスタンスに遭遇しても反抗したり、ましてや攻撃したりといったことは命令出来なかったことか。
もしくは命令出来ないではなく、レジスタンスという存在を軽んじて敢えて命令しなかったのかもしれないという理由はあるが、ともあれ今のスーラ達にとって助かったのは間違いないだろう。
もっとも、その代わりという訳でないが、避難が全然進んでいないということもある。
現在は日中……昼を少しすぎたくらいだが、それは朝方に眠りにつく娼婦にとっては、ぐっすりと眠っている時間……普通の人の感覚では、それこそ真夜中に近い時間帯だ。
娼館の殆どの者達が眠りについており、起きているのはほんの少数でしかない。
そんな状況で街の中心部分にある娼館の住人を叩き起こして避難させるのだ。
とてもではないが、現在のレジスタンスの人数で出来ることではない。
ましてや……
「てめえら、何を勝手に仕切ってやがる! ぶっ殺すぞ!」
客が暴れたりした時の為に用意されている、ジャーヤから派遣された護衛達がそれを邪魔する。
いや、護衛にしてみればいきなり轟音が響き渡ったと思えば、突然娼館にやって来た者達が娼婦達を叩き起こして避難するようにと指示しているのだ。
娼館の護衛を任されている者達にしてみれば、そんな相手を信用出来るかといった問題がある。
あまりにタイミングが良すぎたのが、護衛達には引っ掛かったのだろう。
実際、この襲撃が起きるというのは前もって知っていたからこそスーラ達レジスタンスはこうして素早く反応出来た訳で、護衛の男達の判断は決して間違っている訳ではない。
ただ一つにして、致命的な誤算だったのは……
「うるさいわね、このままだと貴方達もあの騒動に巻き込まれて死んでしまうのよ? いいから、ここは私達の指示に従って避難しなさい」
そう言いながら、シャリアが護衛の男の鳩尾に拳を埋め込む。
いきなりのその行動に、スーラに向かって怒鳴っていた男は何を口にするでもなく意識を失って崩れ落ちる。
その様子を見ていた他の護衛達は、いきなりの行為に声も出ない。
この店を任されている護衛達は、全員が大体同じくらいの実力を持つ。
つまり、問答無用で男がやられた以上、シャリアを相手にして自分達では絶対に勝てないと、そう理解してしまったのだ。
そんな中、護衛の中の何人かがスーラの首に奴隷の首輪があるのを確認する。
正確にはそのように見せかけた代物でしかないのだが、護衛の男達にそれを見分けろという方が無理だった。
そしてシャリアの首にも、同じ奴隷の首輪が嵌まっている。
勿論シャリアがつけている奴隷の首輪も、スーラと同じく見せかけだけの偽物だ。
本人は狼の獣人としてそのような首輪を付けるのは絶対にごめんだったのだが、今回は日中にメジョウゴの中で活動しなければならないということもあり、首輪がない状態のシャリアが動き回れば、絶対にそれに気が付く相手が出てくる。
その為、本人は嫌がったのだが、スーラが何とか説得したのだ。
実際、奴隷の首輪を付けているおかげで、スーラやシャリア達は護衛の者達に特に怪しまれるようなこともないまま、建物の中にいた者達を他の場所に連れて行くのに成功する。
それ以後も戦いが起きているだろう場所の近くにある娼館や酒場に向かっては、寝ている者達を叩き起こし、そのまま被害の出ない場所……メジョウゴの中でも端の方にある建物へ連れて行く。
当然そのようなことをしていれば目立ってもおかしくはないのだが、これだけの戦いが起きていても、今はまだ日中ということもあってメジョウゴの中では眠っている者の方が多く、騒動にはなっていない。
「こっち! こっちに来て下さい! 街の中心部に行くと危ないです!」
起こされた娼婦の中でも、スーラ達に協力を申し出てくる者はいる。
奴隷の首輪で意思を曲げられ、自分から望んで娼婦をさせられている女達だったが、性格そのものが変わってしまった訳ではない。
避難してきた者達を助けるといった行為を、当然のように行う者もいる。
(幸い、前もって心配してたように、メジョウゴそのものが消えてしまうってことはなさそうだけど……出来るだけ早く終わらせてよ)
スーラは空を飛んでいるグリフォンのセトを見ながら、そう願うのだった。
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