第1428話
夜の月に照らされる中で、レイはセトと共に空を飛んでいた。
夏らしい夜空は、これから自分が何をするのかというのを考えても少しだけ気分を晴れさせる。
(夏の空は高いってよく言うけど、こうして見ると夏の夜の空も高いように見えるな。一面の星空だし)
レイが日本にいる時に住んでいたのは、田舎……それも山のすぐ側だった。
そうである以上、都会よりも空気が澄んでいるのは当然で、空を見上げれば実際に星がよく見えた。
……もっとも、ずっと田舎で育ってきたレイだけに、星が見えるというのは当然の光景だったのだが。
自分の家から見える夜空が綺麗だと知ったのは、東京で働いている親戚から話を聞いた時か……それとも修学旅行の時に夜の景色を見た時か。
ともあれ、現在レイが見ている夜空の景色は、日本にいた時に見た光景と比べても圧倒的に上だった。
「グルゥ?」
夜空を見上げているレイに、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。
「いや、何でもないよ。ちょっとこれからのことを考えていただけだ」
二十本の槍と引き替えに、レイは鉱山の場所を含めて様々な情報を反乱軍から聞いていた。
最初に予定していたよりは渡した槍の本数が多かったが、元々盗賊から奪った槍であり、金を出して買った訳ではない。
ましてや槍の質も、決して悪い訳ではないが、良い訳でもない。
本当にごく普通の槍にすぎない。
だが、それでも反乱軍にとっては非常にありがたい代物だったのだろう。
「お、見えてきたな」
視線の先に見えてきた山を見て、レイは呟く。
月明かりに照らされているその山は、レイの目から見ても鉱山とは分かりにくい作りをしている。
レルダクトも、この鉱山が自分の領地の中で非常に重要だということは知っており、だからこそこうして周囲からは分かりにくいようにしているのだろう。
鉱山となると、そこで採れた鉱石を運び出す為に立派な道を作ることも多いのだが、レイが空から見る限りでは月明かりの下にそのようなものは見えない。
勿論普通の道は存在するのだが、鉱石の類を運ぶのに十分かと言われれば、レイも首を捻らざるを得ない。
もっとも、空を飛ぶセトに乗っているレイにとっては、その隠蔽は殆ど意味がなかったが。
レルダクトも、当然空を飛ぶ相手がいるというのは理解している。
だが、空を飛ぶ相手というのは竜騎士や召喚魔法といったようにほんの少数だ。
そうである以上、費用対効果の面からそこまで重視していなかったのだろう。
「ま、そのおかげでこうしてこっちもすぐに見つけることが出来たんだから、文句はないけど」
小さな笑みを浮かべつつ、レイはセトをそっと撫でる。
「じゃ、行くかセト」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは鋭く鳴き声を上げるとそのまま地上に向かって降下していく。
既に、日付が変わる時間帯だ。
そうである以上、当然のように鉱山には誰もいない。
てっきり鉱山の中には奴隷だったり、レルダクトの部下がいるものだとばかり思っていたレイは、少しだけ意表を突かれた様子を見せる。
「まぁ、それでも護衛はいるんだな」
正確には、護衛というよりは見張りや警備兵といったところか。
ただし、鉱山の近くにいるのではなく、鉱山に続く道の近くに関所……というのは多少大げさだが、そのような場所があった。
「あそこで止めようとしても、こんな山の中だし、入ろうと思えば普通に入れると思うんだけど。あぁ、山の中には罠とか仕掛けられてる可能性もあるのか」
そして罠によって声を上げれば、忍び込んだのが見つかり、捕まる。
恐らくそういうことなのだろうと判断したレイだったが、空を……それも昼の空ではなく、夜空を飛んで移動しているレイとセトを見つけるというのは、残念ながら警備している者達にも無理だった。
結果として、レイはセトにのったままあっさりと鉱山に到着する。
「さて、後はこの鉱山を潰してしまえばいいんだが……どうしたもんだろうな」
セトの背から降り、木材で出入り口を補強されている鉱山を見ながらレイは呟く。
「グルゥ?」
そんなレイを見て、セトはどうしたの? と小さく喉を鳴らす。
「いや、どうやって鉱山を破壊しようかと思ってな。……ああ、セト。一応鉱山の中に人がいないかどうか確認してくれるか?」
「グルルルルルゥ!」
そんなレイの言葉に、セトは嬉しそうに鳴きながら鉱山の中に入っていく。
別に鉱山の中に入れることが嬉しいのではなく、レイに仕事を頼まれたことが嬉しいのだ。
幸いにも鉱山の出入り口や通路は、大量の鉱石を運ぶ為にかなり広く作られており、セトでも特に問題なく鉱山の中に入ることが出来る。
嬉しそうにしながら鉱山の中に入っていくセトを見送ったレイは、どうやってこの鉱山を使えないようにするのかを考える。
一番手っ取り早いのは、やはり炎の魔法だろう。
だが、周囲に木々が生えている以上、下手をすれば山火事になる可能性も十分にある。
ましてや、鉱山の出入り口が今レイの前にあるだけとも限らない。
もし他の場所から外に繋がっている部分があれば、山火事になった場合、更に被害が広まる危険があった。
「だとすれば……やっぱり他の方法だろうな。で、他に鉱山を破壊する方法となると……まぁ、一番無難なのはこれか」
呟き、レイはミスティリングから取り出したデスサイズを見る。
そこにあるのは、様々なスキルを使うことが出来る大鎌。
セトとは違った意味でレイの相棒と呼ぶべき存在だ。
モンスターの魔石を切断することにより、そのスキルを習得することが出来る武器。
そうして習得したスキルの一つに、地形操作というものがある。
覚えた当初は使いにくかったこのスキルだが、レベル三となった現在では半径五十m以内の地面を一m上げたり下げたりといった真似が出来た。
それを使えば、現在レイの前にある鉱山程度であればどうとでも出来る。
レイはそう確信していた。
「ま、他にも色々と手段あるんだろうけど……やっぱり地形操作だろうな」
呟くのと同時に、鉱山からセトが出てくる。
「セト、鉱山の中に誰かいたか?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは小さく首を横に振る。
「そうか。なら、さっさとこの鉱山を片付けてしまおう。ここで無駄に時間を掛ければ、俺達の存在に気が付かれるかもしれないし」
鉱山付近には人の姿はないが、それでも騒いでいれば離れた場所で警備していた者達が自分達に気が付きかねない。
そう告げるレイの言葉に、セトも同意するように喉を鳴らす。
自分の隣に移動してきたセトを軽く撫で、レイは握っているデスサイズに意識を集中する。
「よし、行くぞ。この鉱山を崩したら、一度上空に退避する。そして何か妙なことが起きないのかを確認してからこの場を離れるからな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは元気よく鳴き声を上げる。
レイにとっては幸いと言うべきか、この鉱山がある山の周辺には村や街といったものはない。
鉱山で働いている者達がいるのは、山からそれなりに離れた場所にある街だ。
(反乱軍から聞いた話だと、寝床とかも普通の宿屋をつかってるらしいし、食事も少ないって訳じゃないらしい。……その辺の考えはしっかりしてるんだな)
少しだけレルダクトを見直すレイだったが、鉱山で働いている者達を優遇しているのは、別にレルダクトが働いている者達を想ってのことではないというのは、理解している。
ただでさえこの鉱山のことは秘密にしているのだから、鉱山で働く者を次々に連れてくるというのは、レルダクトにとってもリスクが大きいという判断からなのだろう。
また、仕事を覚えるまでの時間が無駄になるということもある。
鉱山の仕事というのは、一見すれば鉱石を掘り出し、それを運び出すという単純な代物に見える。
だが、実際には単純な作業であるが故に、奥が深く、個人の技量が大いに関係してくるのだ。
鉱山で働く者を使い捨てにすれば、結果としてその辺りの技術を持っている者も使い捨てとなり、最終的にレルダクトの利益が少なくなる。
その辺りの事情を考えてのことだろう。
レイにとって、その辺はどうでもいいというのが正直な感想だった。
鉱山を破壊しても周囲に被害がないのであれば、それでいいと。
(まぁ、鉱山がなくなったことによって、ここで働いている者達の仕事はなくなるだろうから、被害が全く出ないって訳じゃないんだろうけど)
そう考えつつ、デスサイズの石突きを地面に突き刺しながらスキルを発動する。
「地形操作!」
その言葉と共に、鉱山の入り口付近の地面が一m程高くなっていく。
言葉にすれば、本当にそれだけの事象ではあったのだが……木で補強されている鉱山の出入り口は、その強烈な衝撃には耐えられなかった。
補強されている木が折れ、その衝撃により鉱山の出入り口が崩れる。
崩れた衝撃が鉱山の中全体に広がっていき、通路を補強していた木々も破壊されて地面に落ちる。
そうして数ヶ所の木が折れると、その後には連鎖的に鉱山の崩落が始まる。
寝ていても間違いなく気が付くだろう轟音を聞きながら、レイは素早くセトの背に乗って上空に退避した。
鉱山が崩れた影響で地滑りの類が起きても、空にいれば間違いなく安全だった。
正確には高度が低い場所であれば、地滑りの際に木々が倒れてきたことによって木の先端にぶつかったり、高い場所から転がってきた岩が跳ねて当たったりといったことになる可能性もある。
だが、高度百m……とまではいかなくても、三十m程度まで上がれば、今回の件に限ってはまず安全だった。
「……さて」
鉱山の崩落から数分が経ち、やがて落ち着いてきた頃にレイは改めて地上に視線を向ける。
幸いにも山は殆ど崩れておらず、山裾の方……鉱山に誰かが無断で入っていかないかどうかを見張っている警備兵達にも被害は出てなかった。
もっとも、いきなり鉱山が崩落したということで、上空から見ても分かる程に混乱して動き回ってるようには見えたが。
レイにとっては、取りあえず死ななかったのだから良かったのだろうという思いしか残っていない。
警備兵達が守っている中で、いきなり鉱山が崩落したのだ。
このままでは間違いなく責任問題にはなりかねなかったが……
「もう暫くすれば、その辺りの事情は考えなくてもよくなるしな」
「グルゥ?」
呟くレイに、まだここにいるの? とセトが喉を鳴らす。
鉱山が崩落し、それに連鎖するように山が崩れるという光景はセトにとっても珍しいものだった。
だが、それでもいつまでもここを見ているだけではやがて飽きてくる。
そんなセトを撫でながら、レイは口を開く。
「そうだな。この件がレルダクトに届く前にこっちで次にやるべきことをやるか。向こうでもこっちを待ってるだろうし」
「グルルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに鳴き声を上げ、そのまま今の場所から翼を羽ばたかせて移動していく。
「取りあえずゲイル子爵からの依頼はこれでよし、と。そうなると次はいよいよ本番だな。……出来れば数日中に済ませてしまいたいんだけど……頑張れそうか?」
「グルルルルルゥ!」
自分はまだまだ元気だよ! と態度で示すセト。
そんなセトの様子に、レイは笑みを浮かべながら首の後ろを撫でてやる。
「よし、元気があるうちに行くか」
レイがそう言うと、セトは崩壊した鉱山に背を向けて飛び立つのだった。
鉱山から出発して暫くして、レイと反乱軍の面々がぶつかった場所……より正確には反乱軍がレイとセトに蹂躙された場所と言うべきか。
ともあれ、その場所に到着する。
「は、早かったな。え? こうして戻ってきたってことは、もう鉱山を潰してきたのか?」
反乱軍の面々は、レイとセトの姿を見るなり驚き、リーダー格の男――レイに蹂躙された時、最初にレイに吹き飛ばされた人物――が大きく目を見開きながらそう尋ねる。
何人かの反乱軍のメンバーは、レイが提供した槍を使って訓練を行っていたが、こちらもやはりレイとセトが戻ってきたのを見てその動きを止めていた。
「ああ。まぁ、鉱山って言ってもそこまで大きな代物じゃなかったしな。……隣のゲイル子爵領に情報が流れないようにする為なんだろうけど」
「一応聞くけど、働いてる奴に被害は……」
「出る訳ないだろ。この時間は働いてなかったんだしな。警備兵も、鉱山の側にはいなかったから……鉱山が崩壊した影響で死んだ奴はいない筈だ。もっとも、山の中で何か動いていた奴がいれば、分からないけど」
レイの口から出た死人がいないという言葉に、その話を聞いていた者達全員が安堵の息を吐く。
「それで、レルダクト伯爵の屋敷を攻める件はどうする?」
そうして安堵している反乱軍に対し、レイはそう尋ねるのだった。
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