第1473話

「グルルルルルゥ!」


 セトが喉を鳴らしながら、トレントの森に降りていく。

 そんなセトの鳴き声で、誰がやって来たのかを理解したのだろう。トレントの森では樵やその護衛をしている冒険者達の動きが活発になる。

 冒険者の何人かがトレントの森の外に出ると、大きく手を振ってセトが降りる場所を示す。


(別に、そんな真似をしなくてもいいんだけどな)


 もしレイが乗っているのが飛行機だったりすれば、そういう行為も意味はあったのかもしれないが、今回空を飛んでいるのはセトだ。

 どこに降りればいいのかといった判断は、セトなら自分で出来る。

 それでも折角だからと、レイはセトを撫でながら、地上で誘導している冒険者の指示に従うようにセトに告げる。


「セト、あいつの示してる場所に降りてくれ」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、セトは喉を鳴らして地上に向かって降下していく。

 そうして着地したセトを……そしてレイを、冒険者は嬉しそうに迎える。


「レイさん、セト。よく来てくれました」

「……ルグルノ、何でそんなに喜んでるんだ? 昨日も俺はここにいただろ?」


 昨日はトレントの森で長い時間をすごしたのだ。

 なのに、何故今日に限ってこうして自分が来たのを喜んで迎えたのかと、疑問を抱く。

 そんなレイに対し、ルグルノは嬉しさの中にどこか困ったような笑みを浮かべる。


「実は、その……木の伐採でちょっと失敗した人がいて、他の樵の人達の邪魔になってるんですよ。歩いて移動する場所に木を切り倒してしまって」

「あー……なるほど」


 そんなルグルノの様子を見て、レイも事態を理解する。

 それもルグルノの様子から、恐らくそれを引き起こしたのは樵ではなく、冒険者なのだろう。


(しかも、前から樵の護衛をしていた冒険者じゃなくて、昨日こっちに回された冒険者だろうな。真っ先に森の中に突入していった)


 人の話を殆ど聞かず、自分が儲かればそれでいいと。

 そう思っている冒険者達の行動だとすれば、レイにもルグルノの言ってるようなことが起きても不思議ではないと思えた。

 そもそも、樵は木を伐採するのが本職なのだ。

 倒れる場所をきちんと考えて、木を伐採している。


「昨日の奴等か?」


 そう尋ねるレイに、ルグルノは何かを誤魔化すような笑いを浮かべる。

 それを見ただけで、レイも決定的だと判断した。


「実は、昨日の報酬が予想していたよりも多かったらしくて。それで、今日も伐採をして報酬を増やそうとしていたみたいなんですよ」

「金に目が眩んだか」


 呟きつつ、レイはルグルノや樵達に対して若干申し訳ない思いを抱く。

 そもそも、昨日トレントの森に冒険者を回して貰ったのは、アジャスについて探りを入れる為だった。

 だが、アジャスだけを……という訳にもいかず、他の冒険者達がトレントの森に回されたのは、半ばカモフラージュ的な意味が強い。

 それだけに、昨日回されてきた者達が問題を起こしたと言われれば、それは昨日の件を提案したレイにも責任は降りかかってくる。

 以前と違って、トレントの森にもモンスターが姿を現すようになっている以上、冒険者の数を増やさなくてはならないというのは、ギルドの方でも考えていたし、実際樵達からも要望はあり、領主の館からもその辺りの指示は出されていたのだが。

 レイがやったのは、そこに乗っただけでしかない。

 本来なら、そこまで責任を感じる必要はないのだが、それでもやはり自分の提案が切っ掛けになっている以上、多少なりとも責任を感じざるを得ない。


「話は分かった。とにかく、伐採された木が邪魔なんだな? なら、まずはその木をどうにかしてしまおう」

「ありがとうございます」


 レイの言葉を聞き、ルグルノは安堵しながら森の中に案内する。


「……基本的に外側から木を切っていくって話じゃなかったか?」


 森の中に入って数分。まだ足を止めずに進み続けるルグルノを見て、レイがそんな疑問を抱く。

 だが、そんなレイに対し、ルグルノは申し訳なさそうに口を開く。


「実はその、少しでも状態のいい木を伐採した方が金になると……」

「あー、うん。それ以上は言わなくてもいい。大体分かったから」


 今回の騒動を引き起こした者達が、何を考えてそのような真似をしたのか……レイは、最後まで聞かずとも理解してしまった。


(樵達が不機嫌そうな筈だよな)


 この騒動で仕事を止めているのだろう。何人かの樵が、不機嫌そうにしているのを見ながら、レイは溜息を吐く。

 面倒を起こすのであれば、ギルドの方からきちんと言って貰うべきか、それとも勝手なことをしないよう自分が力を振るうべきか、と。

 そんなことを考えている間にも森の中を進み続け、やがて問題の場所が見えてくる。

 ルグルノが言っていた通り、樵や冒険者達に踏み固められた道を塞ぐようにして、伐採された木が倒れている。

 勿論木の太さはそこまでのものではないので、移動出来なくなっている……といったものではない。

 だが、それでも普通に行動するのであれば、伐採された木は邪魔だろう。


「おい、レイだ。レイが来たぞ」

「やっとか。……ったく、厄介な真似をしやがって。素人が馬鹿な真似をすれば、こっちに迷惑が掛かるってのに」

「とにかく、これで行き来が自由になるな。……はぁ、丁度よくレイが来てくれて助かった」


 そんな風なやり取りを聞きながら、レイは周囲の様子を一瞥する。 

 伐採された木の周りに集まっている、者達。

 樵と冒険者が混ざっているその者達の視線の先にいるのは、このような事態を起こしたことで自分の力不足を理解したのか、落ち込んでいる様子の数人の冒険者達だった。


「お前達か、今回やらかしたのは」

「ひいっ!」


 レイの言葉に殺されるとでも思ったのか、男達は怯えの悲鳴を漏らす。

 そんな男達の様子を見ながら、レイは相手をするのも馬鹿らしくなる。

 後悔するのであれば、最初からそのような真似をしなければいいものを、と。


「まぁ、いい。反省してるようだし、今回は俺から何も言うことはない。次からはルグルノの言うことをしっかりと聞いて仕事をしろよ。……また同じようなことをした場合、こっちでも上に報告しないといけないからな」


 上、この場合はギルドとなるだろう。

 そしてギルドに今回の一件を説明すれば、当然のようにこの騒動を引き起こした冒険者達の評価は悪くなる。

 その上、ギルドから細かく事情を聞かれ、今後は色々と目を付けられるだろう。

 増築工事で景気のいいギルムで、その流れに乗ることが出来なくなる可能性がある。

 それを理解しているからこそ、冒険者達はレイの言葉に安堵した様子をみせているのだろう。


(今だけをやりすごせば、どうとでもなる。……そんな風に考えているのなら、それこそ後悔することになるだろうけど。その辺は自業自得か。俺が関わる必要もないだろ)


 レイからの報告は上げないが、それはあくまでもレイからだ。

 ここにいる他の樵や冒険者といった面々がギルドに報告しないとは限らない。

 あくまでもレイが言ったのは、自分が報告しないというだけなのだから。

 もっともレイ以外の者が報告しても、そこにレイが報告したときのような効果があるかと言えば、答えは否なのだが。

 異名持ちの高ランク冒険者、それでいて今回の増築工事には多くの協力をしており、レイがいるだけでかなりの工期短縮になっている。

 それだけの能力を持っているレイだからこそ、強い影響力があるのだから。

 ……勿論、レイ以外が報告しても、多少ギルドからの見る目は厳しくなるだろうが。


「ほら、取りあえずどいてくれ。その木を収納してしまうから」


 レイの言葉に、木の周辺にいた者達はそれぞれが離れていく。

 そうして離れていく中に、目的のアジャスの姿を見たレイは、少しだけ安堵する。

 善良な冒険者を装っているアジャスだから、昨日の今日で他の仕事に向かうとは思わなかったが、それでも絶対的な確証があった訳ではない。

 それだけに、こうして実際にその姿を確認出来て安心したのだ。


(この件が片付いたら、早速突いてみるか。……何か反応してくれると、こっちも助かるんだけどな)


 そう考えながら、レイは倒れた木の側から全員が離れたことを確認すると木に触れ、ミスティリングに収納する。


『おお!』


 樵や冒険者達から、驚愕の声を上げる。

 毎日のようにミスティリングに伐採された木を収納するのを見ているのだから、何故そこまで驚くのかはレイにも分からなかった。

 だが、それはそれとして、レイは周囲の様子を特に気にした様子もなく木の収納を終えると、近くで様子を見ていた樵や冒険者達はそれぞれの仕事に戻っていく。

 ルグルノが失敗した冒険者達に話し掛けているのを横目に、レイは目的の人物に……アジャスに向かって声を掛ける。


「よう、昨日ぶり」

「昨日ぶりって……どんな挨拶だよ」


 アジャスが呆れたように告げる。

 その様子は、特に何か後ろめたいところがあるようには思えない。


(何だかな。妙な感じはするけど、何も証拠がないんだよな。……さて、どうしたものか)


 ドラゴンローブのフードを被っているおかげもあってか、アジャスはレイが自分にどのような視線を向けているのかは分からない。

 分からないのだが……それでも、雰囲気でレイが自分の何かを怪しんでいるというのは理解していた。

 だからこそ、アジャスも自分が怪しまれないように注意しながら受け答えをする。

 自分は模範的な冒険者だと、そう示すように。

 レイはアジャスをイルゼの仇なのではないかと、アジャスはレイを自分の裏の顔について何か知ってるのではないかと、お互いがお互いを疑っている状況なのだが、傍から見ると二人は仲良く会話をしているようにしか見えない。


「今日もきちんと仕事にきたんだな」

「ああ。この仕事はそれなりに稼げるしな。……もっとも、さっきみたいに自分勝手な行動をする奴もいるのは困りものだけど」

「そうだな。仕事をするにも、楽な方に逃げて、楽をして稼ぐってのはどうかと思うし」


 レイは行商人を襲ってそれで金を奪うのはどうかと、そう暗に告げていたのだが……アジャスには、人を誘拐して奴隷として売っているんじゃないだろうな? と聞かれているように感じられた。

 微妙に食い違っている二人だったが、それでも根底では微妙に話が噛み合うのは、一種奇跡的と言ってもいいだろう。

 もっとも、本人達はとてもではないがそれを喜べはしなかったが。


「あははは。そうだな、楽して儲けるのは、冒険者として正しいとは言えないかもな。けど、人は楽を求めるものだろう?」

「それは否定しない」


 楽をして儲けるのは、冒険者として正しくない。

 そう言うレイだったが、実際には様々な盗賊団を壊滅させ、その盗賊団が溜め込んでいたお宝の多くを得ている。

 盗賊達に、盗賊喰いとまで呼ばれるようになったのだから、説得力はないだろう。

 勿論、盗賊達を倒すという労働をしているのだから、本当の意味で楽をしている訳ではないのだが。

 実際には誰でも出来る行為ではない。

 ……そして、レイがそれだけの力を持っているからこそ、アジャスは自分に近づいてくるレイを警戒せざるを得ないのだ。


「まぁ、話はこの辺にしておくとして、レイは今日はどうしたんだ?」


 このまま話が続けば、自分にとっても都合が悪くなると判断したのだろう。アジャスは話を誤魔化すよう話を変える。

 レイもアジャスが強引に話を変えたのには気が付いていたが、これ以上無理に話を続ければアジャスが早まった行動に出るのではないかと判断し、新しい話題に付き合う。


「どうしたも何も、俺は元々毎日このトレントの森に来てたからな。昨日も見てただろ? 俺が伐採した木材を収納しないと、ギルムまで運ぶのに随分と手間が掛かるからな」

「……アイテムボックス、か。そんな希少なマジックアイテムを持っているのは、素直に羨ましいな」

「だろうな。もっとも……」


 そこで一旦言葉を止めたレイは、アジャスに鋭い視線を向ける。


「これを欲しがった奴は多かったが、それでもこれが今も俺の手元にあるってことは……さて、一体俺からこれを奪おうと考えた奴は、どうなったんだろうな」


 レイの視線には、半ば殺気が籠もっている。

 それを見れば、アジャスにも哀れな者達の結末は容易に想像出来た。

 同時に、自分の技量では何がどう転んでも、絶対にレイに勝てないということも理解出来てしまう。

 アジャスも、ランクD冒険者だけあって自分の力量には相応の自信がある。

 だが、目の前のレイという人物は、そんな自分とは存在の格そのものが違うのだと、今の一瞥だけでそう理解出来てしまった。


(けど、別に俺はレイと戦おうとしている訳じゃないしな。勝てないなら、戦わなければいいだけだ)


 あっさりと心を切り替えたアジャスは、レイを宥めるように口を開く。


「おいおい、そんなに殺気立つなよ。俺は別にアイテムボックスを狙ってる訳じゃないんだから」


 そう告げ、話題を変えるのだった。

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