第1480話
「イルゼ!? 何でレイと一緒にいるんだよ!」
トレントの森からギルムに戻ってきたレイとイルゼは、馬車を戻しに行くという御者に無理をきいて貰った礼として銀貨を一枚渡して、セトを呼び寄せるか、それともギルドに行ってアジャスのことを報告しようか……と、考えていた。
その最中、遭遇したのが……ギルムの見回りの依頼を受けている、メランだった。
不幸なことに今日のメランはヴィヘラとは別のグループなのか、この場にその姿はない。
(いや、ヴィヘラがいればいたで、余計にメランに絡まれるか。まぁ、今の状況を考えると大して変わらないように思えるけど。にしても……メランか)
その名前から、ふとレイはメロンを思い出す。
レイが日本にいた時に住んでいた場所からそう離れていない場所に、その地域でも有数のメロンの産地があった。
そこに住んでいる両親の友人から、夏になれば毎年のようにメロンを貰っていたのだ。
メランを見てメロンのことを思い出したのは、やはり今が夏だというのもあるのだろう。
勿論メロンを一方的に貰うだけではなく、レイの家で作って形が悪かったり、少し傷がついてたりで出荷出来ない野菜の類と交換といった形だったのだが。
尚、当然のように貰うメロンも出荷出来ない同じようなものだ。
ちなみにレイが以前聞いて驚いたのは、メロン……特にその地域で作られているマスクメロンについてだ。
マスクメロンというのは、外側の模様が複雑であればある程、高価になる。
それこそ、高価な物になれば一つで数万円する物すら珍しくはない。
だが……その値段差はあくまでも模様だけの問題であって、実際に食べる場合にはそれこそ一つ千円しない程度の模様のメロンも、数万円のメロンと味は変わらないのだと。
つまり、その外側の模様だけでそこまでの値段の差が出来るのだと聞かされ、驚いたことがある。
勿論そのメロンを作っている農家によっては色々と味も違うだろうし、人によっては模様によって味が違うという人もいるのだろうが、少なくてもレイがその両親の友人に食べさせて貰った高級品――ただし傷がついて売れなくなったもの――を食べた限りでは、甘さに違いがあるとは思えなかった。
レイの舌がそこまで味覚に敏感ではないというのも、関係はしてるのだろうが。
「って、おい! 聞いてるのかよ!」
メランの言葉を聞くのが面倒で、メロンの知識に思いを馳せていたレイだったが、そう声を掛けられたことで我に返り、声のした方に視線を向ける。
その視線の先で苛立ちも露わに自分を見ているのは、当然のようにメランだった。
メランの言葉を聞くのが面倒でメロンについて考えていたレイだったが、それがメランには気にくわなかったのだろう。
強い視線でレイを睨み付けている。
「おい、メラン。止めておけって。レイと揉めるのなんか嫌だぞ」
「そうだ。ヴィヘラからも言われてるだろ」
メランと一緒に行動している冒険者の何人かが、メランに言い聞かせるように告げる。
これは別に、メランを心配してのこと……というだけではない。
レイが敵対した相手には容赦しないと、知っている為だ。
もしメランがレイに敵認定され、自分達がそれに巻き込まれて一緒にレイに敵認定されれば……
自分達の実力では、どう考えてもレイに抗える筈もないのだと、そう理解していた。
だからこそメランに巻き込まれたくはない。それがメランを止めようとした、正直な動機だったのだろう。
だが、メランはそんな仲間達の態度に苛立ちを覚えることはあっても、納得出来る筈がない。
「ふざけるなよ! そもそも、レイがイルゼを連れ回していなければ、こんなことには……」
この一言が余計だったのだろう。
イルゼにとって、レイは自分より年下であっても、異名持ちの腕利き冒険者だ。
ましてや、レイには何の利益もないのに、自分の復讐に協力してくれている人物。
今日も、本来ならレイがイルゼをトレントの森まで連れて行く必要は何もなかった。
今日の一件があったからこそ、イルゼはアジャスを仇だと確信した。
正確には最初に一目ギルドで見た時から仇だとは思っていたが、その確証がなかった。
だが、レイのおかげで、今日アジャスが明確にイルゼにとって仇であるという確証を得ることが出来たのだ。
また、人違いの可能性もあるのでは? という疑問を抱いていたレイにも、アジャスがイルゼの仇だという証拠――状況証拠だが――を見せることが出来たのも大きい。
それ程にレイは色々なことをしてくれたというのに、メランはレイを責めている。
それも、自分が理由としてだ。
例え同じ宿に泊まっていても、結局のところそれだけの関係でしかない。
それだけに、イルゼはメランの態度を許せなかった。
「黙って下さい!」
イルゼの口から出たのは、そこまで大きな声ではない。
実際、周囲を歩いている者達はそこまでレイ達に注目していなかったのだから。
……もっとも、何らかのトラブルだと考え、面白い見世物でも見るかのように周囲で様子を見ている者も何人かいるのだが。
ともあれ、そのような状況の中、大きくはないが……その代わりに鋭い一言が発せられたことに驚いたのは、メランだった。
「イルゼ、一体何を怒ってるんだよ? 俺はお前がレイに無理矢理連れ回されてるから……」
何故自分がそこまでイルゼに鋭い視線で見られているのかが分からない。
メランの正直な気持ちを言葉にすれば、そんなところだろう。
基本的に正義感が強いメランだけに、イルゼはレイに強引に連れ回されているという認識からレイを責めていたのだ。
なのに、まさか今回の件の被害者のイルゼから責められるとは、思ってもいなかったのだろう。
多少独善的な傾向はあるが、今までメランはここまで相手に拒絶されることは殆どなかった。
それだけに、メランにはイルゼが何故自分にそのような態度を取るのかが分からない。
だが……イルゼにとって、メランは自分の邪魔をする障害としか映らない。
特に今は、アジャスという存在を目の前にしたというのも大きいだろう。
それだけに、普段であればメランの言葉を受け流すことも出来ていたかもしれないが、残念ながらイルゼは多少なりとも興奮し、攻撃的になっていた。
……いや、家族の仇を目にしたのだから、その程度で収まっていることが不思議なのかもしれないが。
「余計な真似をしないで下さい。貴方のせいでアジャスに逃げられたらどうするんですか」
「……アジャス? 誰だ?」
イルゼの仇ではあるのだが、メランにとってアジャスという人物の名前を聞いたことはない。
それだけにメランはそれは誰だ? と聞き返したのだが……
「私の家族の仇よ」
静かに……周囲で何人か様子を見ている者達には聞こえず、それでいながらその声を聞いた者には背筋が冷たくなるような、そんな声でイルゼが呟く。
幸いだったのは、この場にセトがいなかったことだろう。
だからこそ、レイをレイだと認識出来る者はあまり多くはなく、ただの冒険者同士の言い争いだと判断し、その様子を見ている者は少なかったのだから。
もしそのやり取りに集中している者がいれば、イルゼとメランの言葉をしっかりと聞ける者がいたかもしれない。
ともあれ、イルゼにとって幸いだったことに周囲で状況を見ている者達は少ない。
だが……このままここでお互いに興奮しながら話をすれば、絶対に周囲から注目される。
そう判断したレイは、視線を少し離れた場所にある酒場に向ける。
(出来れば他の誰にも話を聞かれたくないから、宿の部屋とかで話せばいいんだろうが……とてもじゃないが、それを受け入れるとは思えないしな)
レイの部屋に行くと言えば、間違いなくメランが反発するだろう。イルゼの部屋に行くと言えば、今の様子を見る限りイルゼがメランを受け入れるとは思えない。メランの部屋に行くと言えば、イルゼが拒絶しかねない。
妥協案としてレイが提案したのが、第三者的な立場……という表現はどうかと思うが、酒場で話をすることだった。
「そ、そうだな。うん、俺もそれがいいと思うぞ」
「ああ。こんな場所で話をしていれば、警備兵が来るかもしれないし……それに俺達みたいな部外者が立ち入るのはどうかと思うし」
イルゼとメランの会話に、そして何よりレイが絡んでいるトラブルに絡みたくないのだろう。メランと共に街の見回りをしていた他の冒険者達が揃ってそう告げる。
実際に言葉には出していない他の冒険者達も、その言葉に同意するように頷いていた。
ともあれ、他の面々からの言葉もあり、まだ仕事の途中だったがメランは少し休憩をするということになってレイの視線の先にあった酒場に向かう。
仕事を途中で放り投げるというのは、メランにとってもあまり面白いことではなかったのだが……今はそれどころではないと判断したのだろう。
「へぇ……こうなってるのか」
その酒場は、レイも初めて入る場所だったからか、中に入ると少しだけ新鮮そうな声を上げる。
もっとも、店の内装は他の酒場とそう変わるものではない。
日中にも関わらず何人かの客がいるが、それもまたギルムでは特におかしな光景ではない。
(食堂じゃなくて、酒場にしておいてよかったかもな)
やはり日中ということもあり、酒場と食堂のどちらが混んでいるかといえば、やはり食堂だろう。
そう判断したからこそ目に付いた酒場を選んだのだが、客の数はレイが思っていたよりも少ないようで何よりだった。
「注文は?」
日中でまだ忙しくないからだろう。テーブルに着いたレイ達に、ウェイトレスではなく酒場の店主が直接注文を取りに来る。
「酒はいい。果実水かお茶、それと何か適当につまめるものを三人分頼む」
普通酒場で酒を注文しなければ、周囲の客に絡まれることも多い。
だが、幸いにも今は日中で、酒場にいる客の数も少ないし、度を超して呑んでいる者もいない。
また、その客達もイルゼとメランのことは知らずとも、レイのことを知っているというのも大きいだろう。
ここで迂闊にレイに喧嘩を売れば、それこそただではすまない。
そう理解しているからこそ、下手なちょっかいを出しては来ないのだ。
……もっとも、レイとイルゼとメランの三人がどんな話をするのか気になっているらしく、何人か耳を澄ませている者もいるのだが。
店主が果実水と木の実を炒ったものを置くと、カウンターに戻っていく。
それを見送ってから、最初に口を開いたのはメランだった。
「イルゼ、さっき仇がどうって聞こえたんだけど」
メランも先程話をしてから多少なりとも時間が経ったことにより、幾らか興奮が落ち着いたのだろう。果実水に手を伸ばしながら、イルゼに尋ねる。
それに対し、イルゼは特に何の躊躇もなくあっさりと頷く。
「はい。何年も前から探していた、家族の仇を見つけました」
「一応聞くけど、イルゼは敵討ちとか、そんな馬鹿なことは考えてないよな?」
恐る恐る……といった様子で尋ねてくるメランだったが、そんなメランに対し、イルゼは即座に口を開く。
「何を言ってるんですか、当然でしょう」
「そ、そうだよな。幾ら何でも……」
イルゼの言葉にほっと安堵の息を吐いたメランだったが、それは次のイルゼの言葉で固まる。
「当然仇を討つに決まってるじゃないですか。私はその為に冒険者になったんですから」
「なっ! ……そ、そんなのは間違っている! 仇討ちなんて、駄目だ! やっちゃいけない!」
周囲に響く、メランの声。
そうなれば当然酒場にいる他の客達にも聞こえる訳で、その言葉を聞いた何人かの客達がメランに……そしてレイやイルゼに視線を向ける。
そんな視線を向けられているのにも気が付かないのか、メランは果実水に伸ばそうとしていた手を止め、テーブルを叩く。
周囲に聞こえる鈍い音。
幸いこの酒場は冒険者のような荒くれ者が使うことが多い酒場なので、テーブルの類は頑丈だった。
それこそ、メランが力一杯テーブルを叩いても、壊れないくらいには。
だが、イルゼはそんなメランに特に表情を動かすこともないまま、口を開く。
「何故ですか?」
「復讐は無意味だ。それに復讐をした相手の家族や友人、恋人が復讐したイルゼを狙ってまた復讐してこないとも限らない」
その言葉は、正しい。正しいが……それは、あくまでも自分の家族や友人、恋人が他人の悪意によって殺されたことがない者の意見でしかない。
実際、イルゼはメランの主張が薄っぺらいものにしか感じられなかった。
そんなメランの言葉に、酒場の中の客達は同意するように頷く者もいれば、嘲笑を浮かべている者もいる。
そして、イルゼは……
「それで、どうしたというんですか? 私は復讐することを決めています。この決意は、決して鈍ることはありません」
そう、告げるのだった。
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