第1429話

 鉱山を崩壊させてから二日後……レイの姿はレルダクト伯爵領の中心と言うべきジャーワという街にあった。

 正確には、ジャーワから少し離れた場所にある林の中というのが正しい。

 そこにはレイとセト以外にも反乱軍の面々の姿がある。


「じゃあ、俺達は街中に入ってる。夜になったら行動開始ってことでいいんだな?」


 そう告げてくる男……反乱軍を率いている男の言葉に、レイは頷く。


「ああ、そうしてくれ。本来なら俺も一緒に街中に入れればいいんだろうけど……なぁ?」

「グルゥ」


 レイの言葉に、隣のセトが申し訳なさそうに喉を鳴らす。

 体長三m程のグリフォンというのは、当然のように目立つ。

 そのようなモンスターを従えているレイがジャーワの中に入ろうとすれば、当然のようにそれが誰なのかという話になり、レルダクトにも話が通る可能性が高かった。

 そしてグリフォンを従えている人物となると、それが誰なのかは貴族派のレルダクトであれば考えるまでもなく理解出来る。

 ……そう、中立派の中心人物ダスカーの最強の刃、深紅のレイだと。

 おまけに、レルダクトはダスカーがギルムを増築するということで、それを妨害する為に私兵を派遣したという後ろめたさがある。

 そのような状況でレイが自分の治める街に来たと知れば、それがどのような意味を持つのか……考えるまでもないだろう。

 レイや反乱軍が攻撃を仕掛けるよりも前に、ジャーワの街中でレルダクトの部下達と戦闘になるというのは、レイも……そして当然ながら反乱軍の者達も変わらない。

 結果として、レイとセトはジャーワの外で夜になるのを待つということになった。

 反乱軍の男を見送り、レイは林の中で横になったセトに体重を預ける。


「グルゥ」


 そんなレイに、セトは嬉しそうに喉を鳴らして顔を擦りつけていた。


「そう言えば、何だかんだとこうしてゆっくりとした時間をセトとすごすのは、久しぶりな感じがするな」

「グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトは鳴きながら顔を擦りつける。

 実際には野営をする時、マジックテントの外でセトと一緒にすごすというのも多いのだが、こうやって日中にセトとゆっくりするということは最近滅多になかった。

 それが、セトにとっては嬉しかったのだろう。

 林の中に生えている木の枝が強烈な太陽の光を幾らか弱め、木漏れ日と呼ぶのに相応しい光景を目の前に作り出している。

 本来なら夏ということで暑く、例え林の中であっても汗を掻くだろう。

 ましてや、柔らかな体毛に包まれたセトに寄りかかりでもすれば、その暑さに耐えるのも難しい。

 だが、レイの場合は簡易エアコンとも呼べるドラゴンローブがある。

 夏でも冬でも……いや、真夏でも真冬でも、全く関係なく外ですごすことが出来た。


「ほら、セト。これでも食べるか?」


 ミスティリングからレイが取り出したのは、ギルムの食堂で購入した山鳥の丸焼き。

 鶏よりは若干小さいその山鳥は、中に様々な野菜を詰められ、じっくりと焼き上げられた代物だ。

 長時間焼けば、山鳥に詰められている野菜には肉の旨みが移るが、それは肉の方の旨みが減るということでもある。

 だが、今こうしてセトの前に出された皿の上に乗っている山鳥の肉は十分に美味い。


(肉の食感もぱさついてないし、寧ろしっとり? してる。それでいて、中の野菜とかにはしっかりと肉の旨みが移ってる。……どうやって料理したんだろうな?)


 セトに料理を取り分け、自分でも味わいながら、レイは首を傾げる。

 うどんやお好み焼き、肉まん、ピザといった料理をギルムやエモシオンで広げたレイだったが、決して料理そのものに詳しい訳ではない。

 あくまでも日本にいる時に得た知識から説明しただけで、その説明も拙いものが多く、料理人側の方で多くの試行錯誤がされて、レイが教えた料理がきちんと完成したと言ってもよかった。

 そんなレイだけに、どのように調理をすれば目の前にある料理になるのかは分からなかった。


「ただ、分かるのは……美味いってことだけだな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に同意するようにセトが鳴き、もっともっとと、レイの方に皿を前足で移動させる。

 山鳥は鶏よりは小さい程度の大きさしかないので、結局レイはもう二つ程同じ料理をミスティリングから取り出すことになるのだった。


 




 虫の音が、林の中に響く。

 うるさい、と表現してもおかしくないような、それ程の虫の音。

 周囲が暗くなり、月が雲により半ば隠れている、そんな天気の中でレイは目を覚ます。


「グルゥ?」


 レイが目を覚ましたことに気が付いたのか、ソファ代わり……否、ベッド代わりにされていたセトもまた半ば眠りながら周囲の警戒をしていた状況から顔を動かし、レイを見る。


「ふわぁーあ……ん、セト。ありがとな。眠りやすかった」

「グルルルゥ」


 感謝しながらセトを撫でるレイに、撫でられているセトは機嫌良さそうに喉を鳴らす。

 基本的に寝起きは暫く頭が働かないことが多いレイだったが、それはあくまでも宿のように安心して眠っていられる場合に限る。

 今のように敵地と呼ぶに相応しい場所では、目を覚ましてすぐに動くことが出来た。


「やっぱりセトの身体は寝る時にちょうどいいよな」

「グルルゥ!」


 レイの褒め言葉に、セトはそうでしょう! と自慢そうに喉を鳴らす。

 実際、セトの身体というのは体毛が柔らかく、身体もその膂力を思えば信じられない程に柔らかく、しなやかだ。

 夏にセトの体毛に埋もれるという暑さを考慮しなければ、非常に快適な睡眠を得られるだろう。

 ……その暑さというのが、普通ならどうしようもないのだが。


(ああ、でもミレイヌやヨハンナなら、夏でもセトに抱きついて眠れるって言えば喜ぶかもしれないけど)


 そんな風に考えながら、ミスティリングから流水の短剣を取り出し、レイの魔力によって生み出された水で軽く身支度を調え、頭の中をさっぱりとさせていく。

 仮眠を取ったのは数時間だが、それでもレイの頭の中はさっぱりとしていた。


「……よし、じゃあそろそろ行くか。連中もジャーワの中で待ちくたびれているだろうし」

「グルルゥ」


 セトが喉を鳴らして、その言葉に賛成する。

 夜に襲撃をするという話は前もってしてあるが、明確な時間は決めていない。

 いや、そもそも明確な時間を決めようにも、時計のあるレイはともかく反乱軍の方ではそれを知る術がない。

 これが日中であれば、六時、九時、十二時、十五時、十八時といったように鐘がなるのだが、それはあくまでも日中だけのことだ。

 既に周囲が暗くなっている以上、鐘が鳴るようなことはない。

 そうなれば、結局大体どれくらいの時間に動くのかといったことを前もって決めておき、後はそれに合わせて動くしかなかった。


「時計がもう少し一般的ならいいんだけどな」

「グルゥ?」


 呟くレイに、どうしたの? とセトが小首を傾げて尋ねる。

 それに何でもないと首を横に振り、レイは早速行動に出る。

 林から出て、セトに乗ってジャーワに向かう。

 街という規模であり、ましてやそこはレルダクトの拠点だ。

 当然そうなれば結界の類もあるのだが……辺境のギルムであればまだしも、ここには凶悪なモンスターが皆無という訳ではないが、辺境とは比べられないくらいに少ない。

 結界というのは、敷くのに大量の資金が必要となる。

 それが、ギルムのように上空からのモンスターの侵入を防ぐようなものとなれば、レルダクト伯爵領にある資産で行うのは難しい。

 不可能ではないが、それで資産の多くが消えてしまう。

 ましてや、その結界が役に立つかどうかと言われれば……それもまた微妙なところだ。


(日本の田舎にある家で核シェルターを作るようなもの、か?)


 考えたレイ自身、微妙に的を外している考えのように思えたが、それでも一番しっくりとくる考え方はそれだった。

 ともあれ、そこまで高ランクモンスターがいない以上、結界をギルムと同じような物にする必要はないと、レルダクトは……いや、ジャーワを作ったレルダクトの先祖はそう考えたのだろう。

 そして代々のレルダクト伯爵家の当主達も皆が同じ考えで、結果としてジャーワを覆っている結界は敵を防ぐのではなく、空中から入ってきた相手を感知するような能力の結界となっていた。

 実際、それは決して間違っている訳ではないのだろう。

 ギルムで使われているような強力な結界は、維持するだけでも相応の消費がある。

 レルダクト伯爵領に存在するモンスターのことを考えれば、今まではそのような結界で十分だった。

 ……そう、今までは、だ。


「セト!」

「グルルルルルルゥッ!」


 レイの言葉にセトが高く鳴き、ジャーワに向かって真っ直ぐに降りていく。

 そうして速度を抑えず、真っ直ぐにジャーワに……その中心にある領主の館に向かう。

 既に真夜中に近いというのに、領主の館には幾つもの明かりが灯っている。

 明かりのマジックアイテムも、普通であればこうして好き放題に使うことは出来ない。

 それが出来るのは、レルダクトがそれだけの財力を持っている……つまり、高額の税金を徴収している為だろう。

 普通であれば、それこそ酒場や娼館といった場所には多くの明かりが灯っているものだが、少なくてもレイが上から見た限りでは、レルダクトの屋敷の方が明かりの数という面では上だった。


「グルゥ」


 地上に向かって降下している最中、不意にセトが喉を鳴らす。














 何だ? と一瞬疑問に思ったレイだったが、次の瞬間には何かを感じ、セトが何に対して喉を鳴らしたのかを理解した。

 同時に、恐らく今のが結界だったのだろうというのも分かった。


(今頃、誰か……もしくは何かがジャーワの上空から侵入してきたって騒ぎになってるんだろうな)


 そんな風に思いながらも、レイの視線は次第に近づいてくる地上をじっと見ており……次の瞬間、セトが翼を大きく羽ばたかせ、一瞬にして落下速度を殺す。

 そうして庭と思しき場所にセトが着地した時には、その背に乗っているレイには特に衝撃らしい衝撃を感じることはなかった。

 それどころか、真っ直ぐに体長三m程もあるセトが翼を羽ばたかせながら落ちてきたというのに、地面に着地した音すら殆ど響いていない辺り、セトがどれだけ上手く着地したのかということを表しているのだろう。

 だが、音もなく着地しても、セトはこれだけの巨体だ。

 当然のようにそこから発せられる威圧感……ランクS相当のモンスターから自然と発せられている雰囲気は隠しようもない。

 これがギルムでよくあるように、遊んでいる時であれば、不思議とそのような雰囲気も発せられたりはしないのだが。

 ともあれ、セトが庭に着地してから数分程度で、その姿は見つかることになる。


「庭だ、庭に何かいるぞ!」

「何かがジャーワの結界を破ってきたらしい。多分そいつだ!」

「へぇ」


 レイとセトが結界を破ってから庭に着地するまで、数秒もかかっていない。

 そして庭に着地してから領主の館にいる兵士、騎士、私兵……様々な者がいるが、そのような者達に見つかるまで、数分。

 そのほんの少しの時間に関わらず、既に結界が破られているという情報が広まっているのは、ここにいる者達の命令系統がしっかりとしており、それなりに腕の立つ者達が多いということを意味している。


(いやまぁ、命令系統はともかく、腕が立つってのは微妙か?)


 自分を囲んでいる相手を一瞥すると、レイはそう考える。

 実際問題、こうして見回した限り、レイの目から見てそこまで強いと思える相手はいないように思えたからだ。

 勿論、今ここにいるのが領主の館にいる戦力の全てという訳ではないだろう。

 本当の意味で腕が立つ者であれば、レルダクト直属の護衛としてその近くに置かれるのは当然だろう。


「お前、何者だ!」


 レイとセトを囲んでいる者の内の一人が、そう叫ぶ。

 そうして叫んできた男に向かい、レイは笑みを浮かべつつ一歩踏み出す。


「俺が誰かって? 今の状況を見て、それが分からないのか? ここの主人が手を出した相手が、そのまま一方的にやられるだけだとでも?」

「何? それは、どういう意味だ?」


 夜に突然の襲撃ということで、セトの姿を見てもレイを連想出来ないのか、それともいきなりの襲撃でまだ完全に頭が働いていないのか。

 ともあれ、まさかセトを見ても自分の正体に辿り着かないというのは、レイにとっても誤算だった。

 一瞬このまま正体を隠して暴れようかという考えも脳裏を過ぎったが、今回はあくまでも報復行為をする為にやって来てるのだ。

 そうである以上、しっかりと自分の正体を明かしておく必要があった。


「これを見れば、俺が誰か分かるか?」


 ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しながら、そう告げる。

 黄昏の槍はまだしも、大鎌を武器にしているものはそう多くない。……いや、ほんの少数だと言ってもいいだろう。

 レイの武勇伝を聞いた者が憧れから使ったりといったこともあるのだが、大鎌は実際に戦闘で使うのは相当に難しい。

 それだけに、大鎌のデスサイズを見た者達は、ようやく目の前にいるのが誰かを悟る。


「お前は……」

「どうやらやっと分かったみたいだな。ギルム所属の冒険者、レイだ。……それとも深紅のレイと言った方が分かりやすいか?」


 そう告げ、デスサイズを真横に薙ぐ。

 空気を斬り裂くかのような一撃に、それを見ている者達は息を呑むのだった。

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