第1437話

 領主の館を出て、何人か話し掛けようとしてきた商人を適当にあしらい、レイはセトと共にギルドに向かった。

 途中では何人かがセトを見て食べ物を与えたり、もしくは撫でたりといった真似をしていたが、レイとセトがギルドに到着するまでそう時間は掛からなかった。

 先程の領主の館の時のように、セトはレイが何も言わなくてもすぐにギルドの前で離れていく。

 それを見送ったレイは、ギルドの中に入っていく。

 日中だからだろう。ギルドの中には冒険者の姿は少ない。

 だが、酒場の方には日中にも関わらず、既に飲んでいる者の姿もあった。

 相変わらずの光景に思わず笑みを浮かべつつ、レイはカウンターに向かう。

 そんなレイの姿に受付嬢達が気が付き、その中の一人が真っ先に声を上げる。


「レイ君、戻ってきたんだ。いつ戻ってきたの?」


 猫の獣人のケニーが、そう言いながら手を振る。

 ……そんなケニーの様子に、隣で書類の整理をしていたレノラも顔を上げる。


「レイさん、戻ってきたんですね。怪我とかはしてませんか?」

「ああ。大丈夫。色々と大変だったけど、それなりに利益は……利益は……うーん」


 利益は出たと言おうとしたレイだったが、その言葉を途中で止める。

 純粋な意味での利益ということでは、奪ったマジックアイテムの件もあって完全に黒字と言ってもいいだろう。

 だが、この場合レイにとっての利益というのは、やはり集めているマジックアイテムの類、もしくは未知のモンスターの魔石となる。

 ……未知のモンスターの魔石という点でも、と考えたレイはふと思い出す。


(そう言えば、レルダクト伯爵領に行く前に捕まえたオウルラビットって、まだ血抜きも何もしていなかったな。……まぁ、それは今回の件には関係ないけど)


 後でセトと一緒に焼いて食べよう。

 そう考え、レイは改めて口を開く。


「残念ながら、金になる物はある程度手に入れられたけど、俺が欲しがっていたような物はなかったな」

「ふーん。まぁ、レイ君なら何気に赤字になっていないと思ってたけどね」


 レイとレノラの会話に、ケニーが割り込む。

 だが、いつもであればケニーを咎めるレノラだったが、今日は黙っていた。

 何故なら、ケニーが自分の仕事を既に終わらせていたから。


(もしかして、今日レイさんが来るのを獣人の直感で把握していたとか? ……普通なら考えられないけど、ケニーならそうだって言われると納得してしまうのよね)


 ケニーがレイに対して恋愛の感情を抱いているのは、当然のようにレノラも知っている。

 それを応援するかと言われれば、ちょっと微妙な気持ちになるのだが……それでも、レイに対する想いから女の直感で今日の仕事を終わらせたと聞けば、何故か納得してしまうのだ。


「とにかく、少し待っていて下さい。レイさんの依頼の件はギルドマスターに報告する必要があるので」

「ああ、分かった」

「ほら、レノラはさっさと報告に行ってきなさい。その間、レイ君の相手は私がしてるから」


 思いも寄らずレイと二人きりの時間がとれたのが、嬉しいのだろう。

 ……もっとも、二人きりといってもギルドの中には冒険者やギルド職員がいるので、ケニーが考えているような二人きりというのとはかなり違うが。


「はいはい。じゃあ行ってくるから、ケニーはレイさんに失礼のないようにね」


 そう言い、レノラはギルドの奥に向かう。

 それを見送ったケニーは、早速レイに向かって話し掛ける。


「それで、レイ君。今回の依頼は結構遠くに行ったみたいだけど、何か美味しい料理があった?」


 依頼のことを聞かないのは、先程のレイとレノラのやり取りから自分が聞かない方がいいだろうと判断した為だ。

 そして料理の話題を選んだのは、レイが食べるという行為を好きだと理解しているからこそだろう。

 この辺り、ケニーもレイと数年に渡る付き合いがあるからこそ、しっかりとレイの嗜好を理解していた。


「ああ、実は依頼の途中で寄った村で、川魚の鍋を食べさせて貰ったんだけど、これがかなり美味かったんだ」

「川魚の鍋? それなら別に、どこででも食べることが出来そうだけど……」

「残念ながら、その鍋に使う川魚は生息場所が限られているらしい。細長い魚なんだけど、川魚にしては随分と美味かったんだよ」

「……へぇ。少し興味があるわね」


 猫の獣人のケニーだけに、当然魚は好きだ。

 だが、当然ながらギルムは海沿いにある訳ではなく、食べる魚は基本的に川魚となる。

 勿論塩漬けや干物といったように海の魚が入ってくることもないではないが、基本的に海から遠い分値段が跳ね上がる。

 そうである以上、川魚が一般的に食べられるのは当然だろう。

 だが、少なくてもケニーにとって、川の魚よりも海の魚の方が美味いと感じるのは事実だ。

 川魚は身が淡白であっても、純粋な身の美味さという点ではどうしても海の魚に劣ってしまう。

 それだけに、レイが食べたという川魚の鍋料理に興味を惹かれるのは当然だった。

 ケニーはレイから説明された鍋料理がどのようなものだったかを聞き、唇を舐める。

 普通であれば色っぽい仕草と取られることも多い行為だったが、少なくても今のケニーの行為は色っぽいのではなく、食欲に刺激されたものだった。


「あー……後で食べるか? 一応鍋ごと貰ってきてるし」

「本当!?」


 ケニーにとっては、食べたことのない魚の鍋料理を食べることが……それもレイと一緒に食べることが出来るというのは、非常に嬉しかった。

 夏に鍋を食べるというのは、ちょっと思うところがないではない。

 それでも、レイと一緒にということであれば、それもまた一興だった。


「こういう時、レイ君がアイテムボックス持ちだと助かるわね」


 そう告げるケニーの言葉に、レイは同意するように頷く。

 基本的にその地方の名物料理や、旬の食べ物というのは食べられる場所や期間が限られている。

 だが、レイの持つミスティリングを使えば、それはいつでも、どこででも食べることが出来た。

 冬だけに姿を現すガメリオンの肉を一年中、それも新鮮なままで食べることが出来るというのは、その最たるものだろう。

 勿論、ミスティリングの中に入っている料理や食材の全てを食べてしまえば話は別だったが。


「そう言って貰えると、こっちとしても助かるよ。……話は変わるけど、俺がいない間、何か変わったことはなかったか?」

「そうね。レイ君がいなかったから、色々と困った点は多かったみたいだけど、それでも何とかなったみたいよ。……ただ、どうしてもトレントの森から木材を運んでくるのには時間が掛かってるみたいよ」

「あー……だろうな」


 ミスティリングに入れてセトでギルムまで飛んで移動出来るレイと違って、そのレイがいなければ専用の馬車を用意して大勢で運んでくるという方法を採るしかない。

 高ランク冒険者であれば、それこそ伐採したばかりの木を片手で簡単に持ったりも出来そうだったが、高ランク冒険者をそんなことに回すような余裕は、現在のギルムにはなかった。


「けど、マリーナ様が精霊魔法を使って手伝ってくれてるから、レイ君が運ぶ時みたいに簡単にって訳じゃないけど、ある程度楽になってるわよ? 寧ろ、マリーナ様が協力してくれることで、樵の人達のやる気も上がってるとか」

「あー……だろうな」


 数秒前と全く同じ言葉を口にするレイだったが、そこに宿っている感情は全く違う。

 どこか、呆れのようなものが混ざっていた。

 だが、マリーナのような妖艶な美女と一緒に仕事をするのであれば、基本的に男所帯の樵達が張り切るというのは、レイにも理解出来た。


「ああ、それと……レイ君は土系統の魔法を使えたわよね?」


 そんなレイの様子に、ケニーはふと話題を変えてそんなことを尋ねてくる。

 土の魔法? と一瞬戸惑ったレイだったが、スキルも魔法ということにしてあることを思い出したのだろう。すぐに頷きを返す。

 本来であればレイは炎の魔法に特化した存在であり、それ以外の属性に対する適正は皆無だ。

 だが、デスサイズのスキルは、それこそ多種多様な代物がある。

 それを誤魔化す為に、レイは炎の魔法程ではないにしろ、他の魔法もそれなりに使えるということにしていたのだ。少なくても表向きは。


「そこまで得意じゃないけど、それなりには」

「あら、謙遜ね。広範囲の地面を思い通りにすることが出来るって聞いてるわよ?」


 ケニーの言葉に、どのスキルを期待されているのか、レイにはすぐに理解出来た。

 デスサイズが持つ、地形操作のスキル。

 自分を中心にして、半径五十mの大地を一m程上げたり下げたり出来るという能力を持つスキルだ。

 土系統の魔法を使う者にとっても、そう簡単に使える魔法ではないのだが、レイはそれをスキルとして好きなように使うことが出来る。

 魔法使いにとっては、そんなレイの存在は反則だと、そう言いたくなってもおかしくはないだろう。

 ともあれ、レイはその真実とは違って土の魔法もかなり大規模に使える人物と見なされることもあった


「つまり、増築工事関係だな?」

「ええ。勿論レイ君だけじゃなくて、他にも同じような魔法が使える人を色々と集めているところよ。……そういう意味では、今日レイ君が帰ってきたのはちょうどよかったわね」

「もう少し遅く帰ってきた方が良かったような気がする」


 ケニーの言葉に、何となくレイはそう呟く。


「そう言わないでよ。壁を壊したら、出来るだけ早く動かないといけないんだから」

「ん? ああ、いよいよそっちの準備が出来たのか?」


 少し前までは壁の近くにある建物を壊したり、増築工事に必要な資材を集めたりといった風に、様々な準備が進められていた。

 それでいて、多くの大工や職人がどのように工事を進めるかといった話で揉めていた筈だったのだが、幸いにもレイがギルムからいなくなっている間にその辺りの話は纏まったのだろう。


「ええ。……本来なら、壁を壊した後の処理もレイ君に任せたらどうかって意見もあったんだけど、レイ君に頼り切りなのはちょっとどうかって意見もあったし、他の冒険者の仕事を奪うのもどうかって意見もあったりして、最終的にそっちの処理は他の人がやることになったわ」

「そうか? ……まぁ、俺は別に構わないけど……ああ、でも大きめの壁の破片とかは貰いたいところだけど、構わないか?」

「え? 多分大丈夫だとは思うけど、後で上の方に聞いておくわ。……けど、そんなの貰ってどうするの?」

「色々と使い道があるんだよ」


 空を飛ぶレイにとって、巨大な物質……それも壊れても構わない代物というのは、非常に強力な武器となる。

 いつもセトが空を飛んでいる、高度百m。

 そのくらいの高さから巨大な壁の破片を落とせばどうなるのか……それは、立派な爆撃と呼んでもいいだろう。

 勿論落とした壁の破片は爆発などしないので、正確には爆撃と呼ぶのは間違っているのかもしれないが。

 敵がモンスターの集団であったり、もしくはどこかの国の軍隊、そこまでいかなくても盗賊団といった存在が相手の場合、非常に強力で有効な攻撃手段となる。

 もしくは、レイが得意としている……いや、既に代名詞の火災旋風。

 その中に壁の欠片を混ぜれば、それは皮膚を裂き、肉を抉り、骨を砕く凶悪な攻撃手段となるだろう。

 そんなレイの考えを把握した訳ではないだろうが、ケニーは少し考えると頷く。


「まぁ、レイ君が自分から協力してくれるんなら、問題ないと思うわ。ただ、他の人達の仕事にもなってるから、あまり頑張らないでね? それにレイ君には、壁を壊した後でやって欲しいことがあるんだから」

「ああ、ようは地面を均せばいいんだよな?」

「ええ。……勿論他の人もやるけど、やっぱり魔法って言ったらレイ君だしね」

「いや、それは俺を買いかぶりすぎだよ。炎の魔法なら自信はあるけど、それ以外の魔法は正直、そこまで得意じゃないし」


 そう告げるレイの言葉に、ケニーは呆れの視線を向ける。

 レイが具体的にどれだけの魔法を使えるのかというのは、ケニーも見たことはない。

 だが、それでも報告書や噂話の類を聞けば、それがどのような代物なのかというのは容易に想像出来る。

 冗談でも何でもなく、レイを超えるだけの魔法を使える者はいないのではないか。

 それが、ギルムにおける冒険者の間で半ば確定事項のように話されていることだと、本人だけが知らないのだろう。

 もっとも、現在は普段よりも多くの冒険者がギルムにやって来ているので、その辺を知らないでレイに絡むような馬鹿が出てきても不思議ではないのだが。


「とにかく、レイ君には色々と負担を掛けると思うけど、報酬の方もそれに相応しい物が用意されているだろうから……」


 そう言葉を続けようとしたケニーだったが、レノラが戻ってきたのを見てレイと二人きりの時間が終わったと、残念そうに溜息を吐くのだった。

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