第1425話

 ゲイル子爵の館に入るとなれば、当然のようにセトは入ることが出来ない。

 それでも警備兵はセトに対して怖がったりするようなことはなかった為、レイはそのままセトを預けて館の中に入る。

 メイドに案内された先は、ダスカーの時のように執務室……ではなく、応接室だった。

 部屋の中に入ったレイを見た瞬間、ソファに座っていた男が嬉しそうな笑みを浮かべて立ち上がる。

 そんな男の近くには、護衛と思しき者の姿もある。

 これは別にレイを警戒しているといった訳ではなく、単純にいつものことなのだろう。

 自分を見て小さく頭を下げてきた護衛の姿を見れば、レイにもそれくらいの予想は出来た。


「やぁ、レイ。よく来てくれたね」


 二十代後半から三十代程。

 貴族として考えれば、若すぎるという訳でもなく、年を取っているといった訳でもない年代……と言うべきか。

 少し太めではあるが、それでも動きに支障が出る程でもない。

 そんな男が、満面の笑みを浮かべてレイを迎えたのだ。

 この人物がゲイル子爵であるのは間違いなく、レイは頭を下げる。


「時間を取って貰ってすいません」

「構わんとも。レイのおかげでベスティア帝国との戦争では被害を皆無に近く出来たんだ。そうである以上、君は恩人に等しいからね。……さ、座ってくれ」


 ゲイルに促されてソファに座ったレイは、早速ミスティリングの中から一枚の手紙を取り出す。

 先程警備兵に渡したダスカーからの紹介状とは違い、今回の一件についての詳細な情報が書かれた手紙だ。


「ダスカー様からです」

「うむ」


 その手紙を受け取ったゲイルは、早速封筒の中から手紙を取り出して読み始める。

 レイがその光景を見ていると、先程この応接室にレイを案内してきたメイドが紅茶の用意をしてレイの前に置く。

 そして一礼すると、メイドは部屋を出ていく。

 手紙を読んでいるゲイルを一瞥し、レイは紅茶を飲む。

 護衛の者達も特に何も喋るようなことはせず、応接室の中には沈黙が満ちる。

 そうして少しの時間が経ち……やがてゲイルが手紙を読み終わると、溜息を吐く。

 苦い、としか表現出来ないような溜息。


「そう、か。……そんな真似をね。何を考えてギルムに手を伸ばしたのかは分からないが……いや、正確には分かっているけど、納得したくないね」


 貴族派という後ろ盾があるからといって、ギルムに手を出すような真似をしても、その後ろ盾が役に立つかどうかと言えば、恐らく否だろう。

 貴族派にとって、レルダクトというのは明確に中立派と敵対してまで守りたい存在ではない。

 勿論貴族派の中でも己の血筋に対して過剰なまでの自負を抱いている者にとっては、中立派と正面からぶつかってでもレルダクトを守る必要があると主張する者はいるだろう。

 だが、そのような真似をすれば無傷の国王派が利益を得ることになる。

 そうなることを、ケレベル公爵が受け入れるかと言えば、恐らく受け入れない筈だった。


「……それで、この手紙にはレイがレルダクト伯爵に報復するように任せたと書いてあるが、どうするつもりかな?」

「何となくは考えてるんですけどね。ただ、その辺りの情報をこちらで得ようかと」

「なるほど。手紙にも情報を与えて欲しいと書かれていたね。……いいだろう、何が聞きたい?」

「具体的には、レルダクト伯爵領でどこに財産が……特にマジックアイテムの類があるのかを教えて貰えれば、こちらとしても助かります」


 マジックアイテムという言葉を聞き、ゲイルはなるほどと頷く。

 レイがマジックアイテムを集める趣味を持っているというのは、そこまで大々的に広まっている訳ではないが、少し情報に詳しければ知っていてもおかしくない情報だ。

 であれば、中立派に所属するゲイルがそれを知らない筈がない。

 そしてレイがこうした情報を尋ねてくるということは、それが何を狙ってのものなのかは明らかだった。

 マジックアイテムにも店で普通に売られている明かりや火種のマジックアイテムもあれば、それこそレイの持っているミスティリングのように世の中には数個しか存在していないという物もある。

 そして、レイが現在聞いているのは明らかに後者の方だった。


「どこに……と言われて、真っ先に思いつくのはやっぱりレルダクト伯爵の屋敷だろうね。屋敷のどこかと言われれば、残念ながら分からないが」


 その答えは、レイにとっても半ば予想通りのものではあった。

 そもそも、中立派と貴族派は長い間敵対してきた間柄なのだ。

 そうである以上、レルダクトが屋敷のどこにお宝を隠しているのか、知っている方がおかしいだろう。

 ……レルダクト側が狙って嘘の情報を広げるということはあるかもしれないが。


「となると、まずは忍び込む必要がある、か」

「あー……レイ。一応忠告しておくけど、そこまでする労力に見合わないマジックアイテムしかない可能性というのは十分にあるよ?」


 レルダクトは、決して貴族派の中では地位が高い訳ではない。

 それは領地が隣り合っているゲイルであっても分かることだ。

 冷や飯食い……とまではいかないが、その他大勢といった程度の実力しかないのだろう、と。

 だからこそ、レイが欲しがるようなマジックアイテムがあるかと言われれば、首を傾げざるを得ない。

 勿論、普通の冒険者にとっては、何が何でも欲しいマジックアイテムも数多いだろう。

 だが、レイの場合は基本的には実際に使えるようなマジックアイテムを欲している。

 飾りにしかならないようなマジックアイテムは欲していないのだ。

 それでも、今回の場合はマジックアイテムの接収はついで、出来たらいいなという程度のものだったので、レイはゲイルの言葉に頷きを返す。


「そうですね。その可能性はあります。けど、今回そっちはついでですから。それが何であろうと、マジックアイテムがなくなったというのは、向こうにとって大きな損害となるんで」

「あー……まぁ、それは……」


 寧ろ、自分から盗まれた秘蔵のマジックアイテムが、盗んだ者にとっては特に興味がないものだった。

 そうと知った時、マジックアイテムが盗まれたことによる損害もあるが、それ以上にレルダクトには精神的なショックがあるだろう。


(そんな真似をすれば、レイが恨まれるだけだと思うけど……レイの場合、相手が何をしてこようとも平気で跳ね返すだけの力があるしね)


 レイがどれだけの力を持っているのかというのは、ベスティア帝国との戦争で十分に見せつけている。

 それこそ一軍を相手に渡り合えるだけの力を持っている以上、貴族派の中でもそこまで存在感がないレルダクトではレイを相手にしてもどうしようもないだろう。


(それに……)


 ゲイルは中立派ということもあり、レイがベスティア帝国の内乱でかなり活躍したことも理解している。

 戦争だけではなく、その後のベスティア帝国で起きた内乱でも活躍し、それ以外にも様々な依頼をこなして名を上げている。

 それこそ、異名持ちの冒険者に相応しいだけの実力を持っているのは、誰の目にも明らかなのだ。


(そう考えれば、レルダクト伯爵が持てる力を全て使ってレイに挑んでも、負ける未来しか見えないね。もっとも……そうなればなったで、大きな騒動になるのは間違いないだろうけど)


 仮にも貴族が一人の冒険者を相手に、使える力の全てを使って戦いを挑み……それで惨敗したとなれば、貴族にとっても、そして冒険者にとっても大きな騒動になるのは間違いないだろう。

 貴族にとっては、自分たちの名誉が汚されたと考えてもおかしくはないし、冒険者にとっては貴族がその地位を使って冒険者を弾圧してきたと考えてもおかしくはない。

 正確には色々と事情があるのだろうが、表面的な部分だけを見ればそれぞれがそう考える者が多いのは当然だろう。

 そして更にことがエスカレートしていけば、最終的に起きるのは貴族と冒険者による対立……下手をすれば内乱ということになるかもしれないし、もしくは冒険者ギルドがミレアーナ王国全体から手を引く可能性すらある。

 本当にそこまで大きな事態に発展するかどうかは分からないが、そうなる可能性というのは十分にあるのだ。


「レイ、あまり派手にやりすぎないように頼むよ」

「え? ああ、はい」


 レイ本人はそこまで考えが及んではいなかったが、それでもやりすぎると色々と不味い事態になるというのは、何となく理解しているのだろう。

 ゲイルの言葉に頷きを返す。


「それで、レルダクト伯爵領での情報については……」

「うん、まず君が知ってるかどうかは分からないけど、レルダクト伯爵領の税金は非常に高い」

「それは知ってます。ここに来る途中で偶然助けた人物の父親が、レルダクト伯爵領の出身者だったので」

「ほう、それは珍しい……とは言えないか」

「でしょうね」


 冒険者になって、自分が住んでいる場所以外の場所をその目で見るようなことがあれば、自分達の暮らしが決して恵まれたものではないというのは分かるだろう。

 ましてや、レルダクト伯爵領の隣にあるゲイル子爵領では、税率は低い……とは言わないが、それでも高い訳ではない。

 自分達の暮らしと他の貴族が治める領地での暮らし。

 その両方を見た者であれば、その暮らしから抜け出したいと考えてもおかしな話ではない。

 自分の生まれ育った土地を捨てたくないという者も多いが、冒険者になるような者はそこまで愛着心を持っていない者も多かった。

 結果として、少しずつではあるがレルダクト伯爵領から人は減っていた。

 そして人が減っても同じだけの収入を得る為にはどうすればいいのか……それは、税率を上げることだ。

 元々高かった税率が、それよりも高くなっていくのだから、レルダクト伯爵領の住人の生活は生きていくのだけで精一杯という有様となる。


「もう少し税金を低くすれば、人も増える可能性はあると思うんだけどね。……そこから逃げてきた者達が向かう場所として選ばれるのがうちだから、向こうからの敵対感情はもの凄いことになっているんだ」


 疲れを滲ませた溜息が吐き出され、ゲイルは力のない笑みを浮かべる。

 自分が悪い訳でもないのに、レルダクトに一方的に敵視されるというのは、やはり精神的な疲労をもたらすのだろう。


(ましてや、こうして見る限りだとゲイル子爵は決して気が強いタイプじゃない。……いや、どちらかと言えば人当たりのいいタイプだし)


 目の前で疲れた様子を見せているゲイルを見ながら、レイは改めて口を開く。


「他に、何かレルダクト伯爵領で必要になりそうな情報はありますか?」

「ふむ、そうだね。……レルダクト伯爵領には鉱山が幾つかあるらしい」

「鉱山、ですか」


 鉱山というのは、埋蔵量にもよるが大きな富をもたらす。

 それどころか、埋蔵されている鉱石によってはより高い爵位を目指すことすら可能となるだろう。

 ましてや、それが火炎鉱石のような希少な鉱石であれば、考えるまでもない。


「その鉱山、出来れば使えないようにしてくれれば助かるんだけど、どうかな?」


 さらり、と。

 何でもないかのように告げたその言葉は、目の前に座っている人物が幾らお人好しそうに見えても貴族であるのだと、そうレイに認識させる。


「向こうの領民の生活を心配していた人の口から出たとは、思えない提案ですね」

「そうだね、向こうの民の暮らしには同情するよ。けど、だからと言って、下手にレルダクト伯爵の持つ武力が強化されるというのは避けたいんだ」


 自分を敵視している貴族が、鉱山から発掘された鉱石や、それを売った金で武力を強化する。

 それは、より強力な武器や防具を得るということでもあるだろうし、金でより精強な傭兵や冒険者を雇うということでもある。

 隣の領民を心配はするが、だからといって自分の領地を危険に晒すわけにはいかない。

 それは、貴族としては当然の行動だった。


「鉱山、ですか。どこにあるのか具体的な場所は分かりますか?」

「いや、大まかな場所しか分かっていないんだ。向こうの情報を得るのは、中々に大変でね」

「でしょうね」


 敵対している相手なのだから、ゲイル子爵領からレルダクト伯爵領に入るのは、色々と怪しまれることもあると告げるゲイルに、レイも頷く。


「どうかな、出来るかい?」

「……鉱山なら結構大規模に発掘作業をしていると思うので、空から探せば何とか。それに、さっきも言ったレルダクト伯爵領から逃げてきた人物の弟がまだいるという話なので、そっちから情報を得られれば……」


 そう告げるレイの言葉に、ゲイルは安堵の表情を浮かべ……それから一時間程、それぞれが持っている情報を交換する。

 特にレイが知りたがったのは、ジャズの弟のドストリテが住んでいるというハズルイの街の情報だったが、幸いにもこちらはすぐに入手することが出来た。

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