第1427話

 反乱軍、レジスタンス……それは、その地を治めている者に対して反旗を翻した者だ。

 レルダクト伯爵領で取っている重税を考えれば、そのような者が出てきてもおかしくはない。


「……そりゃあ、重税っつっても、生きていけるだけの分は残してくれるさ。けどよ、本当に生きる為の最低限なんだ。普通の時ならそれでもいいかもしれないが、もし家族が病気や怪我でもしようものなら、一気に暮らしが危険になる」


 男が、レイの出したパンを食べつつ呟く。

 既にデスサイズで吹き飛ばされた痛みも感じていないのか、それとも我慢しているだけなのかは分からないが、痛みを表情には出していない。

 そして男の周囲では、他の気絶していた者達も既に気が付いており、こちらもレイの出したパンを食べていた。

 レイと男が話している途中で意識を取り戻す者もいるのだが、その者達はレイを見て何か文句を言おうとするものの、近くにいる仲間からパンを好きに食べてもいいと言われ、近くにある袋からパンを取り出すと食べ始める。


(随分と美味そうに食べるな。……焼きたてのパンとかじゃなくて、保存用の焼き固めたパンなんだけど)


 そんな男達の様子を見ながら、レイは自分もパンに手を伸ばして口に運んでみる。

 冒険者や兵士、商人……そのような者達が旅をする時に使う、長期保存に向いたパン。

 焼き固めるという調理法である以上、当然そのまま食べるのではなく、スープに浸して柔らかくしてから食べるのが普通だ。

 勿論スープがない時は、水やお湯で柔らかくするということもあるが。

 そのままでも食べられないことはないのだが、固くてとても美味しいとは言えない。

 だが……今レイの視線の先では、反乱軍の者達全員が必死になって焼き固めたパンを食べている。

 その様子を見れば、どれだけ男達が空腹だったのかが分かるだろう。


「生きていけるって割には、お前達は腹が減ってるみたいだけど?」

「まぁ、俺達はな。……表沙汰に出来ない存在だから」


 まさか反乱軍だと表立って活動する訳にはいかず、表に出ないようにして動く必要があった。

 であれば、当然のように食料にも困ってしまうのだろう。


「村や街で生きていくのにやっとってくらいに税金を取られてるのに、俺達が生活出来る分を譲って貰うってことは出来ないしな。かといって、俺達が村や街で暮らせば税金を払うので精一杯……現状を変えることは、とてもじゃないが出来ない」


 だからこそ食料にも困っているのだと、そう告げる男に、レイは力なく首を横に振る。


「それって色々と本末転倒じゃないか?」

「そう言われてもな。結局誰かが何とかするしかないだろう」


 苦々しげに呟く男。

 先程からレイと話しているこの男が、反乱軍を率いている男だった。

 真っ先にレイの攻撃で吹き飛んだのは、運が悪かったと言うべきか。

 もしこの男が最初に意識を失うようなことがなければ、もう少し連携してレイやセトに対処出来ただろう。……結局気絶するまでの時間が延びただけだっただろうが。


「とにかく、話は分かった。……けど、食べ物にも困ってるなら、反乱云々なんてところじゃないと思うけど」

「……分かってるさ。けどな、何度も言うようだけど、こっちもやらなきゃいけないところまで追い詰められてるんだよ」


 自分の考えは決して曲げないと告げる男。

 それは男だけではなく、周囲でパンを食っていた者達も同様だった。


「なるほど。……なら、そうだな。丁度いいかもしれないな」


 あっさりとそう告げるレイに、男は不思議そうな視線を向ける。


「いや、そもそも俺がこのレルダクト伯爵領にやって来たのは、とある行為をしてきたレルダクト伯爵に対して報復をする為なんだよ。で、その報復で考えてるのは、マジックアイテムを奪って、それを俺の仕業だとしっかり向こう側に突きつけることだ」


 殺すことは禁止されてるけどな、言葉を続けるレイに対し、男は大きく目を見開く。

 既に、男は目の前にいるのが誰なのかというのはレイ本人の口から聞いて知っている。

 そのような人物がレルダクトに対して報復をするというのであれば、それは自分達にとっても利益になることなのではないか、と。


「な、なぁ!」

「言っておくが、明確に手を組むようなことはしないぞ。ただ……俺が何かした後で偶然お前達が何かをしようとしてレルダクト伯爵の屋敷に乗り込んで、偶然敵の兵力がいなくなっていて、偶然無力化されたレルダクト伯爵を見つけたとしても、俺は知らない」

「……へっ、偶然に偶然が重なるのかよ。それはちょっと面白そうだな」

「ただし。レルダクト伯爵の命を奪うような真似をするな」

「何でだよっ!」


 その言葉に、男の仲間の一人が叫ぶ。

 これまで自分達が味わってきた苦しみを思えば、レルダクトの命を奪ってもいいだろう。

 そう言いたげな視線を向けられるも、レイは首を横に振る。


「もしどうしてもお前達がレルダクト伯爵の命を奪うというのであれば、それこそここでお前達には数日程度動けなくなって貰う必要がある。……それでもいいのか?」

「それは……」


 レイの言葉に、男が口籠もる。

 数的には圧倒的に自分達の方が上でも、実際に戦えばどうなるのかというのは、先程その身を以てしってしまったのだから。

 それでも、レイの態度に我慢が出来なかったのだろう。別の一人が、憤りに満ちた表情で叫ぶ。


「何でだよ、何であんたみたいに有名な冒険者まで貴族に媚びへつらうんだよ!」

「別にそんなつもりはない。レルダクト伯爵に関しても、いつもなら死んでも構わないとは思ってるさ」

「なら、何で!」

「それが、俺の受けた依頼だからな。誰から受けた依頼なのかは言えないが、その人物はレルダクト伯爵に報復することは望んでいても、殺すことは望んでいない」

「……なんでだよ、何で!」


 レイの言葉に納得出来ないと男の一人が叫ぶ。


「まぁ、俺の意見に賛成出来ないなら、別に無理に俺と一緒に行動する必要はない。お前達はお前達、俺は俺で動けばいい。お前達だけでレルダクト伯爵を倒せるのなら、そうすればいい。別に、俺は無理にお前達と一緒に動かなきゃならないって訳じゃないしな」


 そう言われれば、男達も黙り込むしかない。

 実際、男達はレイの力に頼る気持ちが強くなってしまったのは、間違いのない事実なのだから。


「ともあれ、俺を利用しようとして行動するのはいいが、それでいながら俺の要望を聞かないで自分達の意思を通そうというのなら……それこそ、次は俺が本気でお前達の相手をすることになるだろうな」


 先程レイに向かって不満を口にした者達が、背筋に冷たいものを感じて動きを止める。

 もし本気でレイに狙われた場合、自分達が生きていられるとは思わなかったからだ。

 この時点で、反乱軍の面々には選択肢が幾つかあった。

 レイの力を借りてレルダクトを倒し、それでいてレルダクトを殺さないか。

 レイの力を借りずに、勝算が限りなく低い状況でレルダクトに挑むか。

 まだレルダクトに対する全面攻勢には出ず、もう暫く様子を見るか。

 もしくは……レイの忠告を無視し、レイの力を利用しながらレルダクトを殺し、レイと敵対するか。


(くそっ、質が悪いな。幾つか選択肢があるように見えて、実際には選択肢はないようなものじゃねえか)


 選択肢は幾つもあるのだが、その中で明確に正解と言えるものは一つしかない。

 いや、様子見も最善ではないが決して悪い訳でもないのだが。

 それでも、やはりレルダクトを倒すことが出来るというのは、これ以上ないくらいに魅力的な選択肢だった。


(けど、下手をすればレルダクト伯爵を殺してしまうことになりかねない。そうなれば、さっきの様子から考えて間違いなくレイは俺達を殺しにくるだろう)


 男達も、反乱という行為に手を染めてはいるのだが、それでも今までやったことは小競り合い程度でしかない。

 勿論戦いの際に相手から殺されると思ったことはあるのだが、それでも先程レイから感じたような、絶対的な殺意と比べると、それはお遊びのもののように思えてしまう。

 レイと手を組む……いや、レイが言うように利用すると言うべきか。ともあれその場合は絶対にレイの要望を無視は出来ない。

 周囲の仲間達が自分にどうするのかという結論を尋ねる視線を向けているのを理解しながらも、男はどうするべきか迷う。

 そんな男の悩みを、一時的にであっても棚上げするような言葉を発したのは、レイだった。


「まぁ、その辺りは実際に俺が行動に出るまでに決めてくれればいいさ。それよりも、レルダクト伯爵領にある鉱山ってのはどこにあるのか分かるか?」

「え? ああ。そりゃあ分かるが……どうするんだ?」

「まずはそっちを潰させて貰う」

「馬鹿なっ!」


 そう告げたのは、レイでも、レイと話していた男でもなく、その場にいた別の男。

 当然だろう。鉱山というのは、レルダクト伯爵領にとっては数少ない輸出産業なのだ。

 それを潰されるということになれば、当然のように困るのはレルダクト伯爵領の住民だろう。


「今叫んだ奴の気持ちも分かるけど、レルダクト伯爵領が軍備を整えているのは、お前達も知ってるだろ? そして隣のゲイル子爵領に攻め込もうと考えていることも」


 貴族同士の争いというのは、そう珍しいものではない。

 それこそ、鉱山や水を巡って近隣の貴族と争うのは、日常茶飯事……とまではいかないが、よくあることだ。

 勿論、そこには色々と暗黙の了解がある。



 貴族達の被害が増えれば、それはミレアーナ王国の国力が落ちるということだ。

 ベスティア帝国という大国と隣接しているミレアーナ王国としては、内輪揉めで国力を落とすということは避けるべきことだった。

 だが、今レルダクトが行っている軍備の増強は、とてもではないがそんな暗黙の了解云々というものではない。

 少なくても、ゲイルから得た情報ではそのようなことになっていた。


「けど! ……それに、鉱山には働いている奴だっているんだぞ。鉱山を潰すってことは、そいつ等も殺すってのかよ!」

「安心しろ。鉱山を潰すにしても、別に日中にやるつもりはない。鉱山が使えなくなれば、それでいいんだ。別に鉱山で働いている奴を殺そうなんて思ってはないさ。……レルダクト伯爵の部下は、どうなるか分からないけどな」

「……夜、か」


 自分の財産を増やすことには熱心なレルダクトだが、鉱山で休みなく一日中働かせるような真似はしていない。

 もしそのような真似をすれば、より自分に対する反発が強くなる……というだけではなく、派手に動くような真似をすればゲイルにも見つかるかもしれないという懸念があったのだろう。

 その理由がどうあれ、夜に鉱山が動いていないというのは、レイにとって幸運だった。

 働いている者達を巻き込む心配がないのだから。


「そうだ。夜だ。……そんな訳で、鉱山のある場所の情報を教えてくれると助かる。そっちも、レルダクト伯爵の部下の武装が強化されるのは望まないだろ?」

「そうだな。……だが、鉱山の採掘が始まってから、既に相応の時間が経っている。もうレルダクト伯爵の部下はかなりの部分武装が強化されてるのは間違いないだろうな。実際……」


 男はレイとの話を一旦中断すると、視線を自分達の持っている武器に向ける。

 そこに転がっているのは、反乱軍で使われている武器。


「うん?」


 そんな男の行動が理解出来なかったのか、レイもまたその道具に視線を向ける。

 レイの行動に、男は苦笑を浮かべながら口を開く。


「この武器、実はレルダクト伯爵の下に潜入している俺達の仲間の手引きで奪った物なんだよ。奪った、という表現は正確じゃないか。騎士団が使わなくなって倉庫に保管されていた武器を持ってきたって表現の方が正確か」

「あー……なるほど。つまり、レルダクト伯爵の部下のお下がりって訳か」


 お下がりという言葉に、周囲の者達が心の底から嫌そうな表情を浮かべる。

 だが、そのような真似をしなければ、武器を揃えることが出来なかったというのは間違いないのだろう。

 武器はそれなりに高価な代物だ。

 ましてや、このレルダクト伯爵領で武器を揃えようとするのであれば、値段もそうだがそう簡単に手に入れることが出来る筈もない。

 そういう意味では、もう使わなくなった武器を奪って使うというのは、手っ取り早い方法なのだろう。

 唯一難点があるとすれば、それはお下がりというだけあって、当然のように現在使われている武器と比べると質が落ちるということだ。

 レイの言葉に頷いた男に、レイはミスティリングから取り出した何本かの槍――投擲に使っている壊れかけのものではなく、盗賊等から奪った物――を渡す。


「鉱山の場所を教えてくれれば、情報料代わりにこれをやろう。品質はそこまで高くはないが、まだまだ使える筈だ。予備の槍は何本あってもいいだろ?」

「……いいのか?」


 反乱軍にとって、予備の武器は幾らあっても多すぎるということはない。

 そんな風に尋ねてくる男に、レイは頷く。


「ここで情報を聞けば、向こうの街にわざわざ向かう手間も省けるしな」


 わざわざ名前しか知らない男に会いに行くよりは、ここで情報を貰った方が得だとレイは判断したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る