第1438話

 レノラによってギルドマスターの執務室に案内されたレイは、ギルドマスターのワーカーに勧められるままにソファに座る。


「すいませんね、時間を取らせてしまって」

「いや、構わない。まさか今回の依頼についてカウンターの前でどうやったかといったように説明する訳にもいかないだろ」

「そうですね。もしそうなったら、色々と厄介なことになる可能性がありますし。……それで、早速ですがダスカー様からの依頼完了の書類を貰えますか?」


 その言葉に頷き、レイはミスティリングから書類を取り出すとワーカーに渡す。

 それを一瞥し、最後にきちんとダスカーの名前が書かれているのを確認すると、頷いてからソファから立ち上がり、執務机の中にある書類を分ける箱に入れる。


「確認しました。依頼完了と認めます。……それにしても、相変わらず移動速度が速いですね。まさか、こんな短時間で帰ってくるとは思いませんでしたよ」

「セトがいるしな。それに、俺がいた方が色々と便利だろ?」

「それはもう」


 レイは半ば冗談でそう言ったのだが、まさかこうも真面目な表情で頷かれるとは思わなかったのだろう。

 だが、驚いているレイを前に、ワーカーはしみじみと頷きながら口を開く。


「特に大きかったのは、やっぱりトレントの森から木材を運んでくることですね」

「あー……その辺はケニーから聞いている。色々と大変だったみたいだな」

「はい。他にも、レイさんがいないということで、妙に強気になった言動をする冒険者とかも出てきましたが、それは結局その程度のことなので、そこまで気にする必要もないかと」

「俺がいないから強気って……別に俺は冒険者の規律を守ったりしてる訳じゃないんだけどな」


 そもそも、レイは結構な頻度で暴れることが多い。

 その大半が相手に絡まれたからという理由だったが、それでもレイが街中で暴れたということは間違いのない事実だ。

 そんなレイが規律を守っていたと言われても、戸惑ってしまうのは当然だろう。


「まぁ、その辺りは特に気にしなくてもいいと思いますよ。それより、明日からですが……」

「ああ、聞いている。壁を破壊する目処がついたんだってな」

「はい。色々と時間が掛かりましたが、何とかといったところですね」

「職人ってのは頑固なのが多いからな」


 中には頭の柔らかい職人というのもいるのだが、殆どの職人は自分の腕に自信があるだけに頑固になっているように、レイには思えた。


「そちらの問題もありますが、資材の方の問題もありましたから。それで、どうでしょう? 土魔法を使っての工事に協力して貰えますか?」

「まぁ、依頼としてくればな。幸いにも今は特にやるべきことはないしな。……ギガント・タートルの解体とかはやっておきたいところだが……」

「ああ、その件ですが、もしかしたらこちらで協力出来るかもしれません」

「うん?」

「増築工事の方も、いつまでも冒険者の手が必要という訳ではないですし、その……こちらが予想した以上に冒険者が集まってきているようでして。中にはベスティア帝国や周辺諸国からやってきたという者もいまして」

「……ベスティア帝国から? それって、もしかしてギルムの増築でどんな風になるのか探って来いって命令されてるんじゃないのか?」


 以前、ギルムはベスティア帝国の手の者が侵入し、何度か騒ぎを起こしている。

 そしてレイは、その騒ぎに巻き込まれる形でベスティア帝国と敵対し、最終的には戦争に参加することになった。

 勿論、今のベスティア帝国は親ミレアーナ王国といった者達が強い力を持っている為、すぐに戦争になるとは限らない。

 だが、だからといってミレアーナ王国の中でも要注意人物のレイがいるギルムの内情を調べないということではないのだ。

 現在は敵対していない状況であっても、つい数年前に戦争を起こした国であり、潜在的な敵国であるという事実は変わらない。

 そうである以上、その国の中で三大派閥の一つ……それも実際にどれだけの戦力を持っているのかを、戦争と、その後に起きた内乱で知っている中立派の中心人物が大きな動きを見せるというのであれば、情報を集めるのは当然だろう。


「正解であり、間違っていますね。ギルムに対して明確に敵対しようとは考えていないでしょう。ですが同時に、その動きを確認する必要があると、そう思っても不思議ではありません」

「難しい話はよく分からないが、取りあえず内部工作の類は心配しなくてもいいってことか?」


 壁を破壊する以上、夜になればモンスターに襲われる可能性も出てくる。

 そのような状況で妙な動きをされてしまえば、ギルムにとっては非常に面倒な事態になるのは確実だった。

 だが、レイのそんな心配をワーカーは頷くことで取り除く。


「勿論完全に野放しにする訳でありません。向こうが妙な動きをしないか、こちらの手の者を付けて監視はする予定です。……もっとも、向こうもそれは承知の上でしょうが」


 ベスティア帝国から来たと堂々と示している以上、あくまでも普通の冒険者として動ける範囲で得られる情報を狙っているのだろう。

 そう説明するワーカーの言葉に、レイはなるほどと納得する。


「ま、その辺はギルドに任せるよ。そういう奴がこっちに妙な手を出してくれば、話はべつだけど」

「ははは。それは多分ないでしょうね」


 ベスティア帝国程、レイの実力を理解している国もそうないだろう。

 レイが所属するミレアーナ王国より、ベスティア帝国の住人の方がレイの名前は有名だ。

 ……もっとも、基本的に自国の冒険者なので英雄視されているミレアーナ王国と違い、ベスティア帝国では恐怖の代名詞といった存在だが。

 それでも内乱で活躍した経緯もあり、中にはそこまで怖がっていない……どころか、尊敬の念を抱いている者もいるのだが。

 基本的にそのような者達は、内乱の際にレイが率いた遊撃部隊に所属していた者だったり、間近でレイの力を見た者だったりが多い。


「なら、いいさ。……それより、明日からの予定は?」

「……本来なら数日は休んで欲しいところなのですが、残念ながらこちらにはあまり時間的な余裕がありません。そうである以上、トレントの森の件と、土の魔法の件を早速お願いしたいのですが」

「壁の破壊はいつになりそうだ?」

「正確には分かりませんが、恐らくもう数日といったところかと」

「数日、か。そうなると、結構いい時に帰ってきたみたいだな」

「そうですね。壁を破壊する職人達は、非常に技量が高い方々です。きちんと破壊する場所を決めて、きっちりとそこの壁だけを壊す。そのような技術を持ってる方々ですよ」

「へぇ」


 ワーカーの言葉を聞いてレイが思い出したのは、日本にいる時にTVで見た光景だった。

 アメリカで建物を爆破して一気に解体する、そんな番組。


(まぁ、ワーカーの話だと壊すのは壁の一部だけだって話だし、あれよりは地味なんだろうけど)


 かなり巨大な建物を爆薬を使って一気に全てを破壊するというのは、当時見ていたレイを驚かせたものだ。

 そのような非常に派手で大掛かりな爆発だったが、実際にそれをやるには非常に綿密な計算をして、建物の構造を熟知し、それが倒れる方向を考え……といったようなことをしなければならない。


(その職人の技量がどういう感じなのかは分からないけど、少し楽しみにしておくか)


 何かのアトラクションでも見るような感じで、レイは壁が破壊される日を楽しみに待つ。

 壁が壊されるということは、当然夜になってもモンスターを防ぐ代物はなくなるということだ。

 また、普段ギルムに張られている結界も壁に沿って存在している以上、今まで通りとはいかない。

 勿論結界が消滅するという訳ではない。

 辺境で空から襲ってくるモンスターに対する備えをしないという選択肢はあり得ない。

 だが、それでも壁の一部を破壊する以上、通常のように完全な性能を発揮出来る訳ではなかった。

 そうである以上、破壊された壁から侵入してくるモンスターを警戒するよりは優先順位が低いが、それでも上空から襲ってくるモンスターの警戒も必要となる。


「とにかく、壁が破壊されるとそこからはもう休みなしで、出来るだけ素早く工事を進める必要があります。その際に重要になるのは、やはりレイさんを始めとして土魔法を使う方々の協力になるかと」

「……まぁ、そうだろうな」


 勿論地面を均したりせず、そのままで新たな壁を作ることは不可能ではないだろう。

 だが、地面を均さずに作った壁と、均して作った壁。

 どちらが頑丈なのかと言われれば、明らかに均した方だ。

 また、可能性は少ないが地面の下に何らかの空洞があるということも考えられないではない。

 ギルムが作られた時にその辺りはしっかりと調査されていたのだろうが、それから長い時間が経っている。

 その間にギルムの近くの地中を何らかのモンスター、または動物が動き回って穴を開けていても不思議ではない。

 それを調べる意味でも、土魔法の使い手が駆り出されるというのは当然だった。


(それに……)


 ワーカーは改めて目の前のレイを見る。

 ワーカー本人は当然見たことがないのだが、レイの使う土魔法というのは地面を均すといった行為だけではなく、ある程度自由に操作することが出来ると、そう報告書で読んだ記憶がある。

 つまり、それは新たに壁を作る際の工事を幾らか短縮出来るということを意味していた。

 壁がない状態を少しでも早くどうにかするのであれば、レイの協力は必要不可欠だろう。


「色々とご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」


 改めて深々と頭を下げてきたワーカーに、レイは小さく頷く。

 ギルムが広くなるのは、レイにとっても歓迎すべきことだ。

 そうである以上、それに協力するのを躊躇うことはない。

 ……勿論無償で働けと言われれば、それは拒否するだろうが。

 今回は勿論正式な依頼ということで働いているので、そのような心配もない。

 ギルドにとって非常に有能な冒険者を逃がすような真似は、ワーカーも考えていないだろう。

 もっとも、その有能な冒険者は、色々と問題も起こすのだが。


「ああ、分かってる。こっちもギルムが広くなるってのは歓迎すべきことだしな」

「そう言って貰えると助かります。それで、そろそろ話を今回の依頼の件に戻したいのですが、構いませんか?」

「ん? ああ、構わない」


 そう言えば依頼完了の書類を渡しただけだったな、と。そう思いながら、レイはワーカーにレルダクトに対する報復について説明していく。

 説明する内容はダスカーにしたものとそう変わらない為か、レイも先程ダスカーに話した時よりもかなりスムーズに話すことが出来た。


「……なるほど。鉱山の方にも……」

「不味かったか?」


 何か言葉を濁すような様子を見せたワーカーに、レイはもしかして……と思いながらも、そう尋ねる。

 だが、ワーカーはそんなレイの言葉に首を横に振った。


「いえ、そんなことはないですよ。レイさんは依頼主の要望を聞いただけですし」


 正確には鉱山の崩落はダスカーに頼まれた訳ではなく、ダスカーと同じ中立派のゲイルから頼まれたものだ。

 しかし、ワーカーはそれを咎めるようなことはしない。

 レイの行動に対して若干思うところがない訳ではないのだが、それでも今回の依頼の範疇内だと、そういうことにしておこうと判断したのだろう。


「今回の件の報酬は、どうします? すぐに支払うことが出来ますが」

「あー……いや、ギルムの増築の報酬と一緒にしておいてくれ。後で纏めて貰うから」

「まぁ、レイさんがそう言うのなら、こちらとしては助かりますが。普通の冒険者なら、報酬は出来るだけ早く貰おうとするものなんですけどね」


 ワーカーの言葉は決して間違っている訳ではないが、レイの場合……いや、正確にはレイを含めて高ランク冒険者の場合はそれに当て嵌まらない。

 そもそも、レイは金に困っている訳ではないのだから、報酬を貰うのをそこまで急ぐ必要はないというのが大きい。

 それに今回の報酬を含めて火炎鉱石を始めとした鉱石の類で貰う予定である以上、後で纏めて貰った方が手間が掛からなかった。


「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。まだマリーナやヴィヘラ、ビューネに戻ってきたことを教えてないしな」

「はい、分かりました。……では、壁の件の詳細が決まったら、そちらに連絡させて貰います」


 レイはワーカーの言葉に頷き、ソファから立ち上がる。


(さて、マリーナはトレントの森の木の運搬、ヴィヘラとビューネは街の警邏。……ここはやっぱりヴィヘラから会いに行った方がいいのかね)


 そんな風に思いながら。

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