第1430話
レイが名乗った瞬間、周囲にいる全ての者達が感情を動かす。
今までは突然の侵入者として警戒はしていたが、それが誰なのかというのは気にしていなかった。
だが、レイが名乗ったことにより、自分達の前にいるのが深紅の異名を持つ冒険者だと、そう認識してしまったのだ。
そしてレイは戦闘に特化した冒険者だと、そう認識されている。
……実際、ベスティア帝国との戦争で活躍して異名持ちとなったのだから、その考えは決して間違っている訳ではない。
もっとも、アイテムボックスを使った運搬能力や、セトの鋭い感覚を使った調査等、別に戦闘だけに特化している訳ではないのだが……
ともあれ、レルダクトの住む領主の館を守る者達は、目の前にいるのがどうやっても自分達の手に負えるような存在ではないというのを理解してしまう。
「さて」
短く呟いたレイが視線を向けると、その場にいた者の殆どが身体を震わせ、顔色が白くなる。
分かっているのだ、自分達がレイの行動を妨害しようとすればどうなるのかを。
レイについて……深紅についての情報は、当然ながらこの場にいる者達の多くが知っている。
曰く、相手が貴族であっても容赦なく力を振るう。
そのような人物が相手である以上、当然貴族に仕えている兵士であっても容赦なく手に持っている大鎌を振るうだろうことは予想出来る。
……そもそも、夜中に街の結界を強引に突破して領主の館に突入してくるような者なのだから、そうすることに何の躊躇いもないというのは誰の目にも明らかだった。
「俺がここに来た理由は、さっきも言った通り、レルダクトが手を出した人物からの報復だ。……そんな訳で、俺の邪魔をして戦いたいと思う奴だけ残れ。それ以外の者はさっさと消えろ。今なら追わないから」
そう言うや否や、周囲にいた者達の多くはその場で踵を返して走り去る。
レイと戦った場合、自分がどのような目に遭うのかというのが容易に予想出来た為だろう。
また、結局のところレルダクトに雇われているだけであり、忠誠心を持っていないというのも大きかった。
もしこれがギルムであれば、異名持ちの冒険者が領主の館を襲撃しても、自分達では敵わないと知りつつ、それでも立ち向かう者が大勢いるだろう。
そんなギルムの兵士に対して、レルダクトの兵士は自分が敵わないと思えば即座に撤退する。
この辺りに、ダスカーとレルダクトの人格の差とでも呼ぶべきものが如実に表れていた。
だが、多くの者達が逃げ出したということは、逆に言えば何人かはこの場に残ったということになる訳で……
「レルダクトに対して、そこまで身体を張る必要があるのか?」
そう告げるレイの言葉に、この場に残った者の一人が長剣を構えながら口を開く。
「あのような俗物は関係ない。ただ、お前のような強者と手合わせが出来る機会を見逃したくないだけ」
「あー……なるほど、そっち系の奴か」
別にレルダクトに対して深い忠誠心を抱いている訳ではなく、単純に強い相手と戦いたいと考えている人物。
いわゆるヴィヘラと同じような人種だ。
……もっとも、ヴィヘラも戦闘を好むが、だからといってレルダクトのような人物に雇われるかと言えば、答えは否だろうが。
(他の奴等は……色々と違うか)
てっきり全員が戦闘を好む者なのかと思いきや、残っている三人のうち、爛々とした視線をレイに向けているのは一人だけだ。
なら、他の二人は何故? と一瞬思ったレイだったが、その二人の首にある首輪を見れば、すぐに理解出来た。
(奴隷か)
見たところ、そこまで強そうな相手には見えない。
いや、一般人が相手であればどうにでもなりそうな体格をしてはいるのだが、レイの目から見ればそれは狙うべき場所が大きい、倒しやすい相手というだけでしかない。
本人達も、自分ではレイに勝てないだろうと分かっているのだろうが……奴隷の首輪がある以上、主人からの命令には逆らえないのだろう。
「俺を見ろ、深紅! 俺を!」
そう叫びながら、長剣を構えた男は真っ直ぐにレイに向かって飛びかかってくる。
戦闘狂だけあって、その踏み込みはかなりのものだ。
それこそ、ギルムで冒険者として働いていても十分に通用するくらいには。
(戦闘を好むなら、辺境に行けば相手に困ることはないだろうにな)
そんな風に思いつつ、レイは踏み込んできた男に合わせるようにして左手の黄昏の槍を振るう。
空気を斬り裂く音と共に、男が吹き飛ばされる音が周囲に響く。
踏み込みは素早く、ギルムで活動出来るだけの実力は持っている男だったが……逆に言えばそれだけでしかない。
レイに対抗するのは、男の実力では到底無理だった。
吹き飛ばされ、近くにあった木にぶつかって意識を失う男。
それを一瞥したレイは、次に自分に向かって槍を構えている二人の奴隷に目を向ける。
奴隷の首輪によってレルダクトの命令を聞かなければならない二人は、目に怯えの色を宿しながらも、この場から動くことは出来ない。
どうやってもレイは自分達で敵う相手ではないというのは、今のやり取りを見れば明らかだ。
今レイに吹き飛ばされた男は、奴隷二人が協力して攻撃しても、かすり傷すら付けることが出来ない相手だった。
そんな相手を、文字通りの意味で一蹴したレイを相手に、自分達で何が出来るのか。
「……安心しろ、すぐに意識を失わせてやる」
レイも、別に自分よりも弱い相手を攻撃して楽しむような趣味はない。
いや、増長している相手を叩き潰すのは嫌いではないのだが、目の前にいるような、目で助けて欲しいと訴えてくるような相手を攻撃して楽しむといった嗜好は持っていなかった。
そんなレイの言葉を信じたのか、奴隷の二人は一瞬気を抜き……そして次の瞬間には、黄昏の槍の石突きで鳩尾を突かれ、そのまま意識を失った。
こうして、この場に残っていた三人全員の意識を奪うと、レイは近づいてきたセトを撫でながら、ふと気が付く。
「あ、全員を気絶させてしまったら、マジックアイテムをどこにしまい込んでるのか聞けないな」
「グルルゥ」
セトがそんなレイを慰めるように鳴き声を上げ、そっと顔を擦りつける。
そんなセトの気遣いに、レイも嬉しくなってセトの身体を先程よりも優しく撫でる。
従魔とじゃれ合っている冒険者。
それだけを聞けば、かなり微笑ましい光景と言えるだろう。……周囲に気絶している男達がいなければ、の話だが。
そうして数分の間セトとじゃれ合ったレイは、気分を切り替えて領主の館に視線を向ける。
そこでは何人かが中庭にいるレイを見ていたが、見るからに文官といった様子の者達だ。
現在気絶している三人のように、レイに向かって攻撃をするような真似はしない。
「ああいう奴等に聞いてもいいんだけど……」
「ひぃっ!」
レイと視線が合ったのを感じたのだろう。その男はすぐに走り去り、他の者達もそれに合わせるように逃げ去っていく。
(ああいう文官に聞いた方が手っ取り早かったか?)
一瞬そうも考えたレイだったが、今の様子を見る限りでは怯えてろくに話も出来ないと判断する。
「じゃあ、セト。俺はレルダクトに会ってくるから、セトはここで待っててくれ。基本的には誰も中に入れないように頼むな。ああ、けど反乱軍が来たら入れてやってくれ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せて! と喉を鳴らす。
そんなセトを軽く一撫でし、レイは持っていたデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納してから建物の中に入る。
窓から強引に入り込むという方法でだったが。
そうして建物の中に入ったレイが見たのは、走って逃げていく文官と思しき者達の姿。
「レルダクトの部屋まで案内してくれる奴がいてくれれば、こっちも助かったんだけどな。……自分で探すしかないか」
初めて来る場所だったが、上空からどのような建物の形をしているのかというのは確認している。
そして自分の財を集めることに対して強い欲があり、自己顕示欲が強い者であれば、当然のように建物の中でも中央部分に自分の執務室なり、私室なり、自分が普段いるべき部屋を用意するだろう。
そう判断し、建物の中央に向かってレイは進んでいく。
「待て! 貴様、侵入者だな!」
時折そのように叫ぶ者が姿を現すが、レイに殴り飛ばされて気絶し、もしくはネブラの瞳で生み出された鏃によって床に倒れて痛みに呻く。
基本的に長柄の武器を好むレイだったが、ネブラの瞳による投擲や格闘も決して苦手という訳ではない。
……もっとも、ネブラの瞳は魔力によって鏃を生み出すというマジックアイテムだ。
そのような攻撃では、痛みを与えるという意味では有効な攻撃だが、気絶させるという意味では威力が足りない。
そういう意味では、レイの選択した攻撃方法として今回の場合には相応しくないと言えるだろう。
レイの動きを止めようとした相手を、次々に気絶させながら進んでいくレイは、やがて一つの扉の前に到着する。
見て分かる程に、他の扉とは違う。
大きさも、その外見もだ。
ダスカーの執務室に比べると数段落ちるのだが、それでもこの屋敷の中では一際豪華な扉なのは間違いない。
(見張りというか、門番? の姿はない、か。護衛は……部屋の中にいるんだろうな)
部屋の中からは、自分を警戒している気配が察知出来る。
下手に戦力を小出しにして各個撃破されるより、戦力を一点に集中させた方がいいと判断したのだろう。
そんな思いを抱き……同時に、侵入してきたのがレイだというのを理解してるのであれば、下手に兵士をぶつけても逃亡すると考えたのもあるかもしれない。
実際、相手がレイだと認識した多くの者が逃亡しているのだから、それは無理もない。
「さて。いつまでもこうしている訳にはいかないし……向こうを待たせるのも礼儀がなっていないだろうしな。……いや、こうして押しかけてる時点で礼儀云々って話は考える必要はないんだろうけど」
呟きながら、一応レイは目の前にある扉をノックする。
「レルダクト、いるなら大人しく出てこい。その方が傷は浅いぞ」
扉の向こうにそう声を掛けるが、当然のように何も返事はない。
だが、扉の向こうから感じられる怒気が一段と強まったことを考えれば、レイの言葉が聞こえていないということはないのだろう。
「どうやら出てくるつもりはないみたいだな。……なら」
ミスティリングからデスサイズを取り出し、そのまま振るう。
豪華な扉である以上、当然のように頑丈に出来てはいたのだろうが……魔力を流さず、ただデスサイズの重量と鋭利さ、そしてレイの技量だけで扉はあっさりと切断され、部屋の内部の様子を確認出来る。
「っと!」
そうして部屋の中が見えるようになった瞬間、そのタイミングを待っていたかのように数秒前に扉があった場所を、一本の矢が貫く。
一瞬の気の緩みを突いたかのような一撃ではあったのだが、放たれた矢はあっさりとデスサイズによって弾かれる。
柄の長さが二m、刃の長さが一mもある巨大な武器ではあったが、レイがそれを振るうのに全く力を入れている様子はない。
実際、デスサイズの能力の一つにはレイやセトに対してその重量を感じさせないというものがある。
そのおかげで、レイは百kg程もあるデスサイズを容易に操ることが出来ていた。
「なっ!?」
レイについての一通りの情報は知っていても、その詳細な能力……ましてや所持しているマジックアイテムの性能については知らなかったのだろう。
たった今、矢を射った男の口から驚愕の声が漏れ出る。
「敵対行為を取ったと確認した。これで手加減はしなくてもいいな」
そう言いながらも、レイは出来るだけ今回の依頼で人を殺さないようにと、そうダスカーに念を押されている。
正確にはダスカーが殺すなといったのはレルダクトだったのだが、レイはそれを他の者も一緒だと認識していた。
もっとも、理由があれば人を殺すことに躊躇いを覚えないレイだが、別に好んで人を殺したい訳でもない。
殺さずに済むのであれば、それはそれでいいという認識だった。
「っ!? 殺せ! 奴を殺せぇっ! レイを仕留めた者には、望むままの報酬を支払うぞ!」
部屋の中から聞こえてきたその声が誰の声なのかというのは、レイにも分かった。
実際に会ったことはなくても、今のようなことを言うのは誰なのか決まっていたからだ。
(異名の深紅じゃなくて、わざわざ俺の名前を言うのは……やっぱり中にいる奴等が俺に恐怖を抱かないように、なんだろうな)
それでも今の言葉は部屋の中にいた者達の士気を高めるには十分だったようで、部屋の中からは雄叫びのような声が上がる。
唯一、レイに向かって矢を射った男だけは、顔を青ざめさせ、とてもではないが自分ではレイに勝てないと、絶望した表情を浮かべていたが。
「さて、じゃあ……最後の仕上げだ」
呟き、レイは下半分だけ残っていた扉の残骸を蹴飛ばしながら、部屋の中に入っていくのだった。
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