第1462話

 ギルドで収容したモンスターを倉庫に出すと、ギルド職員や仕事がない者、中には一般の住人がそのモンスターを解体するのを横目に、レノラやケニーと短く言葉を交わしてギルドを出る。

 モンスターの死体を収納した時には特に何も感じはしなかったのだが、それでもレイから見て、ああいう者達がいるというのは非常に便利だった。


(ギガント・タートルは……いや、そう言えば冒険者に解体させるって言ってたな。そもそも、ギガント・タートルは倉庫の中には入らないから、外で解体しないといけないから絶対に目立つ。つまり、ギルドにとってもいい宣伝になる、か)


 もっとも、ギルムのギルドというだけで、かなりのネームバリューを持つのは間違いない。

 その状況でより目立つような真似をしても、意味があるのかどうか……少なくてもレイには分からなかった。


(ま、その辺は俺が考える必要はないか。ギルドの方でも色々と考えてるんだろうし。今は、とにかくセトを呼んでトレントの森に……うん?)


 行こう。

 そう考えていたレイだったが、ふと聞き覚えのある声が聞こえてきたような気がして、そちらに視線を向ける。


「だから、いいか。レイってのはとてもじゃないけど普通の奴じゃない。関わるだけで不幸になるんだ!」

「……」


 まさか自分の陰口をこうも露骨に聞かされるとは思わなかったレイだったが、別に今の声を発した者……メランは、レイに聞かせようとして、叫んだ訳ではない。

 いや、寧ろレイがここにいるというのは全く気が付いてすらいないだろう。

 普段であれば関わるのは絶対に避けたかったのだが、そのメランが話している相手がイルゼであれば話が違ってくる。

 昨日復讐の手助けをして欲しいと頼まれ、その返事は保留という扱いになってはいるのだが、それでもレイにとって依頼人……正確には依頼人になる予定の人物だ。

 その人物が自分の陰口を吹き込まれているとなれば、放っておく訳にもいかなかった。

 普段なら放っておくのは、レイは自分が色々な意味で注目されており、嫉まれているということを知っている為だ。

 十代半ばで異名持ちの高ランク冒険者となり、ましてやグリフォンのセトを従魔にしているのだから、嫉まれない筈はなかった

 だが、レイは敵対した相手に対しては容赦しない。

 そうである以上、突っかかっていくような真似は出来ず、ましてや何らかの策略を企もうものなら、それこそ自分の命をチップにするには危険すぎる相手だった。

 レイは相手の策略を見抜くといったように頭がいい訳ではない。

 だが……純粋に戦闘力が高すぎるのだ。

 幾ら罠に掛けても、それこそ平然と力押しで罠を破壊してしまう相手なのだから、厄介以外のなにものでもないだろう。

 そんな者達が出来る、最後の抵抗……それが、レイに対する陰口だった。

 レイは戦闘力という一点では非常に高いものを持っているが、それ以外には色々と欠点も多い。

 その点が陰口を言う者達にとっては絶好の攻撃材料……否、口撃材料だった。

 もっとも、それはあくまでも仲間内で言うものであって、こうしてレイに聞こえるように言うようなものではないのだが。

 ともあれ、レイは意図しないとは言っても周囲に聞こえるように陰口を言ってるメランに向かって近づいていく。

 周囲に聞こえるような大きな声でレイの陰口を言っていたこともあり、周囲にいる者達の何人かはそんなメランに向かって視線を向けていた。

 だからこそ、そのような者達はメランとイルゼに近づいていくレイの姿を目にすることが出来たのだろう。

 大きく目を見開き、騒動に巻き込まれないようにとメランのいる場所から距離を取る。

 そんな周囲の様子に真っ先に気が付いたのは、メランに話を聞かされていたイルゼだった。

 何故か周囲から人の姿がいなくなったのに気が付き、メランの話を聞きながら周囲に視線を向ける。

 そうして目に入ってきたのは、メランの後ろからこちらに近づいてきているレイの姿。

 メランが口にしていた内容を思い出し、イルゼが騒動を予感して憂鬱そうな表情になる。

 周囲の様子には気が付かないメランだったが、目の前のイルゼのそんな表情には気が付いたのだろう。

 不思議そうな表情を浮かべながら、口を開く。


「ん? どうし……」

「人の陰口を、周囲に聞こえるように堂々と言うのは、正直どうかと思うけどな」


 背後から聞こえてきた声に、一瞬メランの動きが止まる。

 当然だろう。その声の持ち主が誰なのかというのは、メランにとっては十分すぎる程に理解していたのだから。

 メラン自身がレイに決闘を挑み、あっさりと一蹴されている。

 ヴィヘラに対する恋敵であり、高ランク冒険者として自分の目の前に立ち塞がる壁の如き存在の声を、メランが間違える訳がなかった。

 ましてや、陰口云々という言葉を聞けば、余計にそう思うだろう。


「レイ、何でここに……」


 背後からの声に振り向いたメランの視界に映ったのは、間違いなくレイだった。


「ここを通ったら丁度俺の陰口……いや、悪口か? とにかくそんな話をしているのが耳に入ってな。人の陰口を言うなとは言わないが、周囲に聞こえないように言った方がいいぞ」


 それは、相手を馬鹿にするつもりではなく純粋な忠告だった。

 周囲から嫉まれることが多いレイだけに、陰口を言われるくらいはおかしくないと思っていた為だ。

 ましてや、メランはヴィヘラというレイに敵対する理由があったのだから。

 だが……特に他意もなく告げられたその言葉は、メランにとっては自分を侮っているようにしか聞こえなかった。

 それでもここで不満を爆発させなかったのは、自分がレイに聞こえるように陰口を言っていたという負い目があるからだろう。

 元々メランは周囲に聞こえるように陰口を言うつもりはなかった。

 だが、イルゼと話している中で次第に興奮していき、その声は自分でも気が付かないうちに、次第に大きくなってしまったのだ。

 それらの事情により、メランは反発や羞恥、納得、嫉妬といった様々な感情を抱き、複雑な表情を浮かべる。


「悪い。つい力が入って」


 それでもレイに対して素直に謝罪の言葉を口に出来たのは、メランの矜持によるものなのだろう。

 てっきり敵対的な態度を取られると思っていたレイは、少しだけ驚く。

 直情径行という訳ではなかったのか……と。


「まぁ、それはいい。けど、こういう大通りで言い争いをしているのは、みっともないぞ」

「……それは……」


 レイの言葉に、メランはイルゼに視線を向ける。

 そんな視線を向けられたイルゼは、メランからの視線を気にした様子もなく口を開く。


「すいません、レイさん。実はレイさんと昨日一緒にいたのを知ったらしくて」

「あー……なるほど」


 メランにとって、レイというのは冒険者としてはともかく、性格的な面ではとても信頼出来ない相手だ。

 そこには、ヴィヘラに対する恋敵であるという先入観もあるが、客観的に見た場合、決して間違っている訳でもなかった。

 そんなメランが、知り合ったばかりではあってもイルゼのことを心配してレイと関わらない方がいいと告げるのは、ある意味で当然だったのだろう。


「……レイ。お前は何でイルゼと親しくしてるんだ?」

「別に親しくしてるって訳じゃないんだけどな」


 そう告げるレイの言葉に、決して嘘は存在しない。

 実際、レイがイルゼと話をしたのは復讐についての手助けを希望されたからであって、イルゼと親しくなりたい……具体的に言えば口説きたいと思ったからではない。


(けど、イルゼの様子を見る限りだと、復讐について話をしている様子はないしな。……考えてみれば当然か)


 レイの目から見ても、メランは正しいことは全て正しいと……そんな風に考えているように見える。

 勿論冒険者としてそこそこのランクである以上、これまでに理不尽な目に遭ってはいないということは考えられないのだが。

 それこそ、レイに一方的に決闘を挑み、一方的に負けたというのは理不尽な目と言えないこともないだろう。

 レイにすれば、一方的に決闘を挑まれた時点で理不尽なのだが。


「どこからどう見ても、イルゼと親しいだろ?」

「そうだな……ちょっとした切っ掛けがあったからか?」

「ちょっとした切っ掛け?」


 訳が分からないといった様子のメランだったが、レイも咄嗟のことで何と理由付けをすればいいのか分からず、適当に口にしただけだ。

 そのことをイルゼも理解したのだろう。機転を利かせて口を開く。


「その、レイさんは私が冒険者に絡まれているところを助けてくれたのよ。それで、お礼に食事をご馳走しただけで」


 レイについて知っている者であれば、そんなイルゼの言葉に『自殺行為を……』と思っても不思議ではない。

 実際、レイ達から距離を取りつつ、それでも何が起きるのかと様子を見ている周囲の者達はどこか哀れみの籠もった視線をイルゼに向けている者も何人かいる。

 だが、レイについてある程度の情報を集めていても、底なしの食欲を持つということは知らないメランは、そんなイルゼの言葉に納得してしまう。


「何だ、そうなのか。なら、そう言ってくれればいいのに」

「……言っても信じたとはちょっと思えないんだけどな」


 小さく呟かれたレイの言葉だったが、それが聞こえたのだろう。メランは一瞬不満そうな表情を浮かべる。

 だが、すぐに落ち着いた表情に戻る。


「イルゼとメランはどんな関係なんだ? 実は恋人同士だったりするのか?」

『は?』


 レイの言葉に、イルゼとメランは揃って声を発する。

 だが、声は同じであっても、そこに込められた感情までは一緒という訳ではない。

 メランは半ば混乱しており、それに対してイルゼは何故自分が? といった感情。

 勿論、イルゼもメランを嫌っている訳ではない。

 多少独善的な様子は見て取れるが、それでも自分を心配しているのだというのは十分に分かる為だ。

 それでも、イルゼにとってメランはまだ会ったばかりの人物であり、とてもではないがそういう対象として見ることは出来なかった。


「二人の様子を見る限りだと、どうやら恋人同士って訳じゃないらしいな」

「当然です」


 レイの言葉に、イルゼは一瞬の躊躇もなく断言する。

 そんなイルゼの様子を見て、メランは少しだけショックを受けた。

 勿論、出会ったばかりでメランにはヴィヘラという恋する相手がいる。

 それでも、やはり自分と付き合っているかどうかと言われて、何の躊躇もなく即座に否定されるというのは面白いことではなかった。


(うん?)


 何故メランがショックを受けているのかは分からないレイだったが、それでも恋人じゃないと宣言されたのなら……と、口を開く。


「イルゼがメランの恋人なら、その付き合いに口を出す権利はあるかもしれないが、そうでないのなら別にイルゼが誰とどんな付き合いをしても構わないと思うけど?」

「それは……友人なんだから、心配するのは当然だろ」

「そうかもしれないけど、結局友人は友人だろ? そこまで関係性はつよくないと思うんだけどな。少なくても、一緒に食事をしたからって文句を言うってのは友人として考えた場合、踏み込みすぎじゃないか?」

「それは……」


 実際、メランも自分が恋人でもない相手からそのように言われれば不満を覚えると考えたのだろう。

 レイの言葉に、それ以上何か反論出来る様子はなかった。


「メランが色々と言いたいのは分かるけど、まだ会ったばかりなんだろ? その辺りを考えて行動した方がいいと思うぞ」

「ぐっ……」


 何も言い返せないメランは、言葉に詰まる。

 それでも思うところがあるのか、メランはレイに不満が滲んだ視線を向けていた。

 そんな視線を向けられつつ、それでいながらレイは特に気にした様子もなく言葉を続ける。


「そもそも、メランは今日の仕事はどうしたんだ? ヴィヘラはもう仕事に向かったぞ?」

「……今日は休みだ」


 不満そうに告げるメランだったが、それは嘘でも何でもない事実だった。

 警備兵の手伝いという形で見回りをしてはいるのだが、その仕事内容はかなりの激務と言ってもいい。

 多くの冒険者が集まっているだけに、どうしても多くの騒動が起こる為だ。

 それを解決するのだから、当然見回りをしている者達の体力の消耗も激しい。

 よって、下手に怪我をしたりしないように、その冒険者が疲れているようなら休養が与えられる。

 メランは今日その休憩の日だった。

 本人はまだ大丈夫だと主張したのだが、ギルドの方では無理だろうと判断し、こうして望まぬ休日をすごしていたのだ。

 ヴィヘラは何の問題もなく動けていたのに……と、自分を不甲斐なく思いながら。

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