第1545話

「ぐるおおおおおおおおおおっ!」


 オーク似の女が、息を切らしながら拳を振るうも……既に全身が傷だらけになっているだけあって、その動きは鈍い。

 最初は武器を持っていたのだが、戦いの中でその武器もヴィヘラの一撃により破壊されている。

 それでも、ヴィヘラと戦ったにしては善戦した方なのだろう。

 既に仲間は全員地面に倒れているにも関わらず、オーク似の女のみは、まだ何とか意識を保ったままヴィヘラと戦闘を行っていた。

 もっとも、既に満身創痍と呼ぶに相応しい姿だったが。


「貴方との戦い、結構楽しめたわ」


 オーク似の女の一撃を回避したヴィヘラは、その横を通り抜けざまに短く告げ、軽く拳を振るう。

 レイの目から見れば、ジャブのようにしか見えない一撃。

 だが、その一撃は的確に顎の先端をかするようなもので、次の瞬間オーク似の女は激しく脳を揺らされ、意識を失う。

 元々既に立っているのがやっとといった状況であった以上、ヴィヘラの一撃に耐えることは出来なかった。

 意識を失ったまま地面に倒れこみ、門を巡る戦闘は静かに幕を閉じる。


「お疲れ……って程、疲れてはいないみたいだな」


 ヴィヘラとエレーナが戦っている間に坂を下りて様子を見ていたレイが、そう言いながら冷たい果実水の入ったコップを渡す。

 レイが口にした通り、激しい戦いをしたにも関わらず、ヴィヘラの顔には全く疲れた様子はなかった。

 本人も十分に戦いを満喫した……とは、とても思えないような状況に近い。


「そうね。ある程度は楽しめたけど……いえ、まぁ、巨人が残っているんだし、今はこれ以上言うのは止めておきましょう。それで、これからどうするの?」


 ヴィヘラの中では、もうオーク似の女との戦いは終わってしまったのだろう。

 それ以上は口に出すこともなく、レイに視線を向けて尋ねる。

 尋ねられたレイの方は、口を開く前に捕虜の男へ視線を向けた。

 その視線だけで自分が何を求められているのかを悟った男は、慌てて門の近くに向かう。

 一瞬このまま逃げるのか? と思わないでもないレイだったが、この状況で逃げても逃げ切れる筈がないのは事実だ。

 そうである以上、何をするのかと気になって男の行動を見る。

 それは他の面々も同様で、男が何をするのかとじっと視線を向けていた。

 門の側にある壁を男が少し弄ると、やがて扉が開いていく。

 それを見ていたレイは、自動ドア? と一瞬思ったものの、そもそも扉の前に立っていても扉が開くことはなかったのだから、自動ドアという言葉が相応しいかと言えば、首を傾げざるを得ない。


(まぁ、恐らくこれもマジックアイテムの一種なんだろうけど……これはいらないな)


 今回ジャーヤが保有する施設の中でも重要施設と思われるこの地下施設を襲撃したのは、巨人を生み出す為に娼婦を使っており、それが許せないというのが最大の理由なのだが、同時にジャーヤが保有するマジックアイテムを奪うという目的もあった。

 これだけの数の奴隷の首輪を用意している以上、他にも多くのマジックアイテムを……と考えていたレイは、ふと視線を扉の側で意識を失ったり、死んだりしている者達に向ける。


「妙だな」

「マジックアイテム?」


 小さく呟かれたレイの言葉に即座に反応したのは、マリーナ。

 この辺りは、長年冒険者をやって来たからこその経験からだろう。


「ああ。ジャーヤはマジックアイテムを大量に持っている。それは奴隷の首輪を見ても……そしてこの扉を見ても間違いじゃない。けど、じゃあ何でこの扉を守ってた連中が、それもジャーヤの中でも最精鋭と呼ばれていたのに、マジックアイテムの一つも持ってないんだ?」


 レイの言葉に、その場にいた全員が門の近くで倒れている者達を見る。

 そして、レイの言葉に嘘がなかったことを理解した。

 特にそれは、実際に戦ったエレーナやヴィヘラといった面々に強い。

 マジックアイテムというのは非常に高価ではあるが、その値段に相応しいだけの性能を持つ。

 勿論世の中にはマジックアイテムを毛嫌いするといった者もいるが、そのような者は珍しい。

 少なくても、レイ達の視線の先にいる者達全員がマジックアイテムを毛嫌いしているというのは、とてもではないが考えられないことだ。


「……レイの言う通りだ。妙だな」


 エレーナがレイの言葉に同意し、呟く。


「ジャーヤがどのような手段を使ってマジックアイテムを得ているのかは分からないが、最精鋭と呼ばれる者達には何らかのマジックアイテムの武器を渡してもおかしくはない筈だ」

「ああ。……おい、その辺はどうなっている?」


 レイが扉の操作をしていた男に向かって尋ねる。

 その男も、地下施設に続く建物を守っていた精鋭の一人だ。

 そのような人物であれば、普通ならマジックアイテムの一つや二つ持っていてもおかしくはない。

 改めてそんな疑問を抱いたレイの言葉に、男は自分は何も知らないと首を横に振る。


「し、知らねえよ! 取りあえず俺達は上からマジックアイテムなんて貰ったことはねえ!」


 その様子は、とてもではないが嘘を言っているようには思えない。

 そもそも何らかのマジックアイテムを所持しているのであれば、それこそこうしてレイ達に命乞いをするような真似をしなくても済んだ可能性が高いのだから。


「……どうやら嘘は言ってないみたいだな。扉も開いたことだし、ちょうどいい。この辺でお前から色々と情報を聞かせて貰うとするか」


 レイの視線が、扉の開いた先……それこそ馬車も通れるだけの広さを持つ通路に向けられる。

 男も、ここで情報を口にしなければ自分の身が危険だというのは知っているのだろう。慌てたように頷きながら口を開く。


「分かった! 分かったから、何でも言うよ! だから助けてくれ!」

「そうだな、ならまずは……この施設の中にいる戦力について聞こうか。それと、この施設にあるだろう、ここ以外の出入り口についていも」

「戦力は、俺が知ってる限りだとそいつらと同等の力を持ってるのがもう何人かいる筈だ」


 そいつら、と。仮にも自分の仲間に対しての呼び方ではなかったが、男にとっては自分とジャーヤの者達は別の存在であると、そう言いたくなるのは当然だった。

 そうしなければ、恐らく……いや、間違いなく今は助かっても、最終的には殺されることになるのは確実だった為だ。


「こいつらと同じくらい、か。それなら特に問題はなさそうだな」


 巨人はともかくとして。

 そんな言葉を心の中で呟きながら、巨人に関しては最後に聞いた方がいいだろうと判断し、改めて男に声を掛ける。


「それで、ここ以外の出入り口については」

「そ、それは……すまない、分からないんだ」

「……冗談はその辺にしろよ? お前は情報を持っているからこそ、生かしてるんだ。であれば、情報を持ってないのなら生かしておく必要はない訳だが……」


「待ってくれ! そもそも俺は精鋭だなんだって言っても、結局のところジャーヤにとってはただの兵士にすぎないんだ! ここ以外の外に繋がる出入り口なんて重要な情報を持ってる訳がないだろ!」


 必死に叫ぶ男。

 男が本当のことを言ってるのか、それともその出入り口について話せば自分がジャーヤによって殺されると思っているのか……それはレイにも分からない。

 だが、それでも男がその情報を話す様子がないのは、明らかだった。

 このまま男を連れて行けば、大事なところで裏切られる可能性が高い。

 なら殺すか? そう思ったレイだったが、男が持っている情報が重要なのもまた事実だった。


「レイ」


 そして、レイを落ち着かせるかのように出てきたエレーナがその名前を呼ぶ。


「分かってる。……なら、次だ。この通路の先はどうなっている?」

「このまま門の向こうに進めば、幾つもの部屋がある場所に出る」

「部屋? 何の部屋だ」

「色々だよ。俺も詳しいことは知らない。さっきも言ったように、精鋭って言っても結局一人の兵士でしかないのは間違いないからな」

「……なるほど。じゃあ、ジャーヤがマジックアイテムを保管している倉庫の類はどこだ?」

「幾つかの場所に置いてあるのは知ってるが、本当の意味での倉庫は組織でも知ってるのは一握りの筈だ。あの奴隷の首輪がどれだけ……」

「違う」


 男の言葉を遮るように、レイが告げる。


「俺が欲しいのは、奴隷の首輪じゃない。それ以外の……もっと魔剣とかそういう類の、実用的な武器だ」


 奴隷の首輪も、あれば別に欲しくない訳ではない。

 特にレイの場合、盗賊と遭遇すればそれを狩るといった真似をよくしている。

 そうである以上、殺さなかった盗賊を犯罪奴隷として売る為に近くの街や村といった場所に連れて行くのに、奴隷の首輪は非常に役立つ代物だからだ。

 それでも結局のところ、奴隷の首輪はあればという程度であって、どうしても欲している物ではない。


「そんな場所も当然あるだろうとは思うけど、組織の中でも相当上の方になるか、専門の部署の奴でもないと知らないと思うんだが」

「なら、お前は役に立たないと?」

「そっちに関してはだ!」


 殺されたくない一身で、男は即座にそう返す。

 一息で言わなければ、自分の命はこの場で消えていたと、そう思ってしまったからだろう。

 その判断は、決して間違ってはいない。

 そもそも、レイ達にとってはジャーヤに所属しているというだけで殺しても構わないという認識なのだから。

 今は少しでも情報が欲しいから生かしているだけであって、その情報がないのであれば殺しても構わない。

 男も、それを理解しているからこそ、何とか生き延びようとしているのだろう。


「じゃあ、何が分かる?」

「巨人……あんた達が言ってる巨人については多少知っている!」


 レイ達が巨人に強い興味を持っているのを察したのか、それとも偶然だったのか。

 ともあれ、男の口から出た言葉はレイの中にあった男を処分するべきかといった思いを少しだけ思いとどまらせる。


「言ってみろ。それが満足出来るものだったら、お前の命を保証してもいい」

「本当か? その、話す内容がどんなにあんた達にとって不愉快なものであってもか?」

「……ああ」


 数秒の沈黙の後、レイは男の言葉に頷きを返す。

 そんなレイの様子を見て、男は若干躊躇っていたが……やがて口を開く。


「これは俺も聞いた話で、しっかりと上に確認した訳じゃないってのは理解した上での情報だ」


 後で話が違うと言われて殺されてはたまらないと、そう告げてくる男の言葉に、レイ達が頷いたのを確認し……男は言葉を続ける。


「まず第一に、巨人達を産んでいるのは娼婦達だ。何でも、あの娼婦達は元々巨人達を産む為にここに連れてこられたらしい」

「予想通り、か。けど、何で巨人が産まれるんだ? ここにいる娼婦はあくまでも普通の人間だろう? 父親も……まぁ、人間だったり、獣人だったり、エルフだったり、ドワーフだったりするかもしれないが、それでも巨人じゃない。なのに、何で巨人なんだ?」


 その理由は大体予想出来ていたレイだったが、それでも改めて尋ねる。

 集めた情報はあくまでもジャーヤの人間以外から得たものである以上、きちんとジャーヤの人間からも情報を得たかったのだ。

 ……もっとも、この場合はあくまでも人伝の情報ということで、レイが欲しているような意味での情報ではないのだが。


「聞いた話だと、娼婦が付けている奴隷の首輪の効果らしい」

「……奴隷の首輪を付けたままで男に抱かれれば、巨人を宿すことになる、と?」


 レイの言葉を遮るように、マリーナが男に尋ねる。

 口調は穏やかだが、その目は冷たく輝き、男を見据えている。

 マリーナの言葉に畏怖を抱く男だったが、自分が生き延びる為には何とかして言葉を発する必要があると判断し、口を開く。


「そ、そうだ。俺が聞いた話だとそうなっている」

「使用者の意思を無視して命令を聞かせるのであればともかく、使用者の意思そのものを変えてしまう。そしてこれだけ大量に作り出すことが出来、巨人を産ませることが出来る。……それはもう、奴隷の首輪とは言わないのではないかしら?」


 マリーナの言葉に、それを聞いていた他の面々も同意するように頷く。

 実際、奴隷の首輪と呼ぶには少しばかり無理があるのは間違いないのだから。


「そうかもしれない。けど、色々と条件があるのも事実らしい」

「……条件?」

「ああ。何でも、メジョウゴから離れた場所……ロッシで娼婦を男に抱かせても、産まれてくるのは普通の人間だったとか何とか」

「つまり、このメジョウゴという場所に何かがある、と?」


 確認を求めて尋ねるマリーナに、男は無言で頷くのだった。

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